第24話 蟲の森の不動産屋と、極上のハチミツ
アラクネたちに案内され、
俺たちは鬱蒼とした森の奥深くにある
隠れ里へと到着した。
巨大な木々の間に、
粘り気のない丈夫な糸で編まれた
テントのような住居が点在している。
「みんな! 無事だったのか!」
里から飛び出してきたアラクネたちが、
助け出した子供たちを抱きしめて涙を流す。
黒王号とクイーンの姿に最初は怯えていたが、
事の顛末を聞いて、
俺たちに深く頭を下げてきた。
「恩人様……!
よくぞ、同胞を救ってくださいました。
約束通り、最高の糸で服をお仕立てします」
「ああ、頼む。
デザインはこいつの指示に従ってくれ」
「はいっ! 任せてください!」
ミクが鼻息を荒くして、
アラクネの職人たちに囲まれる。
彼女の頭の中には、すでに
様々なコーディネートが浮かんでいるらしい。
「まずはアツシさんのコートですね!
シックで、でも裏地は少し遊び心を入れて……
あ、私の夏服は風通しよくしてください!」
楽しそうなミクを尻目に、
俺は里の中を見回した。
アラクネ以外にも、
様々な姿の魔族が滞在しているようだ。
どうやらここは、
虫系の魔族たちが物資を交換する
交易所のような役割も果たしているらしい。
「……人間か」
「なぜこんな所に」
カマキリのような鎌を持つ蟷螂族や、
背中に硬い甲殻を背負った甲虫族たちが、
警戒の色を浮かべて俺を遠巻きに見ている。
俺は黒王号の首を撫でながら、
適当な切り株に腰を下ろした。
「安心しろ、ただの客だ。
何か面白そうなものがあれば、
買い取る用意もあるぞ」
俺は「収納」から、
人間の街で買った高級な果実酒と、
塩漬けの干し肉を取り出して見せた。
彼らの世界にはない、
人間の発酵技術と調味料の匂い。
たまらず、
一人の蟷螂族が近づいてきた。
「……その肉、美味そうだな。
これでどうだ」
彼が差し出したのは、
緑がかった刃を持つ、見事な「鉈」だった。
自身の古い鎌を研ぎ澄ましたものらしい。
俺はそれを受け取り、
指で刃先を弾いてみる。
キィン、と硬質な音が響いた。
「驚いたな。鉄より軽くて、
鋼よりも鋭い」
「俺たちの鎌は魔力を帯びているからな。
魔物の解体には最適だぞ」
「商談成立だ」
俺は干し肉の塊と果実酒を渡し、
鉈を受け取った。
これで料理の手間が省ける。
それを見て、
他の虫魔族たちも次々と集まってきた。
「人間! 俺の甲殻はどうだ!
脱皮したばかりのビートル装甲だ!
竜の牙でも砕けねえぞ!」
「それ、もらいます!」
いつの間にか戻ってきていたミクが、
甲虫族の装甲板に食いついた。
「アツシさんのコートと、私の服の裏地に
これを縫い込んでもらいましょう!
軽くて最強の防弾チョッキになります!」
「なるほど、悪くない」
俺は甲虫族に、
パンケーキの山とハーブソルトを渡した。
さらに、蜂人族からは、
魔族領特有の花から集めたという
黄金色の「魔花蜜」を手に入れた。
「んん〜っ! 濃厚で甘いです!
これとパンケーキ、合いますよ!」
ミクがハチミツを舐めてご機嫌だ。
種族の壁など、
美味い飯と便利な道具の前では
存在しないも同然だ。
俺たちはあっという間に、
虫魔族たちと良好な取引関係を築いた。
だが、夜の宴の席で、
アラクネの長が暗い顔で口を開いた。
「……実は、我々は明日にも
この里を捨てねばなりません」
「軍に場所がバレたからか?」
「ええ。ですが、移動先がないのです。
我々のような大きな体を持つ虫魔族が
安全に隠れ住めるような、
巨大な洞窟や大樹の空洞は
そう簡単には見つかりません」
他の虫魔族たちも、
重苦しい溜息をつく。
すると、
ハチミツ入りの紅茶を飲んでいたミクが、
ポンと手を打った。
「じゃあ、私たちが作りますよ!」
「え?」
「その代わり、追加オーダーいいですか?
