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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第41話 美貌の織り手と、龍の喉笛に潜む歪な愛

霧の中から現れたのは、息を呑むほど端正な顔立ちの「エルフ」だった。

 月光を映したような銀髪、スッと通った鼻筋、そして切れ長の瞳。漆黒の軽装鎧を纏ったその姿は、宝塚の男役を思わせる凛々しさに満ちている。


「わぁぁ……イケメン! 超絶イケメンエルフさんじゃないですか!」


 さっきまで俺を蜂の群れに置き去りにしてパンケーキを食っていたミクが、目を輝かせて駆け寄る。数千箇所の刺し傷の痛みを『健康体』で上書きしたばかりの俺としては、その現金な反応に溜息しか出ない。


「おいミク、少しは警戒しろ。……あんたがこの森の管理人か?」


 俺が冷たく問いかけると、その麗人は、眉をひそめて俺たちの服装を凝視した。


「……人間か。だが、奇妙だな。なぜお前たちは、我ら同胞が精魂込めて織り上げた『最高位の衣』を纏っている?」

「何言ってるかわからないな。これは旧大陸のアラクネたちと取引して作らせたものだ。あんた、エルフだろ?」

「……エルフだと?」


 麗人の顔が、屈辱に歪んだ。次の瞬間、彼女の額からこめかみにかけて、隠されていた四つの複眼がカッと見開かれた。


「不愉快なことを言うな。私はアラクネだ。……そのエルフとかいう傲慢な種族と一緒にされるのは我慢ならん」


「「ええっ!?」」


 ミクと俺の驚愕の声が重なる。

 ミクが慌てて地面に指で絵を描き始めた。最初は俺が図解しようとしたのだが、俺の描いた「節足動物の化け物」のようなナニカがあまりに酷すぎて、ミクに「アツシさん、それは呪いの儀式です」と即座に没にされた結果だ。

 ミクが描いたアラクネの絵は、旧大陸で出会った「下半身が蜘蛛」の姿。それを見た麗人は、目を丸くして感心した声を上げる。


「ほう……。姿は随分違うが、この糸の構え、強そうでカッコいいな! 我々の遠い親戚というわけか。なるほど、これを作れる技術があるなら、お前たちが敵ではないという言葉も信じられる。私はこの集落の守備を任されているアラクネ、シエルだ」


 シエルに誘われ、俺たちは霧の奥にある集落へと足を踏み入れた。

 そこには、アラクネだけでなく、背中に美しい翅を持つ蝶人や、頑強な外殻を持つカブトムシ人たちがいた。旧大陸の「怪物」感はなく、誰もが人間に近い容姿に虫の意匠を美しく融合させていた。


「驚いたな。旧大陸の連中とは随分と造形が違う」


「渡り蝶の魔物を通じた微かな交流では、短文のやり取りが精一杯でな。遠い地の同胞がこれほどまでに異形だとは知らなかったよ」


 シエルは歩きながら、この新大陸の歪な現状を語り始めた。

 旧大陸から来た人間たちは、自分たちの価値観に合わない異形を徹底的に排除する。だが、その中でも「エルフ」という種族は、その美貌と尊大な態度ゆえに、旧大陸の人間、獣人、そして蟲人たちからも激しく嫌われているのだという。


「我々アラクネは、不運にもそのエルフに容姿が似てしまった。おかげで、旧大陸の人間からはエルフと間違われて石を投げられ、蟲人たちからはエルフの仲間だと疑われる。風評被害も甚だしい」


