33:お嬢様と身体強化2
訓練方法を変えると、上達の速度が変わることはよくあることだ。
身体強化と絵を描くことを併せて行うとアニエスはすぐにコツを掴んだ。
「まさか上手くいくとは。」
「先輩。よく気づきましたね」
「お嬢様の絵に関する情報は、私が一番持ってますから」
ちょっと鼻が高い。
大分他の動きにも応用、反映できるようになった。
あとは繰り返し身体に覚えさせるだけだ。
ゆったりとした動きや挨拶などは問題ない。が咄嗟の動作やダンスはまだ動きが粗い。じっくり時間をかけて練習を重ねた。
今日は身体強化してのダンスレッスンを庭で行っている。部屋より広いし、勢いよく突っ込んでも危険が少ない。
「私の教えることが無くなっていく」
「そうでしょうか。これから沢山でてくると思います。学院に通い始めると特に」
トーマスの言葉に近づいてきた学院入学について思いを馳せる。
「ま、そっか。」
自宅学習では補えないことばかりだろうし、友達とかも出来て相談されちゃったりするかも。
あれ、相談乗れるかな。友達……いや、記憶の彼方から呼び起こせ私。学生時代の記憶は封印してるから教えるのは難しいかもしれない。
まぁ、いざという時はユーレイアに丸投げしよう。
「エリク、ちょっといいですか?」
急に背後からユーレイアの声がした。
「!……はい、なんでしょうか?」
丸投げしようと思っていた相手からの声に、めちゃくちゃビビったのだが、顔には出さず平静を装い振り返る。
「ごめんなさい、急に声をかけて。奥様が薬の件でお呼びですよ」
が、バレバレだった。ユーレイアは大きくなったお腹でゆっくり庭に出ようとするので
「あー、いいです。ユーレイアはそのままで、産休期間中でしょ。何してるんですか。無理しないで」
私が駆け寄り制止する。
「エリクったら、過保護ですよ。二人目ですし、なんとなくわかってます。それに医官様からも動いていいと言われていますから大丈夫ですよ。」
「いやいや。この前段差でつまづいた人が何言ってるんですか。怖いので、段差のないところで動いて下さい」
「はい」
あ、忘れてたな、この顔は。
「トーマス、奥様に呼ばれたので、離れます。お嬢様をよろしくお願いします」
「分かりました」
庭から執務室に向かう。
用件は薬の種類についてだった。
「増やす方向でも構いませんが、薬草の入手が問題です。お嬢様が服用する可能性のある婦人薬系はいつでも作れるよう準備済みですが、それを回すつもりはありません」
婦人薬系のレシピは薬草の乾燥工程があるため、薬草の長期保存が可能だ。
が、珍しい薬草を使う薬もあるので、はっきりと口にする。
「作れる薬は何があるかしら」
比較的材料の揃い易い薬でまだ流通量が少ない物。
「貧血の薬と皮膚炎全般の軟膏でしょうか」
皮膚病の薬は材料が特殊すぎて無理だが、皮膚炎なら薬草の組み合わせで意外と簡単に作れる。
「皮膚炎薬は一般流通しているけれど、効能が高いのかしら」
「外科手術の必要のない化膿程度なら効果あるので、冒険者向けでしょうか。水の確保の難しい場面でも役立てるかと」
簡易的な初期消毒の役割もこなせる。となれば、常備薬になるのではないかと踏んだが、奥様の判断はどうだろうか。
「エリク、皮膚炎薬をまずは二十、用意できるかしら?必要な物はリチャードに言ってちょうだい。用意させるわ」
「かしこまりました。工程に一定時間の暗所保存を挟みますので、明後日お待ちします。」
納期が奥様の見積もりより早かったようで
「無理はしないのよ」
心配された。
「はい。お心遣い感謝致します」
「貧血の薬はレシピがあるから、今回はいいわ。皮膚炎薬だけ、お願いするわ」
「かしこまりました」
執務室を出て、庭に戻る。
アニエスは休憩中のようで、ユーレイアのお腹を撫で撫でしている。
パラソルの下でデレデレだ。
「戻りました。……お嬢様。これから調合をすることになりしばらく離れます。トーマスの言うことをよく聞いて練習していて下さい」
「うん。分かったわ」
「ユーレイア、足下に気をつけて。」
