40:お嬢様と社交界デビュー2
アニエス、十三歳の誕生日。
屋敷の使用人達にアニエスの婚約と相手が紹介される。
スピノザ家に婿入り予定のニールは緊張した面持ちで、アニエスの横に立つ。
「ニール様、こちらがおやつ長よ」
お祝いの挨拶にきた使用人を一人一人ニールに紹介するアニエス。ニールは目をぱちくりさせながら応対している。
うん、驚くよね。高位貴族のお嬢様が使用人一人一人を覚えてるってあまりないことだから。
関わる人は覚えてても、接点のない使用人もいる。
アニエスは私より人の名前と顔を覚えるのが得意だ。私はあの人名前なんだっけと聞いてはしょっちゅう怒られている。素晴らしい才能だ。
「この前の朝食ありがとうございました」
「いえ。お嬢様をよろしくお願いします」
「はい」
二人と挨拶した使用人達は
「人が良さそうな方で良かった」
と共通の安堵を漏らし、更に
「お嬢様のお好きな可愛らしい顔だった」
と口々に言う。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
庭師のおっちゃんと奥さん、カノンがお祝いの挨拶に来ていた。
婚約を知らなかったのかカノンは二人を見て驚いている。そしてプレゼントのセンスが良すぎておっちゃんと奥さんの顔色が気のせいか悪い。
アニエスが好きな花で作った花束に動物や植物の刺繍が施されたリボンがされている。
他の使用人達が固唾を飲んで見守る。
みんなアニエスがカノンを好きだったことを知っている。
「カノン君。ありがとう。ニール様、カノン君は街で料理人として働いているんです。小さい頃よく遊んでくれたのよ」
強引に連れ回していたの間違いだと何人の使用人が思ったことか。
「初めましてニール・ノヴムです。」
「ぁ、カノンです。ご、ご丁寧にありがとうございます。」
特に何も起こらず挨拶は終わった。
その後もお祝いのケーキを食べたり、ダンスを披露したり、誕生日パーティを楽しんだ。
「あの、アニエス嬢。僕も、アニエスと呼んでいいですか?」
「も、もちろんですわ」
声が上擦っているアニエスは珍しい。かなり動揺している。
「今日は招待していただきありがとうございます。」
パーティの後、帰るニールを見送る。
馬車に乗る前に、ニールが
「僕をずっと好きでいてもらえるように頑張ります。アニエス、また学院で」
チュっと頬に口付けた。
アニエスは辛うじて手を振って馬車を見送ったが、顔が真っ赤になっている。馬車が見えなくなっても手を振り続けているところを見ると頬チューに意識を持っていかれているらしい。
「ニール様、気づいちゃったかぁ」
「いずれはバレることだもの。まぁいい頃合いだったんじゃないかしら」
奥様が、アニエスの頭を優しく撫でる。
「ふふふ可愛いわ」
「奥様、私の目の前でなんて羨ましいことを」
「は!わたし、ぼんやりしてた」
我に返ったアニエスは頭を撫でていた奥様に抱きつく。
「あらあらどうしたの?」
「ニール様のあの言葉、どういう意味かな。お母様、分かる?」
アニエスはピンときていない様子だ。
「んー、アニエスが気づかないといけないんじゃないかしら。落ち着いて考えてみたら?」
「…そうよね。考えてみるわ」
部屋に帰っても、うーんと悩んでいる。
「お嬢様は何を悩まれているのですか?」
状況の分からないユーレイアが問う。
ユーレイアに説明して、
「わたし、ずっと好きな自信があるの。それが伝わってなかったのかな。うーん」
自分の気持ちを口にする。
「お嬢様、人の気持ちは変化していくものです。変わらない気持ちもありますが、さまざまな経験を通して変わっていきます。それは当たり前のことです。そして好きな気持ちも一緒です。努力を続けることは大切なことですよ、お嬢様」
「……じゃあ、ニール様はわたしをずっと好きでいてくれるってことだよね。えへへ。わたしももっと好きになってもらうために頑張るって明日言わないと」
頬を赤く染める。
カノンに嫉妬したから出た言葉だよとは言わなかった。
翌日、早速告白仕返したらしい。
詳細は教えてもらえなかった。
まぁ上手くいったのならそれはそれでいい。
「エリク。顔が五月蝿い」
そんな筈はないと思ったが、ユーレイアにも、リンにも似たようなことを言われた。
気づかない内にニヤニヤしていたらしい気をつけないと。
情報を集め始めて実感したのは、アニエスが同学年生の中でも頭一つ抜けて優秀なこと。
「出る杭は打たれる、か。気をつけないと。もう少し探りたいけど……どうするか」
午前中は魔生物の情報整理に勤しむ。
