38:お嬢様と学院生活
アニエスとニールの婚約が正式に決まった後。
何故かアニエスは色々な学生に絡まれるようになったらしい。
「モナド公爵令息にルソー侯爵令嬢、子爵令嬢に騎士爵令息。うーん、みんな一様にニール様との婚約についていちゃもんをつけると。注目の的ですね、お嬢様」
「そうなのよ。どう考えても自分の心配をしなさいよと思う人もいて、暇なのかしら」
「暇なんでしょうね。それにしても、子爵令嬢と騎士爵令息は大丈夫なんですか?騎士伯の娘にいちゃもんつけるとか。」
公爵令息や侯爵令嬢はいい、アニエスより身分が高いから。だが、子爵令嬢や騎士爵令息は、上の身分の婚約にあれこれ言える立場ではない。
「わたしも耳を疑ったわ。取り敢えずお母様には報告してる。」
「お嬢様についていきたい。」
「え、嫌よ」
「エリクさん、流石にそれは駄目です」
アニエスだけではなく、チャーミーも私の主張に同意してくれなかった。
「学院にどうにか通う手立てはないものか」
「……嫌だって言ってるじゃない」
「お嬢様についていくのではなく、学院内を彷徨く為には……先生になるか」
「……お母様が許可を出すならそれもいいんじゃない?」
呆れた声で私の考えを軽く流す。
そして、
「許可出たので、学院に行って先生になれるか聞いてきます」
目を丸くしたアニエスとチャーミーに見送られ学院に向かう。
「学院の教員になりたいのですが、学院長に取り次いでいただけませんか?」
直接交渉に行ったら、門番に止められた。
私は、タイミング良く馬車から降りてきたカルロを見つけ声をかけた。
「カルロ様、お久しぶりでございます」
「ぁ。エリク殿はどうして学院に」
「アニエス様と学院に通うにはどうしたらいいかと考え、教員になれないかと直談判に参りました」
「……ぼくが、取り次ぎましょうか?一応学院の研究員なので」
「いいのですか?!ありがとうございます」
カルロと一緒に学院に入る。
門番が驚愕の表情で私を見送る。
学院長はザ仙人といった白い髭のお爺ちゃん先生だった。
「薬品調合の講座などいかがかな?」
が、中身は狸爺だ。
「それはお断りします。魔術魔法の初級講座や実践講座を希望します」
「しかしのぉ。」
教員は足りておるしのぉと魔術魔法講座では空きはないと言う。
「ぁの。学院長、ぼくの研究室にきてもらってもいいですか?」
「カルロ先生、しかし」
「ぼくの研究室は人員不足で、希望者が中々見つかりません。エリク殿がきてくれるととても助かります」
「ではカルロ様の研究室を希望致します。魔生物研究はとても大切な研究、人員不足しているならば是非に」
「教員でもない者を研究室に入れるのは」
「薬品調合の講座で私のこと雇おうとしましたよね?魔生物研究室の助手として雇えば問題ありませんし、私は学院に出入りできる許可がほしいので、それがいただけるなら雇っていただかなくても構いません」
「学院長。ぼくがエリク殿の身元を保証、研究室の研究助手として契約します。許可証の発行許可をいただけますか?あとはこちらで手続きします」
学院長は渋々許可する。
学院長室を出て事務部で手続きをする。
「ありがとうございます、カルロ様」
「ぼくのほうこそ、勝手に口を挟んでしまって」
「いいえ。助かりました。明日からよろしくお願いします」
「研究室は研究棟の三階奥です。アニエス嬢が卒業するまでの短い間ですが、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
カルロと別れ、屋敷に戻る。
奥様に許可証を見せたら、頭を抱えた。
「いいって言ったの奥様ですよ?」
「そうよ、言ったわ。まさか本当に許可が下りるとは思ってなかったのよ!学院長は己が利にならないことに許可を出す人じゃない……って薬の調合技術で交渉したんじゃないでしょうね?!」
狸だってこと黙ってたのはそのためか。
「まさか。しませんよ、そんなこと。カルロ様と偶然会って口添えしてもらってカルロ様の研究室に助手として入ることになりました。薬品調合講座ならと言われましたがはっきりと断っています。」
「そ、そう。カルロ様が、魔生物研究室ならエリクも役に立てそうね」
「はい。」
カルロは希望者がいないと言っていた。嘘みたいな話だ。魔生物の被害が少ないからなのか、ソルシエールなら考えられないことだ。
執務室を出てアニエスにも報告する。
「え。本当に学院で先生するの?」
「先生ではなく助手です。」
「…魔生物研究室、気になってたのに。エリクがいるのか」
「おい、こら。お嬢様」
「冗談よ。二年生になったら受講するから、その時はよろしくね」
魔生物学は講座数の関係で泣く泣く次年度に見送った講座の一つだ。
「かしこまりました。お嬢様」
魔生物研究室の一日は意外と忙しい。
カルロは午前中講義でいない。
その間私はカルロが実際に収集した情報の整理。
お昼の後は冒険者ギルド関係者との会合、来訪者の対応。講義のための資料集め。
そして、下校時間までは論文作成と情報整理。
取り敢えず慣れるまでと一週間我慢した。
「カルロ様、私が言うのもなんですが、希望者じゃなくていいので人入れたほうがいいですって。」
