32:お嬢様と身体強化
成長痛もおさまり、精神的にも落ち着きが戻ったので、身体強化を教えることにした。
庭でトーマスと教える。
学院に通うまでに一年以上時間の余裕がある。その期間である程度の形にしたい。
人体模型を魔力人形で作成し、筋肉の流れを確認する。
「この流れに沿って魔力を纏わせます」
まずは片腕。
「重い荷物を持ち上げられるか確認しましょう」
本を詰めた鞄を持ち上げさせる。が、
「駄目、重たい」
纏えていない。
「筋肉の流れをイメージして、その筋繊維を魔力で覆って下さい」
「えい!……?!」
再度挑戦すると、成功した。
「え?!凄い、エリク、凄いよ」
アニエスも大興奮だ。
「身体強化は間違えると体を痛めますので、落ち着いて練習しましょう。ですが、まずはおめでとうございます」
「ありがとう」
鞄を下ろしたら、次は両腕。
「格段に難しくなったよ?!むー」
身体強化練習一日目の成果は片腕の強化だった。
二日目。
三日目と両腕の強化に至っていない。
「片腕ずつは出来るんですけど。うーん、どうしたものか」
トーマスも身体強化は殆ど経験がないため、私だけが分かっている感覚を教えるのが難しい。
片腕の強化は力のコントロールも出来て上出来だ。
「取り敢えず両腕は一旦忘れて胴体の強化をしましょう」
「うん、わかった」
「ゆっくりお腹周りの筋肉に集中して、次は背中、肩、首、胸。どうですか?」
「ぷるぷるするわ。」
「試しに、えい」
指をアニエスのお腹に当て、強めに弾く。他の部位にも試す。
「?」
「大丈夫そうですね。もう少し強めます」
「うん」
チョップ。
「大丈夫」
グーパン。
「少し衝撃が伝わるくらいかな」
「なるほど。第一段階は合格です。」
これから段々と強度を高めていけばいいか。
「維持したまま腕も強化して下さい。ゆっくりでいいです。急な動きはしないで下さい」
「うん!」
アニエスが真剣に腕を動かす。
「エリク、これ、足も強化してからがいいかも」
身体強化の感覚が理解できるようになったアニエスが、自分から提案した。
「分かりました。では一旦解除しましょう」
「ふぅ」
「お疲れ様です。休憩にしましょう。」
「はーい」
パラソルの下で優雅にティータイムをとる。
最近フレーバーティーにハマっているアニエスは、自分でお茶を淹れるようになった。
そのためチャーミーやリンが複雑そうな顔をしている時がある。
「どう?エリク」
「んー、八十点ですかな」
「エリクよりは上手く出来たと思う」
「それは確かに。」
休憩の後は足、下半身全体の身体強化の練習をした。
両腕で難しいなら足も難しいかと思ったのだが、何故か両腕強化で苦戦していたのが嘘のようにすいすいと習得していく。そして、
「いくわよ」
ついに両腕強化も完了した。
「あとはこの状態の維持と強度と速度の向上を目指しましょう」
「わかった。」
それから日を重ね、新人騎士並みの身体強化が出来るようになった。
「素晴らしいです、お嬢様」
習得速度に若干の異常性を感じつつも、
「では魔力壁を展開しながら、身体強化を継続しましょうか」
次のステップに進む。
「先輩!流石に急すぎませんか?!」
トーマスがおろおろしだした。
「いやぁ、ここまできたら並列運用もできるかなぁと」
アニエスに教えることを考えていたら、魔力操作の技術に磨きがかかって色々楽に出来るようになった。
「先輩じゃないんですから!もう少し身体強化に慣れてからにしましょうよ!」
相当混乱しているのか、私の胸倉を掴み揺さぶり始めた。おぉぅ揺れるぅ。
「分かりました、分かりましたから。では、身体強化に慣れるように練習しましょう。」
「トーマス。わたしは大丈夫よ?」
「いいえ、お嬢様。基礎学習を疎かにしかねない進度を見過ごす訳にはまいりません。体が覚えるまで反復練習をおすすめします」
「わ、分かったわ」
トーマスの勢いにアニエスも圧倒され大人しく頷いた。
身体強化をしながら生活をしてみたら、
「難しいわ」
維持が大変だった。
動いている分にはいいのだが、普段の仕草や所作に優美さを感じない。普段より動きが直線的な気がする。
文字もいつもの滑らかさがない。筆圧!って感じになっている。
「これで優美さを身につけたら私のでる幕なくなるじゃないですか」
「先輩、それの何が悪いのですか」
身体強化の練習をしながら歴史の勉強も進める。
「悪くないですけど、ちょっと寂しいでしょ」
「エリクは身体強化を優美に使えるの?」
「はい。今現に使ってますよ」
うねうねと腕でウェーブを表現してみる。アロハな感じだ。
「へ?」
「お嬢様に教える為に練習しました。」
運動音痴の私だが、身体強化に運動神経は要らなかったようだ。結構すんなり普段の生活が出来ている。
「もう!エリクなんてしらない!」
ぷんすか怒りだしたアニエスはぷいっと顔を背ける。
「え?なんで怒るんですか?!」
「自業自得ですよ。お嬢様、先輩は無視して、ボクと練習しましょうか」
「うん。そうする。エリクは帰っていいよ」
部屋から追い出された。
酷い。
「えぇー?」
一応、奥様に進度報告しておくかと執務室へ向かう。
