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聖女の教育係  作者: 朔
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36:お嬢様、外堀を埋めろ大作戦

アニエスの思惑通り、ニールは寝過ごし夕食を騎士伯邸で取り、客室に宿泊することになった。

「ど、ど、どうしましょう」

当初はおろおろしていたニールだったが、夕食の席では潔く旦那様に

「申し訳ございません、僕がうっかり寝てしまってこのような事態になってしまいました。」

謝罪した。

「いや。君のことは私が屋敷に招待したのだ。気にすることはない。」

「え、ですが」

「そういうことになった。素直に頷いておきなさい」

「はい」

「それで、君は剣はやるかね?」

「申し訳ございません、屋外ではすぐに具合が悪くなってしまい。」

「そうか。残念だ。が、ボードゲームは好きかな?」

「はい。」

「おお、そうか。では私と一戦」

旦那様は手合わせと同じくらいボードゲームやカードゲームが好きだ。そして強いから、相手になるのが奥様かリチャードしかいない。

「僕、でも対戦相手がいなくて、一人で遊んでいたので、上手いかどうかは分かりません。」

「では私が今日から君の対戦相手になろう」

「!!」

嬉しそうに笑うニールに釘づけのアニエスは放っておこう。

こんなに孤独なものなのか。妾の子というのは。

リチャードがいつか、側室の子は女児であるのが望ましいと自嘲していたのを思い出す。

女なら縁組で使える。

『側室の子で長男なんてなるものじゃありませんよ。正妻に男子がいないならまだしもね。』

夕食の後、旦那様とニールはボードゲームを楽しんだ。白熱した対戦だった。

「君は凄いな」

旦那様が勝利を収めはしたが、奥様もニールの一手に夢中になっている。

「あの件は早急に片付けなきゃ」

呟きは聞こえなかったことにしよう。

ニールにはトーマスをつけた。

「マリーが遊んでもらったそうで、ありがとうございました。ノヴム様」

「ニール様、トーマスはわたしの勉強の先生でもあるのよ。」

アニエスが紹介するとニールは驚いた。

「もっと厳しそうな方かと思っていました。」

「お嬢様、ボクのことどんな風に説明したのですか?」

にこっとトーマスが笑うとアニエスは明後日の方向を向く。

「まったく。」

「ニール様、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

客室の前まで送り別れる。


翌朝。

出勤すると、アニエスの部屋はもぬけの殻で、私は慌ててニールの泊まる客室に向かった。

「お嬢様!」

ニールのベッドに侵入しているアニエスを発見して、引き剥がす。

「外聞!」

「ニール様をぎゅーしないと気が済まないの」

騒ぐ私達の声にニールが目を覚ます。

「おはよう、ございます。賑やか、ですね」

まだ半分以上寝てるニールはうつらうつらと舟を漕いでいる。

「流石に同衾は駄目です」

「添い寝だもん」

「いやいや。その言い換えは通用しません」

「すぅすぅ」

「これなら同衾じゃないでしょ?!」

座ったまま眠っているニールの側に座りぎゅっと抱きしめる。

「まだ婚約もしていない男女が抱き合うのは」

「抱きしめてるだけだもん」

「お嬢様」

「屁理屈でもなんでも!ニール様を抱きしめたいの!」

頑なな。

「……何があったのですか」

「何もないわ。昨日話していて、辛い気持ちになっただけよ。ニール様を守る前に、ニール様を安心させたいの。わたしがいるよって……エリクがずっとしてきてくれたことだもん。わたし、エリクにぎゅっとされると安心するから」

「お嬢様。はぁ、トーマスが来るまでなら見ないふりします。来たら離れて下さい」

「分かった」

二人に背を向ける。

しばらくしてトーマスが出勤した。

「トーマス、どうだった」

アニエスが離れる時間を稼ぐため、報告を聞く。

「先輩?えっと……加護膜が育ってない可能性があります」

この世界で生きるために必要なものがある。加護膜だ。

空気中には目に見えないが、魔素の他に精霊が出す霊素という成分が含まれている。霊素は人体に害がある。

それから命を守るための膜、それが加護膜だ。

「生きられないじゃんそれだと」

生後一ヶ月で育まれる加護膜だが、環境により育たないこともある。大体が衰弱して死んでしまうという。

「いえ、軽度な生育不良です。加護膜に穴が開いてる、もしくは人より薄いって感じです。」

トーマス曰く成長しても体が弱いまま、完治は難しい。加護膜の再成長は事例がないらしい。そもそも加護膜の生育が悪いまま成長した例が少ないため、わからないことばかりだ。

「なるほど。よく分かったね」

「測定法がありますので、それに屋外で具合が悪くなるのは症状の典型でしたから。」

「…ありがと。…お嬢様、もういいですか?」

アニエスに声をかける。

「大丈夫。おはよう、トーマス」

姿を現したアニエスに

「……お嬢様。殿方の寝所に忍び込むなど、淑女にあるまじき行為ですよ。そこは理解しておりますか?」

トーマスはすぐに状況を把握した。

「…うん分かってるわ」

アニエスの前に跪き、目線を合わせたトーマスはいつも通りの口調で、

「ニール様を守りたいお嬢様の気持ちは理解できます。ボクも応援したいです。ですが、それとは別にお嬢様の立場が脅かされるような振る舞いに目を瞑ることは出来ません。お勉強を頑張ったのはお嬢様です。でもその環境を整えたのは奥様やボク達です。それを蔑ろにされるのは許せません」