が、研究室から身動きが取れないため、新たな人員確保を提案する。
「そ、そうかな」
「はい。絶対一人は入れましょう。これじゃあ私が何のために学院に通うのか、分からなくなります」
よく一人でやってこれたなと思う。
「学生はどうですか?金銭的に余裕のない学生ならお小遣い稼ぎで手伝ってくれるかもしれません。」
「……なるほど」
「私が事務部と相談して進めてもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「カルロ様が共に働きたくない相手はどういった相手ですか?」
「働きたくない、ですか。えっと、高圧的な方は苦手です。一番目と二番目の兄がそういう方だったので」
「分かりました。あと女性も除きましょうか、婚約者様が気にされても大変ですから」
「?構いませんよ?指輪もしていますし、それにエリクさんも女性ですから。」
私の気遣いは無用だった。
左手の薬指に指輪をした相手を口説いたり交際を迫ってはいけない。この世界では共通の認識だ。
学院に助手として通うことになった私の薬指にも指輪が光っている。心配性なリチャードから贈られたものだ。
「仕事内容は資料、情報整理のみで、報酬は事務部と相談します。適性を見る為、一週間は試用期間とします。よろしいでしょうか?」
「は、はい」
「……分かりました。では高圧的でない方を研究室に呼ぶことが私の役目です。期待して待ってて下さい」
研究室から飛び出し事務部に駆け込む。
事情を説明し、学生に手伝いを依頼することが可能か確認する。
遠方の領からきた騎士爵や子爵以下の一般貴族は研究室を手伝ったり冒険者活動をして金銭を得ているようで、私の提案は一般的なものだった。
アルバイトとかしたことないんだろうなとカルロの顔を思い浮かべる。
「手続きをします。」
「ではこちらに記入事項がございますので」
さくさくと手続きを済ませて学生に依頼を出す。
「希望者がいましたらご連絡いたします」
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます。カルロ先生は少し浮世離れしていて人を雇うという感覚があまり」
事務員さんが言葉尻を濁す。
「あー。確かに、知り合いの私じゃなきゃ研究室で働きますか?ってならなかった感じですかね。」
「気になってはいましたが、公爵家の方に差し出口かと思い言えずにおりまして。」
「今後は気になった点を伝えていただけると助かります。よろしくお願いします」
「かしこまりました」
やはりあの研究室の状態は異常だったようだ。なまじ一人でこなせるから人員不足といいつつも、切迫詰まっていなかったために人員確保に積極的じゃなかったのだろう。それか研究を優先させたが故の事態かもしれない。
まぁ今後改善すればいい。
事務部から研究室に戻る。
事務部でのことを話し、
「ありがとうございました。積極的ではなかったことは反省しています。色々ご迷惑をおかけします」
「いえ。私のほうこそ学院内を歩き回りたいが為に色々失礼をしました。申し訳ございません」
互いに謝り合う。
「どんな方が来てくれるでしょうか」
「責任を持って仕事をしてくれる方が望ましいです。」
「?」
私の呟きに不思議そうな表情をするカルロ。こういう表情はニールと似ている。やはり兄弟だ。
「適当な仕事は仕事をしないことより罪深いこともあるって話です。気にしないでください」
さてと採用前の面接と試用期間で判断しないといけない。ま、取り敢えずは希望者が来るのを待つか。
長期間待ちたくないなと思っていたら、
「希望者が来ています。」
翌日事務員さんが研究室にきた。
「え、早くないですか?!」
「金銭的に困っている貴族は意外と多いのですよ」
「えっと、その人は今どちらに」
「事務部で待っています。今お会いになりますか?」
「はい。いきます」
早速希望者と会う。
「お待たせ致しました」
黒髪に黒い瞳、青白い顔色、そばかす、無表情。
白いシャツに臙脂のスカート。特に装飾などは身につけていない。それにしても影が薄い。
ん、私にしか見えてない訳じゃないよな。
「エリクさん、こちらはサルファ・アロー様。騎士爵のご令嬢でございます」
ちゃんと存在していた。
「よろしくお願い致します。では軽く面接をしたいのですが、よろしいですか?」
「はい」
サルファの記入した用紙に目を通しながら質疑応答を繰り返す。
「では最後の質問です。……魔生物研究について、貴女の考えを聞かせて下さい」
「アラバの騎士爵にとって一番大切な研究だと考えています。アラバに生息する生物が魔生物となるなら、ソルシエールの魔生物とは別物です。ソルシエールの魔生物情報をそのまま流用するのは危険だと思います」
「なるほど、ありがとうございます。試用期間は一週間です。明日から授業の後に研究室へ来てください」
「はい」
大人しい方に決まったと話したらカルロも安心していた。
アニエスにもう少ししたら学院内で会うこともあると思いますと報告すると、
「え、嫌なんだけど」
割と本気で嫌がられた。




