第67話:淳志、婆さんの仇を知る
浦部の城を落としてから、四日が経った。
城の中は、まだ落ち着かない。
広間の方からは、朝から年寄りの家臣たちの声が聞こえてくる。年貢がどうの、境の村がどうの、亡き殿の葬儀の段取りがどうの。その真ん中で、十五、六の少年が一人、必死に頷いたり首を傾げたりしている。
浦部小太郎義直。この城の、新しい当主だ。
「……若殿、それでは先代様の頃と勘定が合いませぬ」
「う、うむ。では、どうすればよい」
「それをお決めになるのが、若殿にございまする」
「…………」
縁側で寝転がりながら、俺はそのやり取りを聞いていた。
大変そうだな。
正直、口を出す気にはならない。この家のことはこの家の連中が決めればいい。俺が当主になったわけじゃないし、なる気もない。義直を当主にしたのは俺だが、それは義直の親父が腹を切ってまで頼んだことだからで、別に浦部を乗っ取りたかったわけじゃない。
……まあ、実際には乗っ取ってるようなもんだが。
「旦那ぁ! 見てくだせえ、城の飯は米が白いですぜ!」
台所の方から、五郎が椀を掲げてにこにこしながら歩いてくる。炊き出しを手伝ってるうちに、ちゃっかり一杯もらってきたらしい。
「村の稗粥とは大違いだ。こりゃ毎日でも食えらあ」
「お前、すっかり馴染んでるな」
「へへっ、旦那のおかげでさ」
平和だ。
平和なんだが、一つだけ、片付けてないことがある。
「五郎。義直を呼んでくれ。広間の年寄りどもに捕まってるだろうから、俺が呼んでるって言えばいい」
「へい!」
◇
しばらくして、義直が小走りでやってきた。顔に「助かった」と書いてある。
「お呼びでございましょうか、小鳥遊様」
「聞きたいことがある」
俺は収納から、布の切れ端を一枚取り出した。
婆さんの村を襲った連中の旗だ。あの時、死体を山に捨てる前に、旗指物だけは剥いでおいた。いつか、どこの誰の仕業か確かめるために。
黒地に、白で染め抜いた家紋。
「この旗、どこのだ」
義直が切れ端を受け取って、ひと目見た瞬間、顔色が変わった。
「……増田にございます」
「増田?」
「西の、二千石ほどの国人で、増田弾正長久という者が治めております」
義直は、切れ端を握ったまま、少し言い淀んだ。
「……父が、生前、気にしておりました」
「何をだ」
「増田は、ここ一年ほど、甲斐の武田と頻繁に使者を通わせていると。武田が佐久から峠を越えて上野へ入ってくる時の、道案内を務めるつもりではないかと」
義直は、声を落とした。
「近頃、浦部の領内の村があちこちで荒らされておりました。父は、増田が武田に手柄を立てるため、浦部の力を削いでいるのだろうと……」
そうか。
俺は、義直の手の中の旗を見下ろした。
徴発と称した略奪。浦部の村を荒らして、浦部の力を削ぐ。武田が峠を越えてくる時の、下ごしらえ。
婆さんは、そういう大きな絵図の、どうでもいい端っこで死んだのか。
家の前に立ちはだかって、槍で一突きにされて。
「……そうか」
腹は立つ。
だが、不思議と怒鳴る気にはならなかった。前の俺なら、たぶんこの場で増田の城の方角に向かって、片っ端から石をぶん投げてただろう。
今は、ただ、やることが一つ決まっただけだ。
「義直。浦部で、すぐに動かせる兵はどれくらいいる」
「は、はっ。急ぎ集めれば、百ほどかと。ですが、まだ家中が落ち着いておらず、父の葬儀も……」
「五十でいい」
「ご、五十?」
「残りは城を守らせろ。お前は城にいて、年寄りどもの相手をしてろ」
義直が、目を丸くした。
「五十で、二千石の増田を……?」
「若殿」
いつの間にか戻ってきていた五郎が、椀を片手に、欠けた歯を見せて笑った。
「旦那にとっちゃ、数ってのはあんまり関係ねえんでさ」
◇
その夜、俺は義直の部屋で、増田のことを根掘り葉掘り聞き出した。
