第33話 自壊の狂戦士と、空を蹴る理不尽
黄昏に染まる港町。
白亜の領主館を囲むのは、何重にも組まれた強固なバリケードと、槍や弓を構えた数百の領主軍。そして屋根の上には、この街の全火力を結集した数十人の魔導士たちが陣取っていた。
「来たぞ……異端の悪魔どもだ!」
「撃てェェェッ! 一歩も近づけるなァ!」
領主軍の指揮官が絶叫した。
それを合図に、空を黒く塗りつぶすほどの矢の雨と、業火や雷撃の魔法が、俺たち二人を目指して一斉に降り注ぐ。
「……うーんと、あ、そうだ!」
俺は右手を掲げて、ミクに見せつけるようにカッコつける。
(飛んでくる全飛翔物および攻撃魔法・収納)
シュンッ、という無機質な音とともに、俺とミクの頭上に迫っていた圧倒的な脅威が音もなく虚空へと消滅する。
「な,、に……!?」
「魔法が、矢が消えたぞ!?」
驚く兵士たちの声を背に、俺はミクを見てニヤリと笑う。
「ウルトラハイパーソニックマジカルアロー!!」
(収納した矢と魔法・敵陣へ音速射出)
ズドドドドドォォォンッ!!!
大気が爆発するような轟音と、港町ならではの高い湿度により、空間に真っ白な霧が円状に発生する。
次の瞬間、自らが放ったはずの無数の矢が、音速を超えた散弾となって地上部隊の鎧ごと肉体をミンチに変え、火球や雷撃が自陣のど真ん中で大爆発を起こした。
「ぎゃああああっ!?」
「ぐ、軍が、一瞬で……!」
一切の魔力も弾薬も消費しない、究極のカウンター。
土煙と血飛沫が舞う中、隣にいたミクが頬を膨らませた。
「ああっ、アツシさんズルい!なんで必殺技っぽくしてるんですか! 屋根の上の人たちは私がやりますからね!」
ミクが獲物を奪われまいと、慌てて地を蹴った。
その直後。
――メキョッ。
ミクの細い両足から、およそ人間の発してはならない嫌な音が響いた。
彼女は脳のストッパー(生存本能)を、完全に解除したのだ。
筋肉の限界、骨の耐久力。そういった「自身が壊れないためのリミッター」を全て外し、異世界人基準の三倍という異常な出力で大地の石畳を蹴り砕く。
「あはっ……痛ぁい!」
両足の筋繊維がズタズタに引き裂かれ、普通は激痛で走れなくなる。
だが、ミクの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
痛覚すらも「生きている実感」として悦びに変換する異常者。彼女は走りながら、瞬時に『小治癒』を自身の両足へと展開する。
壊れる端から、魔力で強引に肉体を縫い合わせる永久機関。
ズガァァァァンッ!!
音の壁を越えたかのような爆発的な踏み込み。
ミクの姿は、兵士たちの目にはもはや赤い残像にしか見えなかっただろう。
「なっ、速……!?」
俺の音速射出を生き延びた前線の残存兵たちが驚愕する中、最前列のバリケードに到達したミクは跳躍した。
だが、目標は屋根の上の魔導士たち。普通に跳んだだけでは届かない高さだ。
「よい、しょっと!」
空中に飛び上がったミクは、自身の足元――何もない虚空に、直径一メートルの巨大な岩を瞬時に出現させた。
そして、重力に従って落下する前のその岩を、全力で蹴りつける。
ドゴォッ!!
虚空に作り出した質量の足場を蹴り、空中で軌道を変える『質量立体機動』。
蹴り砕かれた岩が散弾のように下の兵士たちに降り注ぐ中、ミクはさらに加速して、魔導士たちの待つ屋根の上へと砲弾のように着弾した。
「ひぃっ!? 空を、飛んで……!」
「こんにちはー!」
ミクが、魔導士の群れに向かって右腕を大きく振り被る。
そして、腕を振り抜くその遠心力に合わせて、拳の先に一トン近い質量の岩を出現させた。
――バキィィィッ!!
理不尽なまでの遠心力と質量に耐えきれず、ミク自身の右腕の骨が折れる。だが…
「あはははは! 壊れた、壊れたぁっ!」
彼女は歓喜の声を上げながら、緑色の治癒の光で腕を瞬時に修復し、そのままの勢いで一トンの質量を魔導士の集団へと薙ぎ払った。
グチャァァァッ!!
