8:お嬢様とアレな坊ちゃん2
昼食を終えて、アニエスに昼以降の予定を改めて告げる。
「おうちのあんない、がんばる」
ぐっとアニエスが拳を握った。
「いえ、それは私が担当しますので、お嬢様はロイドサマとお話して下さい」
「うん。おはなしがんばる」
いいの?と驚いた顔をしたアニエスに微笑む。
「立ち入り禁止区画もありますし、それに私が対応したほうがあちらの侍従達の気も引き締まります。お嬢様にはユーレイアがついていますから安心安全、お話しに集中できますね」
アニエスの服や髪を整えて、ロイドの部屋を訪ねる。
「ろいどさま。おうちのあんない、しますね」
「……」
無言?と侍従を睨むと、慌てて侍従がロイドを促す。
「よろしく」
ロイドがやっとこ絞り出した言葉にアニエスが笑顔で答える。
「おまかせください。えりく」
「はい。アニエス様。私が僭越ながらみなさまを先導させていただきます。」
歩幅に気をつけ屋敷内を案内する。
その間の二人の会話にも勿論聞き耳を立てる。
ロイドが実家でどんな風に生活しているのかを聞き出しているアニエスに心の中でエールを贈る。
「ろいどさまはどんなあそびがおすきですか?」
「ボール遊びとか、あとは剣のくんれん」
「けんのくんれんってすごいです。」
「そんなことないし」
「とうさまも、よくにわで、きのけんをふってます。あせがたくさんで、むねがもりもりなんです」
「むね、もりもり」
「ろいどさまも、もりもりになるんでしょうか」
「え、ぼく?ぜんぜんないからならないと思うけど」
「訓練を継続されればムキムキのモリモリになりますよ。はい、こちらが話に出た当家自慢の庭でございます」
庭に出る。
「広い」
「庭木のある辺りでは遊ばないで下さいね。庭師のおっちゃん達に怒鳴られますから。このあたりの開けているところなら問題ありませんからボール遊びも剣の練習もご自由にどうぞ」
「わ、分かった」
旦那様が剣を振るうからか、鑑賞用のスペースは屋敷から少し離して作られている。
「アンタは」
ロイドの背後の侍従を瞬時に睨む。
「……」
「ロイド様」
侍従がロイドに耳打ちする。
「あ、あなたは、剣はやらないの?」
「はい。けんはもったこと、ないです」
「そう。ぼくのねぇさんは年中ふりまわしているからそれがふつうなのかと思ってた。じゃあさ、何がすきなの」
一瞬凄い情報が飛び込んできたけど、平静を装って二人を見守る。
「わたしは、えをかいたり、ほんをよむのが、すきです」
「ふーん。もう字よめるの?すごいね」
「すこしだけです。」
最初は全然話さないなと思ったが、興味のある話題だったからか会話が続いている。
がしかし、ロイドの表情を見ると体を動かして遊びたいようだ。すぐにでも会話が途絶える危険がある。
ユーレイアに視線を送る。と、すぐにアニエスに耳打ちをした。
「ろいどさま、すこしあそんでいきましょう」
「いいのか?!」
「はい」
広い庭を走ってみたかったらしく、一気に駆け出した。
気の済むまで走らせる。戻ってきたロイドが
「走りやすい」
と笑顔で言った。初めてみた笑顔に驚く。
「ろいどさまのおうちのにわは、はしりにくいのですか?」
アニエスが尋ねると
「庭らしい庭は中庭だけで、あとは畑だから。ひらけているとこは騎士たちのくんれん場で、ぼくは入ったらだめなんだ」
ライプニッツ家の特殊な構造が知れた。なんだそれ、そんな貴族の家あんの?
「そうなのですね。ここにいるあいだは、たくさん、はしってください」
「うん!」
ロイドが思う存分楽しんでいるので、私はアニエスが腰掛けるようの椅子を魔力で作る。黄緑にしてみた。
クレヨン調の色味なら変幻自在だ。
「アニエス様、どうぞ。こちらにお掛け下さい」
追加でパラソルも作る。色は可愛いピンクにしよう。
「ありがとう」
「そして、こちらはスケッチブックです。どうぞ、遊んでいるロイドサマでも描いてみてはどうでしょう」
ベストの裏ポケットから取り出す風を装い女神の権能ポケットから取り出しお絵描きセットを渡す。
「ありがとう、えりく。どこにかくしてたの?」
「ないしょです」
小テーブルも魔力で作る。色は椅子とお揃いにする。
「魔法使いですから」
「ふふふ」
ロイドが走り回っている間、アニエスはお絵描きをして過ごした。
「はぁはぁ、楽しかった」
「それはとてもよかったです」
侍従からハンカチを受け取り汗を拭くロイドは、絵を描いているアニエスが気になったのか覗き込む。
「すげぇ」
「ろ、ろいどさま。その」
アニエスは吃驚して絵を隠す。
「?じょーずじゃん。ぼく、そんな風にかけないし。隠さなくていいよ」
「あ、ありがとうございます」
楽しんだ後は、
「今度は食堂に参りましょう」
おやつの時間だ。
「しょくどう、きのう行ったから場所、分かるけど」
「まぁまぁ。スピノザ家では夕食後のデザートは出さないのですが、この時間ですと、なんとおやつが貰えます!」
「ろいどさま、おやつちょーのおやつは、とてもおいしいんです。」
スピノザ家にはおやつ担当料理人がいる。通称おやつ長。昼食後から夕食前までの間におやつを作る。屋敷の人間なら誰でもその時間を狙って食堂に行けば食べられる。
物によっては早く無くなるので運の要素もある。
「きょうのおやつ、たのしみです」
「ふーん」
食堂では既におやつを手にした使用人達がお茶とおやつを楽しんでいた。
「今日はどうやらドーナツのようですね。ユーレイアは皆様を席に案内して下さい。私が取ってきます」
「はい」
