29:お嬢様と思春期
十歳になった頃から二次成長期を迎えたアニエスは、
「胸痛い」
度々塞ぎ込むようになった。
「足痛い」
急に身長も伸び成長痛に悩まされることも多くなった。
下着や衣服、靴や家具を成長に合わせて新調した。
「お嬢様」
「……」
気分の起伏が大きくなって急に不機嫌になることも多くなり、私の声を無視することが増えてきた。
「おいこら。」
左右の頬を片手で鷲掴む。
「ぶーぶー」
「お嬢様。明日はシモン殿の魔獣討伐に同行する日です。支度は済んでおりますか?」
「やった」
「かしこまりました。ではまた明日」
私と旦那様、奥様に素っ気ない態度をとるようになった。ユニウスにはデレデレだが。
反抗期に突入してはいるが、授業はちゃんと受けるし魔法の練習もサボらない。
ユーレイアとリンには甘えているようだから、そこは二人に任せている。
チャーミーとトーマス、他の使用人には以前と変わらない態度で接している。
「エリク。本当に明日行くのですか?」
「はい。そろそろ騎士伯家の役割を考える時期にきていると思います。本でしか知らない魔獣を実際に対峙して知識に肉をつけるいい機会です」
心配そうなユーレイアに笑顔で答える。
「最近は奥様や旦那様と会話もしませんし、両親の仕事を知って自分の立場を客観的に理解するために必要なことだと思っています。」
「あんなに奥様のこと大好きだったのに」
「大好きなのは変わらないと思います。奥様を好きな気持ちとは別に将来に対する不安とか、貴族としてこの先どうなるのかとか自分ではどうにもならない気持ちが私や旦那様、奥様に向けられているのだと私は考えています。」
「エリク」
「お嬢様を思う気持ちに変わりはありません。思春期とはこういうものだと分かってますから」
反抗期はちょっとだけだったが、思春期の悩みは深かった。主に異性関係だ。
「それでも辛い気持ちがない訳ではないでしょう?」
ユーレイアが私を抱きしめる。
「まぁ、少しはありますけど、健全な成長をしているのだと言い聞かせていますよ。ユーレイアはお嬢様の気持ちに寄り添ってあげて下さい。教育に関しては私の領分ですから」
「分かったわ。任せて。」
翌朝。
討伐隊に同行するのは私とアニエスの二人だけだ。
馬に乗って王都の外に出る。
私は荷馬車組で、アニエスはシモンと一緒に乗馬組だ。
運動関係は完全に敗北している。
楽しそうに討伐任務の話を聞いているアニエスの姿に少し安心する。
自然体験で宿泊した場所を越えて更に遠くへ向かう。
今回の話を提案したのはシモンだ。が、きっかけは私が奥様に相談してそれがシモンの耳に入りシモンがアニエスを誘った。
日程は一週間。
野営が続くため、いろいろ調整が厳しそうだ。
一日目は魔獣に遭遇することなく終了した。
二日目はベース基地の周辺を捜索、この日も空振りだった。
三日目は移動。更に西へ、魔獣の多いエリアに向かう。が、全然遭遇しない。
「うーん。魔素濃度が低いのかも知れねぇな」
魔生物は動物や植物が空気中の魔素に触れ、その濃度の濃さで変化したものだ。鳥類と虫類は魔生物にならないが、他はなりやすさに差はあれど魔生物になるとされている。
「シモン殿、南に移動しますか?」
「そうだな。南下しても遭遇しないようなら、早めに帰還しよう。ギルドに情報入れたほうがいいからな」
「分かりました」
まだ日が高いので、そのまま南下する。
少し開けた場所を野営地に選び、準備をする。
三日目なだけあってアニエスのテントを張る手際も良くなった。
「これから周囲を探索。夕暮れまでに戻ること。」
討伐隊の隊員達は班になり直ぐに出発する。
「アニエス様はエリク殿と一緒に行動すること。魔獣に遭遇した場合は可能であれば討伐を、無理だと感じたら救援を呼ぶこと。いいな?」
「はい」
シモンから救援を呼ぶ魔道具を受け取り、頷く。
「あちらを探すわ」
「かしこまりました」
隊員とは逆のほうに向かって歩き出したアニエスの後ろを大人しくついていく。
この三日間、アニエスと会話らしい会話もないが、顔色や他の人との会話の様子から調子は良さそうだ。
ガサガサ
前方右手の藪が揺れ動く。
アニエスは警戒しつつ息を呑んで藪を注視している。
グガー!!
