7:お嬢様とアレな坊ちゃん
夕食の席で再び顔を合わせた二人。
アニエスは笑顔で、ロイドは不貞腐れたような表情で席に着いた。
お嬢様、素晴らしい。
と心の中で讃美していると、それを察したのかユーレイアから
「騒がしい気配がします」
と注意された。
今晩の献立はライプニッツ伯爵領で良く食べられている料理をメインにして、人前での食事でもアニエスとロイドが零さずに食べられるように考えて調理されていた。
お茶会の時のような発言はなく、夕食を終える。
初日ということもありロイドはさっさと部屋に下がった。
アニエスをユーレイアに任せ、私はロイド排除作戦を進める。
「旦那様、奥様。ご報告がございます」
お茶会での一幕を伝えると、奥様はこめかみを揉み、旦那様は普段より怖い顔になった。
「侍従が仕事していないので、ライプニッツ家内部に問題があると見ています。教育の不出来を露呈させることでロイドを捨て駒にして家内の膿を炙り出すつもりでしょうか」
「そこまで子供に愛情のない方ではないわ。はぁ、急ぎ連絡を入れるわ」
「奥様、今後の指針が決まったらすぐに教えて下さい。速攻で排除するんで」
「エリク、家の主は私なんだが」
「旦那様は怖い顔で娘を泣かす奴は斬るくらいのスタンスでいたらいいんじゃないですか?」
「私の扱いが」
「アーロン。貴方が何度もしつこく手合わせを強請るからですよ」
状況の共有をして、アニエスの部屋に戻る。
食事中、密かに大興奮していたアニエスは部屋でユーレイアにあれが美味しかったと思う存分語っていた。
エビフライもどきが特にお気に召したようだ。
ライプニッツは海に面している領だ。
国外旅行に行ったと口にしてアニエスを煽った張本人だ。
侍従の教育もあまり期待出来ない。言動には注意を払わなくては。
今度傷つけるようなことを言ったら目にものを見せてやろう。
「ふふふふふふふ」
「ゆーれいあ。えりくがへんなの」
「お嬢様。残念ながらエリクはいつも変です」
私をチラチラとみながら、こそこそ話す二人に
「お嬢様、明日の作戦はいかがいたしましょう」
話しかける。
「ゆーれいあのいったように、おはなしします」
「かしこまりました。あちらの侍従と予定の調整をしておきます。」
「ありがとう、えりく」
「どういたしまして。お嬢様がもうすでに立派なレディだと今日一日とても実感致しました。素晴らし過ぎるお嬢様を抱きしめたいのですが、よろしいですか?」
「ぅんいいよぉ」
アニエスは少し照れたように素っ気なく答える。
可愛い。
「では、失礼します」
アニエスの前に跪き、優しく抱きしめる。
「お嬢様が立派なレディになろうと努力している姿をちゃんと見ています。笑顔で挨拶もお話も出来ていました。素敵です。慣れない料理も綺麗に好き嫌いせずに食べていましたね。偉いです。」
「うん」
「お嬢様。大好きですよ。明日も一緒に頑張りましょう」
「うん」
アニエスが私のシャツをきゅっと掴む。
「じゃあ、お風呂に入って寝ましょうか」
「おふろはゆーれいあと、はいる」
頷いてくれるかと思ったら拒否された。
「ちょっとここはエリクと入るですよ?」
「おふろはゆーれいあがいい」
「すん、残念です」
泣き真似をすると
「えりくはねんねたんとー」
新たな担当を与えられた。最近添い寝もユーレイアに完敗だったのだ。
「全力で添い寝しますね」
「全力で添い寝、やはりエリクは変です」
ユーレイアに呆れられつつも、浴室に向かうアニエス達を見送り、明日の予定を擦り合わせるべくロイドの部屋に向かう。
コンコン
扉を開けたのは年若い侍従。
私の顔を見るなり「ひぃ」と怯えた。
「明日の予定を確認に参りました」
「少々お待ちください」
若い侍従が年嵩の侍従を呼んできた。
「明日の予定ということですが」
「アニエス様はロイドサマとのお話しする時間をご所望です。屋敷内を案内しながらお話しが出来ればと考えています」
「朝は勉学の時間でして、昼食の後ではいかがでしょう」
「ではそれで。また明日伺います」
さっと予定を確認しアニエスの部屋に戻る。
エリクがいないからユーレイアと寝るなんてことになったら泣いてしまう。
部屋に戻ってもまだ入浴中で、安堵した。お風呂上がりの冷たい麦茶を準備する。
私が個人的に作って飲んでいたのを味見したアニエスが麦茶の美味しさに目覚めた。
それ以降お風呂上がりは冷たい麦茶だ。
「えりくー、むぎちゃー」
私イコール麦茶な言い方をするアニエスに
「ははぁ。ムギチャーエリクです」
コップに注いだ麦茶を手渡す。
くぴくぴ
可愛い。
「ぷはわぁ」
「お嬢様、麦茶は逃げませんからゆっくりお飲みください」
「うん。くぴくぴ」
ユーレイアの言葉に頷くも風呂上がりの麦茶の魅力に抗えないアニエスは夢中で飲んでいる。
うん、分かるわぁー、美味いもんね。
喉を潤した後は髪を乾かして歯磨きをして寝るだけだ。
歯磨きの仕上げは私が担当する。何故かユーレイアに勝っている部分だ。
