9:お嬢様とアレな坊ちゃん3
あらゆる手段を講じ時間を稼いだ結果。
お昼寝部屋に戻った侍従達は待ち構えた奥様と騎士達に捕縛された。
「え」
全然状況が掴めない。チラリとユーレイアを見るも、ぷんぷん怒っていて全然アイコンタクトしてくれない。
「な、何故我々が」
「スピノザ夫人、これは一体!?」
「何故、ですってぇ?!」
こんなにブチギレている奥様は初めて見た。
「え、アンタら何したの?やば」
思わず真顔になる。
「エリク。貴女の予想通りよ!」
仕事をしない無能ではなく、子供を虐待するクズだった。
「うわ、マジかよ。ただのクズじゃん」
「それだけじゃないわ。毒殺容疑もかかってるわ」
部屋の奥に医官の姿をみつけて合点がいった。
「あー全部合ってるのか。終わったね、お疲れ様でした」
どこまで当て嵌まるかは分からなかったが、私の嫌な予想は全部当たってしまったらしい。
騎士達がロイドの侍従を連行していく。
ユーレイアに頼んだのは、ロイドの身体調査。暴行痕がないか。恐らく尻か太もも裏と指定した。
大正解だったようだ。
食事の様子に違和感を覚えたから毒殺までは行かなくても無理矢理食べさせられたりとかアレルギーの起こる食べ物を食べさせられたりしていたのかと思った。
「えりく?」
お昼寝どころじゃなくなったアニエスと泣きはらした目をしたロイドはユーレイアにひっしりと抱きつき動かない。
「お騒がせしてすみません、お嬢様」
「ううん、いいよ。でもなにがあったの?」
事態を理解できていないアニエスはユーレイアに抱きつくロイドを不思議そうにみつめる。
「ロイド様に酷いことをしていた悪者が捕まったんです」
「ろいどさま。」
アニエスはユーレイアから離れるとロイドのほうへ近寄りその背中をぎゅっと抱きしめた。
「もうだいじょうぶですよ」
ぶわっと私の目から涙が溢れ出す。
「何故エリクが泣いているのかしら」
「逆に何故この光景に奥様が感動しないのかが分かりません」
ハンカチで目を覆い号泣する。
「アニエス。ちょっといいかしら」
奥様がアニエスを呼ぶ。
「はい、かあさま」
ロイドからゆっくり離れたアニエスは後ろ髪を引かれつつも奥様のほうに歩く。
「急にいろんなことがあって驚いたわよね?ごめんなさい。」
「ううん。だいじょうぶ」
「それで申し訳ないんだけど、少しの間、ユーレイアをロイド様につけたいのだけど、いいかしら?」
奥様の提案にアニエスは目を丸くすると同時に少し不安そうな顔をした。
「すこし、なら」
俯き頷こうとするアニエス。
「お嬢様」
私はさっと跪き頬を両手で包み顔を上げさせる。目を合わせた。
「ユーレイアはお嬢様の大切な侍女。心の底に少しでも嫌な気持ちがあるなら口にしないと分かりませんよ。ご自身の気持ちを奥様に伝えてください」
「えりく」
「さぁ、お嬢様」
アニエスの背中に手を当てる。
「かあさま、ゆーれいあがいないといやです。ゆーれいあと、はなれたくない」
気持ちを飲み込むことなく言えたアニエスの背中を優しく摩る。
私と代われば問題ないだろうと
「奥様。ユーレイアの代わりに私がつきますから、他にも侍女をかして下さい」
そう言ったら
「え?えりく?や、やだ。えりくも、わたしのだもん」
アニエスから反論が出た。
「あら、凄い反応ね。」
びっくりした。
「お嬢様。」
「分かったわ。アニエス、ユーレイアを夕食の時間まで貸してちょうだい。他の侍女に任せるにしても、相性をみないといけないの。分かるかしら?」
「うん。」
「夕食後にはアニエスのところに戻すわ。約束する。」
「お嬢様、ユーレイアにロイド様の侍女探しを命じて下さい。そうしたらユーレイアはより一層頑張っちゃいますから」
「うん。」
アニエスは小走りでユーレイアのところに戻り、こしょこしょと耳打ちをした。
「お嬢様。お任せ下さい」
と聞こえたので成功したのだろう。
「奥様。あの十人をここで投入したらいいじゃないですか。」
「そうね。そうするわ」
奥様はそういうと部屋を出て行った。
お昼寝部屋に他の侍女や侍従が集められるまでしばらく四人で過ごす。
早速ユーレイア争奪戦が始まっている。
いい格好したけど本音は一分一秒たりとも他人にユーレイアを渡したくないアニエスとユーレイアの圧倒的包容力にノックアウトされたロイドの静かなる攻防。
お互い無言でユーレイアにくっついている。
「モテモテユーレイアさんや。」