 俺はふと、入り口の街「スタイ」で見かけた光景を思い出した。

 そこでは蟻人や鱗人といった、より虫や爬虫類の特徴を強く残した者たちが、人間たちに罵倒され、卑屈に笑いながら露店を出していた。


「……スタイにいた連中は、そんなにまでしてなぜ人間と商売をする? 殺される一歩手前のような扱いだったが」


「金だよ、人間。……いや、アツシと言ったか。彼らには現金が必要なんだ」


 シエルの声が低くなる。


「旧大陸から来た人間たちは、暴力だけではなく『経済』という名の侵略を始めている。彼らが持ち込んだ便利な道具や、彼らの基準で価値が決まる金貨。それらがなければ、もはやこの大陸の資源も、生活に必要な物資も手に入らなくなりつつある。生きるためにプライドを捨てて現金収入を得るしかない……。だが、新大陸の逆側にある先住民の街では、そんな差別はないんだ。今はこの『龍の喉笛』が物理的な障壁となって、旧大陸の毒をせき止めているが……」


「いつか、その壁も決壊するってことか」


「ああ。衝突は避けられないだろう。……そして、その壁の役割を果たしていた龍も、今は我々の敵だ」


 シエルは集落の中央にある、大きな樹の広場へと俺たちを案内した。そこではミクがすでに蝶人の女たちと、樹液を練り込んだドングリクッキーを齧りながら、賑やかに女子会を始めていた。


「ねーねー、この翅の鱗粉、お化粧とかに使えないの? すっごくキラキラしてて綺麗!」

「あら、お嬢ちゃん分かってるじゃない。でもこれ、怒ると爆発するから気をつけてね」


 そんな能天気な会話の裏で、ミクは巧みに彼女たちの本音を聞き出していた。


「……龍の件だが、具体的にどう困っている」


 俺の問いに、シエルは苦々しく吐き捨てた。


「以前の古龍は賢者だった。だが、新しく居座った若い龍は最悪の暴君だ。自分の歪な愛を満たすために、種族を問わず美しいメスをさらっては、子を成そうと強いる。……だが、異種族間で子が成せるはずもない。龍は『子供ができないのはお前の血が薄いからだ』と言い放ち、飽きれば食い殺す。……我々の同胞も、すでに何人も犠牲になった」


 俺はミクを見た。ミクはクッキーを噛み砕く手を止め、冷めた瞳で龍の住まう山頂を見上げていた。


「……アツシさん、肉の仕入れの時間ですね」


「ああ。胸糞悪いトカゲだ。まあキッチリと《《捌く》》必要があるな」


 俺はシエルに向き直り、一つ、指を立てた。


「取引をしよう。龍を始末する代わりに、俺とミクに『下着』を作ってほしい」


「下着……だと? この危機的な状況で何を……」


「笑うなよ。毎日肌に触れる下着のホールド感や蒸れは、パフォーマンスに直結する。旧大陸のボロ布みたいな下着にはもう限界なんだ。あんたたちの立体裁断の技術と、最高級の糸があれば、理想のアンダーウェアが作れるはずだ。……ミク、要望を言え」


「はい! 激しく動いてもズレなくて、でもアツシさんがドキッとしちゃうような、可愛くて最強の勝負下着をお願いします!」


「……そういうことだ。龍の討伐と、俺たち専用のフルオーダー下着。釣り合いは取れるだろ?」


 シエルは呆然とした後、くつくつと笑い出した。


「ハハハ……! 死にに行くかという瀬戸際に、下着の履き心地を心配するとは。……いいだろう。お前たちが龍を、あの『不死の再生能力』を持つ暴君を仕留めてみせるというなら、全霊をかけて最高の下着を望むままに仕立ててやろう」


「不死、か。システムの穴を見つけるのは、俺の得意分野だ」


 俺は漆黒のコートを翻し、山頂へと続く道を見据えた。

 後ろではミクが、「下着のデザイン、エロかっこいい感じで!」とカブトムシ人の女性陣と盛り上がっている。


 世界を揺るがす旧大陸との衝突だの、種族の存亡だの。

 そんな大きな話は、とりあえず後回しだ。


 今は、美味い龍の肉と、極上の履き心地を手に入れる。

 俺たちの「理不尽なハネムーン」に、妥協の文字はない。

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