第49話 暁の誓いと、石の回廊の沈黙
翌朝、宿の前に現れた「暁の誓い」の面々は、一晩で数年分老け込んだかのような顔をしていた。
リーダーのウィールはこちらをチラチラと伺い何かを聞きたそうな空気を出しているし、昨日あれほど威勢の良かった虎獣人のサバンは、尻尾を股の間に巻き込み、石畳の一点を見つめたまま動かない。
「おはようございまーす! 皆さん、どうしたんですかー? 顔色悪いですよ? クッキー食べますかー?」
ミクがカバンから、昨日ギルドの受付嬢に渡したものと同じクッキーを取り出し、無邪気に差し出す。だが、誰もその手を取ろうとはしなかった。それどころか、ミクがクッキーの袋をガサリと鳴らすたびに、彼らの肩がビクンと大きく跳ねる。
「……き、昨日、ギルドに顔を出したんだが……」
ウィールが、掠れた声でようやく言葉を絞り出した。
「えーそうなんですね!受付のお姉さん、元気でしたかー?」
ミクの能天気な問いかけに、ウィールはそれ以上言葉を続けることができず、ただ天を仰いだ。
地獄。彼らが見たのは、文字通りの地獄だったのだろう。ギルドマスターの首が消え、高ランクパーティーの死体が転がり、それを生き残った職員たちが泣きながら片付けている光景。そして、衛兵に犯人の「特徴」を聞かれている職員の声が漏れ聞こえた瞬間に、彼らは自分たちが誰と契約したかを思い知らされたわけだ。
「よし! じゃあ出発だ!」
俺は彼らの絶望を無視し、快活に声をかけた。
俺たちにとっては、昨日のことはただの日常に過ぎないのだ。さっさとダンジョンを楽しみ、誰も言ったことがない景色を見て、食材を探しに行きたいだけだ。
その日、グラナドスの中心部、巨大な縦穴を囲むように建てられたダンジョンの入り口は、異様な光景だった。
衛兵のみならず、領主の騎士団までが誰かを待ち受けているように陣を組んでいたのだ。
ミクが「ダンジョンに入りたいんですけどー?」と言うが、衛兵は「今日はダメだ。凶悪な男女の二人組の殺人鬼がダンジョンに来ると言う情報があるからな」という。どうやら俺達は暁の誓いの仲間で7人組だと思っているので気が付いていないようだ。
俺が、ダンジョンに入るために何か上手い手は無いかと考えている時に、ミクが手を挙げて「あ、ギルドの話なら私達でーす!」となんでもない事の様に大きな声でとてもいい顔で言い放つ。
ポカンとする衛兵や騎士団たちを見ながら、おかしくなってきた俺はどうしても言いたくなってミクに言った。
「うん、やっぱりミクは最高の良い女で相棒だ、愛してるぞ」
両手を頬に付けて赤い顔でクネクネしているミクをよそに
俺は「お前ら、どけないと吹き飛ばすぞ?」と宣言する。
衛兵や騎士団は警告を無視して、俺達を捕縛しようと動く。
次の瞬間、淳志は収納から小石や木片などを音速で射出した。
「バンッ!ズドーンバリバリバリ」
次の瞬間、射線にいた衛兵も騎士団も全てが「消えて」いた。
「よし、掃除も終わったしダンジョンに入ろうか?」
そう言って見回すと、ミクはニコニコしていたが暁の誓いの面々は青い顔をしてした。まあ気のせいだろう。
ダンジョンに入る前に黒王やクイーン、馬などを仮死にしていく
スレイプニル二頭は、ポーションの入った水桶を大人しく飲み干すと、やがて静かにその巨体を横たえた。黒王号もクイーンも、俺たちへの信頼ゆえか、抵抗一つ見せなかった。
「……信じられん。スレイプニルをこれほど簡単に眠らせるとは……」
斥候のチラが、蟻人族特有の複眼をチカチカと動かしながら呟く。
俺たちは、眠った二頭を『収納』した。
「行くぞ。二層までは一本道だ。魔物が出るが……」
入り口であった事は忘れて開き直ったウィールが言いかけた先で、通路の奥から醜悪な叫び声とともに、巨大な土蜘蛛の群れが這い出してきた。
「チッ、接敵! サバン、ヘッケル、構えろ!」
暁の誓いが陣形を組もうとした瞬間、俺の横を風が吹き抜けた。
ミクの姿が消えた、と思った次の瞬間には、土蜘蛛たちの群れの中央が、巨大な円形に削り取られていた。
「……あ、ここの蜘蛛、あんまり美味しくなさそうですね」
ミクが通路の先に立ち、落ちている脚を一本つまんで不満げに言った。
