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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい
帰還戦国編

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第83話:淳志、太っ腹になる

砦の奥の小屋で、俺は義弘の前にあぐらをかいた。


 義弘の方は、まだ胸のあたりをさすっている。周りの里見の侍たちは、刀の柄に手をかけたまま、誰も動けずにいた。


「で、そもそも何で里見がこんな北にいるんだ。お前らの国って、もっと南だろ」


「……北条の手先の千葉を叩くために、上総から出張ってきたのよ。この砦も、奪ったばかりでな」


 なるほどね。取ったばかりの砦の前に、得体の知れない十騎が来たわけだ。そりゃ気も立ってるよなあ。


「で、武田の話だ」


 義弘は一つ息を吐いてから、話し始めた。


 武田の兵は、およそ一万。碓氷を越えたのは、十日ほど前のことらしい。


「北条は武田と示し合わせておる。上野の南、平井の城に兵を集めてな。武田が高梨を落とせば、北条は南から入って、長野の跡を山分けする腹よ」


「ああ、そういうことか」


 政継の言っていた「碓氷の向こうが妙じゃ」ってのは、これのことだったんだなあ。


 それと同時に、もう一つ気がついた。俺が今から上野に戻っても、西からは武田、南からは北条が来る。俺は一人しかいない。片方を潰している間に、もう片方に高梨を喰われる。


 どうしたもんかねえ、と考えかけたところで、小屋の外から物見が転がり込んできた。


「北条勢、およそ五百! 千葉の兵を連れて、砦を取り返しに参りましたぞ!」


 義弘の顔から、血の気が引いた。


「ま、まずい。門が無い砦では支えきれぬ」


 門を割ったのは俺だけどな。


「ちょうどいいや」


 俺は立ち上がって、十騎に声をかけた。


 ◇


 河原の向こうから、北条の旗を先頭にした兵が押し寄せてくる。


 先手の後ろで馬に乗っている男が、俺たちを見て大声で笑った。


「北条の侍大将、梶間刑部である! 里見の砦を破ったという化け物は、たった十騎か!」


「そうだよ」


 俺は何も持たずに、腕を大きく振りかぶった。


 全力で振り抜いて、手が一番速くなったところで、掌から拳大の石を百個まとめて出す。石は扇みたいに広がりながら、時速二百キロ近い速さで先手に突っ込んでいった。


 前の三列が、まとめて薙ぎ倒された。具足ごと胴がへこんで、兜が割れて、槍がへし折れている。後ろの足軽たちは、何が起きたのか分からない顔で立ち尽くしていた。


 もう一度、腕を振りかぶる。今度は一番速いところで、牛ほどもある大岩を出した。


 岩は低い弧を描いて河原を飛んでいって、北条勢の真ん中に落ちた。地響きがして、砂利と人がまとめて跳ね上がった。


 ひゅん、と後ろで弦が鳴って、指図をしていた物頭がひっくり返った。太助だ。気がつくと、権之丞はまた黙って俺の背中側にいた。


「殿について行けば、手柄首が取り放題ですぞ! 若い衆、遅れるな!」


 五郎が吠えて、若い連中が一斉に槍を構えて突っ込んでいく。源三郎は、相変わらず笑いながら先頭近くを走っていた。新八が「若様ぁ!」と叫びながら追いかけている。


 小次郎は、半泣きで馬の首にしがみついていた。それでも、馬から降りようとはしなかった。


 四半刻もしないうちに、北条勢は河原を逃げていった。


 ◇


 崩れた兵の中に、梶間刑部が倒れていた。腹に太助の矢が二本刺さっている。


 刑部は血を吐きながら、俺を見上げて笑った。


「北条を……甘く見るな。小田原には、まだ二万がおる。上野の田舎侍ごとき、氏康様が本気になれば一揉みよ」


「へえ」


 二万もいるのか。


「じゃあ、その二万から潰してくるわ」


 俺は刑部の喉に脇差を入れて、とどめを刺した。それから馬に乗って、西に馬首を向けた。


 武田と組んで高梨を売ったのが北条なら、頭を潰せば話が早い。小田原まで行って、氏康ごと城を崩してしまえばいい。


「旦那」


 馬の前に、五郎が回り込んできた。いつもの調子じゃなくて、真顔だった。


「小田原まで行って、あのでかい城を潰してる間に、高梨が無くなりやすぜ」


 俺は馬を止めた。


 五郎の言う通りだ。それは分かっている。分かってはいるけど、顔はどうしても西の方を向いたままだった。武田と組んで、上野を山分けしようとしてる連中を、このまま放っておくのは腹の虫がおさまらない。


 後ろでは、小次郎と勘解由が固まっていた。二人とも、一言も口を挟めずにいる。


「殿」


 源三郎が、笑いながら馬を寄せてきた。


「小田原は逃げませぬ。先に武田を片付けて、それから喰えばよろしい。殿はお一人。ならば北条には、別の犬を噛みつかせておけばよいのです」


「別の犬?」


 源三郎は、砦の方を顎でしゃくった。


「里見を使いましょう」


 俺は少し考えた。


 里見が下総で暴れれば、北条は自分の庭を守るしかない。平井の兵も、そっちに回すしかなくなる。そうなれば、俺は武田だけを相手にすればいい。


「……お前、親父より頭いいな」


「父には内密に」


 源三郎は、けらけら笑っていた。


 ◇


 砦に戻って、俺は義弘の前にどかっと座った。


 義弘は河原の方をちらちら見ていた。五百の北条勢が崩れるのを、砦の櫓から見ていたらしい。


「俺はこれから上野に戻って、武田を片付けてくる」


「う、うむ」


「それまで、北条を下総に釘付けにしとけ。上野には一兵も回させるな」


 義弘が何か言いかけたけど、俺は続けた。


「ただし、北条とまともにぶつかるなよ。俺が戻ってきて、大岩で城でも陣でもまとめて崩せるようになるまで、うまいこと逃げ回りながら引きつけとけ」


「ま、待て。里見に、北条の矢面に立てと申すか。それでは里見が……」


 俺は手を上げて、義弘の言葉を止めた。


「信用できないなら、それでもいいよ。その時は、戻ってきた俺が、北条もお前らもまとめて潰す」


 義弘の喉が、ごくりと鳴った。


「で、どっちに賭ける? 今なら、総の国全部やるぞ」


 小屋の中が、しんと静まり返った。


 義弘は、俺が割った砦の門の方を見た。それから、北条勢が崩れていった河原の方を見た。もう一度俺の顔を見て、口をぱくぱくさせている。


 しばらくして、ようやく声が出た。ひっくり返っていた。


「し、下総・上総・安房、全てでござるか!?」


 昨日は、裸で泳いで渡れって言ってた男なんだけどなあ。


 後ろで、源三郎が吹き出す音が聞こえた。勘解由は「ござる」の一言に、満足そうに頷いていた。

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