夏服に冬用のコート、
もしもの時の礼装ドレス!
全部タダで作ってくれるなら、
希望の場所に、希望の広さのお家、
作ってあげます!」
ミクが俺を見る。
「ですよね、アツシさん?」
「まあ、造作もないことだが」
俺は肩をすくめた。
家作りの手間で、
一生モノの高級服一式が手に入るなら
安いものだ。
翌朝。
俺たちは里の裏手にある、
巨大な岩山の前に立っていた。
「ここがいいんだな?」
「は、はい……
でも、どうやって掘るおつもりで?」
アラクネたちが不安そうに見守る。
俺は岩山を見上げ、
静かに視線を巡らせた。
頭の中で、
CADソフトのように図面を引く。
入り口は狭く、中は広く。
通気口と、非常用の脱出ルート。
居住区と集会場を分ける。
イメージが固まった。
俺は一歩踏み出し、岩肌に手を触れる。
シュンッ。
音が消えた。
アラクネたちが見上げていた、
数万トンはあるだろう岩山の内部が、
「一瞬」にして消失した。
切り出されたわけでも、
砕かれたわけでもない。
ただ、空間にあった岩石という物質が、
俺の「収納」へ移されただけだ。
「……終わったぞ。
中はドーム状にしておいた。
好きに使え」
俺は振り返り、淡々と告げた。
「は……?」
「え……?」
アラクネたちが、
ぽかんと口を開けて、
滑らかにくり抜かれた岩の入り口を見つめる。
恐る恐る中へ入った彼女たちは、
広大で安全な地下空間を見て、
腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「か、神の御業だ……!」
「数百年はかかる掘削を、一瞬で……!」
「ついでだ」
俺は振り返り、
森の巨大な老木に視線を向ける。
同じ要領で、
木を枯らさないように内部だけを収納し、
蜂人族や蟷螂族のための
巨大な「ツリーハウス」の原型を作ってやった。
「うおおおっ!」
「俺たちの家ができたぞ!」
虫魔族たちが歓喜の声を上げる。
俺たちにとっては、
ただの「不用品の回収(岩と木屑の収納)」だ。
だが、彼らにとっては
生存を約束する奇跡の要塞だった。
数日後。
約束通り、
俺たちの新しい服が仕上がった。
俺の服は、アラクネの糸で織られた
漆黒のロングコートとスーツ。
裏地にはビートルの装甲が編み込まれ、
防刃・防弾性能は完璧だ。
ミクの方は、
お揃いのロングコートとパンツスーツ
ただ、色が深いワインレッドだ。
そして美しい真紅のドレスなど、
大量の衣服を収納に収めてホクホク顔だ。
「アツシさん、似合ってます!
ちょっと悪の幹部みたいでカッコいいです!」
「お前もな。
これでしばらくは服に困らない」
俺たちは
新しい服に身を包み、
黒王号とクイーンに跨った。
「恩人様。
これは、我々虫魔族全員からの贈り物です」
アラクネの長が、
小さな骨でできた笛を差し出した。
「『蟲笛』です。
吹けば、人には聞こえない音色で
近くの虫魔族に連絡が届きます。
何かあれば、いつでもお呼びください」
「ありがたく貰っておく」
俺は笛をポケットに滑り込ませた。
情報収集や道案内には
役立つかもしれない。
「それじゃあ、元気でねー!」
ミクが大きく手を振る。
俺たちは虫魔族たちの
盛大な見送りを受けながら、
森を出発した。
「さて、次はどうする?」
「決まってますよ!
ハチミツくれた蜂さんが言ってました!」
ミクが嬉しそうに西を指差す。
「魔族領の『海』で獲れる魔物、
すっごく脂が乗ってて美味しいらしいです!」
「なるほど、海鮮か。
鉈の切れ味を試すには丁度いいな」
「お刺身! お刺身!」
美味しいものと、
快適な生活のためだけに。
俺たちの乗る二頭の駿馬は、
土煙を上げて、
未知なる魔族領の海へと駆け出していった。