城の場所。曲輪の数。門の向き。兵の数と、その中で名の通った武者。当主の長久の性格。武田とのやり取りの頻度。増田の領内の村の数と、その村々が増田をどう思っているか。
鞄から手帳とボールペンを出して、聞いたことを書き付けていく。インクは有限だから、字は小さく、要点だけ。
義直が、俺の手元をじっと見ていた。
「……それは、何でございますか。筆も墨も使わずに、字が……」
「遠い国の筆だ」
「は、はあ……」
五郎は「修験の技でさ」と横から口を挟んで、勝手に納得させていた。便利な言葉だな、修験。
書き付けた内容を眺めながら、頭の中で整理する。
増田は二千石。動かせる兵はせいぜい五十から六十。浦部の城を落とした話はもう伝わってるだろうが、所詮は千石の城を一つ奪っただけの流れ者だと侮ってるはずだ。城は平城に近い。攻め口も多い。
――まあ、やり方はいくらでもある。
問題は、どうやるかより、どう見せるかだ。
俺はこの先、武士の世界で上がっていかなきゃならない。名前を轟かせて、どこかにいるあいつの耳に届くまで。そのためには、ただ強いだけじゃ足りない。卑怯者だの妖術使いだの言われたら、誰もついてこない。
だから、作法には付き合う。名乗りも、一騎打ちも。
「……面倒くせえな」
「旦那、なんか言いやしたか?」
「なんでもない」
◇
翌朝。
大手門の前に、五十の兵が並んだ。
浦部の家臣たちは、明らかに戸惑った顔をしていた。つい先日まで、自分たちの城を攻め落とした男だ。その男に率いられて、戦に行けと言われても、そりゃあ素直には頷けないだろう。
俺は馬上から、ざっと兵の顔を見渡した。
何を言えばいいのか、正直よく分からない。気の利いた演説なんて、SE時代の朝礼でもやったことがない。
だから、思ったことだけを言った。
「これから、婆さんの仇を取りに行く」
兵たちが、きょとんとした顔をする。婆さんって誰だ、と顔に書いてある。
「ついでに、お前らの村を荒らした連中もな」
何人かの兵が、はっとした顔になった。
増田の略奪で、自分の村を焼かれた奴がいるのだろう。家族を失った奴も、いるのかもしれない。
浦部の兵たちの視線が、初めて、真っ直ぐに俺の方を向いた。
それで十分だ。
俺は馬の腹を軽く蹴った。
五郎が、槍を担いで横に並ぶ。
「旦那。今日は、名乗りの作法、ちゃんとやるんですかい?」
「……やるよ」
俺は、ため息を一つついた。
「面倒くせえけどな」
◇
増田の城の広間に、物見が転がり込んできたのは、昼過ぎのことだった。
「申し上げます! 浦部の兵が、こちらへ向かっております!」
上座の増田弾正長久は、四十がらみの、腹の出た男だった。浦部が落ちたという報せは、既に昨日のうちに届いている。
「ほう。浦部の小倅を傀儡に据えたという、流れ者か」
長久は、鼻で笑った。
「千石の城を一つ奪っただけで、図に乗りおったわ。して、その数は」
「は……五十ほどにございます」
一瞬、広間が静まり返った。
それから、長久が腹を抱えて笑い出した。
「五十! 五十とな! 舐められたものよ!」
居並ぶ家臣たちも、つられて笑う。
「よかろう。城門の外で迎え撃て。その流れ者の首、武田様への何よりの手土産にしてくれるわ」
長久は、上機嫌で盃を傾けた。
自分の兵が、つい先日、浦部の村で一人残らず消えたことを。
その二十人を消したのが、まさにその流れ者であることを。
増田弾正長久は、まだ知らなかった。
『原作で心を壊されて退場するモブに転生したけど、推しのメイドがクソ女だったし、作者の設定がガバガバなので好きに魔法いじって好きに生きる ~ショボい魔法しかないと笑った連中、全員ザマァ~』
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