第51話:第二章最終話 肉の柱と、ダンジョンの終焉
回廊の突き当たり。そこに広がっていたのは、見上げるほど巨大なドーム状の空洞だった。
『夜見のレンズ』越しに見えたのは、天井まで届きそうな、脈打つ肉の巨塔だ。
それは、この階層に溜まっていた「失敗作」を、誰かがヤケクソで一箇所に練り固めたような、歪なキメラの集合体だった。
牛獣人のぶ厚い胸肉、ドラゴンの硬い鱗、ウサギ獣人のしなやかな脚……それらが複雑に絡み合い、呼吸するように膨らんだり萎んだりしている。周囲には、血と魔素が混ざり合った、頭がクラつくような甘い蒸気が充満していた。
「……あはっ! アツシさん、見てくださいこれ! 宝の山ですよ!」
ミクがクイーンから飛び降り、歓喜の声を上げる。その瞳は、レンズ越しでも分かるほどギラギラと輝いていた。
「ああ。出来損ないを集めて一つにするなんて、管理者の奴もずいぶんと物好きだな」
俺は黒王を降り、その巨塔を値踏みするように眺める。
外側は継ぎ接ぎだらけで不恰好だが、内側からは龍の肉にも劣らない、凄まじい生命力の鼓動が伝わってくる。
「……でも、アツシさん。あそこ! あの白く光ってるところ、絶対『特上』ですよ!」
ミクが指差したのは、柱の中層、肉が複雑に層を成している奥の方だった。
そこだけ肉質が透き通るように白く、魔素をたっぷりと吸い込んで、宝石のように発光している。
「……サシの入り方が尋常じゃないな。……よし、やるか」
俺が呟いた瞬間、巨大な肉の柱が、侵入者を排除しようと激しくのたうち回った。
――グオォォォォォォッ!!
どこに口があるのかも分からないが、空気を引き裂くような咆哮が響く。
柱のあちこちから、腕や脚のようなものが触手のように伸び、こちらを叩き潰そうと一斉に振り下ろされた。
俺は一歩も引かず、飛んでくる肉の触手に対し、空間の「入り口」を開いてやる。
ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ。
俺に向かって叩きつけられたはずの肉が、手応えもなく次々と消えていく。
「ミク、表面の硬いのは全部『収納』に放り込め。奥の美味そうなところを剥き出しにするぞ」
「はーい! 遠慮なくいかせてもらいますねー!」
ミクが笑いながら、肉の壁を垂直に駆け上がっていく。
襲いかかる太い腕を、彼女は空中でダンスでも踊るようにかわし、その表面に次々と掌を当てていく。
「……そこ! 邪魔! どいてください!」
ミクが掌を当てるたび、巨大な肉の壁が「ボコッ」と丸く削り取られ、消えていく。
露出したのは、さらに奥に隠されていた、ピンク色に輝く極上の赤身だ。
ドームの天井からは、俺たちを焼き払おうと防衛用の光線が降り注ぐが、俺は『収納』の口を俺たちの頭上に大きく展開し、それをそのまま、肉の柱の「一番防御が硬そうな鱗の部分」に向けて出口を開けてやった。
自らの防衛システムに焼かれ、柱が狂ったように激しく悶絶する。
「……アツシさん、開きました! 見てください、この断面! 最高ですよ!」
ミクが叫ぶ。
削り取られた肉の奥底。そこには、俺が予想した通りの「究極の部位」が詰まっていた。
一頭からわずかしか取れないはずの希少部位が、そこには数トン分もの巨大な塊として鎮座していたのだ。
「よし、ミク。そのまま……そこ、全部もらうぞ」
俺は、その特上の肉が詰まっている範囲を狙い、『収納』を大きく広げた。
管理システムがどうなるとか、この施設が崩壊するとか、そんなことは食事の前では些細な問題だ。
――シュンッ。
音もなく、肉の柱の心臓部が、空間ごと丸ごと消えた。
支えを失った巨大なキメラの残骸は、バランスを崩してドロドロと崩壊し、肉の雨を降らせ始めた。
ミクは空中で、切り取られた肉塊の間に有った光る石を掴み、俺の隣に着地した。
「アツシさん、これ! すごく熱いです!」
ミクが肉塊の中から掴み出したのは、脈打つように発光する透明な石だった。
「魔力の塊か。……まあ、石じゃ腹は膨らまないが、それなりの値段は付くだろうな。それより肉だ。こっちは百年食ってもなくなりそうにないぞ」
