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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第31話 揺れない天国と、耳なしエルフの伝言

新大陸サリアの港町『スタイ』。

 タラップを降り、ようやく揺れない地面を踏みしめた俺は、大きく深呼吸をして肺の中の潮風を入れ替えた。

 港の高台を見上げれば、そこには白亜の立派な領主の館がそびえ立っている。いかにも権力者が住んでいそうな、見栄と虚飾にまみれた豪邸だ。


「……あんな目立つ場所に行けば、面倒事に巻き込まれるのは目 に見えているな」

「ですね! 偉い人のお話なんて聞いてる暇はありません。私たちはハネムーン旅行中ですから!」


 俺たちは顔を見合わせ、無言で踵を返した。

 勇者だの魔王だの、厄介な連中は海の向こうに置いてきたのだ。ここから先は、俺たちのための純粋なグルメと観光の旅である。


「まずは腹ごしらえですね! ベヒモスと龍は後回しです。まずはこの街を制覇しましょう!」


 ミクが元気よく宣言し、俺たちは港町の市場へと繰り出した。

 新大陸の港町は、これまで見てきた人間領や魔族領の街とは全く違う活気に満ちていた。石畳の通りには多種多様な種族が行き交い、見たこともない色鮮やかな果実や、奇妙な形をした魚介類が所狭しと並べられている。

 香辛料のツンとした匂いと、肉や魚を焼く香ばしい匂いが混ざり合い、船酔いで空っぽになった胃袋を否応なしに刺激してきた。


「アツシさん、見てください! たい焼きみたいなのがあります!」


 ミクがテンション爆上がりで駆け寄ったのは、緑色の硬そうな鱗に覆われた、大柄なリザードマンが営む屋台だった。

 使い込まれた黒い鉄板の上で焼かれているのは、日本のたい焼きによく似た、だが少し細長い魚の形をした生地だ。中からは甘い匂いのするペーストがはみ出している。


「おう、嬢ちゃん! 目が高いな。こいつは海竜の形を模した『シードラゴン焼き』だ! 焼きたての熱々だぞ!」


「わーい! すっごくいい匂いです! おじさん、五個ください!」


 ミクはリザードマンの店主と楽しげに笑い合いながら、受け取った紙包みから熱々の菓子を取り出し、躊躇いなく頭から齧り付いた。


「はふっ、はふっ……んん〜っ! 外側がサクサクで、中のお芋のあんこがすっごく滑らかです! アツシさんも早く!」

「どれ……美味いな。生地に少し塩気があって、中の甘さを引き立ててる」


 絶妙な甘じょっぱさに、俺も思わず頬が緩む。

 少し歩けば、今度は人間の子供ほどの大きさがある蟻の蟲人アントマンが、硝子の瓶に入った透き通るような黄金色の液体を売っていた。


「いらっしゃい、旅のお方。これは我々が集めた『蟻蜜ぎみつ』だよ。この大陸特有の巨大な花の蜜を、我々の巣でじっくりと熟成させたんだ。普通の花の蜜より、ずっとスッキリとした上品な甘さでね」


