第69話:美玖比売、干し柿を数える
評定で「待つ」って決まってから、半月くらい経ちました。
篁の郷は、今が一年で一番忙しい時期なんだそうです。刈り入れが終わって、年貢を取り立てて、それを帳面につけて、蔵に納めるんですって。戸塚の分も増えたものだから、文官さんたちは毎晩遅くまで灯明をつけて、小さな木の棒を並べたり、指を折ったりして唸ってるんですよね。
私はというと、正直、退屈なんです。
戦もないし、皆殺しもしちゃいけないし。千代ちゃんと遊ぶか、ご飯を食べるくらいしかやることがないんですよ。
その日も、おやつを探しに台所へ行ったんです。
干し柿の籠を覗いて、あれ、って首を傾げちゃいました。
だって、戸塚のお城から持ってきた時は三十四個あったんですよ。そのあと千代ちゃんと五個食べたから、二十九個あるはずじゃないですか。
数えてみたら、二十一個しかないんです。
「すいませーん、この干し柿、八個足りないんですけど」
台所の女中さんに聞いてみると、きょとんとされちゃいました。
「は、はあ……干し柿でしたら、まだたくさんございますが……」
「いえ、たくさんあるのは分かってるんですけど、八個足りないんです」
女中さん、ますます困った顔になっちゃって。
内蔵助にも聞いてみたんですけど、「干し柿でございますか。籠にまだ山ほど……」って、同じ反応なんですよね。
どうもこの時代の人って、籠いっぱいある物をいちいち数えたりしないみたいなんです。たくさんあるか、少ないか。それだけ。
でも私、数えちゃったんですもん。気になるじゃないですか。
◇
犯人は、すぐに分かりました。
夜中にこっそり台所を覗いてみたら、文官さんが三人、干し柿をかじってたんです。その後ろに弥平次もいて、さらにその後ろに、なんと内蔵助までいるんですよ。
「……あ」
「ひ、比売さま……!」
全員、その場で平伏です。弥平次なんて真っ青だし、内蔵助は額を床に擦り付けて「申し訳ござりませぬ」って何度も繰り返してるし。
話を聞いたら、年貢の勘定が夜遅くまで終わらなくて、お腹が空いて、台所の干し柿を一つ二つつまんでたそうなんです。それが毎晩続いて、八個。
なるほどですねぇ。
「ひ、比売さま。干し柿の分は、それがしの禄から必ずお返しいたしますゆえ……」
弥平次が、平伏したまま絞り出すみたいに言うんです。
「え、いらないです」
「……は?」
「干し柿八個ですよ? そんなの返してもらっても困りますし」
弥平次、ぽかんとしちゃってます。どうも、首が飛ぶくらいの覚悟をしてたみたいなんですよね。干し柿で首なんて飛ばしませんよ、さすがに。
ちょっと考えてから、私は手をぽんと叩きました。
「じゃあ、夜まで残ってる人と、宿直の人には、夜にご飯を出しましょう」
平伏してた人たちが、そろって顔を上げます。
「……は?」
「だって、お腹減ったら悲しいじゃないですか」
それだけ言って、台所の女中さんたちに夜食の段取りをお願いしに行っちゃいました。お握りとお味噌汁と、あとお漬物くらいあればいいですかね。
後ろの方で、文官さんの一人が鼻をすすってる音が聞こえたんですよ。そんなに干し柿が好きだったんでしょうか。
◇
次の夜、夜食の様子を見に行ってみたんです。
文官さんたちのお部屋には、湯気の立つお味噌汁と、お握りがちゃんと並んでました。なのに誰も手をつけないで、膳の前でもじもじしてるんですよ。
「……まことに、頂いてよろしいのでしょうか」
「下々の者に、夜の膳など……」
ひそひそ言い合ってるところに、内蔵助が入ってきて、ごほんと咳払いをしました。
「比売さまのお志じゃ。ありがたく頂け」
それでようやく、皆さん手を合わせて、恐る恐るお握りにかぶりつくんです。
「冷めないうちにどうぞー」
私がそれだけ言って部屋を出ようとしたら、後ろから「ありがたや、ありがたや……」って声が聞こえてきました。お握り一個で大げさですねぇ。
でも、皆さんお腹が膨れて、すごく幸せそうな顔をしてるんですよ。お腹がいっぱいになると、人ってああいう顔になりますよね。
ついでに、皆さんのお仕事も横から覗いてみたんです。
机の上に、小さな木の棒がいっぱい並んでるんですよ。算木っていうんだそうです。それを並べ替えながら、皆さん唸ってるんです。
「……なんで皆さん、そんなに計算遅いんですか?」
つい、口に出ちゃいました。
文官さんが棒を並べる手を止めて、困ったように笑います。
「は……これでも、急いでおるのですが……」
帳面を覗き込んでみると、三百二十七石と、百八十九石と、四百五石を足すところでした。
「足したら、九百二十一石ですよね?」
文官さんたち、固まっちゃいました。
慌てて算木を並べ直して、しばらく数えて、それからこっちを見るんです。
「……さ、左様にございまする」
えっ、今の、そんなに難しかったですか。
これは大変ですよ。この人たちがずっとこの調子だと、帳面が合ってるかどうかも、誰も分からないってことじゃないですか。誰かがこっそりお米をちょろまかしても、きっと誰も気づかないんですよね。干し柿と同じで。
試しに、もう一つ聞いてみたんです。
「じゃあ、それを三つの村で分けたら、一つの村あたり何石ですか?」
文官さんたち、顔を見合わせちゃいました。一人が算木を並べ始めて、一人が指を折り始めて、もう一人は天井を見上げて口をぱくぱくさせてるんです。
「……三百七石、ですよね」
私が先に言っちゃうと、三人とも手を止めて、こっちを見たまま動かなくなっちゃいました。
割り算でこれなんですね。
うーん。
「……千代ちゃんに、計算教えようかなあ」