「ありがとうございます、エリク」
「ユークや坊ちゃんに見せられない顔してるなー。あ!坊ちゃん」
「!!」
アニエスが私の声に釣られ周囲を見回す。
「冗談です。お嬢様。ですが、お二人がやきもちやいちゃうので、お気をつけ下さい。では、いってきます」
薬草園に行く。ククルポとイバを採取、その他にもハーブ類を摘み、庭師のおっちゃんのところに向かう。
「おっちゃん。スミレが欲しいんだけど」
「ん?アカイロしかないが」
「アカイロかぁ。キイロは」
「時期じゃねぇからな」
「んー、アカイロスミレをふた株貰ってもいいですか」
「おー。……ほらよ」
「ありがとうございます」
土のついたままのアカイロスミレを受け取り、自室に戻る。
「さてと、やりますか」
皮膚炎は薬草以外のハーブとスミレの組み合わせで作れる。
アカイロスミレだとキイロスミレより効能は低いが、ほかの皮膚炎薬以上の効能は見込める。
「練りがキツイ」
ぼやきつつも完成させる。
軟膏壺に詰めていく。二十を一気には作れない。ひとまず十。休憩を挟んで残りの十を作る。
暗所保存が必要だ。箱に詰め、さらに棚の奥に置く。
「さてと、お嬢様のところに戻るか」
庭に戻ると、既に訓練は終わったようで、片付けられ誰も居なかった。
アニエスの部屋に向かうと、部屋の中を落ち着かない様子でアニエスがくるくると円を描きながら歩いている。
「どうしたのですか?」
「エリク!ゆ、ユーレイアがお腹痛いって、トーマスが!えっと、あの、じん、なんだっけ」
「陣痛が来たって言っていましたか?」
「そう!それでわたしは部屋に戻ってて、言われて。」
「それはまた、びっくりしましたね。よしよし」
アニエスの頭を撫でる。
「エリク、ユーレイア大丈夫?」
「一緒に無事を祈りましょうか。出産は命懸けです。いくら今まで順調でも絶対はありません。」
「……うん。お祈りする」
アニエスと一緒にユーレイアの無事を祈る。
出産は無事終わり、二人目は女の子だった。
春から学院に通うアニエスの為に、
「こちらをご覧下さい」
講座一覧を作成した。
「これは何?」
「お嬢様が通う学院で一年生が受講できる講座の一覧です。興味のある講座は最初から目星をつけておくとよろしいかと思い作りました」
学院に問い合わせて、担当の先生や簡単な内容を付け加えた。
「基本的に必修科目と追加講座で一年の単位を満たさないといけません。が、必修科目は試験を受けて合格すれば、受講する必要はありません。家庭での教育の差が一番表れるのが必修科目です。」
「どういうこと?」
「教育を受けられるだけの資金力があるか、ということです。必修科目はお嬢様が今まで習った歴史や芸術、国語や数学、魔力操作で、教えてくれる相手がいないと修得は難しいでしょう。まぁ本人の意欲で乗り越えてくる人もいるとは思いますが」
「高位貴族ではない貴族が必修科目の試験を早めに合格していたら、その人に近づいたほうがいいってこと?」
「それは旦那様や奥様の社交方針に沿っていただければと」
「確認しなきゃ。」
「必修科目の中でも難しいのは術式構築初級講座です。術式以外に基本的な魔法の使い方も併せて教えているみたいです。まぁ、お嬢様は合格できると思います。必修科目以外で、気になる講座はありましたか?」
一覧を真剣な表情で見つめるアニエス。
「芸術応用と、術式構築中級、魔法と技術論、魔生物学、植物転用学は気になるわ。」
実際に受講してみて想像と違う場合、変更も可能だ。
アニエスの気になる講座に魔法関連の講座がある。
「お嬢様らしい選択です。……身体強化もご自身のものにされたお嬢様に再度お伝えします。新しい魔法を使う場合は一人では行わないで下さい。私かトーマスの監督の下で試して下さい。いいですね?」
懸念点ははっきり伝えておく。
「分かった。危ないことはしない」
「ありがとうございます。あ、そういえば、こちらの植物学はいいのですか?」
私は講座一覧を指差す。見落としているのかと思ったが、
