第63話:淳志、浦部の城を落とす
吹き飛んだ門の向こうで、土煙が上がっていた。
門扉の残骸の下で、何人かが呻いている。その奥の曲輪には、槍を構えた兵がずらりと並んでいた。三十、いや四十はいるか。千石の国人にしちゃ、よく集めた方だろう。
「か、かかれぇ!」
誰かが叫んで、兵たちが一斉に駆け出してくる。
俺は腰の袋……じゃない、収納の中身を確かめた。道中、五郎と喋りながら河原で拾い集めてきた小石。ピンポン玉くらいのが、ざっと二百はある。
軽く腕を振る。シャドーピッチングだ。本気で投げるわけじゃない。それでも、この体の筋肉と神経は常人の倍で動く。軽く振ったつもりでも、指先は百三十か四十は出てるだろう。
リリースポイント。そこに小石を出す。一つじゃない。扇状に、ばらけるように、三十ほどまとめて。
バラララッ、と乾いた音が曲輪に響いた。
先頭の列が、まとめて崩れた。胴丸に穴が開き、兜がへこみ、膝が砕ける。何が飛んできたのか分かった奴は、たぶん一人もいない。
もう一度振る。二列目が沈む。
三度目を振る頃には、前に出てくる奴がいなくなっていた。
「……散弾だな、こりゃ」
後ろで五郎が、門柱の陰から顔だけ出して固まっている。
「旦那、今、何投げたんで……? 何も持ってなかったですよね……?」
「修験の技だ」
「修験って、すげえんですねぇ……」
五郎の声が、ちょっと裏返っていた。
◇
静まり返った曲輪を、歩いて進む。
倒れた兵の間を抜けて、二の門の前まで来たところで、一人の武者が立ちはだかった。
でかい。六尺はあるだろう。使い込まれた黒糸縅の具足に、身の丈ほどの大身槍。顔に刻まれた古傷が、場数を物語ってる。
「待たれよ!」
腹の底から響く声だった。
「我こそは浦部家中、鬼頭兵庫助なり! 貴殿、門を破り、我が朋輩を討ちし者と見受ける! 名乗られよ!」
――来たよ。
正直、面倒くさい。この距離なら、さっきの小石で一発だ。名乗りなんて聞いてる間に終わる。
だが、ここで不意打ちしたら、俺は「名乗りも受けずに斬った卑怯者」になる。この先、武士の世界で上がっていくなら、それは困るんだよな。
俺は槍を出して、構えた。五郎に教わったばかりの作法で、腹から声を出す。
「小鳥遊淳志綱興である」
「小鳥遊殿か。いざ、尋常に勝負!」
兵庫助が踏み込んでくる。速い。さすがに家中一の槍自慢ってだけはある。並の足軽なら、この一突きで終わってるだろう。
だが、俺の目には十分に見えていた。
収納は使わない。一騎打ちで妖術を使ったなんて言われたら、それこそ卑怯者だ。素の力だけでいい。
突き出された穂先を半歩で外して、俺は自分の槍を真横に振った。狙いは胴。技も何もない、ただの横薙ぎだ。
兵庫助が、咄嗟に槍の柄で受けた。
――バキン。
兵庫助の槍の柄が、真ん中から折れた。勢いは止まらず、柄を握っていた両手ごと、ありえない方向に曲がる。
ついでに、俺の槍も折れた。
「……あ」
手元に残ったのは、穂先の取れた棒切れだけだった。村から……じゃない、隣国の兵から頂いた槍だったんだが。
兵庫助が、折れた両手をだらりと下げたまま、膝をついていた。脂汗が額を伝っている。それでも、目だけは死んでいなかった。
兵庫助は、周りで固まっている浦部の家人たちを見回して、大声を張り上げた。
「見たか、皆の者! これが武士の死に様ぞ! 臆するな、最後まで浦部の名を汚すな!」
それから、俺を見上げる。
「小鳥遊殿。見事なり。この首、獲られよ!」
「ああ、そう」
俺は腰の脇差を抜いて、あっさりと首を獲った。
家人たちが、息を呑む音が聞こえた。鼓舞されて奮い立つかと思ったが、どいつもこいつも顔が真っ青だ。そりゃそうか。家中一の槍が、ただの横薙ぎ一発で終わったんだから。
◇
「城主はどこだ」
奥へ進みながら、立ちはだかる家人に聞く。誰も答えない。答える代わりに、刀を振りかぶってくる。
仕方ないから、斬る。
……いや、斬ってるのかどうか、自分でもよく分からない。
兵庫助の首を獲った時に拾った刀を、片手で振り回してるだけだ。剣術なんて習ったこともない。刃筋も何もあったもんじゃない。ただ、この膂力で鉄の棒を叩きつければ、受けた刀ごと腕が折れるし、胴丸ごと肋が砕ける。
三人、四人、五人。廊下に転がっていく。