羨ましい気持ちと自業自得な気持ちが入り混じる。
「エリク、態とらしいですよ。」
「ふふふふ。ユーレイアの有能ぶりに私は動揺してます。」
まさかあんな端的に書いた手紙、いやメモで理解するとは思わなかった。
「ロイド様、彼女が貴方の置かれている状況に気づいた侍従です。」
「あなたが。」
「まあ、昨日の折檻は八割私の所為ですけど」
「!!」
「エリク!」
どうやらこの予想も当たったらしい。
「なんでわかるんだよ」
「んー。最初は全然仕事しねぇなあの侍従ってとこから、ロイド様が食事の時に意外と静かだったから静かすぎないかと考え、昨日部屋に行った時嫌な雰囲気を感じたので何かあるなー、あんなに脅したのにやめねぇーってことはなんかあるなー、もしかしてと色んな想像をしたらなんか正解だったってだけです」
「??」
「ぐうぜんってこと?」
「はい」
はっきり口にするとアニエスとロイドの表情がすんっと抜け落ちた。
「えりくはだいたいこんな、なのよ」
「ちがってたらどうするんだよ」
「違ってたら、私が叱られて終わりでいいじゃないですか。責任は取ります」
まぁライプニッツ家からなんだかんだ言われたら仕事しない侍従に責任転嫁するだろうな、私は。
「えりくは、しごとしねーのがわるいんだろーがーってぎゃくにおこるんだよ。」
「お嬢様、エリクの真似はしてはいけません。」
「そうですよ。言葉遣いが乱れちゃいますよー?」
「もう、しないもん」
「……へんなやつ」
ロイドがぽつりと呟く。
「ロイド様、そういえば庭で走ってましたけど、痛くないんですか?足とかお尻とか」
「…だいじょうぶ。はれたりとかはないし」
「そうでしたか。悪質な侍従でしたね、バレないように虐待するとかクソ野郎の所業です」
「エリク。言葉を選んで下さい」
「いいんですよ。ロイド様もクソ野郎にはクソ野郎と言ってしまいましょう。あ、発言に責任もてないんで自己責任でお願いします」
「……へんなやつ」
奥様が側務めをぞろぞろ引き連れてお昼寝部屋に戻ってきた。
「ユーレイア。お願いします」
「かしこまりました、奥様。では参りましょうか、ロイド様」
「うん」
ユーレイアがロイドを連れ奥様達と部屋を出ていく。
「えりく、もうさびしい」
私の手を握る。
「お嬢様。ユーレイアが休みの日はいつも寂しいんですか?」
「……ううん。はやくあしたにならないかなっておもう」
「なら、早く夕食の時間にならないかなぁって思えばいいじゃないですか。」
「ぅん」
元気がない。しょんぼりアニエスだ。
「ふふふ、お嬢様はユーレイアがロイド様に取られちゃうんじゃないかって考えてるんでしょ?」
「ちがうもん」
「大丈夫です。ユーレイアも私もお嬢様が大好きでお仕えしています。お側におります」
「……うん」
「そうだ。特別なお仕事を頑張ったユーレイアにご褒美を用意しましょうか?」
「ごほうび?」
「私はお嬢様のエリク大好き♡って言葉で毎日頑張れるんですけど」
「そんないいかたしないもん」
「ユーレイアには何がいいですかねぇ。ユーレイア大好き♡はマストとして、何かプレゼントとか」
「ますと、ってなに?」
「必ずってことです。ちゃんと♡つけて言うんですよ」
「ゆーれいあにおこられるよ」
「うーん、定番は料理かお花ですね。あとはお嬢様の絵とか手紙も…母の日かな、このラインナップ」
「えりくのいってること、いみわかんない。」
この国に母の日はない。ラインナップもアニエスには難しい言葉に聞こえたようで頬を膨らます。
「失礼致しました。用意するにも時間がかかるものは出来ませんから、お嬢様の絵とお手紙で愛を伝えましょうか」
「ぅん。ふふ。えりく、おはなも」
「かしこまりました。では、急いで準備に取り掛かりましょう。」
お昼寝部屋を片付けて、アニエスを抱っこする。時間が足りないので駆け足で向かう。まず向かったのは裁縫室。布とリボンを貰う。
今度は庭。庭師のおっちゃんに許可を取る。目頭を熱くさせたおっちゃんの好意で、思ったより密度のある花束になった。
「えりく、ゆーれいあよろこんでくれるかな」
「泣くんじゃないですか?嬉しすぎて」
「えりくじゃないのに?」
私イコールすぐ泣く。アニエスの中ではそうなっているらしい。
「泣きますよ」
アニエスの部屋に戻り、花束を布やリボンで仕上げる。
「むずかしい」
「お嬢様、上手です」
リボンをアニエスが結び完成した。