説く。

「トーマス、ごめんなさい」

「お嬢様は素直で優しい方です。間違いを認めて謝ることができる。そして、何回だって挑戦できる方です。ボク達も協力します。一緒によりよい方法がないか考えましょう」

「ありがとう、トーマス。」

「お嬢様は一度部屋に戻ってお着替えを済ませてからいらして下さい。今日は寮へ帰らなくていけないのですから」

「はーい。」

アニエスと一緒に客間を追い出され、部屋に戻ったらユーレイアから二人仲良くお説教された。

そして再び客間に戻る。

「おはようございます、ニール様」

「おはようございます、アニエス嬢」

互いに照れながら挨拶を交わし朝食を一緒に食べた。

良く眠れたらしく、久しぶりに寝坊したのだとか。

「美味しいです。」

「おやつ長がお二人にと特別に作った朝食です」

「?!?!」

驚愕の表情で固まったアニエスを見て不思議そうにニールが尋ねる。

「おやつ長という方は」

「当家自慢のお菓子専門料理人です。」

「おやつ長のおやつはとても人気で、ちょっとおやつの時間に遅れたら無くなって食べられないこともあるんです」

アニエスがおやつ長の朝食が如何に珍しいことなのかを力説する。

「初めての出来事に驚いています」

「それは心していただかないと」

ニールもアニエスの熱量にあてられ、真剣な表情で食べる。

「美味しい」

「ふわふわ」

朝食を楽しみ、奥様に挨拶をして寮へ戻る。

「ニール様。これをどうぞ。」

男子寮に戻るニールに木箱を渡す。

「?これは」

「体力回復剤などのお薬セットです。よろしければどうぞ」

「あ、でも、僕、お金は持ってなくて」

「いえ、お金はいらないんで。」

「そういうわけにはいきません」

受け取れませんと木箱を返そうとするニールに

「うーんじゃあ部屋見に行っていいですか?」

提案する。

「へ?」

「エリク?!迷惑でしょ、何を言ってるのよ」

「ニール様。侍従がついていませんよね?」

「そ、それは。」

「お部屋にお邪魔させて下さい」

じっとニールを見つめる。

「……分かりました。」

引かない私にニールが諦め頷いた。

「ちゃんと気配遮断もするので。」

「はい。」

「じゃあ、アニエス様はそのまま部屋におかえり下さい。では行きましょう」

アニエスが追ってこないよう足早に男子寮へ足を踏み入れる。

「エリクさん」

「何でしょうか」

「あの、散らかっています」

事前に部屋の様子を伝える正直さに好感度があがる。

「えぇ。存じております」

「え?!」

想像の範疇だ。

「家事は経験が必要です。侍従のいる生活をしてきて、いきなりいなくなったら生活するのも大変でしょう。魔道具でどうにかなる洗濯以外はどうすればいいのか見当もつかなかったことでしょう。思い至らず申し訳ございません」

「謝ることなんてないんです」

ニールが部屋のドアを開ける。

「どうぞ」

「失礼致します。ほぉ。ほどほどの散らかり具合。かなり綺麗に過ごされた努力の後が見られます。」

食事をここでしないだけで綺麗さには結構差が出る。

勤勉な性格が出ている。本が多い。あと、紙も。色々書き付けてある。ボードゲームも置いてある。

男の子の部屋ってこんななのか。

「ぅぅ、すみません」

ついまじまじと見てしまった。

「ニール様こそ謝る必要はありません。では、片付けますので、私のことは気にせずお寛ぎ下さい」

勉強机にニールを追いやり、掃除を始める。

「エリクさん、あの。」

「シーツ、変えますね。洗濯が必要な衣類もあれば出して下さい。下着もですよ?隠さないで下さいね。探す手間は省きたいですので」

隠したら探すぞと暗に言うと、怯えた顔で大人しく洗濯物を出す。籠に纏めていれる。

加護属性フル活用で掃除をした。

「凄い。土属性ってそんな風に使えるのですね」

「……もしかして、土属性持ちですか?」

「ぁ。」

しまったといった顔をしたニールに

「安心して下さい。言いません」

微笑む。

「父が秘密にしろと言うので、誰にも言ったことはありません」

「確かに内緒にするのは間違いではありませんから。私の属性も言わないでいただけると助かります。アニエス様にバレたら手合わせの対策をされて大変なので」

「手合わせ、エリクさんは確かアニエス嬢の魔法の先生でもあるって。」

「そうなんですよ、あれこれ手の内はみせるものじゃありません。すぐに対策してくるから新たな手段を生み出さないといけなくて。」

「凄いです。魔法は学院にきてから習い始めたので、羨ましいです。」

ニールもアニエス同様、他の必修科目の試験をクリアしているが、術式構築初級は受講中だ。

芸術もギリギリ合格だったと話していた。

「アニエス様は学院内でも魔法技術の高い学生です。知りたいことを聞けば教えてくれると思います。手札は明かすなと教えているので一般的な答えか簡単なコツくらいになると思いますけど」

「尋ねてみます。エリクさん、ありがとうございます」

部屋に怪しげな点は無かった。やはり加護膜の生育不良か。



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