侯爵は何か企んでいた
「タクラム侯爵はどうした」
第一王子ワカーレルが、待てないというように王様へ言う。父親に対して乱暴な言葉だが、妻が不倫で、逆上もしているだろう。
昼食後、丸テーブルを囲んだところだ。ロメーヌはカニクバル伯爵と並び、婚約と破談に関する資料を確かめていた。向かいに座るのは王様と女王。居住まいも悪そうに隣へ座るウワキムン。丸テーブルだから、二人の王子が対面する形。王様はワカーレルを少し宥めてから話す。
「王都の侯爵屋敷から、もうすぐ来るであろう。考えたんじゃが、離縁も有りえる」
破談に縁談、そして離縁と、ややこしい問題が起っている。
(離縁! そこまで行くんだ。王家はどうなるのかしら。ワカーレル様が戻ってくれば、まともになるはずだけど)
国境のヒガシ湖で利権争いがあり、たまに戦闘も起きているらしい。ワカーレルが総指揮官として、調停役もしていた。
「あの女は、所詮、政略結婚である。のしをつけて返せばいい」
ワカーレルの思いが離縁まで決意させたらしい。やはり、政略結婚でも連れ添っていれば愛みたいなものも芽生えるはず。それが裏切られた思いだろう。
(可愛さ余って憎さ百倍だよ、神話にあることわざ通りだね)
「それより、侯爵領の軍隊の応援が必要である」
正式な軍隊を装備しているのは侯爵領だ。王様は全体も考えているようだ。
「ブイバン王国の軍隊と対しておるでな。力関係が崩れると、攻められるであろう」
ウワキムンが、やけに醒めた響きで口を挟む。
「侯爵領は遠いし、動かないであろう」
(決めつけてるけど、いまは黙ってた方がいいと思う)
「がきは、おとなしく黙っておれ」
ワカーレルが、話したくはないが、というように手で追い払う仕草をする。
カニクバル伯爵は、話を進めたいらしい。
「ブイバン王国の王女との縁談で、争いは収まりますかな。こちらとしては、破談の一択ですが」
(そうだよね。次期女王と不倫した男と一緒になる気もないし)
「ばれるよね、不倫は。ブイバン王国から、なにか言われないかしら」
ロメーヌの言葉に、皆が腕を組んで困ったようす。国同士の関係が険悪になるのは確かだ。
「順序よくいこう」
ワカーレルは決心したように腕を解く。
「カニクバル伯爵との契約破談を済ませるのが先であろう。フーリンネは侯爵家へ帰ってもらう。ブイバン王国の王女との縁談も断るのがいい」
ヒガシ湖での争いは、両国が仲良くなることでは解決しないと話す。
(お見合いするまえに、断るしかないよね)
「ギルドの対立と聞きますよ。それを収める者がおれば」
女王は思案するように言う。両国へ影響を持つ存在が必要だ。
「ワカーレルが言う通り、こちらが先じゃ」
王様は婚約破棄から話を進める。
「面子もあろう。慰謝料と領地の処遇は、あとから詳しく決めよう。ほかにご条件はおありかな」
「やはり、あの争いは早く収めていただきたい。タクラム侯爵を、ヒガシ湖へ来るように説得するしかないと思われます」
(やっぱり、ヒガシ湖の争いを収めるのが優先なんだ)
「それが懸念か。さすが次席伯爵じゃ」
(その侯爵家へ不倫女を返す話だからね。うまくいけばいいけど)
王家と侯爵家の仲がぎくしゃくするのは確かで、何かの火種になりかねない。女王は次の話へ移りたいようす。
「決まりです。ロメーヌには迷惑をかけてしまいました。これからも気軽に相談なさい」
「はい。ありがとうございます。親しく接していただき感謝しております」
親しみやすい女王で、義母になる予定としての付き合いもしていた。
さて、王様が執事へ合図すると、タクラム侯爵とフーリンネが入って来た。長椅子へ移り、侯爵家と王家が対面する形になる。カニクバル伯爵とロメーヌは短い長さの席で待機していた。
「侯爵へ、もう一度流れを話しますね」
女王様が経緯を説明した。タクラムは殊勝にあやまる。
「不肖の娘でござった。侯爵領へ引き取る所存。カニクバル伯爵家にも迷惑をおかけもうした」
いちおう型通りの謝罪はした。
「ウワキムン王子はいかようにお裁きで。我が領内で屋敷を構えていただいてもよろしいでございます」
(ちょっと前のめりの発言だよね。縁談のことはどう考えているのかしら)
「ブイバン王国との関係は、どう思われますでしょうか」
「ブイバン王国との橋渡しをしていただきたく、ウワキムン王子の存在は大きいと考えておりまして」
(縁談前に不倫した男が良い関係になるとは思えないけど)
それはワカーレルも同じ気持ちらしい。
「王都内で蟄居であろう。フーリンネと、ちちくり合わせるおつもりか」
「いえ。縁談に反対はしておりませぬ。王都から出ていただけば、我が国の誠意が伝わると考えます。王家はワカーレル第一王子が後を継がれるので、問題はございません」
(なにを勝手に決めてるんだろう。ブイバン王国は、まともな王子だと思って縁談も進めているはずだけど)
城を追い出された男へ王女を嫁がせるのは考えにくいだろう。
「まずは、ヒガシ湖の争いじゃ」
王様が、なにかアイデアも浮かんだらしく話す。
「国境の橋を壊せば守備兵は少なくて済む。兵を送るのに支障はない。王権発動より先に決めなされ」
緊急事態なら王権で強要できる。
「持ち帰って臣下たちと協議するゆえに。返事は後日に、お気に召すようにいたします」
「一択である」
「早く軍隊をよこせ。縁談うんぬんの状況でもなかろう」
ワカーレルが、こやつのせいじゃ、と小さく呟いてウワキムンを一瞥した。ブイバン王国との縁談も、断る方向へ向かうしかない状況だ。
(明日だよね。もう国を出発しているはず)
どこかおかしなタクラム侯爵の発言だ。ロメーヌの関わりもないところで縁談話は進むだろうが、探偵ごっこはやめられない。
(侯爵は何か隠しているんだよ。そうか、あそこへ行けば分かるかな)
ナガイタニ男爵領がカニクバル伯爵領とタクラム侯爵領の間にある。侯爵領の情報も手に入るはず。
タクラムはウワキムンとブイバン王国の王女を侯爵領へ住まわせたいらしい。どう考えても無理がある話だ。予定通りの行動にも思えた。
(あの野郎を侯爵領へ連れて行きたいのは確かだよね)
フーリンネは妙におとなしくしていたが、反省してなのか。
(侯爵も大らかな親だよね。次期女王としてやってはいけないことをしたし、叱るところも見せて欲しいけど)
侯爵家の陰謀があるのは、まだ知られてもない。




