36.5:大人達の事情
「イリーナ様、どうした。急に呼び出して」
シモンはスピノザ家の執務室に入ると、眉間に皺の寄ったイリーナとリチャードに内心怯む。
怖ぇ顔してんな。
動揺は表に出さずにいつも通りを貫く。
「シモン、出来る限りの速さでこの手紙をノヴム公爵に届けて欲しいの。」
「は?」
どんな難易度の高い魔獣を狩る依頼かと思えば手紙を届ける依頼だと?
素直な声が口をついて出た。
「ノヴム公爵は今視察に出てて王都に居ないの。恐らくパスカル子爵領からデカルト伯爵領にかけて移動する頃、もしくは途中ね。お願いできるかしら」
「いや、構わないが、なんでまた急に。」
探るようにイリーナの様子を窺うと
「……アニエスがノヴム公爵のご子息に執心で。」
目を逸らされた。
「ぉ?おぉ」
意外な答えに驚きを隠せない。
「他の兄弟との確執が酷くて色々あるの。で、今が他家の内情に干渉できるギリギリのタイミングなのよ。お願い」
確執ねぇ。後継者争いでもしてんのか?
「あー、多少無理してでも取り込みたいってことか。なら公爵も跡取りと見てるんじゃ」
「それはないわ。公爵の地位に就くにはたくさんの奇跡と暗躍がない限り」
たくさんの奇跡と暗躍か、身分が足りないんだろう。正妻の子じゃねぇってとこか。あそこの家は男子ばかりだからな。
ギリギリのタイミングってことは、排除されるのは公爵かその子供かってことかもな。それにしても身分の低い子供なぞ捨て置けばいいのに、公爵家の奴らも暇人だな。
「あー。理解。分かった、しっかしあのお嬢様がもうそんな歳か。俺も歳とったな。」
イリーナから手紙を受け取り騎士伯邸を後にする。
シモンという冒険者が届けたスピノザ騎士伯夫人の手紙にノヴム公爵は激怒した。
「あの馬鹿息子め」
「旦那様、如何されたのですか?!」
普段温厚な公爵の怒声に侍従長はただならぬものを感じた。
ため息をついた公爵が手にした手紙を差し出す。
「拝見致します」
一読したが目を疑う内容だった。
跡取り候補の長男ダインが妾の子であるニールの主治医を独断で解雇し、侍従もつけず学生寮で生活させている。
苦言を呈した侍従を解雇し、家中は混乱しているとある。
そして、解雇された医官と侍従をスピノザ騎士伯家で匿っていること、騎士伯の娘が倒れたニールを介抱し親睦を深めたことが判明したきっかけだと書かれている。
「旦那様。これはあまりにも」
「あぁ。こんなにも愚かだったとは」
公爵家ではダインと三男のエイルを後継者候補として実務を任せている。
ノヴム公爵家は代々貴族社会でのバランスを取るために様々な地位の家と縁を結ぶ。
そのバランス感覚を育てる為に正妻と側室、妾を持つ。長男は実務のほうは申し分ないが、地位に固執するきらいが、三男は地位に拘らない柔軟な思考を持つが、実務のほうに不安が残る。
「エイル様は確か」
「あぁ。友人の婚姻式に参加するため王都から出ている。」
アラバ最南端の子爵領へ出かけている。
その他の息子達も婚姻や仕事で王都に居ない。
数日前ニールの入学を祝ったばかりだというのに。
公爵は眉間の皺を揉む。
ダインにこんな気概はないと何処かで油断していたのかもしれない。
「スピノザ夫人から必要であれば護衛として冒険者のシモンを側に置いてもよいと申し出もありますが、これ以上貸しを増やすのは」
侍従長が渋るが、
「いや、護衛を任せよう。この機会に狙うのは私の命だろう。移動時間がかかり、且つ救援の遅れそうな場所に差し掛かる、よく考えたものだ」
公爵は即決した。
「ここで刺客を送り込まなければ何の為に画策したのか、意味が分からないからな。」
公爵位を狙うならもう一人邪魔な相手がいる。が、
「エイル様のほうは」
「エイル相手に生半可な刺客は意味をなさない。敢えて子爵領に留まるような工作をしたほうがいい。」
