第23話 アラクネの涙と、最高級のオーダーメイド
トマトの村の長老に紹介され、
俺たちは別の大きな集落を訪れた。
だが、タイミングが悪かった。
そこには、魔族の「正規軍」が
駐留していたのだ。
「人間だと!? なぜこんな所に!」
「殺せ! 聖王国のスパイだ!」
見つかるなり、問答無用の殺意。
当然、皆殺しにしても良かったが、
ここで軍隊を殲滅すれば、
紹介してくれた長老たちに
累が及ぶかもしれない。
「ミク、退くぞ」
「えー、やっちゃダメですか?」
「トマトの供給源が燃やされるぞ」
「それは大問題です! 逃げましょう!」
俺たちはスレイプニルを反転させ、
追手を振り切って
深い森へと逃げ込んだ。
軍隊は足が遅い。
黒王号たちの機動力なら、
撒くのは造作もなかった。
「ふぅ、厄介なことになりましたね」
ミクがクイーンの首を撫でる。
「ああ。正規軍が動いてるとなると、
この辺りもキナ臭くなってきたな」
俺たちが森の奥で
今後のルートを相談していた時だ。
「……ん?」
風に乗って、
微かに怒号と悲鳴が聞こえた。
俺たちはスレイプニルを木陰に隠し、
気配を殺して崖の上から
眼下を覗き込んだ。
谷底の獣道。
そこにいたのは、
先ほど俺たちを追っていた魔族軍の
別働隊らしき小隊だった。
彼らは、数人の「捕虜」を
乱暴に引き立てていた。
上半身は人間、
下半身は巨大な蜘蛛。
蟲人族、アラクネだ。
「歩け! 気持ち悪い虫ケラども!」
軍の小隊長が、
アラクネの女性を鞭で打つ。
「お願いです……!
糸ならいくらでも出します……!
だから、あの子たちを……!」
アラクネの女性が泣き叫ぶ。
その視線の先には、
小さな蜘蛛の姿をした
アラクネの子供たちが、
兵士たちに網で捕らえられていた。
「ハッ! 誰が虫のガキなんか!
だが、お前らが逃げないための
いい『鎖』にはなるからな」
兵士の一人が、
網の中の子供を軍靴で蹴り飛ばす。
「ギャッ!」
「ああっ! やめてっ!」
親アラクネたちが悲鳴を上げる。
どうやら、
上質な糸を織るアラクネたちが
物資の交換に村へ出てきたところを、
軍が不当に捕獲したらしい。
魔族の中でも、
虫の姿を持つ彼女たちは
ひどく迫害されていると聞く。
「……趣味が悪いな」
俺は冷ややかに見下ろした。
だが、助ける義理もない。
「行くぞ、ミク。
面倒事に巻き込まれる前にな」
俺が背を向けようとした、その時。
「……ねえ、アツシさん」
ミクが、崖下を見つめたまま呟いた。
「あの軍人たち、
さっきからうるさいです。
子供を蹴る音も、耳障りですし」
ミクの瞳から、光が消えている。
純粋な「苛立ち」だ。
「それに、私思い出しました」
「何をだ?」
「アラクネの糸って、
すっごく上質なんですよね?」
ミクが俺を振り返る。
その顔には、
商人のような計算高い笑みが
浮かんでいた。
「あそこでお母さんたちを助けたら、
恩返しに、最高の服を
作ってくれるんじゃないですか?」
「……なるほど」
俺は思わず感心した。
正義感でも、同情でもない。
「絹より軽くて、
刃物も通さない防弾服。
オーダーメイドで作ってもらえますよ」
「……悪くない提案だ」
俺のスーツも、
時間修復で綺麗にはなるが、
物理的な防御力は皆無だ。
防弾仕様のインナーがあるなら、
喉から手が出るほど欲しい。
「あのゴミ共を掃除して、
専属の仕立て屋を手に入れるか」
「はいっ!
じゃあ、チャチャッと片付けますね!」
ミクがクイーンに乗って
崖から飛び降りた。
数十メートルの落下。
だが、クイーンはその八本の足で
崖の段差や隙間を捉えておりていき、
音もなく軍隊の背後に着地した。
「誰だ貴様……人間!?」
小隊長が振り返った瞬間。
「こんにちは。
ちょっと静かにしてもらえます?」
ミクの右拳が、
小隊長の顔面にめり込んだ。
岩石の質量を乗せた、凶悪な一撃。
ドゴォッ!!
小隊長の首から上が、
文字通り「弾け飛んだ」。
「なっ……!?」
「隊長!?」
兵士たちがパニックに陥る。
「敵襲だ! 殺せ!」
数人の兵士が槍を構える。
俺は崖の上から、
静かに兵士の持つ武器を収納した。
ヒュンッ。
兵士たちの手から、
突然、槍や剣が消失する。
「え……?」
「武器が、消えた!?」
呆然とする兵士たち。
その無防備な隙を、
ミクが見逃すはずがない。
「よそ見はダメですよー」
ミクが踊るように駆け抜け、
素手で次々と兵士の胸を貫く。
あるいは、
『接触』による心臓の収納。
バタバタと、
ものの十秒で小隊は全滅した。
血の海と化した谷底。
「ふぅ、終わりました!」
ミクが返り血を払いながら、
網に囚われていた
アラクネの子供たちを解放する。
「ほら、お母さんのところへお行き」
「ミッ……!」
子供たちが、
泣きながら親の元へ駆け寄る。
親アラクネたちは、
目の前の惨劇と、
突然現れた人間の少女の異常な強さに、
ガタガタと震えていた。
俺も崖を降り、
彼らの前に歩み寄った。
「ひっ……! 殺さ、ないで……」
「安心しろ。
俺たちはただの旅人だ」
俺は極めてビジネスライクに告げた。
「助けた対価として、
一つ取引をしたい」
「と、取引……?」
「あんたたちの里へ案内してくれ。
そして、あんたたちの糸で、
俺たちの服を仕立ててほしい」
アラクネの女性は、
ぽかんと口を開けた。
「……え? 糸、ですか?」
「ああ。
人間も魔族も、俺たちには関係ない。
上質な服を作れる奴が正義だ」
「可愛いデザインでお願いしますね!」
ミクが横から満面の笑みで口を挟む。
アラクネたちは顔を見合わせた。
信じられない、という表情だ。
だが、子供を助けられた恩は事実。
「……わかり、ました。
命の恩人です。
最高の糸で、お仕立てします」
彼女たちは深く頭を下げた。
こうして、
俺たちはアラクネたちを護衛し、
彼らの隠れ里へと向かうことになった。
「やったー!
新しいお洋服です!」
ミクがクイーンの背で喜ぶ。
善意など一ミリもない。
ただの利益相反と、
物々(命と服)交換だ。
だが、
結果的に救われた命があるなら、
それはそれで良いのだろう。