身体強化は新人騎士並みの習熟具合だが、優雅さを保てない。
「もー。なんで?!」
あまりの出来なさにアニエスが頭を抱える。
「……あの。お嬢様、」
チャーミーが申し訳なさそうに声をかける。
「?チャーミーどうしたの?」
「ぇっと。」
そわそわと落ち着かない様子のチャーミーに
「チャーミー、もしかして、わたしの侍女辞めたいとか?」
アニエスが真剣な顔で問う。
「ち、違います!お嬢様の侍女でいたいです!」
「じゃあ、どうしたの?」
「えっとですね、私このたび結婚が決まりました」
「!!」
照れまくるチャーミーを凝視するアニエス。
物凄く意外だったみたいだ。
「おめでとう!チャーミー!え、でもこの前まで結婚出来ないって嘆いてたのに?!」
「えへへ。お嬢様、実は実家に帰った時にお見合いの話がありまして、それが結婚に繋がったんです」
「!!」
恋の迷探偵はチャーミーを強引に椅子に座らせ、
「じゃ、じっくり聞かせて?」
尋問に取り掛かる。
「はひ?」
「どんな殿方なの?職業は?」
「えっと下町で服飾店を営んでいて、デザイン担当だと言っていました」
「人柄は」
「ぇ、まだよくわかりませんが、おっとりとのんびり自然体な方です。」
「自由人なのかな。エリクと比べると?」
「常識的な方です」
「ならいいか」
「おい。お嬢様?」
迷探偵さんの頭をがしりと掴む。
「だって、チャーミーが苦労しそうなのは見過ごせないわ」
「庶民の暮らしに貴族が口出すのはいかがなものかと思います。」
「チャーミーはわたしの侍女なの。わたしが気を配るのは当然よ」
「立ち入り過ぎです。」
「む」
私達が揉め始めると
「お、お嬢様」
その間でチャーミーがいたたまれなさそうにしている。
「何かあったら相談しますからぁ」
「チャーミー。絶対だからね!」
「はいぃ」
「それで、お、お見合いってどんなことするの?」
チャーミーの前に椅子を持ってきて座る。
気になるお年頃なのは分かるが。
「姿勢」
強制的に姿勢を直す。
「学院で学友と恋バナをすると仮定した練習と思って下さい。はいどうぞ」
進んでやりたくなるような設定をつけてみる。
「こほん」
すると、アニエスが自然と姿勢を直した。
「チャーミー、お見合いではどのようなことをお話ししましたの?」
「普段の仕事の話や、休日の過ごし方。結婚後の生活にこどもの話を」
「まぁ。初めてお会いした方と?」
「はい。お互い結婚を前提で会っているので、そこはしっかり話しました」
「好感を持ったところをお聞きしても?」
「えぇっと。ちょっと恥ずかしいですけど、仕草が可愛らしくて構いたい気持ちが、湧いてしまって」
恥じらうチャーミーと
「歳はいくつなのかしら」
「二歳下です。」
「チャーミーの姉心をくすぐる歳下男性。悪くはないですわね」
真剣な顔で分析を始める迷探偵アニエス。
他に気を取られているからか、意外と動きに硬さがない。指摘したら硬くなりそうなので言わずに見守る。
しっかし、あのチャミちゃんが結婚かぁ。
アニエスも十一歳だし、……私はアラサーに戻ってしまった。まぁ、元の私より目の下のクマは少ないし、健康的で肌艶もいい。
「お嬢様の好みの殿方は、やっぱりお顔が可愛らしい方ですか?」
「!」
チャーミーの当然の質問に
「そ、そうですわね。可愛い方は、たしかに好ましいです」
しどろもどろな返事になってしまったアニエス。
「今、貴族のお子様達の顔を覚えるお勉強をなさっていますよね?どなたか好みの殿方はいらっしゃいました?」
学院在学期間の重なる貴族の子達の肖像画を取り寄せて覚えている途中だ。
「特に気になる方はいませんわ。肖像画のない方もいらっしゃいますし、あと、流行りの髪型で肖像画を描かれるので、皆様似てて区別がつかない方もいらっしゃいますから」
「お嬢様でも、見分けるのが難しいとは、大変なお勉強です」
「そうだわ。肖像画を見てお相手に似ている方を教えてくださらない?」
「え?!」
「少しお待ちになって」
うきうきと楽しそうに設定に忠実に話すアニエスは、肖像画をチャーミーに見せる。
「この方?いえ、どちらかと言えばこの方でしょうか」
「目は」
「こちらの方が似ていると思います。口元はこの方の雰囲気が近いです」
チャーミーの指差した肖像画をみつめ、アニエスがスケッチブックにさらさらと似顔絵を描く。
「!」
驚いたチャーミーの様子から相当似ている絵になったことが分かる。
恋の迷探偵は似顔絵士でもあるらしい。
「お嬢様、すごいです。」
「鼻は」
「もう少し小ぶりで」
「こうかしら」
「そうです。すごく似ています。」
「では、こちらはチャーミーにあげますわ。」
「よ、よろしいのですか?」
「勿論です。本人を見て描いたものでないことが少し申し訳ないのですけど」
「そんなことありません。とても嬉しいです。お嬢様」
チャーミーが感激して涙目になっている。
私に絵心はないが、長年アニエスの絵を収集観察してきた。
チャーミーに渡した絵に硬さはない。いつも通りの自然なタッチだ。
絵を描くことから訓練を派生させていくか。