エイルは一騎当千を地でいくほどの実力者だ。もし刺客を放っているなら相当な金額を費やすことになる。
「シモン殿を呼んでくれ」
「は。かしこまりました」
公爵の護衛につくことになった。
すぐに王都へ帰還したいのは山々だが、これから行くのは公爵の正妻の実家である伯爵領だ。
まだ何もない状態で帰れるはずもなく視察は続行する。
身分や立場のある人間は大変だとシモンは思う。
公爵の乗る馬車と馬で並走する。
「王都はイリーナ様がなんとかするさ。俺以外にも動ける冒険者や騎士はいるし、ニール様だったか?そいつの側にはアニエス様がいるし問題ないと思うが」
不遜な物言いにも公爵は笑って話を聞いてくれる。
「そうか。そんなにアニエス嬢は強いのか」
「魔法に関していえば、この国でもかなりのものだ。一度手合わせしたが守りを破れなかった。頭も良いし素直で可愛らしいお嬢さんだよ」
「王都に戻ったら礼をしなくてはいけないな」
和やかな会話をしながら、刺客を一人一人撃ち落とす。
「シモン殿は素晴らしい腕前をしているな」
「俺かぁ?アニエス様の侍従に比べたら地味だと思うが。これも教えてもらったからな。」
最初のお茶会の後、アニエスの魔法の才を褒めたからと魔力弾の威力をあげる方法を教えてもらった。
「……聖女様の後ろ盾を持つ薬師だったか」
「あいつかなりイカれてるから、変なちょっかいはかけないほうが身のためだぜ?」
「助言感謝する」
「さてと、今度の刺客ちゃんは、白状するかなぁ?」
本日二回目の刺客襲来だが、そこまで強くはない。魔術は使用するがそれだけだ。
公爵を殺すのが目的か?と疑いたくなる。
いや俺も大概強いが、公爵も護衛の騎士達もこれくらいは対処できるだろう。
「公爵。俺が言うのもなんだが」
「シモン殿。分かっているよ。お心遣い感謝する」
「ならいい。はぁ、大変だな。公爵ってのも」
「全くだ」
伯爵領に入るまでに更に二度襲われた。
出迎えた伯爵に連行した刺客の束を突き出す。
「これは一体」
「公爵を襲った不届き者だ」
「!!」
その人数の多さに伯爵が驚愕の表情を浮かべる。
「そういうわけだ、すまないがすぐに王都に戻らねばならない。明日すぐに出立する」
「わ、分かりました。では、すぐに部屋にご案内を」
「いや。すまないが、今日は街の宿屋に泊まろと思う。しつこく襲撃を受けているから伯爵に迷惑をかけてしまうやもしれないからな」
公爵が宿泊を断ろうとするも、
「そんなことはございません!宿屋では警備もままならないでしょう!どうぞ我が家にお泊まり下さい」
「……そうか。ではお言葉に甘えよう」
伯爵の説得で今晩は伯爵邸で宿泊することが決まった。
そして、案の定。
夜中に襲撃があった。
「ただいま帰りました」
エイルは子爵領での友人の婚姻式から家に帰ってきた。途中今まで縁のなかった貴族からの茶会への誘いや街道の封鎖などが続き王都への帰還が予定よりも大分遅くなってしまった。
父上より遅くなったのではと思ったが、出迎えた侍従の中に侍従長が居なかったため、まだ視察から戻っていないのかと怪訝に思う。
「父上は」
「公爵様は」
侍従達は誰一人こちらと目を合わせようとしない。
それに、
「アインは何処だ」
侍従長の孫息子が見当たらない。
「アイン様はその」
誰もが口を噤む。
おかしい。
エイルは急ぎ執務室へ向かう。扉を開けると、部屋の奥の当主の椅子に兄が座っている。
「兄上。そこは父上の席です。いくら、視察で出かけているとは言え不敬です」
「ははは。いや、なに、もうここは私の席になるのだから、別に構わないではないか」
「は?」
兄は高笑いをすると手紙を手に、椅子から立ち上がる。
「これを見なよ。」
ゆっくり近づいてきた兄が一枚の紙を見せる。
「これは」
