表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/52

第43話 弔いの旅路と、職人集落の狂騒

 龍のねぐらがある山頂。

 つい先刻まで不死の暴君が傲慢な咆哮を上げていたその場所は、今や主を失い、寒々しい風が岩肌を叩く不毛の地へと戻っていた。

 視界の端では、ミクが「ゴックンフロッガー」という俺の絶望的なネーミングセンスに対し、さも「恐ろしい呪文でも聞いた」かのような引きつった笑みを浮かべながら、それでもちゃっかりと岩場に散らばった龍の鱗を拾い集めている。

 そのミクの足元には、物言わぬ女性たちが転がっていた。

 シエルの同胞であるアラクネや、下半身が蛇の姿をしたラミア族。彼女たちの瞳からはとうに光が失われ、その白い肌は山頂を吹き抜ける冷気に晒されて、急速に体温を失い、硬く、冷たい質感へと変わりつつあった。


「アツシさん、この子たちは……」

「ああ。シエルから聞いていた通りだ。大陸の裏側にあるラミアの里から、あのバカが攫ってきた連中だろうな」


 俺は彼女たちの傍らに膝をつき、『収納』へと収容していく。

 正直に言えば、これらをここに放置して山を降りるのが、サバイバルとしては正解だ。死者を運ぶという手間は、俺たちの移動速度を削り、不必要な魔力を消費させるだけの負荷でしかない。だが、俺は彼女たちを運ぶための収納があり、シエルからこの新大陸の蟲人たちが置かれている現状を聞いた後では、置いて行くのは選択肢には含まれなかった。

 それに遺体を返還することは、単なる人道的な慈悲ではない。これから俺たちが進むであろう新大陸サリアの深部、そこへの通行証であり、現地での協力者を得るための、最も誠実な「投資」とも言える。俺は一体ずつ、損なわないよう亜空間へと収容し、していく。


 山を降り、シエルたちアラクネの集落へと戻ると、広場は異様な静寂に包まれた。

 俺が『収納』から、切り出した龍の極厚の鱗を無造作に放り出すと、シエルは複眼を大きく見開き、その鱗を何度も震える指で撫で回した。

「……信じられん。あの不死の、山の暴君を、本当に……」

 シエルの呟きに合わせ、集落の至る所から蟲人たちが姿を現す。彼らの目には驚愕と、それ以上の深い安堵が混じっていた。続いて、俺が収容していたラミアたちの遺体を取り出すと、広場の空気は一転した。

 歓喜の叫びは凍りつき、代わりに低い嗚咽と、重苦しい弔いの空気が里を支配する。


「シエル。救出は間に合わなかった。……だが、野ざらしにするよりは良いだろうと判断して連れ帰った。彼女たちは、あんたの言っていた里の者たちだな?」

「ああ……。アツシ、ミク。君たちは、我々にどれほど大きな恩を与えたか理解しているか。彼女たちの魂を、あの絶望から連れ戻してくれただけでも、我々にとっては奇跡に等しい」

 シエルが宝塚の男役のような麗貌を悲痛に歪ませ、俺に深く頭を下げた。遺体はすぐに里の使いによって、大陸の裏側の故郷へと送り届ける手配がなされた。悲しみは深かったが、同時に集落には、ここ数年の重圧から解放されたという、奇妙に突き抜けた高揚感が漂い始めていた。


「さあ、アツシ! ミク! 弔いは我らが引き受ける。お前たちは約束通り、報酬を受け取れ! 我が集落の職人全員の魂を込めて、最高の一着を仕立ててやる!」

 シエルの号令と共に、集落は瞬時に「巨大な工房」へと姿を変えた。

 もともと、この「龍の喉笛」の入り口に住む蟲人たちは、物を作ることに特化した異端の職人集団だ。そこに、ミクが持ち込んだ「地球のブラジャー」や、俺が出したスーツや靴にビジネスバッグなどの「現代日本の設計思想」という未知の概念が投下されたのだ。職人たちにとって、それは単なる衣服の製作ではなく、解析すべき「未知の工学」との対峙に他ならなかった。