 触角を揺らしながら説明するアントマンから試食の小枝を受け取り、ミクがペロリと舐める。


「んん〜っ! べっこう飴みたいで美味しい! 喉に引っかかる感じが全然ないです! おじさん、これ全部買い占めます!」


「ええっ!? ぜ、全部かい!? それはありがたいが、荷物になるよ……?」


「大丈夫です! アツシさんの四次元ポケットがありますから!」


 ミクの爆買いは止まらない。アントマンが目を丸くする中、俺は金貨を支払い、数十本の瓶を片っ端から『収納』へと放り込んでいく。これでしばらく甘味料には困らない。


 市場の奥に進むと、今度は海鮮の屋台が立ち並ぶエリアに出た。

 顔の大きさほどもある巨大な二枚貝が、網の上でグツグツと煮え立っている。貝の出汁と、少し焦げた醤油のような香ばしい匂いがたまらない。

 さらに隣の屋台では、脂の乗った巨大なサバに似た魚を炭火でこんがりと焼き、香草や玉ねぎと一緒に、こんがり焼いた硬めのパンに挟んだサンドイッチを売っていた。


「親父、その貝とサバサンドを二つずつ。あと、よく冷えたエールをくれ」


「あいよ! 新大陸の味、たっぷりと堪能してくれ!」


 受け取ったサバサンドに齧り付く。パリッとしたパンの食感の直後、魚の強烈な旨味と脂がジュワッと溢れ出し、香草の爽やかな風味が魚の臭みを完全に消し去っている。

 そこにすかさず、冷えた苦いエールを流し込む。


「……最高だな、この街。船酔いで死にかけた甲斐があったってもんだ」


 俺は防波堤に腰掛け、サバサンドとエールを交互に胃に流し込みながら、充実したため息を吐いた。


「貝の方もすっごく肉厚です! 噛めば噛むほどお出汁が出ますよ!」


 ミクも口の周りを汚しながら、幸せそうに貝柱を咀嚼している。

 どれもこれも、この街の食べ物は異常なほど美味かった。食材の豊かさもさることながら、種族の壁を越えて様々な食文化が混ざり合っているのが良いのだろう。


 その日の夜。

 俺たちは街で一番大きく、ふかふかなベッドがある高級宿をとった。

 部屋に入るなり、俺はベッドの上にダイブした。


「……あぁ、揺れない。揺れないベッドって天国だぁ……」


 俺は最高級の羽毛シーツに顔を埋め、ゴロゴロと転がりながら陸地の素晴らしさを全身で堪能していた。

 目を閉じても、あの忌まわしい波の揺れを感じない。三半規管がようやく正常な機能を取り戻し、深い安堵感が体を包み込む。


「アツシさん、本当に船がダメだったんですねー。あはは、子供みたいにゴロゴロして可愛いです」


 ミクがクスクスと笑いながら、隣のベッドに腰掛けてブーツを脱ぐ。

 明日も美味しいものをたくさん食べよう。そう心に固く誓いながら、俺は久しぶりの泥のような深い眠りについた。


 ◇


 翌日。

 俺たちは、前日に美味しかった屋台をもう一度巡り、まだ食べていないメニューを制覇すべく、再び市場の広場へと足を運んだ。


 だが、広場に近づくにつれ、どうにも様子がおかしいことに気づいた。

 昨日までの、活気と笑顔に溢れた平和な空気が一変し、まるで冷水でもぶっかけられたかのように、重く、息苦しい緊張感が漂っているのだ。


「……トカゲや虫風情が、私の前を歩くな。空気が穢れる」


 広場に響き渡ったのは、甲高く、ひどくヒステリックな女の声だった。

 人混みがモーゼの十戒のように割れた中央を歩いていたのは、豪奢な純白の法衣を纏った女エルフだった。金糸のように輝く長い髪と、尖った長い耳。顔立ちは美しいが、その表情は傲慢さと冷酷さに歪みきっている。

 そして彼女の周囲を、武装し、ふんぞり返った人間の兵士たちが威圧的に固めていた。


「あれ、なんですか? お祭り?」


 ミクが買い食いした串焼きを齧りながら小首を傾げる。

 俺は周囲の住人たちの怯えたヒソヒソ話に耳を澄ませた。どうやら、彼女たちは『唯人教ゆいときょう』という教団の神官らしい。


 彼らの教義は極端で、ひどく排他的だ。

 長い寿命と魔力を持つ耳長のエルフこそが神に選ばれた『唯人ゆいと』であり、人間は彼らに仕え、その手足となるべき『普人ふと』。

 そして、それ以外の獣人や蟲人、鱗族などは、知性を持っただけの『家畜』であり、唯人と普人に使役され、搾取されるために存在する――という、狂った選民主義だ。

 厄介なことに、この街の領主もその熱心な信者らしく、領主軍の後ろ盾を得た彼らは、街のどこでも傍若無人に幅を利かせているという。


(……どこの世界にも、こういうくだらないカルトはあるもんだな)


