第44話 熱狂の工房と、空から降りてきた審判
宴から数日。シエルたちの集落は、平穏を取り戻したというより、むしろ一つの巨大な「開発プロジェクト」の熱狂に呑み込まれていた。
広場の中央には、アラクネたちが指先から糸を出し、腕を神速で動かしながら巨大な布を編み上げる音が絶えず響き、あちこちでカブトムシ人やクワガタ人の職人たちが、俺の出した「図面」を囲んで議論を戦わせている。
「アツシ、この『ブーツ』の底の構造、試作品ができたぞ! 見てくれ!」
カブトムシ人の老職人が、興奮で触角を震わせながら俺に一足の重厚なブーツを差し出した。
俺が要求したのは、ハニカム構造による衝撃吸収ソールの実装だ。この新大陸サリアの地形は、旧大陸以上に起伏が激しく、岩肌や太い根が剥き出しになっている。長距離の徒歩移動は関節、特に膝や腰への負荷が馬鹿にならない。
健康体があるが、「歩きづらい」「靴が不快」等は別物なのだ。
「……ほう。甲虫の軟殻を多層状に重ね、さらにアラクネの粘性糸をクッションとして充填したか。面白いな、地面からの反発を綺麗に逃がしている」
「だろう? お前の言う『最適化』という言葉、我ら職人には痺れる響きだったぞ。ただ歩くだけの道具に、これほどの論理を詰め込むとはな!」
職人たちは俺の合理的な要求に、当初は戸惑い、やがて狂喜した。彼らにとって、自分たちが培ってきた魔物素材の強度をどう「工学的」に運用するかという問いは、新たな技術体系の夜明けに見えたのだろう。
ミクの真紅のコート、そして俺の漆黒のコートも、劇的な進化を遂げていた。
「アツシさん、見てください! このコート、裏地に魔力を通すと、ずっと冷たい風が流れてるんです! 背中のあたりがすっごく涼しい!」
ミクが嬉しそうに裾を翻し、広場を軽やかに跳ね回る。
アラクネの職人たちが考案したのは、魔力を「冷気や温風」へと変換する魔物の魔石の微粉末を、極細の糸に練り込む技法だった。それを魔力経路に沿って編み上げることで、魔力によるパーソナル空調を実現したのだ。冬季は温風も出る優れ物だ。
さらに、コートの下に履く皮パンツも新調された。ドラゴンの腹側の柔らかい皮を特殊な薬品でなめし、激しい動きでも突っ張らないよう、関節部分にはアラクネの伸縮糸が蛇腹状に組み込まれている。見た目のタイトさに反して、全力の回し蹴りすら可能な可動域だ。
「アツシ、例の『聖剣』対策も完了した」
シエルが近づき、俺のコートの肩口に触れる。
「旧大陸の連中が誇るあの剣は、魔力そのものを『浄化』という名のシステム干渉で焼き切る。だからお前のコートの防弾繊維には、魔力を霧散させる大蛾の鱗粉を、物理的な層の間に定着させておいた。完全な無効化は無理でも、致命的なダメージは確実に減衰できるはずだ」
「助かる。旧大陸の連中がこの新大陸にまで手を伸ばしている以上、備えは厚いほどいい」
新大陸の港町『スタイ』で見かけた、人間に媚びて細々と生きる蟲人たちの姿は、ここにはどこにもなかった。彼らは自らの技術に誇りを取り戻し、俺たちの持ち込んだ知識という財産を、自分たちのものにしていた。
だが、そんな祭のような多幸感を切り裂くように、再び上空から凄まじい風圧が降り注いだ。
バサァッ!! ――空気が物理的に押し潰されるような巨大な羽音。
広場の焚き火が突風で消えかかり、蟲人たちが一斉に空を見上げた。夕闇に染まり始めた空を背景に、黄金の鱗を神々しく輝かせた巨大な龍が旋回していた。