「な、なんだこれは……! 胸を吊るすのではない、ワイヤーという骨組みで形を維持するのか!?」

「この繊維の向きを見ろ! 動きの可動域を一切殺さず、かつ肌への密着度を高める。人間の衣服に、これほどの知恵が詰まっていたとは!」


 職人たちは目を血走らせ、ミクのブラを見本にして喧々諤々の議論を戦わせた。蜘蛛糸の柔軟性と、甲虫の形状記憶繊維をどう組み合わせるか。俺は彼らに、ソールを厚くしたブーツの重要性や、皮パンツの縫い合わせにおける「マチ」の概念、そして裏地に通気性を確保するためのレイヤー構造を淡々と伝えていく。

 

 その熱狂の中で、ミクが小声で俺の袖を引いた。

「アツシさん、龍、食べないんですか? まだ捌いたばかりで鮮度抜群ですよ。ロースとか絶対美味しいのに」

「ミク、少し考えてみろ。この集落には、龍に家族を殺され、食われた者もいるんだ。そこで『龍の肉は美味いな』なんて言いながら食ってみろ。職人たちのテンションが下がって、下着や装備の製作精度に妥協が入ったらどうする? 俺は、不快な履き心地のままこの広大な新大陸を歩くつもりはないぞ」

「あー……。確かに、それは大損失ですね。……お預けですか」

「ああ。龍の肉は『収納』の中で時間が止まっている。最高の気分で、最高の下着を着てからゆっくり味わおうぜ」


 方針が決まったところで、俺は代わりに以前仕留めた「ベヒモス」の肉を取り出した。

 新大陸サリアに上陸した後の原生林で、ミクが派手な必殺技『暗黒重界・滅殺破砕衝』を叩き込んでその足をへし折り、俺が最後はいつも通り事務的な首チョンパでトドメを刺した、あの怪物だ。

 あの時、ミクの華々しい戦闘描写と、自分の「ただの作業」のような処理の差に、三十四歳の負け犬としての自嘲を禁じ得なかったが……皮肉にもその「作業の結果」であるこの肉が、今ここで最高の交渉材料になる。


「皆、今日は龍の退治を祝う宴だ。俺が仕留めた「ベヒモス」の肉を振る舞う。好きなだけ食ってくれ」

 ベヒモスの巨大な肉塊が焼かれる香ばしい匂いが広場に満ち、蟲人たちの歓声が上がった。新大陸の原生林に君臨するベヒモスの肉は、蟲人たちにとっても伝説級の食材だ。その旨味と魔力の凝縮感は、彼らの口を軽くするのに十分な威力を持っていた。


 焚き火を囲み、ベヒモス肉のステーキを頬張りながら、シエルが俺の隣に座った。

「アツシ。お前たちは不思議な人間だ。旧大陸の方から来る連中は、我々をただの汚らわしい化け物としか見ない。奴らが持つ『聖剣』とやらは、我々を効率よく灰にするための呪いのような代物だ」

「……聖剣か。そんなものがあるのか?」

「ああ。渡り蝶の報告によれば、触れるだけで魔力を中和し、再生を阻害する光を放つという。旧大陸の教義に基づいた、排斥のための力だ」


 旧大陸の聖剣。その情報は、これからの旅のリスク管理において無視できない変数だ。

「……対策はできるか?」

「ああ。お前のコートには、その加護を減衰させるための甲虫粉末を多層コーティングしておく。奴らの理不尽がこの大陸にまで届く前に、備えておくことだ。」


 宴は夜更けまで続き、集落全体が龍の恐怖から解き放たれ、新しい「ものづくり」の喜びに沸き立っていた。俺はベヒモス肉を咀嚼しながら、職人たちが俺のブーツのソールをどう改良していくかを、期待を込めて見守っていた。見上げた空は、どこまでも深く、暗かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