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禁忌の匂いの元を探しにいく

 王城のラウンジに午前八時の鐘が響く。

(また、この匂いだ)

 心の中で呟くのは、カニクバル伯爵家の令嬢ロメーヌ。ドレスはロココ調で緑系のパステルカラー。春に貴族学院を卒業したばかりの十八歳。少女の幼さと大人の気配が同居する顔立ちだ。

 微かだが綿菓子のように粘りつく甘い匂いが鼻に絡む。目の前に座ったショボドボ王国第二王子ウワキムンの貴族服からだろう。彼の緩く分けた前髪はブリーチされたホワイトベージュだが、そろそろ理容室へ行くはずの長さだ。

「今日も温泉ですか」

 ウワキムンの肌は潤い、耳たぶが赤らんでいた。

(子爵領の温泉へ理由をつけて行くけど、朝からかしら)

 ロメーヌが十六歳のとき、ウワキムンとの縁談が王家とカニクバル伯爵家で決まった。

(同級生だし、知らない仲でもないけど。恋愛もそういうものかな)

 恋というものに興味もあるが、恋人はいないころだ。男女交際に憧れて交際してみた恋人のような関係だろう。なにかの縁で繋がり愛は育むもの、とロメーヌは考えている。

 ウワキムンは、いかにもおしゃれだと言いたげに前髪をかきあげる。

「女は匂いを気にすると聞いたでな」

 いつもの癖だが、気取ったように貴族服の襟を直すと、紅茶のコップを手にした。

(体臭は気にしても、服の匂いまでは気が回らない男だね)

 初夏の朝日が射しこむラウンジにゼンマイ式の大型扇風機が風を巡らせる。

(えっ。着替えてないのかしら)

 朝は着替えるのが普通だし、王家だから、服がないとは思えない。明かりはちょっと暗く陰る、日光が雲に隠れたらしい。魔王エーアイのカガクと呼ばれた魔法が使えなくなって二千年余り、電気はない。

 話も弾まないのは、隣国の王女とウワキムンの縁談話が進んでいるという噂を聞いているからだ。

(ちょっと、確かめてみようかな)

「隣国の王女様にお会いしてますの」

「いや、これからである。知っておるなら話そう。まずはカニクバル伯爵と婚約は破談の話し合いもあるはずじゃ」

(たぶん香水の匂いだよね。あの王女様ではないのかしら)

 ロメーヌは婚約破棄よりも、浮気していなかったかが気になっていた。婚約者として朝食のあとに訪問して会うのが日課だが、たまに移り香を残したままだ。温泉へ行ったなどと言い訳をしていたウワキムン。

(不倫なら、父は喜ぶかもね)

 不謹慎にも考える。婚約は、カニクバル伯爵領の貿易を把握したい王家の駆け引きがあった。手続きを踏めば問題はない。

 カニクバル伯爵領は海沿いで、港やビーチが収入源となっていた。だから、不倫なら慰謝料請求もできるし、王家へ負い目を持たせて税金を安くさせる口実もできる。

「短い間でしたけど、ちゃんと筋は通していただけるのね」

(付き合って別れた知り合いもいたし、それと同じかな。これからだよ)

「神話時代のファンタジーみたいな無茶はしない。それで、あれだ。恨むとかなんとか」

 神話と呼ばれる令和時代の記録も多く残されていた。婚約破棄してざまぁする展開の物語も多い。

「分かってますから。これからは恋を探していきたいですね」

(家同士の駆け引きだからね。ちょっと私も人が良すぎたかも)

 男女交際に関心もでてくる時期だった。流れに乗ってみようか、と好奇心も豊富だ。

「家同士の都合で振り回されたが、時代は変わってきたであるな」

 庶民と貴族の間でも恋愛している。身分差も縮まった明治時代の初期に近い暮らしだ。

「王家では自由恋愛も叶いませんの」

「それは。うん、側室を持つ王家もあるらしいのじゃ」

 ウワキムンは何かを期待するように見つめってきた。権力におもねる女を、自分は持てると思っている部分もあった。

「私はご遠慮申しあげますので」

(側室ねー。自由恋愛でそこへ話がくるのかしら。もしかして浮気とかする男かも)