戦闘ですらない。ただ、ミクが通り過ぎた場所の「空間」が消えただけだ。サバンは構えていた剣を一度も振ることなく、ただカタカタと震えながらその光景を見ていた。
石の通路を抜け、三層に辿り着いた瞬間、景色は一変した。
天井の見えない巨大な空洞。そこには疑似太陽のような魔素の光が降り注ぎ、見渡す限りの草原と、巨大な針葉樹林が広がっている。
「……ここからは馬が使えるルートだ。俺たちが知っている『秘密の獣道』を通れば、最短で七層の深淵まで行ける」
ウィールがようやく冷静さを取り戻し、案内を始めた。
目覚めさせた黒王号とクイーンに跨り、暁の連中も馬を出し、俺たちは草原を駆ける。途中、草原の主であるワイバーンの群れが襲いかかってきたが、俺が『収納』からショットガンの要領で翼の付け根だけを次々と撃ち抜いていくと、空飛ぶトカゲたちはただの肉の塊となって地上へ墜落していった。
「……な、なあ、ウィール。こいつら、本当に人間か?」
魔法使いのネラが、震える声でリーダーに囁いているのが聞こえた。
「……黙ってろ。俺たちがやるべきことは、生きてこいつらを最深部まで送り届ける。それだけだ」
五層、六層と、階層を下るごとに魔物のレベルは跳ね上がっていく。だが、俺たちの前では「強い魔物」などという概念は存在しない。あるのは「食材として適切か否か」という分類だけだ。
六層の湿地帯に潜んでいた巨大な泥大蛇を、ミクが「これ、ウナギみたいに焼いたら美味しいかも!」と首を掴んで引きずり出した時、案内役の五人の精神は限界に達していた。
そして。
「……ここが、俺たちの到達できる限界。七層の最深部、通称『暗黒の回廊』への入り口だ」
「扉を開けるのはたやすいんだが、俺達じゃ生きて帰れないってわかるんだよ。実際、入って出てきた連中はいないから、このダンジョンは七層までって事になってるんだ……」
ウィールが槍を収め、汗を拭いながら重厚な漆黒の扉を指差した。
これまでの草原や森とは違う、剥き出しの魔素が物理的な圧力となって肌を刺す。
「ご苦労。秘密のルートを案内してもらわなけりゃ無けりゃ、途中で野営することになっただったろう。」
俺は『収納』から、あらかじめ用意していた龍の鱗の追加分と、火吹き鳥の羽根を彼らに投げた。
「いいんですか!? こんなに……」
ネラが興奮と恐怖の混ざった顔で鱗を抱える。
「ミク、ここからは未知の領域だ。……どんな味が待ってるか楽しみだな」
「はい! アツシさんお腹空いてきました!そういえば食べ損ねてた龍を食べたいです!」
「そうだな、扉開ける前に何か腹に入れておくか。お前らも食って行けよ、俺達の飯は旨いぞ?今日は龍もあるしな」
そう言って収納からいつもの焼き台と、ベヒモスと地竜と龍の肉を出して切っていくと、『暁の誓い』の連中はドン引きしていたが、龍の肉を焼き始めたとたんに、嗅いだ事も無いような芳香が漂うとふらふらと近寄ってきた。
「まずは淳志サンどうぞ!!」とミクに差し出された肉を食べると、旨すぎて脳髄から痺れるような快感が突き抜けていく。
「ヤバッうま…ヤバッ」
とバイオ〇ザードの研究員のような言葉しか出てこない。
彼が仲間を食べた時もこうだったのだろうか…
だとしたらゾンビになるのも悪くないと思うくらいの味だった
それからは皆で喰って喰って喰いまくった。
匂いで引き寄せられた魔物も、俺やミクだけじゃなく、龍の肉でバフがかかっているのかウィールは魔獣を寄せ付けず、サバンは魔物を引き裂き、ネラは魔法を連発し、ヘッケルは高ランクの魔物の攻撃も寄せ付けない。蟻人のチラすらも飛び道具で何匹か仕留めている。
焼く、喰う、殺す、焼く、喰う、殺す、焼く、喰う、殺す
宴が終わったのは、鬼人のヘッケルですら満腹になった翌朝だった。
俺たちは、女性陣がすっかりミクと仲良くなり、手を振っている「暁の誓い」を背後に残して、巨大な漆黒の扉を無造作に押し開けた。
暗黒の向こうから、これまでとは比較にならないほど芳醇な――そして禍々しい「生命力」の匂いが漂ってくる。
「美味しい魔獣とかいると良いですねぇ。…獣人も」
俺は今日も明るく魅力的に狂ってるミクと先へと進みだす。




