34:お嬢様と学院生活
アニエスが学院生の間は、週二回土曜と火曜に投稿にします
春。
王立学院に入学したアニエスは、一ヶ月間だけ学院に慣れる為寮に入る。
「よぉ。アニエス」
「ロイド、邪魔」
両手に荷物を抱えたアニエスの進路方向をロイドがふざけて塞ぐ。臙脂色のズボンにマントまで、なんて自己主張の強い子なのだろう。
その点アニエスは装飾少なめの控えめスカート。シャツも袖口にフリルがついてはいるが地味だ。
襟ぐりも広めではなく、ボタンをきっちり閉めている。アラバ北の、王都周辺貴族はデコルテを出すスタイルとは一線を画している。
奥様が南の出身で普段から襟をきっちり閉めているからアニエスもそれに倣っているのかも。
「荷物持とうか?」
「大丈夫。自分で持てる」
「ユーレイアは?」
「連れてくる訳ないじゃない。エリクならいるよ」
チラリとアニエスは私を振り返る。その視線を追って私と目が合うとロイドは嫌そうな顔をした。
「……やべぇ奴だけか。」
「どいてよ」
「はいはい」
道を開けたロイドはアニエスの抱えた荷物を一つ代わりに持つ。
「重っ」
「だからいいって言ったじゃん」
「お前、ゴリラ並みか、ょ」
私の視線に気づきロイドが口をつぐむ。が、
「メポポゴリラより強いに決まってるじゃん」
アニエスはえっへんと威張る。
「いや、いい。そっか」
「?」
噛み合ってない会話だが、歳の近い友人同士の会話に笑みがこぼれる。
「身体強化を覚えてどうするんだよ。騎士にでもなるのか?」
ロイドも身体強化を使い荷物を担ぐ。
「わたしは凄い魔法使いになるの。その為に必要なことだから身体強化を覚えたの。」
「ふーん。」
女子寮の入り口まで荷物を運び、
「何か困ったことがあれば言えよな。先輩として助けてやるから」
「面倒そうな案件は優先的にお願いするよ」
「……やっぱ、なしな」
ロイドは戻っていった。
アニエスは荷物を持ち直し、部屋に向かう。
途中好奇の視線を向けられるも無視し、部屋に荷物を運ぶ。
「一ヶ月とはいえ大荷物ね。」
運び入れた後は荷解きだ。
勉強関係はアニエスが、その他は私が整える。
荷解きを終え、お茶を飲んでひと息つく。
「お嬢様。私は寮内以外でお側に侍ることは出来ませんので、ご自身の言動には責任を持って学院生活を送って下さい。よろしいですね?」
「分かった。お母様からも気をつけるように注意されたわ。」
「分かっているならいいんです。えっと、では。寮内施設の確認に参りましょうか」
「うん。行く」
女子寮と男子寮の間に共通棟があり、そこから学生は学院内へ移動出来る。側務めは共通棟までなら入れる。
共通棟にはお茶会室、洗濯場、食堂、大浴場、医務室、自習室、図書室がある。
「へぇ。大浴場なんてあるんですね。」
驚きで声が出た。
「お風呂のない部屋もありますし、側務めのための施設の面もございます」
大浴場を開けて中を見せてくれた管理人の説明に
「丁寧にありがとうございます」
アニエスが礼をする。
「因みに入浴時間は」
「昼間から夜は就寝時間後までやっております。いつでもいらして下さいね」
「ありがとうございます。必ず行きます。」
管理人さんの手をとり握手する。
広いお風呂は大好きだ。
「エリク、わたしがお風呂に入れてないみたいじゃない」
アニエスがじとっと睨む。
「こんなに広い浴場を、久しぶりに見て興奮してるだけです」
「ふふふ。おかしな方ね」
管理人さんと別れ、食堂へ向かう。食堂で食事をするのは昼食だけで、あとは部屋で取ることも可能だ。
三食食堂でも構わないのだが。
「ふーん。配膳は自分でやるのね。」
「ブュッフェはセンスが問われるますから。配置や彩り、量。気にしないという方もおりますが」
「気にしないは、なしね。気をつけて配膳するわ」
そして、その他の場所も確認して部屋に戻る。
「道に迷わないようお気をつけ下さい」
「うん、大丈夫。」
寮生活での注意点などの確認をする。
「どきどきしてきた。」
「一月もお屋敷を離れるのは初めてですものね」
「ユニウスとユークは元気かな。」
「朝ピンピンしてましたよ。」
「もう。寂しがってないかなってこと」