「困ります、エリクさんはぼくの研究室に所属してるんです。勝手に」
研究室の外が騒がしい。なんだ?と扉を開けると、カルロと髭で強面サル面の見知らぬ男性が揉めていた。
「カルロ様、許可をいただければぶっ飛ばしますけど」
「え、エリクさん、それは駄目です。あ」
「エリク殿!是非お話を」
男性はカルロを軽いステップで躱すと、私の前に躍り出た。
「私は魔術研究室のスタムと申します。是非我が講座で講義を致しませんか?!」
「私、魔法派なんですけど」
「またまたぁ。騎士伯から聞いてますよ、新型の防御壁で騎士伯の攻撃も防ぐと」
旦那様め。まぁ騎士団の訓練用に作ったけどさ。
「……初級ですか?中級?」
「中級講座を受け持っています」
アニエスの受講している講座だ。
「カルロ様、私は一回くらいなら構わないのでガンガン恩を売りましょう」
「大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。スタム様、講義内容は私の好きに、且つ一回だけでしたらお受けします」
「おお!お願いします!」
こうして私が魔術中級の講座を一回だけ担当することが決まった。
翌日。
私が教室に入ると、アニエスと、少し離れた場所にいるロイドが目を丸くした。ロイドも受講してたのか。
「?!」
スタムが事情を説明をする。
「ではエリク殿、よろしくお願いします」
「ただいま紹介に与りましたエリクです。理論や公式などはスタム先生の授業で十分事足りています。私の入り込む隙などございません。ですので私は、皆様の術式読解力を試験していきます。」
黒板に防御術式を三つ描く。
「この三つの防御を突破できる攻撃術式をそれぞれ考えて下さい。力づくで突破をしようとは考えないで下さいね?その時はこの教室の天井から吊るします。」
少し教室内がざわついた。
「はい、出来た方から挑戦して下さい。魔紙を配ります。採点基準はより効率的な術式で突破出来たかです。」
術式札の代わりになる魔紙を配る。
これに術式を描いて魔力を流せば、術式札のように発動する。実験などで使われるタイプの魔紙は安価な消耗品だ。
高価な魔紙は、うん。家が建つ。普通の貴族には縁のない代物だ。
「先生!ここで魔術を使うのですか?」
「はい。教室内に防御の魔力壁は張ってますので、心置きなく挑戦しましょう」
戸惑う学生の中で一人アニエスだけが、かりかりと術式を書き出している。その後に続いてロイドも書き出した。
「ほらほら、さっさと術式構築して下さい。もう始まってますよー。一つでも出来たら持ってきていいですから。質問があれば受け付けます」
スタムも何故か楽しそうに術式を書き出している。
出来れば採点側に回ってほしいのだが、あまりにも楽しそうにしているので、何も言えなかった。
「エリク殿、出来ました」
「おーっと大人気ないスタム先生が一番手だー!」
実況風に言うと学生達から非難の声が上がる。
「私だって挑戦したいんだ!」
「はいはい。じゃあ、どうぞ。」
一番目の術式に魔力を流し、防御術式を発動させる。
教壇の上に緑のドームが現れる。
スタムの放った攻撃魔術が緑のドームを壊す。
「流石魔術講師ですね。お見事でした。スタム先生の術式は他に効率的な術式がなければ模範解答として、後で発表します」
二番目の赤色ドームも三番目の黒色ドームも攻略したスタムはご満悦だ。
二番手はアニエスだった。
しかも手にした魔紙は六枚だ。何度も挑戦出来るようにたくさん配ったが複数解答を持ってくるとは思わなかった。
「えっと、アニエス様。解答が二種類あるということでよろしいですか?」
「属性ありとなしの二種類書きました。」
「属性変換石もあるので、どちらも試しましょうか」
私の台詞に学生から説明が不十分と声が上がる。
「基本ルールの説明はしています。それに質問があれば受け付けるとも言いました。疑問にも思わなかった人間がとやかく言ってんじゃねぇーぞ」
「エリク殿、落ち着いて」
スタムに宥められる。
「属性変換石は何が必要か、こちらから取って下さい。準備が出来たら、術式を発動してください」
属性変換石の入った小箱をアニエスに差し出す。
その中から石を選び、一番目の術式に攻撃魔術を放った。
見事壁を崩した。属性を使い壁の防御を削り崩壊させた。
「なるほど、なるほど」
スタムも感心している。
属性を使う学生がいればいいなと思っていたら、それがアニエスだった。とても嬉しい。
二番目三番目も壁を破った。因みに属性なしの解答は三番目の威力が足りなくて不合格だった。
