ウワキムンの不倫相手は次期女王だから、ざまぁします
山の麓の小さな町に、第一王子ワカーレルが、今は子爵として住む屋敷がある。庭先のレンゲ草は、花から種に変わっていた。
妃のフーリンネが馬車に乗るところだ。軽い会釈を交わし合う。
「お久しぶりね、ロメーヌ様。朝からご用事ですの」
少し落ち着いたドレスはオレンジ色。切れ長の目が、歓迎しない影をみせる。
「先日はウワキムン様がお邪魔していましたでしょうか」
(結婚して子爵となり、この屋敷へ住む予定だったからね)
ワカーレルは正式に王の後継者として城へ住むことになっていた。それで、ウワキムンが子爵領へ来るのも、将来のためだと理由はつけていた。
フーリンネは視線をあやふやに動かす。
「侯爵家の貴族方がお見えになって、本当ですよ」
彼女自身が納得するように頷いて続けた。
「酒を飲みながら話しておられました。奥座敷で雑魚寝ですか、実は、よくありますね。朝方に帰られましたけど」
酒を飲み、夜を過ごすのはいつものこと。
(どこかへ出かけたか知りたいよね)
「繁華街へ出かけたとか、ご存じないでしょうか」
「二階におりましたから。また、探偵ごっこですの」
(あれこれ聞きたがるのは知ってるからね。でも、香水のことまでは言えないね。次期女王だし、縁談のことも知っているはず)
「そうだ。ブイバン王国の王女様の話、お聞きになってますかしら」
「昨日で決まったようなことを聞きました。それで、なにか、ざまぁのために浮気を調べてるとか」
不安げな表情のフーリンネ。
(ちょっと時期がはずれてるけど、そうか。今朝はちゃんと使者と取り決めたんだ。やはり仕返しを心配してたんだよ)
ウワキムンがすぐに婚約破棄とも言えなかった理由はわかる。誰かが伝えると考えたのだろうし、仲人が話を進めるのは常識だ。
「大袈裟なことではございませんが、けじめはつけたいと思いまして」
フーリンネは、ざまぁのことだと判断したらしく、ちょっとため息を漏らした。
「そうですわね。温泉宿でお聞きになればよろしいですわよ」
髪を掻きあげた。お風呂に入ったのか、シャボンの匂いだけが強く髪から漂う。
「私も夜中に殿方がなにをしているのかは知りませんので」
他人行儀になり言うとフーリンネは、美容室へ行く予定らしく、馬車へ乗り込んだ。
サオリが距離を置いていた。ロメーヌは理由もわかっている。
(フーリンネ様は親が侯爵家だからね。公爵家のサオリも扱いにくいんだよ)
次期女王のフーリンネの家柄は下だ。お互いに関わりたくもないらしい。
(敬語をなー、使こうてられへんでー、と言ってたし)
それでも、サオリが玄関から出てきたメイドと何か話していた。ロメーヌも幾度か来ている子爵屋敷だから、顔見知りで、挨拶はしたい。
「マヤー、お久しぶり」
「ロメーヌ様、お久しぶりでございます。来年はこの屋敷においでいただくと」
「それだけどさ」結婚破棄になることを話すと、残念がるマヤー。
「ウワキムン様は頻繁においでなさいます。ただ、ワカーレル様が戦前へ赴いておられるときに、不謹慎と思います。畏れ多くて言えませんが」
王族や貴族の批判はできないだろう。ロメーヌは庶民と気軽に話せるし、歓迎もする。
「そうだよね。そうだ、ずっと屋敷にいたのかしら、ウワキムン様は」
(メイドならわかるかもしれない)
「夜勤じゃないとなー。交代やろー」
サオリは夜勤のメイドへ聞こうと言うが、気がかりらしく屈む。洗濯物を入れる紙袋が置かれていた。
「フーリンネ様のシーツでございます」
マヤーが運んできたらしい。
「匂わへんか」
「なにか……あれっ、この匂いは」
ロメーヌも屈むと袋の中から甘い匂いが漂う。ウワキムンの貴族服についていた匂いに似ていた。