悲鳴を上げる間すらない。
数十人の魔導士が、屋根の一部ごとトマトのように潰れ、血肉のシャワーとなって中庭へと降り注ぐ。
「悪魔……悪魔だァァァッ!!」
下にいた兵士たちが、屋根の上で自分の血と敵の血に塗れながらケラケラと笑う少女を見て、完全に発狂した。
もはや戦意などない。誰もが武器を放り出し、逃げ惑う。
俺はその地獄絵図の中を、ゆっくりと歩いて進んだ。
邪魔な城門も、頑丈なバリケードも、視界に入る端から無造作に収納して空間ごと削り取っていく。
「おい、待ちな」
逃げ遅れた領主軍の指揮官の首根っこを掴む。
「領主はどこだ」
「ひっ……! お、奥の……隠し金庫室に……!」
「ご苦労」
俺は淡々と収納を発動し、男の首だけを亜空間へ抜き取った。
ゴロン、と音もなく指揮官の頭が転がり落ちる。
屋根の上での「お掃除」を終えたミクが、ドスッと軽快な音を立てて俺の横に着地した。
自身の血でワインレッドのコートをさらに赤く染め上げた彼女は、フゥと息を吐いた。
「アツシさん、外のゴミ掃除、終わりました!」
「ああ。上出来だ。お前、また無茶苦茶な動きしただろ」
「えへへ、だって気持ちいいんですもん!」
俺は呆れながら、持っていたハンカチで彼女の頬に跳ねた血を拭ってやった。
まったく、とんでもない女を相棒にしてしまったものだ。だが、不思議と後悔はない。
ミクの頬を撫でながら俺は言う
「なあ、ミク?」
「はい、淳志さん!」
「さっき、必殺技の名前言ってなかったけど、良かったのか?」
「……! あああああぁ、忘れてましたぁぁ!も、もう一回…」
「うん、領主と護衛は残ってるからそこで。な?」
俺たちは、もはや誰もいなくなった領主館の廊下を歩き、一番奥の重厚な鉄扉の前へと辿り着いた。
「アツシさん、これ分厚いです。開けますか?」
「いや、俺がやる」
俺は鉄扉に手を当てた。
(鉄扉収納)
心の中でスッと念じる。
シュンッ、という音と共に、分厚い鉄の壁がきえた。
中の護衛たちが握り締めていた剣を振りかざし向かってくる。
「暗黒極大質量破砕拳オオオオオオ!!!!」
ミクの渾身の必殺技(笑)が炸裂し、護衛達は全滅した。
隠し金庫室の中にいたのは、豪華な服を着て震え上がる肥満体の男――この街の領主だけだった。
「た、助けてくれ! 望みはなんだ! 金か!? 地位か!? だから命だけは……!」
領主が床に這いつくばり、豚のような悲鳴を上げて命乞いをする。
だが、俺の耳には全く届いていなかった。
「なぁ、領主さんよ」
俺は冷たい目で見下ろした。
「地位だの金だの、俺たちにはこれっぽっちも興味がないんだ」
「え……?」
「俺たちが聞きたいのはただ一つ。――『ベヒモス』は、一番美味く食うにはどう調理すればいい?」
「は……?」
領主が間の抜けた顔をした。
命乞いをしている最中に、突然料理のレシピを聞かれたのだ。無理もない。
だが、俺たちは至って真剣だった。
「知らないんですか?」
ミクが、首をコテリと傾けた。
「じゃあ、いらないですね。アツシさん、こいつら金庫室ごとしまっちゃいましょう」
「そうだな。ただのゴミだ」
「ま、待て! 知っている! ベヒモスの肉は、香草で焼いてから新大陸固有種の『火吹き鳥の卵』にくぐらせるのが一番美味いんだァァッ!!」
死の恐怖からか、領主は涙と鼻水を流しながら、物凄い早口で料理の知識を叫んだ。
俺とミクは顔を見合わせる。
「……なるほど。すき焼き風ってことだな」
「美味しそうです! アツシさん、採用ですね!」
俺たちは満足げに頷いた。
「ご協力感謝する」
俺は静かに指を弾いた。
次の瞬間、領主の心臓が、俺の収納によって亜空間へと抜き取られた。
ドサリ、と音を立てて倒れる肥満体の男。
「さて、情報も金も手に入った。これでこの街の『準備運動』は完了だな」
「はいっ! じゃあ、明日からはいよいよベヒモス探しですね!」
俺たちは、血の海と化した領主館の金庫室から、教会の時と同じように金銀財宝をすべて収納して外へと出た。
夜空には美しい星が瞬いている。
俺たちの狂気に満ちた、極上の新大陸グルメツアーは、まだ始まったばかりだ。