手紙には、ノヴム公爵が伯爵領内で襲撃に遭い死亡したと書かれている。
そして遺言として公爵の地位は長男に譲ると残したと。
「伯爵は父上を討った賊を連れて王都に向かっている。到着次第、葬儀と公爵任命式をしなくてはな。ははははは」
笑う兄が
「兄上が殺したのですか」
信じられなくて問う。
「何を言っているんだ?父上を殺したのは賊だ。」
笑顔で答える兄の異常さに背筋が凍る。
「では何故、笑っていられる!?父上が死んだのだぞ!」
「なんだ?公爵位を継げなかったのがそんなに悔しいのか?」
「そういうことを言っているんじゃない!」
笑い続けていた兄から急に表情が抜け落ちた。
「それならもっと、努力しないと」
「…!!」
「はぁ、これで邪魔な父上がいなくなった。ふふふははは目障りなニールを庇う馬鹿共も、もう逆らえない」
ひひひと狂ったように笑い出した兄。
茫然と兄を見つめる。今までこの人の何を見ていたのだろうか。身分に拘るところはあるが、実務の評価は良く父からの信頼も得ていたはずだ。
後継者を争う仲ではあるが、互いに切磋琢磨していると思っていた。
「兄上」
エイルは膝から力が抜けその場で座り込む。
「やっぱ、そうなりますよね。大丈夫っすよ?」
急に聞こえた明るい口調に振り仰ぐ。気配を全く感じなかった。
「貴様は誰だ!ここは公爵家だぞ」
「知ってますよー。はい、王城からの召集状です。」
男性のような格好をした女性は王家の印の入った書状を見せる。
「王城からの使いか。何なんだ急に」
兄は苛立ちながら王城からの使者がもってきた召集状を奪う。
「すぐに公爵様に会いたいって陛下が聞かないんですわー。全く急になんて無理じゃんね?」
書状に目を通した兄は
「構わない、すぐに向かう」
即答する。
「お。話がわかる方で良かったよ、あ、貴方もくる?公爵の家族でしょ?色々話がしたいって駄々こねるんだよ、うちの上司。やばいでしょ」
「エイルも来い。陛下にお伝えしなくてはいけないこともある」
兄は上機嫌で使者の後について行き馬車に乗った。
気配のしない使者らしからぬ人物を不審に思い、大人しくついていく。
馬車は王城に向かった。
城に入っていく。本当に使者だったのかと、認識を改めたが、どうにも胡散臭い。
「こちらです。」
使者が謁見室の扉を開く。
そこには、陛下と宰相と
「な」
死んだ筈の父上が立っていた。
「な、何故だ、何故」
狼狽える兄に向けられる冷たい視線。
「全て、伯爵が白状したよ。君達の企てを。」
陛下の凍えるような声に、
「ち、違います!私は何もしていない!」
兄が反論する。
「何も、ねぇ?襲撃犯を雇った記録が残ってる。駄目じゃないか、ちゃんと記録は消さないと。全く爪が甘いよ。それに襲撃犯からの証言もある」
「私を嵌めようと!」
「誰が君なんて嵌めるのさ」
「弟が!エイルとニールが結託して私を!」
「はぁ。無理があるでしょ。ニール君だっけ?今まで屋敷から出たこともないし、今学院で寮生活してるでしょ?エイル君は存在が派手で行動記録が明確で後ろ暗いことなんてなんにもないよ。それに出先から今日帰ってきたんだよ?」
玉座に膝を立てて頬杖をつく陛下。
「前々から仕込んで」
「なら君も例外じゃないね。うんうん。危ない連中とつるんで準備してきたんでしょ」
「この者を捕らえよ」
宰相が騎士を呼ぶ。兄は騎士達に連行されていった。
「やめろ!私は公爵になる者だぞ!離せ」
兄の叫び声が部屋に響き渡る。
ごぉんと扉が閉まった。
「父上、これは一体、」
「エイル。心配をかけたな、すまなかった」
「ノヴム。僕んところの娘を嫁がせるからエイル君に決めなよ。めっちゃ賢い子いるし」
軽い口調で気安く話しかける陛下を
「陛下。考えて発言して下さい」
宰相が諌める。
その様子を使者の女性が静かに見つめていた。
暗殺は計画的に