「お嬢様が寂しくて泣きそうですね」
「ぅーこれも社会勉強なんだから」
と言い聞かせて寂しさを紛らわせている。
「今日の夕食は食堂で食べましょう。明日の昼食の予行演習と思えば楽でしょう?」
「そうね。いきましょう」
夕食の時間の食堂は混み合っている。
列に並んで下さいという案内係の指示に従い並ぶ。
「エリク、並ぶの苦手なのね」
「はい。人混みも苦手なので、自分の食事の時間はちょっと考えます」
「意外な一面が知れて良かったわ。ユーレイアに教えてあげよう」
食事を確保するだけでげんなりしている私にアニエスが笑う。
互いの盛りつけた料理の内容を話しながら
「エリクは肉が好きなの?」
食事をとる。
「えぇ。お嬢、アニエス様はお野菜が好きになって。成長されましたね。よよよ」
お嬢様呼びは外ではしない。そこら中お嬢様だらけだからだ。
「美容にいいのよ」
「若々しさを保つのは肉です。はむはむ」
中々上手に盛りつけられていた。これがセンスの違いか。
ビュッフェ、バイキング初心者だった頃の私の皿より断然綺麗だ。
そういえば茶色ばっかりだったなぁと懐かしむ。
「美味しいね、エリク」
「はい。アニエス様」
楽しい食事を終え、食器を返す。食堂から出ようとした時、
「こんなところに男を連れ込むなんて、ねぇ。はしたないわ」
こそこそと嫌な声がした。三人の令嬢がこちらをみて笑っている。
アニエスの足がピタリと止まった。
あ、ぁーどうするかな。これ。
「ふふふ」
アニエスは笑うと声の主のほうに歩みを進める。
「今の発言は貴女のもので間違いないですか?」
「な、なんのことかしら」
「貴女のほうから頓珍漢な台詞が聞こえてきましたの?違いまして?」
「ひ、人違いでありませんこと?」
「あら。それは大変失礼致しました。学院の管理体制に不正があると明言する愚かしいこと、おっしゃいませんものねぇ、セルフィーナ・セナナ様?」
「!!」
「学院の女子寮に男性が入れる訳ないじゃないですか。ね?貴女方もそう思いますよね?ハルラ・カーヴィン様、リーシャ・マキナ様」
「!!」
顔面蒼白になった令嬢達の周りを笑顔でくるくる回るアニエスの顔は悪どい笑顔の奥様にそっくりだった。
しかもあの動き、威嚇行動をとる時のアラバアカドリと一緒だ。敵対者の周囲を回り相手をビビらせる手法。
「アニエス様。おそらく聞き間違いではありませんか?そちらの可愛らしいご令嬢方がそんな品のない発言をするとは思えません。」
「そうかしら」
全然矛を収める気のないアニエスに
「そういうことにして下さいませ。可哀想になってきました。」
こっそり囁く。
「仕方ないわね。そういうことにしておくわ。」
「ありがとうございます」
アニエスはため息をつく。
威嚇行動をやめ満面の笑顔で令嬢の一人に近づき
「……ふぅ。どうやらわたしの聞き間違いだったようですわ。皆様大変失礼致しました。もし、もしも、このような内容の話が聞こえてきたら、どなたが話していたか、わたしに教えてくださいね?」
謝罪に見せかけた特大サイズの釘を刺した。
強張った表情の令嬢達は勢いよく頷くと素早く立ち去る。
「アニエス様、こういうところは奥様に似なくとも」
「何のことかしら。」
「このために名前覚えたのではありませんよね?」
「情報は活用しないと」
社交界デビューのための資料をまさかここで使ってくるとは思わなかった。
「部屋に戻ってお風呂入ろうと」
「大浴場も行きますか?」
「今日はやめとくわ。」
アニエスは部屋に戻ると、入浴し、その後本日一日の報告を書き、就寝した。
私も今日はすぐに寝た。
それから一週間。
必修科目の試験を全て合格したアニエスは、選択講座に毎日楽しそうに通っている。
朝は部屋で食事を取るが、昼間は学友と食堂で、夜は私も食堂に行くことになった。
「食堂は情報が集まってるのよ!」
と力説されては断れなかった。
初日のような相手も日に日に減り、好奇の視線はまだ感じるも言葉は聞こえなくなった。
「今日も美味しかったね」
食事を終え食堂を出る。
と入り口すぐの曲がり角から出てきた人とぶつかる。
「きゃ」
「す、ぃません」
ぶつかった相手はか細い声で謝罪すると、アニエスの胸に顔を埋めたまま気を失った。
