39:お嬢様と社交界デビュー
サルファは大人し過ぎではあるが、真面目で素直な学生だった。
試用期間内で仕事を覚えたし、特に気になることはない。口数が少な過ぎなくらいだ。
カルロとも適当な距離感で丁度いい。魔生物学講座の受講生だという。
「ではお任せします」
私は学院内を歩き回り、情報を集める。
もう少しでアニエスの誕生日だ。社交界デビューまで時間がない。少しでも現在の貴族社会の情報を得たい。
気配を薄くして歩くだけで、世間話が聞こえてくる。
学院の閉じられた空間では噂が噂を呼び、尾鰭のついたゴシップが出回りやすい。
その尾鰭塗れの情報から本物の情報を掬うために、いろんなパターンの情報を集め共通点を見つける。
そしてその共通点から探っていくのだが、
「完全作り話もあるから、めちゃくちゃ時間かかるんだよなぁ。ま、やるしかあるまい」
ちょっと憂鬱だ。
新緑のスカート、一年生か。
講義の時間が終わったとはいえ、下校時間までまだ時間がある。人の行き来のある廊下でわざわざ話をしなくともいいだろうに。
この子達は、一般貴族か?王都の貴族かな。
こんな廊下で無邪気に世間話をするところを見ると、高位貴族ではない。そして遠方の領の貴族は警戒して寮以外の場所で自分の不利になるような話はしない。
『とある騎士爵令息が騎士伯令嬢に喧嘩を売ったらしいわ』
やっぱりそうなりますよね。
『ふふふ、でもまさかあの天才様が妾の子どもと婚約なんてね。公爵家との縁が欲しいとはいえ強欲ですわ。いくら公爵の他の子息様にお相手がいるからって』
落ち着け、ここで後先考えずに殺したらアニエスの側に居られない。落ち着け。
『強欲といえば、』
流れるように話題が変わっていく。学院の先生の悪口に先輩の噂話、目立つ学生へのやっかみ。家族の愚痴。
彼女達の根底にあるのは暇。
噂話は単なる暇つぶし。
これ以上は面白そうな話は出てこないか。
彼女達から離れて、また他の貴族に近づく。
講義の話をしていた男子学生だったが、
『流石に公爵令息でもあれは不味くないか』
『あぁレギウス様な。傲慢すぎるよな。それにしてもアニエス様は大人だよ、俺は無理だわ。つっかかられてあんなに冷静に対処できねぇって』
『確かに。アニエス様がいれば騎士伯家は安泰だな』
公爵令息レギウスとアニエスについての話が飛び出した。
同じ講座を受講しているため接点がある、それだけなのだが、婚約が決まった後やけに絡んでくるとアニエスもぼやいていた。
妾の子との婚約が騎士伯家を貶めているだの、天才に相応しい婚約相手が他にいるだの、身分も実力も自分にならあるだの。
「相手を下げて自分を上げるって……小学生男子が好きな子にしがちなアピールに聞こえるのは私だけか?年齢的には中学生だけど」
いや、私の周りにいた男子がそうだっただけで勘違いか?他の思惑があるのか?
考え込んでいると、
「エリク。廊下で突っ立っていると邪魔よ」
図書室から出てきたアニエスにバレた。
「え?アニエス嬢、どちらにエリクさんが」
「ニール様、ここです」
魔法を解除するとニールが驚き瞬きを繰り返す。
「本当にエリクさんが」
「アニエス様、どうして分かったのですか?」
「エリクの声がしたから。あと気配を薄くしててもエリクはなんか気配が五月蝿いもの」
よく分からない理論で私の存在を看破するアニエスに
「僕は全然わかりませんでした。凄いです」
ニールは感心する。
「ぁ、ニール様、これはその。エリク歴の違いですわ」
なんだ、エリク歴って。競技か何かか私は。
「僕も分かるように頑張りますね」
「うふふ」
最近ニールの笑顔が自然なものになってきた。以前は笑っていることに気づくと隠したり頬が強張ったり、アニエスが笑顔が好きだと言った後もぎこちなさが抜けなかった。
凄いな、アニエスは。
「それでは私はもう少しうろうろしてから帰るので、お二人はお気をつけてお帰りください」
「じゃあね、エリク」
アニエスと手を振り別れる。
私は校内を彷徨き情報を集める。
暇人は結構いるので噂を拾うのは容易い。精査が大変なだけだ。
「厄介なレギウス様の情報と、サンサーン家の令嬢、アリッサ様の情報も集めておこうかな。どんな子かまだこっちでは知らないし」
取り敢えず今日は研究室に戻る。
「おかえりなさい、エリクさん」
「戻りました。カルロ様。サルファ様。」
「……おかえりなさい。」
「サルファ様、そろそろ下校時間ですから、もう寮に戻ってもかまいませんよ」
「……はい。」
片付けて席を立つサルファを見送る。
扉が閉まりサルファが離れた頃合いをみて、カルロに話しかける。
「カルロ様はユリアン様の家族とはもう仲良くしているんですか?」
「ぇ!?ぁ、の、急に、何?!」
バサバサと資料を床に落とした。その資料を拾って
「慌て過ぎではありませんか?いや、私は婚約はしてないんですけど、指輪をいただいたので、相手の家族と会ったりしたほうがいいのかなぁって身近にいる婚約者持ちに聞いてみようとですね」
薬指の指輪を見せる。
「ぁはは、身近な婚約者持ちですか。ユリアン嬢の兄君とは同じ研究員同士、食事会や懇親会ではよく話すかな。後は妹君には少し嫌われているみたいなので、」
「え。カルロ様でも嫌われることあるんですね」