おやつの列に並び、人数分のドーナツを確保する。
ポットとカップをカートに乗せて席に戻る。
「おやつは原則一人一個。数に限りがありますので、無くなり次第終了です。それは騎士伯であるアーロン様も同様です。ご了承下さい」
「わ、分かった」
意外と聞き分けがいい。もっとごねるかと思った。
ドーナツとお茶を配膳し終えるとアニエスが先に口をつけてみせる。
「ろいどさま、どうぞ。おやつちょーのどーなつ、おいしいですよ」
「うん」
ロイドの視線が泳ぐ、笑顔のアニエスと自分の侍従の様子を窺う姿に違和感を覚える。
そして恐る恐るといった様子でロイドがドーナツを齧る。
「、おいしい。」
ぱくぱく夢中で食べるロイドに
「……」
「ゆっくりたべてください」
アニエスは自分がいつも言われている台詞を口にする。
子供の成長は早い。
「ユーレイア。私は少し席を外します。食堂にいて下さい」
私は足早に執務室へ向かった。
「奥様。」
「エリク?どうしたのかしら、何かあったの?」
「少し懸念点がありまして、確認したいことがあります。」
私は屋敷内を案内した際に感じたことを懸念点から奥様に伝える。
「やはり侍従達が仕事をしたがらない、恐らくロイドサマのご実家でも同じだと思います。」
走りにくい庭だから走れないんじゃない。
それを走れるように手を尽くすのが侍従の仕事だ。騎士の訓練場の使用許可を貰うとか、周囲が畑なら畑と畑の間の農道は直線のはず、そこを均して走れるようにするとか色々工夫はできる。走れるような場所に連れて行くでもいい。
思いっきり走りたいという主人の可愛い願いを叶えられない侍従なんて無能すぎる。
「ハンカチを差し出したのも私の視線に気づいたからで、自主的に動けないクズばかりです。あと、今おやつタイムなのですが、お菓子に口をつけるまでの躊躇いが年不相応な感じがしました。怯えているが近いかもしれません」
「怯えて」
「奥様、ロイドサマはライプニッツ伯爵夫人の子供ですか?」
「エリク何を言って」
「伯爵の子供ではあるでしょう。が、正妻の子供でない、側室や妾の子なら、教育や付ける侍従の出来に差が生まれることもあるでしょう」
それ以外の不確かな予想も胸の中にある。
「公には伯爵夫人の子供よ」
なら別の想像も出来る。両方とも嫌なほうだ。
「そうですか。奥様、ロイドサマを侍従から引き離してもいいですか?」
「……向こうが許可をしたら、ね」
「分かりました。ありがとうございます。それと」
嫌な嫌な予想を正直に伝えると奥様の表情が強張る。
伝えるべきことは伝えた。後は私の手には負えない。
「取り敢えず引き離してみるんで、後はお任せします」
アニエスがお友達になることを諦めていないのだから、排除対象であってもアニエスの侍従としてやれるだけのことはやる。
私は食堂に戻る。
「お待たせ致しました。この後なのですが、アニエス様はお昼寝を予定しております。もしよろしければロイドサマもご一緒にいかがでしょう。」
「おひるね?」
「はい。食堂からも近く絶妙な日当たりで暑すぎないのでおやつ後のお昼寝部屋として使っています。もちろんお昼寝しなくても、絵本を読みながらくつろぐことが出来ます。その他玩具も揃っております」
「ですが、ご令嬢と同じ場所で一緒寝るだなんて子供とはいえそれは」
今まで侍従らしい仕事をしてこなかった奴が言うことかと思ったが顔には出さずに笑う。
「あぁ、その点は大丈夫でございます。カーテンで仕切りはしっかりとしますから」
「部屋を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「はい。勿論です」
食堂近くの部屋のドアを開く。
この部屋はマット敷きになっているので、靴を脱いで入る。
「確かに心地良さそうですね。」
窓際にシーツを敷いてその上で眠るのだ。
「カーテンは」
「私がこのように作りますし、お二人の寝る位置は離しますので、ご安心ください」
魔法のカーテンだ。深緑色にしてみた。
ロイドの侍従達に説明している横で、既にアニエスはお昼寝の体勢になっている。
さっとカーテンで隠した。
「ぼくも、おひるねする」
アニエスから少し離れたところでロイドが寝転がる。
「ロイド様」
制止しようとした侍従を遮った。
「まぁまぁ。いいじゃないですか。寝る子は育つといいますし」
ユーレイアがロイドに上掛けをかけた。
カーテンで覆う。こっそりユーレイア宛のお手紙を忍ばせて。
「お二人がお休みの間に洗濯場などの案内を致しましょう。流石にお二人を連れては行けませんから」
「あぁ、それで。助かります」
お昼寝を提案した訳を上手い具合に誤解してくれた。
侍従を引き連れて部屋を出る。
「ユーレイア。頼みます」
明言はしていないが離れることを了承したも同然だ。
洗濯場の利用方法や掃除の時間など、諸々の説明をし、侍従に必要な場所を回る。
「そうだ。事前に食べれない食材の一覧をいただきましたが、それ以外でも気になることがあれば料理人にお伝え下さい」
「ええ、お気遣いありがとうございます。」
「当家の侍従や侍女の控え室がございます。そちらにも案内したいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「よろしいんですか?それは嬉しいですね」
「はい、勿論です。ではこちらに」
ロイドと侍従達の距離を離すことに成功した。
後はユーレイアがなんとかロイドを絆したりなんなりするでしょうと丸投げする。
ユーレイア、これが完全なる丸投げだ!