「残念でした。十分な術式構築力はございますから、出来上がった後の見直しも忘れずに。内容、速度と共に申し分ない出来です。」
術式の評価を伝えると静かにアニエスは席に戻った。
「次は俺だ。」
アニエスの後ろに並んでいたロイドがウキウキと術式を発動する。三枚共、防御壁を壊せた。
「おお。合格ですが、もう少し効率面の工夫が必要ですね。合格を目指すことは悪いことではありませんが、採点基準は効率よくですのでこちらの公式の見直しをしてみて下さい」
術式の訂正箇所を指差す。
「エリクが先生してる」
「吊るしましょうか?ロイド様」
「すみません。直してくる」
アニエスと違って私と親しさを見せたロイド。その気遣いに感心する。
あの坊ちゃんがねぇー。大人になったものだ。
ロイドの後から続々と学生が試験に挑戦する。
三番目の黒色ドームを壊すのが難しいようで、効率面と威力の両立が出来たのは全体の三分の一だけだった。
「では効率と威力を両立出来た方の術式の中から特に秀逸だった術式を発表します。」
アニエスと侯爵令嬢、伯爵令嬢、騎士爵令息、一般貴族令息の五名の術式を模範解答として黒板に描く。
「先生!先生はどうやって破壊するんですか?」
「私ですか?こうですね。」
黒板に描いた術式を読んだ学生が絶句した。
「植物の特徴を根本に仕込んでいる術式なので、燃やしましょう。火炎トルネードが最適解かなー」
空気を含んで更に燃やす為にトルネードにした。
「効率化されてるのが逆に怖い」
「え、やだ」
「はい、静かに。これで私の授業は終了です。無闇矢鱈に魔術をぶっ放すことがないように気をつけて術式を勉強していって下さい」
無事授業は終了した。
授業は終了したのだが、
「なんで俺の術式が選ばれないんだ!」
レギウスが激昂し立ち上がる。
「お前、スピノザ家の従者だから贔屓してるんだろ!」
「あ?」
思わず睨めつける。
「エリク殿、落ち着いて。レギウス君!その態度は何だ!失礼極まりない!」
スタムが注意するが、聞く耳を持たない。
「俺の術式は全部の防御壁を破壊したのに、選ばれないのはおかしいだろ!」
「うーん?聞いてなかったんですか?無駄が多く独自のこだわりが効果的でないと評価しました。何故選ばれると思っているのか、不思議でならない。」
「てめぇ!」
レギウスが魔力弾を私目掛けて放った。
まぁ全然脅威でも何でもない弾を魔力壁で本人に弾き返す。
「ぐぁ!」
レギウスの腹に直撃し、後方に吹き飛ばした。一応、魔力の塊でキャッチしてあげる。
優しいな私。
「きゃー!!」
周囲で女子生徒が叫ぶ。
「大丈夫ですよ、とばっちりは受けないように対処済みなので」
巻き込まれないように防御はバッチリだ。
「皆さまも彼と同じ意見ですか?あ、同じだったからとどうこうする訳ではありません。きちんと説明しますので、大人しくしてて下さい」
魔力の塊でレギウスを拘束して、顔周りに防音の魔力壁を設置する。うるさくてかなわない。
黒板にレギウスの術式を描く。
「まずはここの魔術文字が不要です」
「あれで選ばれると思っているのが不思議だわ」
と言う声もあるが、説明を続ける。
「こことここも術式になんら作用を及ぼしていません。文字種は間違いではありませんが、効果的な選択ではありません。正解はこれです」
黒板にレギウスの描いた術式が如何に無駄が多いのか、採点基準は効率の良さとした意図を何も汲み取っていない自己満足の術式なのかを説明する。
「皆さまお分かりいただけましたか?」
レギウスの取り巻き達も黙りこむ。
援護のしようがないのだから、当然か。
「ではこれで説明は以上です。お付き合い頂きありがとうございました」
巻き込まれた学生達はぞろぞろと教室を出ていく。
「スピノザ様の侍従なのでしょ?かっこいいですわ」
「そう?」
「とても知的で、いいんじゃないかしら」
「ぇ、そうかな。」
アニエスは友達以外の学生に声をかけられている。その中にはルソー侯爵令嬢もいた。
それにしても肯定してくれてもいいと思う。
「エリク殿、申し訳ございません。私の生徒が問題行動を」
「あー。構いませんよ?モナド公爵令息の評判が落ちただけなので。あ、これ、スタム先生に渡しても良いですか?」
捕らえていたレギウスをスタムに託す。
「流石エリク、やることがえげつないぜ」
「ロイド様、吊るしますよ?」
「げ。冗談だよ」
「何故絡まれたんでしょうね。不思議で仕方ないです。公平なチョイスだったのに。自己中心的な人間が多いですね」
「まじかよ。」
やっぱりロイドは吊そう。




