第42話 暴君の終焉、あるいは悲劇のネーミングセンス
龍のねぐらへと続く断崖。そこは、通常の生物であれば立っているだけで精神を削られるような、濃密な「殺気」が渦巻く場所だった。だが、そこに立つ二人の反応は、龍の想像を遥かに超えていた。
「アツシさん、見てください! あの崖の横に生えてる草、さっきの『サシヘビ』と和えると絶対美味しいですよ!」
「……お前、これから龍と戦う自覚あるか? まあ、俺も腹が減ってきたがな」
二人の脳内は、恐怖ではなく「食欲」で埋め尽くされている。道中、重力魔法や短距離転移を駆使しようとしたが、リソースの消費が激しすぎた。魔力タンクが一般人並みの俺たちには、常時発動は命取りだ。
「転移は温存だ。岩を蹴って飛べ」
「ケチアツシさん! でも、最高の下着のためなら……えいっ!」
ミクが『収納』から出した巨大な岩を足場に、空中で「二段ジャンプ」を繰り返して絶壁を登る。俺も最小限の重力制御でそれに続いた。
山頂の広場に到達した瞬間、空気を震わせる咆哮が響いた。岩石のように硬質な鱗に覆われた、若き龍。その足元には、さらわれてきたであろう数人の女性たちが、光が消えた瞳で転がっていた。
『下等な人間が……。我の新たな番になりに来たとでも言うのか?』
龍が傲慢に、地を這うような殺気を放つ。だが、ミクはその殺気を真っ向から浴びながら、ヨダレを拭って一歩前に出た。
「アツシさん、見てくださいあの腿肉! 筋肉の締まり方が半端ないです! 早く、早く捌きましょうよぉ!」
龍が、初めて「恐怖」を感じたように一歩退いた。
自分を助けに来た英雄でも、討伐に来た騎士でもない。そこには、自分を「肉」として品定めする、底知れない狂気が立っていたからだ。
「ギ、ギャァァァッ!!」
龍が怒りに任せて顎を開く。喉の奥で超高熱の火炎が渦巻いた。
極大の『火炎ブレス』。
岩石すら一瞬で蒸発させる劫火が放たれた瞬間、俺は温存していた魔力を一気に解放し、座標指定の『収納』を龍の口の前に展開した。
「悪いが、直火焼きは自分たちでやる」
火球は俺の数センチ手前で亜空間へと飲み込まれ、完全無力化される。
それと同時に、俺は『短距離転移』を発動。クールダウンを度外視した連続ジャンプで、龍の死角である頭上へと跳ね上がった。
「ミク、今だ!」
「はいっ! 暗黒極大質量破砕拳!!」
ミクの拳が龍の顔面に炸裂する。
ドゴォォォォンッ!!
岩をも砕く質量パンチにより、龍の硬質な鱗が剥ぎ取られ、鼻筋がひしゃげる。さらに俺は落下中に龍の巨大な尻尾を根元から「切断」して亜空間へ放り込んだ。
「グアッ……!? だが、無駄だ! 我は不滅!」
龍の尻尾が、まるで時間が巻き戻るようにシュルシュルと再生する。手塚先生の「火の鳥」さながらの、理不尽な超回復だ。
(……待てよ。今、収納した尻尾と、再生した本体を比較すると……)
俺は「収納」した物体が亜空間で占める容量を数値で確認する。
再生するたびに、龍の総質量が、ほんの数パーセントずつだが「減少」している。
「ミク、トドメは刺すな。半分ずつ、細かく刻んでいくぞ。こいつは再生するたびに『痩せていく』仕様らしい。限界までリソースを吐き出させる」
「はいっ、お任せです! おかわり自由の食べ放題ですね!」
そこからは、凄惨な「解体ショー」が始まった。
龍は逃げ場を失い、翼を広げて空へ逃げようとする。俺はすかさず重力魔法で龍の片翼の荷重を数倍に増やし、飛行バランスを崩させた。
そして片翼を収納する。
「逃がすかよ。メインディッシュが勝手に席を立つな」
墜落した龍の牙がミクを噛み砕こうと迫るが、ミクはスライムリングによる回避と短距離転移を紙一重で合わせ、その牙を根本から『暗黒極大質量破砕拳』で叩き折る。
「ギャアアアッ! 腕が、俺の腕がああ!」
龍が前脚を振り下ろすが、ミクがその爪を躱して重力魔法を収納から出した岩に乗せて殴り腕をへし折る。
ミクが殴って動きを止め、俺が部位ごとに『収納』する。龍は叫び、再生し、そのたびに少しずつ、確実にその体躯を小さくしていった。
三メートル。
一メートル。
五十センチ。
龍の攻撃はもはや、小さなトカゲが威嚇しているのと大差ない規模になっていた。
数十分後。かつて巨大だった暴君は、今や手のひらに乗る「豆粒」のようなサイズの龍へと成り下がっていた。それでもなお、豆粒サイズの龍はキャンキャンと吠えながら再生を試みているが、もう元の巨体に戻る魔力は残っていない。
「さて、仕上げだ」
俺は『収納』から、ミクが道中で「何かに使えるかも」と捕まえていた仮死状態の一匹のカエルを取り出した。
「な、何を……よせ、やめろ……!」
声まで小さくなった龍を、俺はカエルの口の中へと無理やり押し込んだ。
「これでお前は『本体』じゃなくなる。ただの『カエルの胃袋の中身』だ」
俺は龍を飲み込んだカエルの首を、躊躇いなく跳ねて殺した。
そして――カエルの死体ごと、龍を『収納』した。
以前から気になっていた仕様だ。『収納』は寄生虫や細菌も「獲物の一部」として収納する。ならば、死体より小さく、その体内にある物も「システム上の付随品」として判定されるはずだ。
結果は、ビンゴだった。
カエルの死体と共に、不死の龍は「収納」された。
再生しようにも、収納物の内部時間は停止する。もはやこいつがこの世界の光を浴びることは二度とないだろう。
「きゃー、アツシさんさすがー! さすアツですね! よっドラゴンスレイヤー! ……ところで今の、すっごく格好いい技名は?!!!」
ミクが期待に満ちた目で、キラキラとこちらを見ている。
俺は少し沈黙し、脳内の辞書を必死に検索して、精一杯の語彙を絞り出した。
「え? あ、あの……『ゴックンフロッガー!』とか……かな」
「……」
「……」
ミクの笑顔が、スッと消えた。
「あ、ハイ。なんか……スイマセンデシタ」
ミクはそっと目を逸らす。
俺が、涙を堪えて見上げた龍の喉笛の空は、どこまでも高く、残酷なまでに青かった。




