第32話 サスあつな強奪戦と、海賊たちの教会訪問
広場での「お掃除」を終えた俺たちは、血まみれの神官が逃げていった方向――この港町スタイの中心部にある、唯人教の教会本部へと向かって歩いていた。
周囲の住人たちは、俺たちが一歩進むごとにモーゼの十戒のごとく道を空け、怯えと驚愕の入り混じった視線を送ってくる。
「いやあ、楽しみですねアツシさん! 教会のお偉いさんなら、きっとたっぷり溜め込んでますよ!」
ミクは返り血一ついていないコートの裾をなびかせ、まるで遠足にでも行くような足取りだ。
先ほどの凄惨なリンチ現場を、彼女はすでに「終わったタスク」として処理しているらしい。
「そうだな。……ん、待てよ」
俺はふと、あることに気がついた。
この新大陸サリアに上陸してから、俺たちの最大の目的は『ベヒモス』や『龍』といった伝説級の獲物を食うことだ。だが、その生息地や生態に関する詳細な情報は、まだ手に入っていない。
「あいつら、この街で一番ふんぞり返ってる教会や領主の連中だよな」
「はい! 昨日のリザードマンのおじさんも、あいつらが一番偉いって言ってました!」
「なら、この街の支配層……つまり、どこにどんな魔物がいるか、一番正確な資料や地図を持ってるのは、あの教会か領主の館じゃないか?」
ただ暴れて終わるだけでは、ただの頭悪いバカップルだ。
だが、そこに「グルメ情報の入手」という明確なメリットを加えれば、これは俺たちにとって「情報収集」へと昇華される。
俺の導き出した完璧な論理に、ミクがパァッと顔を輝かせた。
「さすがアツシさん!”サスあつ”ですね(笑)! お家でゲームしてた頃から変わらないだろうその無駄のない思考……尊敬しちゃいます!」
「サスあつってなんだよ……。まあいい、行くぞ。まずは教会の司教から情報抜いて、ついでに宝物庫を空にしようぜ」
俺たちは緊張感など微塵もないまま、街の中央に鎮座する教会の正門へと到着した。
そこは白亜の石材で造られた、この街で最も巨大で豪華な建築物だった。すでに広場から逃げ帰った「耳なしエルフ」からの報告がいっていたのだろう。
教会の前には、重厚な銀の鎧に身を包んだ『聖騎士』たちが数十人、槍を揃えて壁のように立ち並んでいた。
「止まれ! 異端者共! ここを神に選ばれし唯人の聖域と……」
「話が長い。お前はどっかの校長かよ?」
ズガンッ!!
俺は聖騎士が口上を言い終わる前に、『収納』から適当な大岩を射出し、正門の扉ごとまとめて吹き飛ばした。
天罰のごとき一撃。扉だった破片と共に、最前列にいた聖騎士たちがゴミのように左右へ弾け飛ぶ。
「なっ……門が!? 防御結界ごと吹き飛ぶだと!?」
「突撃ー! お宝と情報は全部没収です!」
ミクが土煙の中を弾丸のように突き進む。
ここからは、新技のテストを兼ねた一方的な蹂躙だった。
「死ねッ!」
一人の聖騎士が、決死の形相で大剣をミクの脳天へ振り下ろす。
ミクはそれを避ける動作すら見せず、ただ左肩に魔力を集中させた。
「『部分液状化』。……それから、こっちも」
ガギィィィンッ!!
鈍い衝撃音。
ミクの肩に触れたはずの大剣が、スライムの体表を叩いた時のようにヌルリと滑り、そのままミクの肩に出現した「厚さ五センチの鋼鉄板」に弾かれた。
「な、に……!? 剣が滑って、鉄板に……!?」
「あ、今の成功です! 被弾の瞬間に『収納』から鉄板を覗かせるの、いい感じですね!」
ミクは嬉しそうに言いながら、動揺する聖騎士の懐へ踏み込んだ。
そして、その右足のつま先に意識を向ける。
「『質量キック』!」
ボガァァァッ!!
ただの蹴りではない。インパクトの瞬間、靴の先に『収納』から一トン近い巨大な岩石の質量が上乗せされる。
蹴られた男は、まるで巨大な破城槌に直撃したかのように、鎧ごとひしゃげて百メートル以上後方の礼拝堂まで吹き飛んでいった。
「ひぃっ……化け物だ! 囲め、囲んで刺せ!」
十人近い聖騎士がミクを取り囲む。
ミクは右手を横に一閃させた。
「『スライサー』、展開!」
シュンッ!!