公爵家の人とは思えないぐらい穏やかで親しみやすい。最初は気弱な人かと思っていたけど、そうではなかった。人見知り気味ではあったけど。
「妹君はユリアン嬢をぼくに取られると思っているみたいで。でも研究室にエリクさんが来てくれてからは態度が軟化しました。エリクさんのことを凄く尊敬していて仲良くする為にエリクさんの話をしています。すみません」
「いえ、それはいいんですけど。私のことを尊敬ですか。ユリアン様を助けたって思ってる訳ですか。」
「そうです」
「それで、相手方の両親とはいい関係を築けているんですか?どうなんです?」
「ぼ、ぼくは、大丈夫だと思っているんですが」
「ほうほう。私が話を聞いてあげましょう」
「言いません!」
「ちぇー。カルロ様なら大丈夫だとは思いますが、ユリアン様と仲良くするのと同時にユリアン様の家族のことも気にかけてくれるとユリアン様は嬉しいのではないかと愚考します」
「エリクさん」
「妹さん、アニエス様と同じ歳と聞いていたのですが、お名前を聞いた覚えがありませんね。受講している講座が違うのでしょうか」
「彼女は必修科目を受講しているので、アニエス様は知らないと思います」
「そうなのですね。失礼しました」
勝手に必修科目は合格しているのだろうと考えていた。
「研究者一族において異例の騎士向きの素養が高い方です。剣術の訓練を優先させた結果とユリアン嬢が話していました」
「へぇ。それはサンサーン家の幅が広がる良い傾向ですね。」
研究者の一族とはいえ、そうではない性質の者が出てくるのは仕方ない。それを生き残りのために活用できる家が続く家だ。
「それでエリクさんは挨拶に行くんですか?」
「相手が望むなら行こうかなと思えました。ありがとうございます、カルロ様」
研究室を後にして、徒歩で屋敷に帰る。
「ただいま帰りました」
奥様に学院内で聞こえてきた話をする。
「ま、これは想定内よ。」
「レギウス様くらいでしょうか」
「ほんと公爵家と思えないダサさね」
「ルソー侯爵令嬢のほうは」
「あれは学院に入学したてで婚約なんてまるで家の道具ねと言った嫌味だけだから」
「うわー。余計なお世話。そもそも侯爵令嬢がそれ言います?」
騎士伯よりも身分の高い侯爵令嬢の婚約のほうが、家の道具感が強いのは明白なのに、めっちゃブーメランだな。
「全くよ。アニエスはちゃんと理解していたみたいだからいいのだけど。」
その他の情報も渡してアニエスの部屋に向かう。
「お嬢様、貴女のエリクが帰ってきましたよー」
読書中のアニエスは私を一瞥するとまたページに目線を戻す。
「ここは何か反応があってもいいと思います」
「最近エリク」
「?」
「なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込んだアニエスの口調が
「お嬢様、どうしました?」
不貞腐れていたので、背中にそっと触れる。
「別に」
「なんでもない訳ではありませんよね?」
「……」
アニエスは黙ったまま動かない。
「私が側にいないから寂しいです?」
「……ちょっと面白くないだけよ」
「それはすみませんでした。」
「エリクが私の為に学院で情報を集めていることくらい分かってるわ。でもカルロ様やアロー先輩の話ばっかりで面白くないわ」
ぎゅっと抱きしめる。
「申し訳ございませんでした。」
「別にいいけど」
「良くありません。私はお嬢様が一番大切です。寂しくさせないように気をつけます」
「そう。ならいいけど」
「えへへ。学院でお嬢様がいかに素晴らしいのかという情報を集めて研究室で自慢していたんですけど、もっと熱を入れて語り」
「語らなくていいから!」
大人しく抱きしめられていたアニエスは途端に抵抗する。離れないぞーとくっついていたら、
「エリク。仕事して下さい」
ユーレイアに引き剥がされる。
「はーい」
侍従として、
「ではお嬢様。数日後に迫ったお嬢様の誕生日とその後に行われる社交界デビューについて、改めて説明致します」
今後の予定を伝える。
誕生日はいつも通り屋敷で行う。が、今回は婚約発表も兼ねている。屋敷で働く使用人達に今後のアニエスの立場を知らしめるものだ。
「お嬢様はスピノザ家に残り、騎士伯家の評判や立場の回復を目指すということでよろしいですか?」
「ええ。覚悟は出来てるわ」
「素晴らしい。では、誕生日の後の、王城で社交界デビューする子達が集まるパーティの話をしましょうか」
「うん」
「ここに社交界デビューしていない方は入れません。今回ニール様は十二歳ですので、対象外です。ここのエスコート役は旦那様が担当します。」
「分かったわ」
「その後陛下や他の王族の皆様と挨拶をして、パーティが始まります。基本的に旦那様や奥様と行動を共にして下さい。決して一人で行動してはいけません」
「うん」
少し納得していない返事だ。
「理由はおわかりですか?」
「悪意ある言葉に晒されるとか」
「それもございますが、単純に身の危険がございます。階段から突き落とされたり、物陰に連れ込まれ悪戯をされたり、貴族と思えないクソ野郎が人の良さそうな顔をして近付いてくるのです。それらから身を守る為でございます」
毎年何名か被害に遭っている。そしてもう社交界には出てこれない。
「分かったわ。一人にならない」
アニエスの想定より一段上の理由だったのか私の注意に真剣な表情で頷いた。




