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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第46話 街の裏路地と、禁断の品定め

 黄金の龍から降り立ち、都グラナドスの巨大な門をくぐった俺たちは、まずその圧倒的な「雑多さ」に洗礼を受けた。

 旧大陸の整然とした、だがどこか息苦しい街並みとは違う。ここは石造りの重厚な建築物の合間に、多種多様な種族が持ち込んだ歪な増築部分が複雑に絡み合い、路地の奥からはスパイスの刺激臭と、潮風、そして剥き出しの欲望が混ざり合った独特の熱気が噴き出している。


 俺とミクは、黒王号とクイーンを高級な厩舎へと預け、まずは胃袋を満たすべく美食街へと足を向けていた。だが、地図を適当に眺めながら選んだショートカットが、どうやらこの街の「影」の部分に繋がっていたらしい。


「アツシさん、ここ、なんだか湿っぽい匂いがしますね」

「……まあ、どこの街にもあるデッドスペースだ。気にするな」


 狭い路地の先、数人の兵士たちが一人の女性を囲んでいた。

 頭部に巻かれた布の間から、くるりと丸まった羊の角が覗いている。羊獣人の、おそらくは娼婦だろう。兵士たちは略奪に近い暴挙の末、抵抗を止めた彼女の胸に無造作に剣を突き立てていた。

 旧大陸なら騎士道だの正義だのが騒ぎ立てる場面だろうが、この新大陸では、これも一つの「日常的な光景」に過ぎないのだろう。俺はそれに関心を示さず、隣を歩くミクを促して通り過ぎようとした。


 だが、運の悪い奴というのは、どこにでもいる。

 血に濡れた剣を拭っていた兵士の一人が、俺たちの着ているアラクネ製の見事なコートと、ミクの美貌に目を留めた。男は下卑た笑いを浮かべ、ミクの肩に馴れ馴れしく手を伸ばす。


「おい、見かけない顔だな。新入りの開拓民か? ここを通るなら――」


「……あ」

 俺が「待てミク」と声をかけるよりも、彼女の動きの方がわずかに早かった。

 ミクの細い掌が、吸い付くように兵士の胸元にそえられる。

 次の瞬間、ボゴッという嫌な鈍い音が男の体内で響いた。外傷はない。血も一滴も流れない。ただ、ミクの掌が触れた瞬間に、兵士の心臓は物理的にその機能を停止させられ、握り潰されたかのように弾けたのだ。

 男は言葉を失ったまま、糸の切れた人形のように静かに地面へと崩れ落ちた。


「ひっ……!? な、なんだ貴様ら!」

 仲間の死に気づいた他の兵士たちが剣を構えるが、ミクはそれを視界にすら入れず、先ほど殺された羊獣人の死体へと視線を移した。

 そして、獲物を品定めするような、どこか無邪気で、それでいて底知れない笑みを浮かべてポツリと言った。


「……ねえ、アツシさん。これ、ラムチョップ」


 その言葉には、死者への弔いも、殺生への罪悪感もない。ただ、目の前に転がっているものが、新鮮な肉に見えたという、極めて純粋な「食欲」があるだけだった。

俺は鞘から抜かれかけた兵士たちの剣を無視して彼らの肺を収納しておく。バタバタと末期のダンスを踊る兵士たちを背に、死体の傍らにしゃがみ込むミクを覗き込んだ。



「……待てミク。ストップ。こいつは『食い物』じゃないなあ」


 俺はふっと鼻を鳴らし、ミクの手を軽く制した。

「えっ、なんでですか? 脂も乗ってそうだし、羊獣人ならきっとラムに近い味がするはずですよ?」

「……匂いを嗅いでみろ。この安物の香水、それにこいつらが浴びせていた酒と汗の匂いだ。人型ってのは、似てるからこそこういう『不純物』が鼻につく。野生のベヒモスの方が、泥だらけでもよっぽど清潔だった気がするのは、なんでだろうなあ?」


 俺は眉をひそめて立ち上がった。

 野生動物なら、どんなに汚れていても「そういうもの」として処理できる。だが、自分たちと同じような姿をし、同じような言葉を話す個体が、人間特有の汚れた生活臭を纏っていると、どうしても生理的な嫌悪感が先行してしまう。

 食べるために人を殺そうとは思わないが、せっかく目の前に「肉」が転がっていても、それが人型ゆえの不潔さを帯びていると、食欲よりも先に「拒絶」が来る。これは、俺たちの倫理観というよりは、もっと根源的な「品質管理」の問題だ。


「……ああ、言われてみれば。香水の匂いがキツすぎて、お肉の香りが台無しですね。せっかくのラムなのに、もったいないです」

「だろう? 食べるなら、もっとこう……清潔で、余計なものを付けていなくて、柔らかそうな個体じゃないとな。それとラムじゃなく大人だから、マトンな。きっとマトンじゃ匂いもあるんじゃないか?……まあ、そんな死体がその辺に転がってるはずもないが」


 俺たちは、自分たちの周りで硬直している兵士たちを完全に無視して、そんな「食材評価会議」を続けていた。兵士たちは殺されたおかげで、自分たちが今まさに「食べられないゴミ」として分類されたことに恐怖しなくて幸せだったろう。


「結局、龍みたいな見た目がトカゲの方が、変な先入観なくて食べやすいってことですかね」

「……まあ、人語を解する個体を食べるっていうハードル自体は、俺たちにはもうないしな。ただ、人型を美味しくいただくには、相当な『言い訳』が必要になるってことだ」


 俺たちは死体には目もくれず、再び美食街へと歩き始めた。

 サイコだと言われればそれまでだが、俺たちは食べることを諦めたわけじゃない。ただ、最高の素材に出会うための「基準」が一つ増えただけだ。


「いつか、最高に美味しそうな獣人の死体を見つけたら、その時はありがたく頂こうか」

「そうですね! その時のために、美味しいハーブも仕入れておかないと!」


 夕闇が深まるグラナドスの都。

 俺とミクは、次なる獲物……ではなく、今夜のまともな魚介料理を求めて、賑やかな大通りの光の中へと溶け込んでいった。

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