第35話 暗黒重界・滅殺破砕衝と、三十四歳の負け犬
ズゥゥゥン……! ズゥゥゥン……!
大荒野を揺らす巨大な足音。
五階建てのマンションにも匹敵する超巨大な魔獣、ベヒモス。
その圧倒的な威容を前に、A級冒険者のバーランドやE級の若者たちが絶望に顔を染めてすくみ上がる中、俺とミクは最前列で目を輝かせていた。
「アツシさん、見てください! 特上肉がいっぱいです!」
「ああ。さすがにデカいが……まあ、俺の『スーパー・ギガ・ディメンション・ストレージ・ブレイド』なら一撃だな!」
「わぁっ! なんですかそれ! すっごくカッコいいです、アツシさん! えっと、私は『暗黒重界・滅殺破砕衝』で手足叩き折ります!」
俺の三十四歳という年齢からくる特撮ヒーローじみたネーミングに、ミクがノリノリで厨二病全開の技名を被せてくる。
緊迫感などゼロだ。俺たちにとっては、これはただの巨大な食材の解体作業にすぎない。
「よし、先鋒は任せたぞ、ミク!」
「はいっ! 行きまーす!」
ミクが地を蹴った。
凄まじい踏み込みで石畳が爆散し、彼女の細い足の骨が軋みを上げる。だが、自壊と『小治癒』の永久機関を回す狂戦士にはブレーキという概念がない。
「ば、馬鹿な! 死ぬ気かお嬢ちゃん!」
後ろでバーランドが悲鳴のような声を上げるが、ミクはすでにベヒモスの丸太のような巨大な前脚へと肉薄していた。
「いくよっ! 『暗黒重界・滅殺破砕衝』ォォォッ!!」
ミクは全速力で突進しながら、敵に激突する直前、自身の頭と肩を覆うように『収納』から大量の質量を出現させた。
教会やこれまでの旅で没収した、硬度の高いミスリルの武具や岩石。それらを瞬時に「円錐形(ドリル状)」に再構築して前方に展開する。
さらに、激突のコンマ一秒前。彼女は『液状化の指輪』に魔力を流し込んだ。
狙いは回避ではない。「摩擦係数のゼロ化」だ。
ドゴォォォォンッ!!!
ミクを先端とした巨大な円錐の質量が、スライムの粘膜によって一切の抵抗をなくし、ベヒモスの分厚い皮膚と筋肉を紙のように貫通していく。
(……すげえな、おい)
俺は後ろから見ていて、思わず冷や汗を流した。
ミクの『収納』の容量は俺ほど大きくない。巨大なベヒモスの脚の中に潜り込めば、本来なら肉の圧力でミンチになるはずだ。
だが、あいつは違った。
ゴバァッ!! バシャアッ!!
ベヒモスの脚に空いた大穴から、大量の肉片と血の塊が、まるでポンプ車のように後方へと勢いよく吐き出され始めたのだ。
ミクは体内を突き進みながら、自分の行く手を阻んだり、押しつぶしてくる肉や骨を『収納』し、容量が限界になる前にすぐさま後方へ『排出(吐き出し)』している。
摩擦ゼロの突進。前方質量の破壊力。そして、触れた端から肉を消し飛ばしては排気ガスのように後ろへバラ撒く、狂気のトンネル掘削作業。
まさに、ヒーローが番組後半で撃つ「真の必殺技」だった。
「ギャァァァァァァァァッ!?」
ベヒモスが、天を揺るがすような絶叫を上げた。
ズボォッ!という破裂音と共に、ベヒモスの脚の裏側から、全身を返り血で真っ赤に染めたミクが弾丸のように飛び出してくる。
「あはははは! 貫通です!」
ミクが空中でくるりと宙返りをして着地した瞬間。
右前脚の大部分を完全に抉り取られた五階建ての巨獣は、自らの重さを支えきれなくなり、大地がひっくり返るような地響きを立ててその場に倒れ伏した。
ズドォォォォンッ!!!