前の暴君とは、格が違う。翼を広げれば集落を丸ごと覆い尽くさんばかりの巨体。そして、降り注ぐプレッシャーは、一般人なら立っているだけで膝を突くほどに濃密で、傲慢なまでに力強い。
「龍だ! また新しい龍が現れたぞ!」
「龍神様がお怒りだ! 逃げろ、地下へ入れ!」
集落が再びパニックに陥る中、俺とミクは、新しい空調機能付きのコートの襟を正し、広場の中央へと静かに歩み出た。
「ミク。また龍の肉のストック増えるかも?早く食べたいな」
「はい! 比べる対象が増えるのは歓迎ですけど……あっちの方が脂が乗ってそうですね。アツシさん、あれ食べたらどんな味がするんでしょうかねぇ……」
「うーん、せめて和牛とアンガス牛くらい違うと、食べ比べしても楽しいんだけど、どっちもサシが入ってそうだよな」
俺たちは、逃げ惑う住人たちとは対照的に、黄金の龍を「上質な食材」としてじっくりと、冷徹に品定めしていた。俺の頭の中では、すでにこの巨体をどう効率的に『収納』でバラすかのシミュレーションが始まっていた。
黄金の龍がゆっくりと、重厚な音を立てて着地した。
知性に満ちた黄金の双眸が、俺たちをじっと見つめる。俺はウデワの出力を最大にし、重力魔法で龍の足元をいつでも「底なし沼」に変えられるよう準備を整えた。
だが、黄金の龍は、意外にも静かな念話を送ってきた。
『……案ずるな。あのバカ者の為に争いに来たのではない。……いや、そんな目で我を見るな。貴殿らはなぜ「どの部位が美味そうか」という卑しい眼差しで我を見つめるのだ?』
龍の念話に、俺は少しだけ眉を上げた。
「……バカ? あの龍が、あんたの身内か?」
俺が問い返すと、黄金の龍は深く首を振り、地響きのような溜息を漏らした。
『我が一族の恥晒しよ。美しきメスをさらい、種の本能を汚して死体の山を築いた愚か者だ。一族としても処罰を検討していたところだが……なるほど。貴殿らが、その不死の理不尽ごと消し去ってくれたというわけか。礼を言う』
龍の言葉に嘘はなかった。俺は構えを解き、コートのポケットに手を突っ込んだ。
「礼ならいい。だが、あんたに頼みたいことがあるんだ。……商談をしたいんだが?」
『……商談だと? 我を敵や崇拝ではなく、取引相手と見るか』
「俺たちは大陸の西端、商人の都グラナドスを目指している。徒歩では時間がかかるし、リソース管理も面倒だ。あんた、俺たちをそこまで運ぶ気はないかい?」
俺は『収納』から、新大陸で仕留めた「火吹き鳥」の羽根や、この大陸では手に入らない旧大陸の素材の肉や、希少な魔力触媒を数十点、広場の石床に並べた。
ベヒモスや地竜の肉も出す。
「タダでとは言わない。これらは旧大陸の強力な魔物の素材だ。あんたたち龍にとっては、魔力の増幅や巣の強化に役立つんじゃないか? そしてベヒモスに地竜の肉や骨をつける。
龍を一人片付けた手間賃と、この素材。……運び賃としては、それなりに妥当なラインだと思うんだが……、どうだ?」
一方的に脅すのでも、媚びるのでもない。互いにメリットのある「取引」の提示。
黄金の龍は、俺が差し出した素材をじっと見つめ、やがて低く笑った。
『面白い。我を馬車代わりにしようという不敵さ、そしてこの「珍しい対価」。……よかろう。あのバカの始末代と合わせ、貴殿らを西の端まで送り届けてやろうではないか』
交渉は成立した。俺とミクは、完成したばかりの「最高の下着と装備」の着心地を確かめながら、黄金の龍の背に揺られて雲の上を行く贅沢な旅の準備を始めた。