 俺たちが遠巻きに冷ややかな視線を送っていた、その時だった。


「あ……」


 広場の隅で、数人の蟲人の子供たちが、地面に木の棒を立てて「棒倒し」のような遊びをしていた。

 その中の一人がバランスを崩し、立てていた棒を倒してしまった。

 コロン、コロン、と石畳を転がった泥だらけの木の棒が、運悪く、広場を闊歩していた女エルフの真っ白な靴の先端にコツンと当たる。


 ほんの僅かな出来事だった。怪我などするはずもない。

 だが。


「……ッ!! この、薄汚いゴミ虫がァァッ!! よくも私の神聖な衣を!!」


 女エルフの顔が、一瞬にして夜叉のように歪んだ。

 彼女は容赦なく足を振り上げ、怯えてすくみ上がった蟲人の子供の腹を、全力で蹴り上げた。


「ギャッ!」


 小さな体が宙を舞い、石畳に叩きつけられる。

 子供は腹を押さえ、息を詰まらせて苦悶の声を上げた。


「や、やめろ! 子供になんてことを!」


 近くで店を出していた蟻人が血相を変えて飛び出し、子供を庇うように覆い被さった。だが、女エルフの怒りは収まらない。


「家畜の分際で私に触れるな! 衛兵、このゴミ共を叩きのめしなさい!」


「はっ! 神官様の御意のままに!」


 女エルフの護衛をしていた人間の兵士たちが、ニヤニヤと卑劣な笑みを浮かべながら、蟻人の背中を槍の柄やブーツで激しく殴りつけ始めた。


「衛兵! 止めねえか! ただの子供の遊びだろうが!」


 昨日、俺たちにたい焼きを売ってくれたリザードマンの親父が、見かねて止めに入ろうとする。

 だが、周囲の人間兵士たちが一斉に彼を取り囲み、多勢に無勢で彼を袋叩きにし始めた。


「黙れトカゲ野郎! 家畜が唯人様に逆らうか! 殺せ、殺せ!」

「ぐおっ……!」


 硬い鱗を持つリザードマンでさえ、武装した多数の兵士による容赦ない暴行には耐えきれず、血を流して倒れ伏す。

 泣き叫ぶ子供、庇いながら打たれ続ける蟻人、そして血まみれのリザードマン。

 広場は一瞬にして、胸糞の悪いリンチの場と化し、他の住人たちは恐怖に震えて目を伏せることしかできなかった。


「……アツシさん」


 俺の隣で、ミクの声からスッと感情が消え失せた。

 彼女は手にしていた串焼きの最後の一口を飲み込むと、串をポイッと捨て、完全に無表情のまま広場の中央へと歩き出した。


「おい、人間! 何の用だ。普人風情が唯人様に近づく……」


 制止しようと前に出た衛兵の言葉は、最後まで続かなかった。


 ドゴォッ!!


 ミクの無造作な裏拳が、衛兵の胸当てごとあばら骨を完全に粉砕した。

 ひしゃげた金属の嫌な音と共に、男の体が砲弾のように十メートル近く吹き飛び、広場の噴水に激突して血の華を咲かせる。


「……なっ!?」

「き、貴様、何者だ! 唯人教に逆らう気か!」


 一瞬の静寂の後、周囲にいた数十人の衛兵たちが一斉に武器を抜き、ミクと、ゆっくりと歩み寄ってきた俺を取り囲んだ。


「あのさ」


 俺は呆れたように首を掻き、血走った目で睨みつけてくる兵士たちをぐるりと見回した。


「お前らが俺たちに敵意出さなきゃ、こっちも敵意出さないし。今すぐその薄汚い足を退けてここから消えるなら、何もしないけど」


 俺の低く冷たい声は、喧騒の中でも不思議なほどよく響き、空気を凍らせた。


「俺たちを殺そうとか、俺たちをイラつかせたら、遠慮なく皆殺しにするけど。いいかい?」


「ふざけるなァッ! ただの普人が、神の代行者たる私に説教をする気か! この異端者共を細切れにして、豚の餌にしておしまい!!」


 女エルフが発狂したように金切り声を上げる。

 それを合図に、五人の衛兵が殺意を剥き出しにし、槍の穂先を揃えて俺へと一斉に斬りかかってきた。


「……そうか。なら、死ね」


 俺は視界の端に彼らを捉え、静かに指を弾いた。


『対象:収納内の鉄球および石塊』

『設定:散弾・音速射出』


 ズドドドドドォォォンッ!!!


 大気が爆発するような轟音。

 虚空から突如として射出された無数の質量が、俺に襲いかかった五人の兵士の体を瞬時に血肉の雨へと変えた。

 音速のつぶてを至近距離から全身に浴びた彼らは、鎧ごと文字通りミンチにされ、赤い霧となって広場の石畳に降り注ぐ。


「ヒィッ……!?」

「ま、魔法か!? なんだあの男は!」


 残りの兵士たちが恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりする。そして、非力に見えるミクへと矛先を変えようとした。


