第34話 純粋な善意と、五階建ての特上肉
港町スタイでの「準備運動」を終え、俺たちは黒王号とクイーンを走らせて内陸へと向かった。
領主の隠し金庫室から頂戴した生態図鑑によれば、ベヒモスの生息地はさらに西にある広大な『大荒野』だという。
数日後。俺たちは大荒野の手前にある前線基地のような街に到着し、さっそく冒険者ギルドの扉を叩いた。
荒くれ者たちが集う酒場を兼ねたギルド内は、特有の汗と酒と埃の匂いが充満している。
「アツシさん、案内人を探すんですよね?」
「ああ。地図はあるが、広すぎる。確実なスポーン位置……いや、生息エリアを知ってる現地民を雇うのが一番効率がいい」
俺が掲示板を眺めている間、ミクは暇そうに受付の近くで鼻歌を歌っていた。
目立つワインレッドのコートに、華奢で可憐な容姿。当然のように、この手の場所における「お約束」のイベントが発生する。
「おいおい、こんな所に迷子のお姫様か?」
薄汚れた革鎧を着た、いかにも柄の悪そうな男たちが三、四人、ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべてミクを囲んだ。胸元にはB級を示す銀のプレートが光っている。
「俺たちが遊んでやろうか? なんなら、この街の『裏の案内』をしてやってもいいぜ」
「え?」
ミクが小首を傾げた。
男たちはそれを「怯えている」と勘違いしたらしいが、俺にはわかった。ミクの顔は満面の笑顔だった。獲物が自ら飛び込んできたことに、心の底からワクワクしているのだ。
(あいつ、ここじゃ『質量キック』はやめろよ……ギルドごと吹き飛ぶぞ)
俺がため息をつきながら歩み寄ろうとした、その時だった。
「や、やめろよ!」
ミクとゴロツキたちの間に、三人の若者が割って入った。
使い古された安い装備。震える足。胸にあるのは最低ランクを示すE級の銅プレート。年の頃はミクと同じ、十七、八といったところか。
「嫌がってるじゃないか! 冒険者なら、弱い者いじめなんかするな!」
「あぁん? なんだてめえら。E級のヒヨッコが、B級の俺たちに盾突く気か?」
ゴロツキの一人が凄み、若者たちはビクッと肩を震わせた。それでも、彼らはミクを背に庇うように立ち塞がったままだ。
「ち、近づくな! ギルドマスターを呼ぶぞ!」
「ガキが、舐めやがって!」
激昂したゴロツキが拳を振り上げる。
ミクの右手が、その拳を「スライサー」で空間ごと削り取ろうと微かに動いた瞬間――。
「そこまでにしておけ。ギルドの中で剣呑な真似をするな」
低く、よく通る声が響き、ゴロツキの腕が屈強な男の手によってガッチリと止められた。
現れたのは、磨き上げられたミスリルの鎧を着た長身の剣士と、その後ろに控える数人のベテラン冒険者たち。彼らの胸には、A級を示す金のプレートが輝いていた。
「チッ……『銀狼』のバーランドかよ……」
「覚えとけよ!」
A級パーティーの威圧感に、B級のゴロツキたちは捨て台詞を吐いてそそくさと酒場の奥へ逃げていった。
「怪我はないか、君たち。勇気ある行動だったが、無茶はしないことだ」
バーランドと呼ばれた男が、震える若者たちに優しく声をかける。
若者たちは緊張から解放され、へたり込みそうになりながらもミクを振り返った。
「君も、大丈夫だったかい?」
「……」
ミクは目をパチクリとさせていた。
普段なら、自分の「おもちゃ」を横取りされたと不機嫌になるところだ。だが、彼女の瞳はキラキラと輝き、ふにゃりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「はい! 助けてくれて、ありがとうございます!」
彼女が異世界に来てから出会った「同年代の若者」といえば、あの一切の共感もできないクソ勇者パーティーだけだった。
自分より弱いくせに、自分のために震えながら前に立ってくれた純粋な善意。それが、ミクには思いのほか嬉しかったらしい。毒気を完全に抜かれ、ただの普通の女の子のような顔をしている。
「……面白いものが見れたな」
俺は歩み寄り、バーランドと名乗った男に声をかけた。
「あんたたち、A級だな。ベヒモスの生息地を知ってるか?」
「ベヒモス? ああ、俺たちはこれから大荒野へ遠征する。昔からギルドに塩漬けになっている『ベヒモスの角』の採取依頼を受けるつもりでな」
バーランドが訝しげに俺を見る。
「ちょうどいい。その依頼、俺たちも一枚噛ませてくれないか」
「素人がついて来れる場所じゃないぞ。命の保証は……」
「案内はそっちに任せる。角も、依頼の報酬も全部譲る。俺たちの条件は『討伐に手を貸すこと』と『肉を半分もらうこと』。それだけだ」