もうもうと土煙が舞い上がり、冒険者たちが腰を抜かしてへたり込む。
倒れたベヒモスは起き上がろうともがくが、脚を一本完全に失ってはどうにもならない。ドカドカと地面を叩き、無防備な太い首を地面に晒している。
「アツシさん、どうぞ! トドメです!」
ミクが満面の笑みでこちらに手を向けた。
……俺の番である。
俺は、ゆっくりとベヒモスに向けて歩き出しながら、内心で猛烈な羞恥心に襲われていた。
(ヤバい……どうしよう)
ミクの『暗黒重界・滅殺破砕衝』は、エグいネーミングにふさわしい、ギミックも視覚効果も完璧な「超必殺技」だった。
対して、俺の『スーパー・ギガ・ディメンション・ストレージ・ブレイド』はどうだ。
(……ただいつもの『首の骨の収納』を、俺がその場のノリでクソダサい長ったらしい名前で呼んだだけじゃねえか……!)
ギミックなど何もない。エフェクトもない。ただシステム的に首の空間を指定して、ポチッと削除するだけである。
あんなド派手な大技を見せられた後で、そんな地味な作業を「スーパー・ギガなんとか」と叫ぶのか? 三十四歳のおっさんが?
痛い。痛すぎる。
完全に「必殺技ごっこ」のハードルが上がりきっている。
「アツシさん? 早く早く!」
無邪気に急かすミクと、固唾を呑んで俺を見守るバーランドや若者たち。
もう後戻りはできなかった。
「……ふぅ」
俺は必死に威厳を保ち、ベヒモスの首元に向けて右手をスッと突き出した。
「くらえ……『スーパー・ギガ・ディメンション・ストレージ・ブレイド』」
ボソリと、自分でも驚くほど声量が落ちた呟き。
そして。
シュンッ。
ベヒモスの巨大な首の、第五頸椎に沿った空間の層だけを、俺は静かに『収納』した。
ズズ……ゴロン。
首の支えを失ったベヒモスの巨大な頭部が、不自然な角度に折れ曲がり、音もなく地面に転がり落ちる。
爆発はない。光もない。ただ、静かに首が落ちて、巨獣が絶命しただけだ。
「…………」
大荒野に、気まずい沈黙が降りた。
「きゃあああっ! アツシさん、カッコいいー!!」
その沈黙を破ったのは、血まみれのミクの歓声だった。
「私の技みたいに泥臭くなくて、無音で空間ごと斬り落とすなんて! まさに『次元の刃』ですね! 洗練されてて、大人の余裕って感じで素敵です!」
ミクが両手を叩いてキャッキャと喜んでいる。
彼女は本当に、俺の地味な攻撃を好意的に解釈してくれているらしい。
だが、俺の心には、誤魔化しきれない「圧倒的負け犬感」が深く深く刻み込まれていた。
(俺……めっちゃダサい……。穴があったら収納して入りたい……)
表面上はクールな顔を保ちながら、俺は三十四歳にしてかつてないほどの羞恥に身悶えしていた。
「な、なんだ、今の……」
「魔法……いや、剣も振らずに、あんな巨獣の首が落ちたぞ……?」
「あのお嬢ちゃんも、一体どうやって脚を消し飛ばしたんだ……?」
後ろでは、A級冒険者のバーランドや、E級の若者たちが、恐怖と混乱で完全に思考停止に陥っていた。
彼らからすれば、五階建ての怪物が、謎の男女の訳の分からないお遊戯で一瞬にして解体されたのだ。理解が追いつくはずもない。
「……コホン」
俺は咳払いを一つして、恥ずかしさを誤魔化すように振り返った。
「よし、討伐完了だ。バーランド、約束通り角は持っていっていいぞ。残りの肉は俺たちが解体する」
「あ、ああ……恩に着る。だが、あんたらは一体……」
「ただの美食家だ。さあミク、すき焼きの肉を確保するぞ!」
「はいっ、アツシさん!」
俺は、完全に怯えきっている冒険者たちをよそに、倒れた巨大な肉山へと『スーパー・ギガ・ディメンション・ストレージ・ブレイド』を使って切り分けていく。
周りで見ている冒険者が、「あれってさっきの『 スーパーギガ…』」と言っているが、聞こえないふりで黙々と作業する。
心の中に消えない負け犬感を抱えながら、俺たちの新大陸グルメツアーのメインディッシュ作りが、今、賑やかに幕を開けたのだった。