「あははっ! よそ見しちゃダメですよぉ!」


 ミクは心の底から楽しそうに嗤いながら、襲い来る兵士たちの懐へと滑り込む。

 彼女の可憐な拳が触れるたび、兵士たちの関節が反対に折れ曲がり、喉笛が砕け散る。

 ある者は顔面を陥没させられ、ある者はミクの手刀によって動脈を断ち切られ、鮮血の噴水となって倒れていく。

 まるで凄惨な舞踏だった。その可憐な姿から繰り出される圧倒的で理不尽な暴力に、衛兵たちの心は完全にへし折られた。


「ば、化け物だァァッ!」

「逃げろォォ! 死にたくねえ!」


 悲鳴を上げ、武器をかなぐり捨ててクモの子を散らすように逃げ出していく兵士たち。

 わずか一分足らずで、広場は血と肉片に塗れ、残されたのは、腰を抜かして震える神官の女エルフだけだった。


「さて」


 俺は血だまりを避けながら、女エルフの前に立つ。

 とりあえず、このくだらない教団のトップの居場所でも聞き出そうと思ったのだが。


「き、貴様ら……神の怒りを恐れないのか! 私は選ばれし唯人だぞ! 普人や家畜が、神聖な私に触れることなど……」


 まだそんな現実逃避の選民主義をほざくのか。

 俺が反論のために口を開きかけた、その時。


 ゴキィッ!


「あばッ!?」


 ミクの容赦ない前蹴りが、エルフの顔面を的確に捉えた。

 見事に鼻柱がへし折れる音が響き、傲慢だった整った顔面が、一瞬にして鼻血と泥でまみれる。


「うるさいですねぇ。昨日のおいしい思い出が台無しです」


 ミクはそこから、無抵抗のエルフを文字通りフルボッコにし始めた。

 一切の情けはない。顔面を鉄拳で殴りつけ、蹲った腹を蹴り上げ、金糸のような美しい髪を鷲掴みにして石畳に何度も叩きつける。

 神官の純白の法衣は、自身の血と泥で見る影もなく汚れ、エルフは醜く鼻水を垂らして嗚咽を漏らした。


「ひぃっ、やめ、許し……痛い、痛いぃぃっ!」


「そうだ、いいこと思いつきました」


 ボロ雑巾のようになったエルフの頭を踏みつけながら、ミクは自慢の「長い耳」を両手で掴んだ。


「これがあるから偉いんですよね? じゃあ、いらないですね」


『実行:エルフの耳の収納』


 シュンッ、という微かな音と共に。

 エルフの頭部から、そのアイデンティティである尖った両耳が、根元から綺麗に消失した。


「あ……? ぁぁ……ァァァアアアッ!?」


「あはは! 耳なし芳一の完成ですね!」


 日本人にしかわからないブラックジョークを口にして、ミクはケラケラと笑う。

 痛みはないはずだ。だが、自身の優越性の象徴である耳が、傷跡すらなく消滅したという根源的な恐怖と絶望に、エルフは白目を剥いて痙攣していた。


「おい、お前」


 ミクは血まみれのエルフの髪を乱暴に掴み上げ、その耳のない滑らかな側頭部を撫でながら、自分の顔を近づけた。


「教会に返してやるから、教団に殴りこむから人を集めてね♡……と、お仲間によーく言っておけよ?」


 ポイッ、とゴミのように放り投げると、エルフは悲鳴にもならないうめき声を上げながら、這いつくばるようにして広場から逃げ去っていった。

 すっかり化け物のような姿になった女の無様な背中を見送り、俺たちは振り返る。


「大丈夫ですか? おじさんたち!」


 ミクはさっきまでの冷酷な悪魔の顔から一変、リザードマンや蟲人たちに駆け寄り、にこやかに『小治癒ヒール』をかけて回っている。


「あ、あんたら……なんてことを……」

「命の恩人だが、すぐに逃げた方がいい! あいつら、必ず領主軍と教団の精鋭を連れて戻ってくるぞ!」


 治療を受けながら、住人たちが青ざめた顔で警告してくれる。だが、ミクは全く気にした様子もなく、「今日はたい焼きお休みですか?」などと暢気に笑っている。


 一通りの治療を終えたミクは、血で汚れた手をパンパンと払いながら、俺の元へと戻ってきた。

 そして、最高の極上肉を見つけた肉食獣のような、ひどく明るく、艶やかで、ゾクゾクするような笑顔を俺に向ける。


「アツシさん」


「なんだ」


「あいつら、沢山兵隊連れてきてくれませんかねー? すっごく楽しみですねぇ」


 ウキウキと弾むようなその声に、俺は思わず深い満足感を覚えて口角を上げた。


「違いない。ベヒモスを食う前の、消化試合には丁度いいな」


 新大陸のグルメを満喫した俺たちの次なるイベントは、この腐りきった教団と領主の完全な解体作業に決まったらしい。

 揺れない陸地は最高だが、俺たちの日常が揺れない日は、どうやら一日も来ないらしい。

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