「寝室では香水をお使いのようです」
マヤーがいつものことのように、匂いがきつくて、と愚痴までこぼす。
「禁忌の香水やでー、たぶんなー」
「調べよう、開けていいかしら、マヤー」
「探偵ごっこでございますか」
フーリンネを疑いだしたことまでは気づかないらしいメイド。
「今日中にクリーニング屋へ持っていけばよろしいので」
気軽に、遊びへつきあうような言い方だ。
「汗かー、まだ乾いてないやろー、湿っとるでー」
シーツを指先でつまみ、腕を伸ばして遠くへ持っていくように広げるサオリ。立ち上る禁忌の香水は、生暖かい肉の気配がする。
「いやだ、変な想像をさせる匂いだよ」
「普通は寝られへん匂いやでー。やはりアレが目的かー」
女が男を誘惑する匂いだ。
(寝室ならラベンダーや森ように穏やかな香りにするはずだけど)
「ワカーレル様は戦場でしょ。まさか、ほかの男とねー。調べてみよう」
裾の内ポケットから眼鏡を取り出した。
(貴族連中のだれかが、寝室へ行ったのかしら。えっ)
張り付いた髪の毛を見つけた。
「これやなー。ブリーチで白っぽいし、ヒョウタンから駒やでー」
サオリは言ってから、眼鏡をずらして掛けなおす。訪問していたとは言っていたし、ウワキムンが重要参考人になった。
「あの野郎は。この長さといい、めったにいないよね」
(もう、野郎で十分だよ。そりゃね、惚れてるっていえばウソだけど。付き合ってる以上は誠意が必要でしょ)
愛を育てるつもりではいた。浮気もあるだろうと予感はしたが、いざ現実となれば、おおらかな気持ちは吹っ飛んだ。
「匂いが残る早いうちがいいでー」
「そうだね。あいつの貴族服と比べてから、浮気の証拠だと叩きつけてあげる」
マヤーへ借りていくことを告げる。
「破廉恥な。恥知らずでハレンチな」
驚いて、ほかの言葉も探せないらしい。
(次は王女になるっていう人が、なんで)
義姉として、頼りにしたい女性だった。
「どうして、悪役令嬢になりたいのかしら」
「それなー。真実の愛かも知れへんでー。流行ってたようやなー」
「じゃあ、さ。ざまぁも覚悟よね」
(ちょっとお灸を据えるぐらいだから)
王族だから、女王様からの罰も厳重注意ぐらいと考えた。それでも、ロメーヌの婚約解消の気持ちは変わらない。
「こちらから婚約破棄させてもらうよ。慰謝料もたっぷりもらうからね」
「先ずは急ぐでー。王城へクリーニング屋が来ないうちになー」
市民馬車を拾って乗り込んだ。
王城へ引き返して二の丸の前で馬車を下りた。
「まだクリーニング屋は来てないはずだよ」
それに、サオリは気がかりらしい。
「取り返せるかー。一応はウワキムン様の所有物やしなー」
「いまのところ婚約者の立場だよ」
庶民のクリーニング屋は、いまも婚約破棄を知らされていないだろう。
「来たでー」シーツの入った袋を下げてサオリが言う。
「ちょっと待って、私、笑ってるかしら」
不倫されて平気な表情はできないでいた。貴族らしい微笑みを作ってクリーニング屋へ声をかけた。
「あのやろう、じゃなくて。ウワキムン様の貴族服をお貸し願えないかしら」
「よろしいですよ。あの、心苦しいんですけど、香水はほかの服へ匂いが移ります。一緒になさらないでいただきたいのですが」
さすが商売人だ。匂いにも敏感らしい。
「私の不注意です。ごめんなさいね」
「いえ。お妃さまになられる方へ畏れ多い。メイドへお伝えくださいな」
うまく、貴族服の入ったスーツ袋を受け取った。門に掲げられた時計が十一時半を指している。そろそろ昼食の時間だ。王家の食卓へ乗り込むことになる恐れ知らずの十八歳。あまり常識も通用しない探偵ごっこは大詰めを迎えた。