俺の提案に、バーランドのパーティーメンバーたちが顔を見合わせる。
あんな伝説級の魔物を狩るのに、報酬も素材もいらないというのだ。怪しまれるのも無理はない。
「道中の食事や、安全な野営地の確保はこちらで全部負担する。あんたたちに損はない話だろ?」
俺が『収納』から高級な果実酒の瓶を取り出して見せると、バーランドは苦笑しながら手を差し出した。
「……わかった。あんた、ただ者じゃないらしい。今回の遠征は多数のパーティーをまとめた大所帯になるが、よろしく頼む」
「交渉成立だ。俺はアツシ。こっちはミクだ」
こうして、俺たちはバーランド率いる討伐隊に相乗りすることになった。
先ほどミクを助けたE級の若者たちも、荷物運びや雑用係として参加するという。
◇
大荒野への遠征の道中。
大所帯の隊列の中で、ミクはすっかりE級パーティーの女の子たちと打ち解けていた。
「へえ! ミクちゃんってそんな遠くから来たんだ!」
「うん! 毎日美味しいもの食べてるんだよー! あ、このクッキー食べる?」
「わぁ、ありがとう! すっごく甘い!」
キャッキャウフフと笑い合う声が聞こえてくる。
その姿は、俺の隣で兵士の首を笑いながらへし折っていた狂戦士とは別人のようだった。
「……あいつ、あんな普通の顔もできるんだな」
「なんだ、お前さんたち訳ありか?」
並走していたバーランドが、俺の独り言を聞きつけて笑った。
「まあな。少し、世界のバグみたいなもんに巻き込まれてな」
「そうか。だが、いい笑顔じゃないか。若い奴らが笑っていられるなら、俺たちが剣を振るう意味もあるってもんだ」
バーランドは本当に絵に描いたような好漢だ。こういう真面目な奴が馬鹿を見ないようにしてやりたいと思う程度には、俺も毒気が抜かれていた。
夜の野営。
俺は「食事と野営地は負担する」という約束を果たすべく、荒野のど真ん中で無造作にシステムを展開した。
(収納内の大型テントおよび炊き出し用機材一式・展開)
シュンッ、という音と共に、何もない荒野に突如として数十人が寝泊まりできる頑丈なテント群と、すでに火の入った巨大な寸胴鍋、そして港町スタイで買い込んでおいた大量の海鮮や肉料理が出現した。
「な、なんだこれは!?」
「空間魔法!? いや、それにしても規模がデカすぎるぞ!」
バーランドをはじめ、冒険者たちが腰を抜かさんばかりに驚愕している。
「温かいうちに食ってくれ。疲労回復のバフ付きだ」
俺がそう言ってエールを配り始めると、野営地は一気に歓喜の宴会場へと変わった。
干し肉と硬いパンが常識の遠征で、出来立ての海鮮シチューやローストビーフが食べ放題なのだ。士気が上がらないわけがない。
「アツシさん、このお肉最高です!」
「君たちも遠慮せず食えよ。明日は歩くからな」
ミクが若者たちに肉を切り分けてやり、俺はバーランドと酒を酌み交わす。
殺伐とした殺し合いから離れた、ただの平和で楽しいキャンプの夜だった。
◇
そして、三日目の昼過ぎ。
大荒野の最深部に到達した俺たちの前に、ついに「それ」は姿を現した。
ズゥゥゥン……! ズゥゥゥン……!
大地が地震のように揺れる。
立ち込める砂埃の向こうから現れたシルエットを見て、数十人の冒険者たちが全員、言葉を失い絶望に顔を染めた。
「嘘だろ……」
「聞いてたサイズと違うぞ……あれは、災害だ……!」
ベヒモス。
それは巨大な四足歩行の獣という知識はあったが、目の前の現実は想定を遥かに超えていた。
高さはおよそ二十メートル。五階建てのマンションがそのまま動いているような、圧倒的で絶望的な質量。
一歩踏み出すごとに地形が変わり、その巨大な角は天を突いている。
「総員、散開しろ! 絶対に正面に立つな!」
バーランドが血相を変えて叫び、冒険者たちがパニックになりながらも武器を構える。
E級の若者たちは、あまりの恐怖に腰を抜かして動けなくなっていた。
そんな絶望のパニック映画のような状況の中。
陣形の最前列に立つ俺とミクだけは、巨大なマンションを見上げて、満面の笑みを浮かべていた。
「アツシさん、見てください! 特上肉がいっぱいです!」
「ああ。さすがにデカいが……まあ、俺の『スーパー・ギガ・ディメンション・ストレージ・ブレイド』なら一撃だな!」
「わぁっ! なんですかそれ! すっごくカッコいいです、アツシさん!、えっと私は『暗黒重界・滅殺破砕衝』で手足叩き折ります!」
俺たちは冒険者たちの絶叫をBGMに、特撮ヒーローの最終回のようなノリで軽口を叩き合っていた。
さあ、いよいよメインディッシュの調達だ。
極上のすき焼き肉を、最高のエンターテインメントで解体してやろう。