「え?!エリク?!」
「アニエス様、一旦医務室へ連れて行きましょう」
「分かったわ」
アニエスは一瞬動揺したが、すぐに落ち着きを取り戻し倒れた相手をお姫様抱っこする。
新緑色のマントを羽織った、顔色がめちゃくちゃ悪い小柄な少年。顔色が悪いせいか、淡い灰色の髪と相まって儚げだ。
「かわいい」
そしてアニエスの好みど真ん中の顔をしていた。
「アニエス様。落ち着いて下さい」
「うん!落ち着いてる!」
全然落ち着いてない声で答える。
「一旦姿隠しの魔法を使います。医務室まで行きましょう」
「任せて」
静かに人に遭遇しないように注意しながら医務室へ向かう。医務室の管理人は既に退勤していて、無人だ。
鍵が掛かっている。が無理矢理、解錠した。
「明かりをつけると外からバレるので、そのまま、ベッドに寝かせましょう」
「うん」
少年を医務室のベッドに寝かせる。
「暗くて見えない」
「そうですよね。うーん、あー、遮光カーテンにすればいいのか。よし、これでいいか。明かりつけます」
魔法製遮光カーテンで窓を覆い光の外漏れを防ぐ。
「エリクは流石規格外だね。闇も持ってるのか」
「内緒でお願いします」
少年の首や手首に触れ脈を診る。血の気の引いた顔色、貧血か?それにしても
「……」
この子リチャさんと同類かぁ。
気持ち悪さが限りなくゼロに近い。少し違和感があるだけだ。
「ふむ。さてどうしたものか」
「エリク、資料に肖像画がなかった貴族は五人。四人は先輩だから、この人は、ニール・ノヴム様。ノヴム公爵の妾の子だよ」
妾の子は肖像画を描かれる対象にならない。だから姿絵が出回らない。
側室の子なら肖像画はある。
アニエスはニールの頭を撫で撫でしている。
「……ぅ。ぁれ、僕」
目を覚ましたニールの瞳が揺れ動く。琥珀色の綺麗な色をしている。
「気を失っていましたので、医務室にお連れしました」
「ぁ!」
慌てて体を起こそうとしたニールの肩をアニエスが押さえる。
「大丈夫です。そのまま横になってて下さい」
「ぁ。ありがとうございます」
「いいのです。わたしはアニエス・スピノザです。」
「ニール・……ノヴム、です。」
口にしづらそうに名乗る。
「ニール様とお名前で呼んでも?」
ぐいぐい距離を詰めるアニエスに戸惑いながらもニールが頷く。
「はい」
「わたしのこともアニエスとお呼び下さい」
「ぁ。アニエス嬢」
「はい♡」
「ちょっと失礼。ニール様、侍従の分際で口を挟むことをお許しください」
「僕はそんな大層な身分じゃ」
苦しそうに目を伏せる。
「お薬はお持ちですか?貧血だと思うのですが」
「……いえ。貧血の薬は貰えなくて」
持ってないじゃなくて貰えないって何だ?
「は?寮で生活するのに?主治医は?」
「兄が、解雇してしまって。医務室の管理人さんに申請して用意してもらうつもりだったんですけど、手に入らないって言われて。」
まじかぁ。
「信用は皆無でしょうが、これを飲んでみます?一応体力回復剤です。貧血の薬は今切らしてて、調合しないとないので。」
「エリク、調合すればあるのね?今調合してきて」
「あれ一日暗所保存しないといけないので、今調合してもすぐに渡せる代物じゃないんです」
「そんな」
「アニエス嬢、お気遣いありがとうございます。えっと、エリクさんも見ず知らずの人間に親切にありがとうございます」
ニールはゆっくり体を起こす。そして体力回復剤の瓶を受け取ると躊躇わずに飲み干した。
心配になるほど無警戒だ。
「私が言うのもなんですが、毒だったらどうするのですか」
ニールは今にも泣き出しそうな儚い微笑みを浮かべた。
「そうだったら楽になれるかな」
「!」
アニエスは椅子から急に立ち上がると、ニールの頭を抱きしめた。
「あ、あの。アニエス嬢」
混乱状態のニールを解放すると、アニエスはニールに手を差し出す。
「ニール様、わたしの手を取って下さい。絶対後悔させません。」
「?」
よく分かっていないままニールはアニエスの手に触れた。
スピノザ家に伝わるプロポーズの作法だと知らなくても仕方ない。外堀を埋めるために態とチョイスしたのは明確だ。
確信犯め。