崩れ落ちる肉の巨塔を背に、俺たちはスレイプニルを走らせた。
空間が歪み、壁が砂のように崩れていく。俺たちはニ層まで一気に駆け抜け、愛馬たちを『収納』へ放り込むと、閉じる寸前の入り口から外へ飛び出した。
背後で、巨大なダンジョン都市の象徴だった縦穴が、音もなく土砂に埋まっていく。
多数の探索者を飲み込んだまま、ダンジョンそのものが「死んだ」のだ。
待ち構えていた領軍や騎士団も、目の前で起きた天変地異に、俺たちを捕らえるどころか逃げ惑うことしかできていない。
「お、おい! 生きてたのか!」
騒乱の隙を突いて、ウィールたちが駆け寄ってきた。
「ああ。お前たちこそ、よく騎士団に捕まらなかったな」
「……お前らに脅されて、無理やり案内させられたってことにして、被害者の振りしてたんだよ」
ウィールのその立ち回りの良さに感心する。
「ダンジョンはもう駄目だろうな」
俺の言葉に、ネラやサバンは真っ青になって立ちすくんでいたが、ウィールはすぐに前を向いた。
「……ダンジョンは他の街にもある。新しい街へ行くさ。龍を喰ったなんて、一生の自慢になるしな」
「じゃあ、これも売って門出の足しにしろ」
俺は肉の中から拾った光る石を放ってやった。
「お、おい! これ、魔石だぞ!? 金貨が何枚分になるか分かってるのか!」
「ははっ、高そうだが、あいにく俺たちは食べ物にしか興味がないんだ」
黒王とクイーンに跨り、呆然とする「暁の誓い」を置いて俺たちはダンジョン消滅の犯人とバレる前に門外へ向かった。
グラナドスを遠くに臨む丘の上。
俺はかつてないほどの真剣さで肉と向き合っていた。
「……さて。こいつはわさび醤油もいいが、まずは岩塩だな」
「アツシさん、もう我慢できません! 早く、一番厚いやつを!」
贅沢な肉の塊をスライスするたび、極彩色の脂が溢れ出す。
街一つが死んだ直後だというのに、俺たちの関心はこの「肉」が期待通りの味か、それだけだった。
「………………美味しいですねぇ」
「………………ああ、旨い…旨いなぁ」
俺達は本当に旨いものを喰うと言葉が出ないことを知った。
肉の歯ごたえ、油の旨味、香りを表現する?
そういうレベルではなく、只々美味いのだ。
理屈ではなく細胞が脳髄が震えている。これを手に入れるためならば、俺はミク以外なら喜んで差し出すだろう
ただただ、至福の時間が過ぎていった。
俺達は無言で、肉汁の一滴も残さないように平らげる。
食べ終わり、二人とも無言で並んで横になっていた。
宵闇から夜空となり、地球には無い星々が夜空を飾っている。
「いやあ、美味しかったです。満足で何の不満も無いんですけど、凄く良いレストラン行ったりした後って焼きそばとかカップ麺とか、ジャンキーな食べ物を食べたくなりませんか?」
「お、分かる分かる!……グラナドスじゃ屋台どころじゃないだろうなあ。他の街行ってみようぜ。山中の街で肉串か海沿いで海鮮、どっちにするミク?」
「そうですねぇ、肉は今食べたし、途中の野営で兎さんの脚食べるでしょうから海鮮で行きましょう!」
「よーし、じゃあ出発だ!」
俺とミクの異世界グルメと理不尽旅はまだ終わらない。
これは最終回ではありません。
他の作品が2作品とも執筆が山場で追いつかないので、一度お休みとさせて頂きたいのです。
この作品は好き勝手に書いている「作者の癒し枠」なので、いつかは分かりませんが、また再開いたします。
連載中の
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『王国の魔法革命児 〜鑑定値「1」の男が現代知識で、爆鳴の鬼と言われるまで〜【王国騒乱編】』
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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』
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