アニエスがベッドに入ると、添い寝係の私は絵本を片手に寝る前の読み聞かせをする。
「トーラスは大きな声で」
大体一冊読み切る前にアニエスは寝てしまうが、最後まで読んでから添い寝係を終える。今日はお昼寝の時間も少ししか取れなかったからいつもより早く寝ついた。
「おやすみなさい」
アニエスの部屋の隣りに控え室があり、添い寝係はそこで宿泊する。夜中アニエスが起きても対処できるようにだ。
「エリク。侍女の件はどうなっていますか?」
「今奥様が選別中。まぁ大体十人から選ぶことになるかな。」
アニエスの側務めが二人では少ないと増員申請をした。追加で三名は欲しい。
そして、一つ水面下で進めていることがある。
産休制度だ。
アニエスの記憶だと、五歳の時にユーレイアが結婚して仕事を辞めた。その後のアニエスは誰にも心を開くことが出来ずに過ごす。そして、旦那様が後妻を迎えたことで聖女の力に目覚めるまで、塞ぎ込んでしまう。
ユーレイアが辞めた理由は旦那様に一因があった。今の旦那様にソレはないが、結婚を機に仕事を辞める風潮がない訳ではない。だから、基盤はしっかりしておかないと。
アニエスの為にユーレイアは必要な人間だ。
「十人の中から、難しいですね」
「んー、ユーレイアがお嬢様の為に選ぶなら問題ないと思うけど。」
「丸投げですか?!」
「丸投げしてもいいんだけど、それは嫌なんでしょ?意見はちゃんと言うし、譲らない場合もあると思う。決定の比重がユーレイアに偏っているだけ」
「それを丸投げと言うんです」
「半投げだよ」
「エリク。貴女、お嬢様のことを考えて行動する割にこういう所を人任せなのはいかがかと思います」
正論だ、が。
「んー、適材適所だよ。私に任せたらお嬢様至上主義侍女しか残らないし、そんなんお嬢様に悪影響しかないでしょ。人を見る目のあるユーレイアに任せたい訳よ」
「それは確かに怖いですね。エリクが四人になるなんて恐ろしい」
割と本気でユーレイアが嫌がる。
「指名が嫌とか?なら私が決定した風を装うから問題ないよ」
奥様付きの侍女だったとはいえ若いし、周囲の目が気になるのだろうか?特殊な立場の私が決定したほうが角が立たないか。
「それはお願いします。こういう面倒事は進んで矢面に立つのに、全く。」
何故かぷりぷりと怒りユーレイアが部屋を出て行った。
何故だ。
よく分からないが、ホルモンバランスのせいだと思えば女性の謎言動は大体納得できる。
まぁそういうものだと思っておこう。
翌朝。
朝はアニエスの淑女教育の時間だ。
内容は笑顔の維持と言葉遣いが主だ。
私の役割はアニエスの言葉遣いや笑顔を乱すこと。
そしてそれに耐えるのが訓練だ。
「可愛いよ」
クールに褒めてみたり
「ほっほっほ。ばぁさんや、肩を揉んでくれんかのぉ」
戸惑わせてみたり
「このプリプリ感たまりませんなぁ」
目の前で昨日の残りのエビフライもどきを食べてみたり。
「!!」
あ、ショック受けてる。
「お嬢様、私が食べたかったのにって顔になっていますよ」
「は!だめだめ。えりくになんか、まけないもん」
エビフライもどきへの思いを振り払うようにアニエスは頬をぱちぱちと叩いている。
絶対この役割のせいで、アニエスの私への好感度が下がっている。だからお風呂係になれないんだ。
ユーレイアめ。
「それ濡れ衣です」
「あ、声に出てた?」
「はい。」
「えりく、もういっかい」
「はーい。食べ終えたんで、別の方法でいきます」
その場でくるくるとバレリーナのように回転する。勿論魔法ありきだ。
「ほぇ」
驚き過ぎて気の抜けた声がアニエスの口から零れる。
「お嬢様、言葉遣い」
「はぁい。」
「私の勝ちですね。」
「お嬢様、少し休憩に致しましょう。」
「うん」
「エリクの奇抜さに慣れておけば、多少の吃驚は笑顔で受け流せます。」
「うん、がんばる。」
「その意気です」
休憩の後は絵本の読み聞かせをして、それを復唱させて言葉を覚える授業、音楽とダンスをそれぞれ短い時間で切り替えて勉強する。
昼食前に全てのレッスンを終えた。
そして昼食までの時間はこの日アニエスがもっと練習したいものを選んで満足するまで練習する。
言葉を覚えるための練習が今までの練習の中で多く選ばれてきた。
が今日はダンスだった。
「お嬢様。私のくるくるに魅了されちゃいましたか?」
「ちがうもん。ろいどさまがおそとであそぶのがすきだから。えっと、だんすだったら、わたしもできるもん」
「可愛い、いまかなりキュンときました。」
「えりくは、かわいいばっかり」
ちょっと不服そうだ。
「可愛いお嬢様を可愛い以外の言葉で表現しろってことですか?こほん、では遠慮なく。光り輝く」
「お嬢様。エリクが非常に面倒くさいので、可愛いを甘んじて受け入れて下さい」
ユーレイアが私のアニエス賛美を遮る。
「うん。そうする」
素直に人の言うことをきけるのは素晴らしいけれど、私の賛美も聞いてほしい。