 香水らしい匂いを考えれば、どうしても女の影があるように思えてきた。ロメーヌは冷静というよりも、隠されたことは知りたい。

「仕方ないであるかな」

 ウワキムンは、婚約破棄か側室の話か、どちらとも受け取れることを呟いた。


 靴音が響く。

「いたいた」声をかけて、近づくのはオキマリパタン公爵家の令嬢サオリ。おっとりした雰囲気だ。ロココ調のドレスは淡いパステルカラーのピンク。

「ブイバン王国の使者となー。女王様が話してるのを聞いてきたでー」

「盗み聞きとは、あいかわらずであるな」

 ウワキムンは苦笑して紅茶を含む。二人は親戚で、性格も知っているらしい。三人は同級生で、ロメーヌはサオリを待っていた。ブイバン王国の使者が来るのは、親戚としてオキマリパタン公爵からサオリが得た情報だ。

「正式に決まったのかしら」

 盗聴は打ち合わせてもいる。長話をする予定もないので、立ったまま答えるサオリ。

「明後日には、あっちの王女様が来るらしいでー。顔合わせやなー」

 ウワキムンは気まずそうな表情になるが、知っていたように頷く。

「そんなことも言っておった。急じゃな。婚約破棄の話もあろうに」

 他人事みたいに話す。

「ウワキムン様は、そこまで進んでいるのをご存じなかったのでしょうか」

 言うとロメーヌは紅茶を飲み干す。

(冷めたかな)

 いつもより渋みを強く感じた。

(まったく、私に気を遣うというより、婚約破棄でざまぁされるのを怖がってるんだよ)

 ウワキムンは自分のせいでもないと、言いたいらしい。

「女王様がなにかおっしゃってたな。いや、悪気はないんじゃ」

(ずるがしこいというか、自分で泥をかぶる男じゃないよね)

「これから、お忙しくなるのでございましょう。次は父を交えた婚約破棄のときに」

 ロメーヌは立ち上がる。サオリは悪戯っぽく目を細めて、猫が獲物に近づくように、ウワキムンへ近づいた。

「なるほどなー。おもろくなりよるなー」

(貴族服の匂いに気付いたんだよ)

 ウワキムンは、なんのことだと言いたげだが、それをあとにしたロメーヌとサオリ。


 ラウンジを出て石垣の門をくぐると、三の丸に屋根瓦の貴族屋敷が並ぶ。風が暖かく薫り、二人のロココ調のドレスを揺らせた。

 神話に記されている日本の生活や慣習、アケハル様式ジャポネ文化が世界中で主流になっていた。

 サオリもウワキムンの貴族服の匂いに関心が有るらしい。

「禁忌の香水やろうかなー。今も香るのは強烈な匂いの香水やでー」

「遊郭かしら。商売だから口紅のあとも残さないと聞いたけど」

 風俗の仕事では、割り切って相手の迷惑にならないようにしているらしい。香水の残り香を服に付けるのは素人だ。

「化粧品店で、販売した相手がわかるやろかなー」

「教えるかしら。守秘義務もあるし」

 探偵ごっこをするのは、いつものこと。貴族学院を卒業したばかりで、大人の社会に人脈も多くはない。

「手がかりがあればなー。もしかして朝帰りかー」

 着替えを持ってない限り、男が朝帰りの時は服もそのままが多い。

「昨日と同じ服だと思う。移り香なんて朝っぱらからつけないでしょ」

(飲み屋かどこかへ行ったのかな。そこが分かれば)

「夕方まで待つしかあらへんかー。酒場はおしゃべりも多いし、王子様が来てたと話す人もいるでー」

 サオリも同じことを考えていたらしい。

(やっぱり、あそこか。朝方に出かけたのじゃない、と)

 心当たりはあるのを思いだした。

「温泉だよ。たぶん、泊まり込みで出かけている」

 温泉地といえば、王都の山の手にある子爵領が近い。

「子爵領で誰かと会っているはずやでー」

 そういうわけで、タクシーの役目をしている市民馬車に乗り、子爵領へ向かった。

(分からないことは知りたいよね)

 好奇心の塊みたいな十八歳の夏に、国を大騒ぎさせることが始まったとは、ロメーヌも気付いていない。


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