そんな奇声を発しながら藪から飛び出してきたのは、頭部を負傷したサル型魔獣だ。
「!!」
アニエスは初めて遭遇した魔獣に、体が硬直して動けずにいる。
ギャ!!
サル型魔獣は私の張った魔力壁に勢いよくぶつかり吹き飛ぶ。
サルかぁ、嫌だな。どうせならハイエナ型やイヌ、ウサギ、シカ辺りと当たりたかった。
「お嬢様、サル型魔獣です。討伐を」
「え、ぇ」
二足歩行で人に近いと討伐の抵抗感も上がる。さらにサルは群れで行動するため、何体も潜んでいる可能性もある。
アニエスは全身が震えて動けない。アニエスの目の前に移動して、アニエスから魔獣を隠す。
私はアニエスを抱きしめると、耳元でゆっくり囁く。
「目を閉じてゆっくり、深呼吸をしましょう。吸って、長ーく吐いて、吸って」
「すぅふ、ふぅ」
呼吸が浅い。
「大丈夫ですよ、お嬢様は防御系魔法使いですが、攻撃もできる魔法使いです。練習を思い出して」
カタカタと歯の根が噛み合わない様子のアニエス。
「まぁ、確かに血みどろのサル型魔獣が藪から急に出てきたら怖いですよね?ですが、魔獣討伐に参加すると決めたのはお嬢様です。」
軽い口調で喋る。
「私がお嬢様可愛さに討伐すると思ったら大間違いですよ?私はお嬢様に言いました。言葉には責任を持てと。なので、ここで泣こうが叫ぼうが、討伐に参加すると決めたのならそれなりの行動を要求します。」
まぁ内容は軽くはないが。
「エリク」
「あ、喋れますね?どうされますか?」
「やるわ」
目に強さが戻り、震えが止まった。
「では、どうぞ」
アニエスから離れ、邪魔にならないように下がる。
サルは興奮したまま魔力壁に攻撃を仕掛けている。
「魔力壁を解除します」
「いいわ」
「解除」
「!!」
私が魔力壁を解除したタイミングでアニエスが自分の魔力壁を張る。サル型魔獣を触手で拘束し、棘で突き刺す。
「ぅ」
血を流し絶命した魔獣から目を逸らす。
「まだ次が来ます」
「?」
アニエスが怪訝そうに私を見る。目に見える範囲には何もいない。
「上です」
「え、きゃ!」
私が言うと同時に魔力壁の上からサルが飛び掛かる。
ギャギャッ!!
