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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第45話 黄金の空路と、自由の都グラナドス

黄金の龍の背。

 地上数百メートル、あるいはそれ以上の高度を吹き抜ける猛烈な気流。

 本来なら呼吸すら困難なはずのそこは、アラクネの職人たちが俺たちのために突貫で編み上げた「輸送用キャビン」と、龍自身の魔力障壁によって、驚くほど静かな空間に保たれていた。

 俺とミクは、龍の首の付け根あたりに固定された頑丈な鞍に腰を下ろし、眼下に広がる新大陸サリアの原生林を眺めていた。


「アツシさん、見てください! 森があんなに小さいですよ。まるでブロッコリーの絨毯ですね!」

 ミクが呑気に笑いながら、手元の籠から「ベヒモス肉の厚切りカツサンド」を取り出している。

 里の連中が心血を注いで作り上げた魔力空調機能は完璧だった。気圧の変化も気温の低下も、新しいコートの裏側を流れる一定の魔力循環がすべてシャットアウトしている。

 旧大陸で女王の即位だの停戦だのと、面倒な「システムの再構築」を完璧に終わらせてきたのは、まさにこの瞬間のためだ。仕事を中途半端に残せば、後でバグ報告のように追手が来る。完膚なきまでに「納品」を済ませたからこそ、俺たちは今、誰にも邪魔されずにこの理不尽なまでの絶景とカツサンドを堪能できている。


「アツシさん、あっちの方に大きな街が見えます! あのあたり、絶対美味しいシーフードのお店ありますよ!」

「……そうだな。港町グラナドスだ。サリアの街みたいな、旧大陸から来た連中が『自分たちの未熟なルール』を先住民に押し付けてイキってるような場所とは、出来が違うはずだ」

 サリアで見かけた、蟲人や獣人を差別して悦に入っている開拓民ども。あいつらは新大陸に来てまで、旧大陸の古臭い価値観を押し付けようとしている。俺たちからすれば、あんな不自由な生き方は人生の無駄遣いでしかない。


 龍が大きく翼を傾け、進路を微調整する。

 俺たちがこの黄金龍と結んだ「商談」は、単純明快なギブ・アンド・テイクだ。バカな同胞の後始末への協力、そして『収納』に眠っていた旧大陸産の希少な魔物素材。それらと引き換えに、俺たちは「空路」というこの上ないショートカットを手に入れた。

 龍の鱗が夕陽を反射し、俺たちの視界を黄金色に染め上げる。

『……人間よ。間もなく目的地だ。あの喧騒の都、グラナドス。我ら一族にとっても、あそこの「欲望」の臭いは鼻につくが……貴殿らのような理不尽な連中には、お似合いの場所かもしれぬな』


 龍の念話が脳内に響くのと同時に、雲の切れ間から白亜の巨城を中心とした広大な都市が姿を現した。

 グラナドス。

 新大陸における自由交易の中心地。

 ここには旧大陸の伝統も、宗教的な禁忌も、つまらない選民思想も通用しない。あらゆる種族が混ざり合い、ただ「実利」と「金」と「欲望」だけが共通言語となる、煮凝りのような活気に満ちた都だ。


 黄金の龍は、街の喧騒から少し離れた海岸沿いの平原へと、優雅に降下を開始した。

 砂埃を上げることなく、巨大な足が音もなく着地する。俺は龍の足元に固定されていた輸送カゴのロックを解除し、黒王号とクイーンを解放した。彼らもようやく地面を踏めることに安堵したのか、軽く嘶いて脚の感覚を確かめている。


「さて、龍。取引終了だ。期待以上の足取りだったぞ」

 俺は『収納』から、あらかじめ用意していた「火吹き鳥の羽根」と、いくつかの魔力触媒を取り出し、龍の前に置いた。

『……確かに受け取った。さらばだ、理不尽な人間よ。貴殿らがこの街の「美味」を食い尽くす様、遠くから見物させてもらうとしよう。……次に会う時は、我を食材として見ぬことを願うよ』

 龍はどこか引きつった笑いを残し、力強い羽ばたきと共に黄金の軌跡を描いて空へと消えていった。


「ようやく着きましたね、アツシさん! スパイスと磯の、いい匂いがします! 港町ですから、魚介も期待できそうですね!」

「……ああ。まずは宿の確保と、この街の基準の確認だ。ミク、食う前に言っておくが、ここでは『力』よりも『金』の方が解決が早い場合もある。変な揉め事にリソースを割くのはもったいないからな。……もっとも、誰かが俺たちの食事を邪魔するなら、その限りじゃないが」

「分かってますって! 支払いなら、アツシさんの『収納』に山ほどありますしね!」


 俺は新しいブーツの、地面をしっかり捉えるホールド感を確認しながら、賑やかな都の門をくぐった。

 門を抜けると、そこは多種多様な種族が入り乱れる熱気の坩堝だった。獣人が馬車を操り、アラクネが軒先で糸を売り、人間が商談で大声を張り上げている。サリアで見かけたような卑屈な蟲人の姿はない。ここにあるのは、実力がある者が相応の対価を得るという、極めてシンプルなシステムだ。


 俺たちの理不尽なハネムーン。

 旧大陸の仕事を完璧に片付け、黄金の翼でたどり着いたこの街で。

 俺は三十四歳の自由なシステム屋として、ミクと共に、次なる「最高の美食」を求めて一歩を踏み出した。

 



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