ミクの手刀の軌道上――標的に触れるコンマ一秒の瞬間に、厚さ一ミリにも満たない、剃刀のごとく鋭利な鋼鉄板が「縦向き」に出現する。
アツシに教わった、出現時の角度固定。アツシのように『射出』して飛ばすことはできない。だが、ミクの超人的な腕の振りに合わせてゼロ距離で出現させ、切り裂いた直後、重力で落ちる前に即座に『収納』すれば、それは不可視の凶刃となる。
鋼鉄板はミクの手刀に合わせて円弧を描き、周囲の聖騎士たちの槍の穂先と、首の骨をまとめて正確に切り裂き、そして一瞬で虚空へ消えた。
「うわぁ、これ便利! 包丁がいらないですね!」
ミクはケラケラと笑いながら、血の海と化した廊下を突き進んでいく。
俺は後ろから歩きながら、飛んでくる矢や魔法を『収納』でポイポイと無効化し、たまに邪魔な壁を空間ごと削り取って道を作った。……なんかもうミクの付き人みたいだな
やがて俺たちは、大聖堂の最奥、一段高くなった祭壇へと辿り着いた。
そこには、金と白の豪奢な法衣を着た初老の男エルフが、真っ青な顔で立っていた。教会の司教だ。
「……愚かな。愚かな普人どもめ……! 我ら選ばれし唯人の聖域を汚した罪、万死に値する! 見るがよい、神より授かりしこの奇跡の御業を!」
司教が震える手で杖を高く掲げると、祭壇の陰から数十人のエルフ神官たちが現れ、一斉に詠唱を開始した。
大聖堂の床一面に描かれた巨大な魔法陣が、まばゆい黄金色の光を放つ。
「『アンチ・マナ・フィールド』! この聖なる結界内では、我ら以外のあらゆる魔法行使は完全に無効化される! さあ、その薄汚い手品が使えなくなった恐怖を味わうがいい!」
司教が勝ち誇ったように大笑いする。
確かに、周囲の魔力が完全に凍結し、この世界の魔法使いであれば指一本動かせなくなるような、強力な沈黙の結界だった。
「……」
「……」
俺とミクは、顔を見合わせて首を傾げた。
「……あの、司教さん?」
ミクが、小学校の通信簿を付ける教師のような、ひどく同情的な、それでいて残酷なトーンで評価を下した。
「エフェクトはすごく豪華で、百点満点です! 頑張りましたね! ……でも、私たちのこれ、魔法じゃなくて神様からの直接の権限なので、意味ないですよ?」
「な、に……? 何を馬鹿なことを……ぐはぁっ!?」
ミクの無造作な正拳突きが、司教の鼻柱を粉砕した。
結界が何一つ機能していないことに、司教は鼻血を噴き出しながら白目を剥いて転がった。
「うーん、司教さんの攻撃、星一ですね。演出過剰で内容が伴っていません」
俺は気絶した司教を無視し、祭壇の裏にある執務室へと向かった。
「さて、ここからが本当の収穫だぞ、ミク」
「はいっ! お宝と情報のハッピーセットですね!」
俺たちは、もぬけの殻になった教会本部を徹底的に家捜しし始めた。
まずは司教の執務室から、新大陸サリアの全土を描いた精緻な地図と、『新大陸生態図鑑:伝説個体編』を確保。これを読めば、ベヒモスの好物や龍の巣が一発でわかる。
「アツシさん、これ見てください! 裏の倉庫に、すっごく珍しい香辛料が山積みです!」
「ほう、魔界のサフランか。こいつは人肉より高いって噂のやつだな。没収だ」
「地下の宝物庫には、この街の数年分の税収くらい金貨がありますよ! 宝石もキラキラです!」
「全部だ。一枚も残すな」
俺たちは笑いながら、教会の資産を根こそぎ『収納』へと放り込んでいく。
祭壇の純金像から、地下室の秘蔵ワイン、さらには聖騎士たちが予備に置いていた高品質な鋼材まで。
数十分後、そこにはただの「巨大で空っぽな石造りの箱」だけが残された。
「ふふっ、これじゃあ教会じゃなくて、ただの空き家ですね。アツシさん、私たち完全に海賊みたいです(笑)」
「海賊? 失礼な。俺たちは不当に徴収された税を、正しい場所(俺たちの胃袋)へ還元しているだけだ」
俺たちは満足げに頷き合い、略奪品を沢山いれた『収納』を抱えて、もぬけの殻となった教会を後にした。
外に出ると、夕暮れ時の街には不気味な静寂が広がっていた。
教会が堕ちたという知らせは、すでに街の隅々まで行き届いているらしい。
俺たちの視線の先には、港を見下ろす高台に建つ、あの領主の館があった。
「……お、やってるな」
館の周囲には、ありとあらゆる障害物が築かれ、領主軍の精鋭と思われる数百人の兵士たちが、震える手で弓や槍を構えていた。
屋根の上には、魔導士と思われる連中が数十人も並び、俺たちが一歩でも近づけば全火力を叩き込もうと必死に魔力を練っている。
もはや館というよりは、死に物狂いの要塞だ。
「……アハハハ! 見てくださいアツシさん! すっごくガチガチですよ! 私たちの歓迎パーティー、あんなに気合入ってます!」
ミクがその光景を見て、腹を抱えて笑い出した。
「ああ。あんなに盛大に『カチコミに来てください』ってアピールされたら、無視するのは失礼ってもんだな」
俺も、最愛の共犯者の肩を抱き、不敵に口角を上げた。
教団の次は領主。
新大陸の支配構造を根こそぎ破壊するこの「準備運動」は、想像以上に俺たちの食欲を刺激してくれそうだ。
「さあ、ミク。美味しいご飯の前に、あのごちゃごちゃしたゴミを、まとめて綺麗に片付けに行こうか」
「はい、ボス! 最高の夜にしましょうね!」
夕闇の中、二人の「海賊」は、絶望に震える要塞へとゆっくりと歩みを進めた。