「うん。説明に危険植物中心って書いてあるから。別にいいかなって。わたしは薬草関係の記述のある植物転用学のほうが気になるもの。」
そうではなかった。
「うん。説明に危険植物中心って書いてあるから。別にいいかなって。わたしは薬草関係の記述のある植物転用学のほうが気になるもの。」
あんなに好きだった危険植物より薬草のほうに興味があることに内心驚く。
「学院入学の後は十三歳の誕生日を迎えたら社交界デビューを予定しております。そのあとから縁談が舞い込むのではと予想しています」
「縁談かぁ。お母様はわたしがいいと思った相手を片っ端から教えなさいって言うし、お父様は顔が怖いけど何も言わないし。はぁ」
悩ましげなため息をつく。片っ端から教えろとか奥様思い切ったなぁ。
縁談にアニエスの意思を反映させるつもりなのか。
貴族としての利益と娘の気持ちの両方手に入れる算段とは、流石奥様だ。
「舞い込むと言っても最初からたくさんの縁談が舞い込む訳ではありませんから、大丈夫です。まぁ、ロイド様を盾にするのもいいのではありませんか?」
「え、それは嫌。」
「正直な」
「ロイドったら今だにユーレイアをライプニッツにとか言うのよ?!絶対ありえないわ!」
「それはあり得ませんね、よしユーレイアには絶対近づかせません!」
アニエスとロイドは文通するほど仲良しだが、まだユーレイアを巡ってバチバチのライバルだ。
「ねぇ、エリク。ロイドは寮で生活してるって書いてあったけど、わたしも寮生活なの?」
「いいえ。王都内に屋敷のある貴族は基本的に家からの通学です。寮生活は希望者のみでございます」
「ふーん。」
「ちょっと気になっていますね。奥様に相談されては?」
「お父様が泣いちゃうじゃない。それにユニウスと遊ぶ時間が減るもの」
「最初の一ヶ月だけ寮で生活してみるのもいいかも知れませんよ?」
「ぅ。ちょっと相談してみる」
その後も学院生活を想像してによによするアニエスを横目に、私は今更ながらに気づいた記憶との差について考える。
ロイドが同級生じゃない。
いや、歳が上だから正しいことは正しい。だが、本来ならロイドは一年の休学を経て同級生になる。
やっぱりあの日、侍従の虐待が露見したから変わったのか。
他に見落としはないだろうか。記憶の中のアニエスは、色々な事に関心なく過ごしていた。同学年生が家庭の事情で退学した時も学院内で乱闘騒ぎがあった時も。ぼんやりとした風聞での情報しかない。
仕方ない学院で直接情報を仕入れるしかないか。
「そろそろ制服の採寸日ですか。鞄の作製依頼も一緒にしましょうか?」
女子の制服はスカートが指定で、上着に指定はない。
新緑色のくるぶし丈のスカートだ。長さと色の指定はあれど形は自由。装飾をつけても構わない。
今年の一年生の色だ。二年生は臙脂、三年生は濃紺、四年生は山吹。
因みに男子はズボンかマントの色が指定の色であればいい。
そして他の学年指定の色を身につけてはいけない。
「鞄はいいわ。お母様が学生の頃に使っていた鞄を譲ってもらえるの。味わいの出た革の鞄なの。ふふふ」
革の味わいとかも分かるようになったらしい。すげぇな。
「エリク、あのね。カノン君が通っていたのも学院なの?」
「いえ、カノン君は学校です。庶民の子供達は王立学校、庶民の子供の中で魔力持ちが通う王立学園、貴族の子が通う王立学院があり、学院は四年制です。学校と学園は四年から六年と期間が長いんです。」
入学タイミングも決まっていないようで、各家庭に任されていると知って吃驚した。
「ふーん」
「カノン君は去年卒業でしたね」
年末年始だけ寮から帰ってくるので、毎年アニエスはその時期をそわそわしながら待っている。遠くからカノンを見つけては、背が伸びたや大人っぽくなってるなど報告してくれる。
遠くから見守ると決めたらしい。
「料理人志望みたいなの。ここで働くのかな。」
「いえ、街のほうで働くとおっちゃんが言ってましたよ。友達の店に紹介したとかで」
「な、なんだぁ。そっかぁ。」
「残念でしたね」
「そんなことないもん」
強がっている姿も可愛い。