「城主はどこだ」
また聞く。また答えない。また振る。
後ろからついてくる五郎が、ぼそっと呟いた。
「……ありゃ、剣術じゃねえよ……」
「聞こえてるぞ」
「褒めてんですよ! ……たぶん!」
◇
一番奥の座敷に、城主はいた。
四十半ばくらいの、痩せた男だった。上座に正座して、こっちを見ている。脇には若い男が二人。息子だろう。家臣が数人、刀に手をかけて固まっていた。
「……浦部越中守である」
男は、静かに頭を下げた。
「家中の者が、無礼を働いたと聞いた。百姓の婆と、村を辱めたと」
「そうだ」
「その者どもの主として、責は我にある。……腹を切る。だが、願いが一つある」
越中守は、両脇の息子たちに目をやった。
「倅どもの命だけは、助けてはもらえぬか」
座敷が、しんと静まった。
俺はしばらく、越中守の顔を見ていた。
この男が直接、婆さんを侮辱したわけじゃない。だが、ああいう侍を飼ってたのはこいつだ。で、その責任を、自分の腹で取ると言ってる。息子の命と引き換えに。
――まあ、筋は通ってるか。
「いいだろう」
「……かたじけない」
越中守は、もう一度深く頭を下げた。
支度は、手早く済んだ。白い布が敷かれ、脇差が三方に乗せられる。越中守は、作法通りに腹を切った。
介錯は、俺がやった。苦しませる理由もない。
◇
「これで手打ちだ」
俺は刀の血を払いながら、座敷を見回した。
「城主は責を取った。ここまでにする」
家臣たちが、ほっとしたように肩の力を抜いた。
その時だった。
「――親の仇!」
上座の脇にいた、若い男の一人が立ち上がった。二十歳そこそこ。目を真っ赤にして、俺を睨みつけている。
「浦部義竜、この恨み、決して忘れぬ! いつか必ず、貴様の首を獲ってくれる!」
家臣たちが、また凍りついた。
だが、どこか空気が違う。若殿が仇討ちを誓う。いつか成長して、仇を討ちに来る。そういう、武士の美談を見てるような顔だ。義竜本人も、自分の言葉に酔ってるような顔をしてる。
――ああ、そう。
「うん、じゃあ今受けて立ってやる」
「……は?」
俺は、床に転がっていた家臣の槍を拾って、義竜に放ってやった。義竜が、反射的に受け取る。
「いつかとか言わずに、今来いよ。ほら」
座敷の空気が、完全に止まった。
義竜は槍を握ったまま、動けない。家臣たちも動けない。「将来いつでも来い」的な返事を期待してた全員が、どうしていいか分からなくなってる。
俺は、腹の底から苛ついていた。
「お前さ」
一歩、近づく。
「父親が、自分の腹切ってまで、お前らの命乞いしたんだぞ。それを、たった今、自分の口で無にしやがって」
義竜の顔が、ようやく青ざめた。
遅いんだよ。
右手を軽く振る。拳が伸びきった先に、一抱えほどの岩を出した。
ぐしゃり、と鈍い音がした。
義竜が立っていた場所には、岩と、その下から覗く着物の裾だけが残っていた。
岩を収納して、俺はもう一人の息子に向き直った。
まだ十五、六か。ずっと黙って座っていた方だ。兄が潰されるのを見ても、顔は真っ青だが、目を逸らしてはいなかった。
「お前はどうする」
少年は、震える手を膝の上で握りしめた。それから、ゆっくりと頭を下げる。
「浦部小太郎義直と申します」
声は震えていたが、はっきりしていた。
「小鳥遊様は、親の仇でございます。……ですが、その前に、親が命を懸けた最後の願いを、聞き届けてくださった方だと、思っております」
……ほう。
俺は少しだけ、その少年を見直した。兄貴とは出来が違う。
「では、今日からお前が浦部家の当主だ」
座敷を見回す。
「お前らも、それで良いな?」
家臣たちが、一斉に平伏した。誰も異を唱えない。唱えられるわけがない。
用は済んだ。俺は背を向けて、座敷を出ようとした。
「お待ちください」
義直の声だった。
振り返ると、少年はまだ平伏したままだった。
「……私、高梨様にお願いして、小鳥遊様の旗下に加わりたく存じます。お許しいただけましょうや」
――は?
親の仇の旗下に入りたいって言ってるのか、こいつは。
俺はしばらく、義直のつむじを見下ろしていた。
「……お前も物好きだな」
五郎が、俺の後ろで「旦那、また一人増えやしたね」と、欠けた前歯を見せて笑っていた。
こうして、俺の最初の戦は終わった。




