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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第50話:暗黒の回廊と、廃棄物の味

石の扉が閉まると、後は無音だった。

 背後で扉が噛み合う「ガシャン」という重い金属音だけが、ここが外界と隔絶されたことを告げている。『夜見のレンズ』を通した視界は、緑がかった奇妙な世界だ。魔素の濃度が高いせいで、レンズを透かした光がノイズのようにチラつくが、地形を把握するには問題ない。

 足元を確認すると、床は石造りではなく、硬化した軟骨のような、どこか生々しい質感の物質で覆われていた。


「アツシさん、ここ、変な匂いしますね。お肉を熟成させてる時みたいな、ちょっと甘ったるい……。でも、奥の方は少し酸っぱい感じもします」

 ミクが鼻をひくつかせながら、暗闇の先を指差した。

 スレイプニルたちの蹄が、粘り気のある床を叩く。カチャカチャという乾いた音ではなく、ゴムか肉を叩くような不快な反響。黒王号が鼻を鳴らし、足元の感触に苛立っているのが伝わってきた。


壁一面に、大きな試験管のような容器が、整然と、それでいて際限なく並んでいた。

 中には青白い液体が満たされ、そこには「失敗したパーツ」が浮いている。

 人型になりきれなかった肉の塊、あるいは特定の部位だけが異常に発達した残骸。それらは、死んでいるわけではない。液体の動きに合わせて緩やかに揺れ、時折、脈打つように筋繊維が動いている。


「……アツシさん、あれ。ウサギの腿ですよね?」

 ミクが見つめる先には、俺の胴体ほどもある巨大な肉塊が浮いていた。

 過剰な栄養――つまり魔素を強制的に流し込まれた結果、本来のウサギ獣人ならあり得ないほどの筋密度に達している。純白の毛に覆われているが、中の肉は相当な霜降りに見える。レンズ越しでも、その「肉質」の異常さは十分に伝わってきた。


「……人格もねえ、ただの肉のパーツだな。管理者はこれを使って兵隊でも作るつもりだったのか、それとももっと別の何かか」

 俺はスレイプニルを止め、容器の縁に『収納』の座標を合わせた。

 青い液体ごと、肉のパーツだけを空間から引き抜く。手応えはずっしりと重い。筋肉が生きているせいか、収納の境界線を通る瞬間に、指先に僅かな抵抗を感じた。

「……回収した。後で血抜きして焼いてみよう。この密度なら、ステーキだな。繊維が太いから、少し長めに火を通した方がいいかもしれない」

「楽しみですねぇ。あ、あっちの容器には、牛獣人の『肩』だけがありますよ。しかも、四本も!」


俺たちがそんな「収穫作業」を繰り返していると、通路の奥から地響きが聞こえてきた。

 現れたのは、頭部のない肉の塊だ。

 いくつもの節足が突き出し、その隙間には、今回俺たちが回収したような「獣人の失敗作」がいくつもパッチワークのように縫い合わされている。

 どう見ても、侵入者を排除するための、あるいは廃棄物を回収するための防衛プログラムだろう。意志を感じさせない無機質な動きが、かえって薄気味悪い。


「……アツシさん、あれはダメです。色んな肉が混ざりすぎてて、処理が面倒そう。骨もあちこちから突き出してますし」

「だな。エグ味も強そうだ。……バラして、使えるところだけ抜くぞ。あいつの左脚の部分、さっき回収したウサギの腿に近いな」


肉塊が、不器用な足音を立てて突進してくる。

 俺は慌てず、敵の進行方向に『収納』の座標を固定配置した。

 座標を指定し、空間の一部を切り取る領域を動かさない。奴は自らの速度で、不可視の境界線に足を突っ込み、次々と四肢を『収納』に切り取られていく。

 ギチギチと、肉が断たれる嫌な音が響く。

 バランスを崩して転倒した塊に、ミクが地を蹴って近づき、その「一番綺麗そうな部分」――中央で脈打つ巨大な筋組織に掌を当てた。


――ボッ。

 空間ごと抉り取られた肉塊は、その瞬間にただの物体になり、地面を転がった。

 

「……さて。邪魔も消えたし、奥に行こうかね。……ミク、スレイプニルたちが少し警戒してる。何かデカいのが奥にいるかもしれないな」

「いいですね!デカい方が、お肉もたくさん取れますから!」


俺たちは、血も流れない廊下をさらに進んだ。

 並んでいる容器の中身は、奥に行くほど「悪趣味」になっていく。単なる部位の巨大化ではなく、種族を混ぜ合わせたような歪な形が増えてきた。


「……あ。アツシさん、見てください。あっち。……ドラゴンと人間を混ぜようとしたんですかね、あれ。鱗と肌が交互になってて、少しヌルヌルしてそう」

「……ふむ。鱗の隙間に脂が乗ってそうだな。……面白い。あれは刺身でいけるか? 脂の乗り方次第じゃ、大トロに近い味がするかもしれないぞ」

「えー、生はちょっと怖くないですか? さっきの青い液体に浸かってたんですよ? お腹壊したらどうするんですか」

「……それもそうか。じゃあ、サッと炙るくらいにするか」


そんな、夕飯のメニューを相談するようなトーンで、俺たちは管理施設の中心へと向かった。

 周囲の空気はますます重くなり、レンズを通した視界も、溢れ出す魔素のせいで歪み始めている。


「……アツシさん。あの大きな容器、うっすら光ってますよ。……羊獣人の角が生えた、巨大な『お腹』だけのパーツがあります。……これ、三メートルくらいありません?」

「……ジンギスカンでもやるか。このサイズなら、街一つ分の宴会ができそうだな」

「いいですね、お腹空きました。さっきから『暁の誓い』のみんなと龍を食べたせいで、余計に胃袋が開いちゃったみたいです」


俺は、この施設を作った管理者が何を目指していたのか、そんな高尚な謎には興味がなかった。

 ただ、この先に「どんな味の失敗作」が転がっているか。

 そして、この巨大な「生体工場」そのものが、果たしてどれほどの食材を俺たちに提供してくれるのか。

 それだけを楽しみに、俺は闇の奥へとスレイプニルを走らせた。

 レンズの先、回廊の終点にある巨大なドーム状の空間に、今までとは比較にならないほど巨大な「肉」の気配が揺れているのが見えた。


「……ミク。メインディッシュが近そうだぞ」

「はいっ、アツシさん!」


二人の声は、無機質な工場の闇に、どこまでも不似合いに明るく響いていた。

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