「次は絵とお手紙ですね。」
「ゆーれいあ、かく」
アニエスの描くユーレイアは胸が大きい。絵を見ながら気にしているのを知っているので、流石に今回は口を出す。
「お嬢様、お顔を中心に描くとユーレイアはもっと嬉しいと思いますよ」
「?そうなの?うん、そうする」
夕食の時間までに完成させた。
食堂でロイドの側に立つユーレイアを見たアニエスの機嫌が悪くなる。
「お嬢様、ユーレイアはちゃんとお嬢様の命令に従っているのに、お嬢様がそんなレディとほど遠い顔でいいのですか?」
アニエスにそっと耳打ちする。と、無理矢理笑顔を作った。
全然出来ていないけれど、笑顔を作ろうとしたことが素晴らしい。
「お嬢様、素敵ですよ」
食事中も継続して頑張っている。
そして、夕食を終え部屋に戻った。
「えりく、ゆーれいあ、まだかな」
そわそわして部屋の中をうろうろするアニエスを宥める。
コンコン
ノック音に少しだけ嫌な予感がする。
「アニエス、今日は大変だったわね」
奥様が部屋を訪れアニエスを労る。
「かあさま」
アニエスを抱きしめるも、
「ゆーれいあは?」
「……いまから戻ってくるわ」
「ふーん?うそじゃないよね?」
「嘘なんてつかないわ。ユーレイアを貸してくれてありがとう、アニエス」
嘘を疑われる。
「うん」
安心した表情で奥様に甘えるアニエスを見つめる。
確認して安心を得て甘えるあたり賢くて奥様似だなと思う。
部屋を移ってからは親子の触れ合いの時間が減った。奥様の休みの日は一日中甘えているけれど、まだまだ足りない。改善できるように働きかけているけど、全然進まない。
「あのね。ゆーれいあにぷれぜんと、よういしたの。」
「そうなの?あ!あの花束かしら?」
「うん。りぼんむすんだ」
「綺麗に出来たわね」
「ゆーれいあまだ?」
「ごめんなさい、時間がかかってて」
「お嬢様、私が迎えにいって参ります」
「えりくおねがいね」
「あエリク」
奥様が呼ぶのを無視して部屋を出る。
ロイドの部屋に向かい、ドアをノックする。
「エリク先輩」
扉を開けた侍従は困り顔で私に助けを求めた。
部屋の中から泣き声が聞こえる。
「いやだー!ユーレイアがいい!」
「やっぱりなぁー、はぁ仕方ない」
部屋に入る。
「ユーレイアを迎えにきました。ほらほらロイド様、離れた離れた。」
強引に引き剥がす。
「ユーレイアはアニエス様の侍女です。諦めなさい。」
「いやだ!」
バタバタ暴れるも私には魔力がある。魔力の扱いをしらない子供は相手にならないのだ。
「優しく言ってるうちに気持ちの整理をつけなさい」
「やだやだ」
「ロイド様、申し訳ございません。わたしの主はアニエス様です。これで失礼させていただきます。」
侍女候補の選定の結果を耳打ちするとユーレイアは先に部屋を出た。
姿が見えなくなったことで、すこし大人しくなった。
「うえぇぇ」
が泣き止まない。
「ま、仕方ありませんか」
室内にいる侍女の中から二人、侍従の中から一人を呼ぶ。
「後は戻っていいから。お疲れ様でした」
「エリクさんに決める権利はありませんわ」
一人の侍女が反論するも固辞する。
「奥様に確認して構わないから。取り敢えず外に出て。」
「?」
私の指示にロイドが不思議そうな顔をした。
指名した三人以外全員が外に出るのを確認すると、ロイドを一人の侍女に抱っこさせる。
「ロイド様。チャミちゃんは力持ちなんです。抱っこ安定してるでしょ?」
「ぅん」
「チャミちゃんは五人兄弟の一番上で、歳下に甘えられるのが好き。存分に甘えて下さいませ。えーっとそれから、」
残りの二人も紹介する。
「リンさんはなんといっても美声です。子守唄なんて歌った日には速攻寝ること間違いなし」
「エリクさん、流石にいい過ぎよ?」
「で、トーマスくんは医官の資格もある侍従で、見て、この威圧感のない良い人オーラ。観葉植物より癒し効果があります」
「先輩。流石に押し売りが過ぎるのでは」
「ロイド様。取り敢えずこの三人をつけます。どうしても嫌なら別の人に変えますが、ユーレイアが安心して任せられると太鼓判を押したのはこの三人です。彼女の目に狂いはありません。安心して下さい」
「……」
「ロイド様の為にユーレイアが選んだのに、ロイド様が受け入れてくれないと無駄になるなー」
「わ、わかったよ」
半強制的に頷かせた。
アニエスの部屋に戻ったら既に感動シーンは終了していた。