「くっ!」
アニエスは魔力壁の上部に集るサルに刺突攻撃をする。
ギャ
魔力壁がサルの血で染まる。
「うっ」
吐き気を我慢するようにアニエスは口を押さえる。
「さて、ここで問題です。最初のサルは何故怪我をしていたでしょうか」
空気を読まずに急にクイズを出した私をアニエスが睨む。
サル型魔獣は魔獣の中でも比較的上位の存在だ。それが手負いの状態だった。つまり
「……クマがいるわ。」
捕食者がいる。
「御名答」
「戻るわよ」
「かしこまりました」
アニエスは魔力操作で魔獣の死骸を包み、引き摺る。
血の始末まで気が回っていないので、こっそり魔法で土をかけておく。
野営地に戻り、シモンに報告する。
「クマか。分かった。アニエス様は休んでろ。解体係はサルの解体を、他の隊員は周囲を警戒。俺が見てくる。」
隊員に指示を飛ばし、シモンはアニエスが探索した茂みに入っていく。
解体係にサル型魔獣の死骸を渡すと、
「よろしくお願いします」
ふらふらとアニエスはテントに戻る。
テントの中で膝を抱えて
「ぅ」
静かに泣き出した。
「失礼致します」
アニエスの横に座る。
「なによ」
「なにも」
「どうせ、これくらいで泣いてるって思ってるんでしょ?」
「いいえ。初めての魔獣討伐、おめでとうございます。怖かったですね、お嬢様」
「すん」
「誰にでも初めてはあるものです。私もサルの討伐経験はありませんから驚きました。」
「嘘だ。エリクは何でもできるのに、出来ないって言う」
そう思われていたとは知らなかった。
「嘘はついてません。それに出来ないことはやらないので、何でも出来るように見えているだけです。」
「……」
「魔獣が怖くても立ち向かったお嬢様は素敵です。何もしないで逃げたい、誰かに丸投げしたい気持ちを振り払えたお嬢様を誇りに思います」
「エリクが責任取らせるって言ったんでしょ」
「無理矢理魔獣と対峙させることがなくて良かったです」
じとりと睨まれた。
「救援の魔道具を使うことは覚えていました?」
「……忘れてた」
「次は上手く出来ますよ」
「そうかな」
「えぇ。」
「エリク」
アニエスが少し私のほうに近づく。俯いて表情は見えないが、耳が真っ赤になっている。
可愛い。
「ぎゅー」
抱きしめる。
アニエスは、こてんと頭を私の胸にもたれさせる。
「わたしのこと、嫌いになった?」
「いいえ。世界で一番好きですよ。お嬢様。」
「嘘っぽい」
「嘘はつかない主義です」
「でも誤魔化すじゃない」
「お嬢様への愛を誤魔化したことはありません。」
「そ」
「不安や悩みがご自身で消化できないなら、いつでもぶつけて下さいね」
「……考えとく」
「実現可能な選択肢と解決方法の提示など、お嬢様の希望に添えるように努力いたします」
「……わたし、お嫁にいかないと駄目かな」
「婿を取れば問題ないかと」
「へ?!だ、だってユニウスが跡取りでしょ?」
ガバッと勢いよく顔を上げる。私の顎にアニエスの頭がぶつかる。
「いた」
顎を摩り、アニエスを離す。
平静を装いつつ話を続ける。痛い。
「まだ決定しておりません。今の段階でお嬢様を嫁がせる可能性は低いです。」
「なんで?」
「お嬢様、その前に一つよろしいですか?」
「何?」
「これから言うことには二つの考えが入り混じっています。ですが、私が教えて差し上げられるのは貴族の体面と思惑についてです。あと一つについてはご自身でご確認下さい。よろしいですね?」
「わかった」
前提として貴族は家の為になる婚姻を結ぶという認識を確認する。
「それは分かってるわ」
不満はありつつも理解はしているようだ。
「お嬢様を嫁がせない理由は三つ。まずはお嬢様が魔法技術に長けていること、次に力のある貴族と縁を繋ぎたいこと、最後に坊ちゃんが幼いからです。」
「?」
まずは一つ目の理由。
「魔法に長けた人材がアラバに少ないため、目立ちます。貴族としての思惑は優秀な人材は引く手数多、外に出すなんて勿体ない。優秀な人材には優秀な人材が集まってくる。その為の広告塔の役割があります」
「うん」
「優秀な人材を集めるためにはお嬢様にスピノザ家にいてもらわないといけません。家から出たらその家に移ってしまいます」
「でもわたしが連れていけるのなんて、侍女や侍従くらいだよ?」
「いいえ。目に見えない流れがあります。商運や社交界での注目度など、目に見えるものだけではありません。あとお嬢様の移動を見極めて動く可能性もあります」
「ふーん」
そして二つ目の理由。
「力のある貴族との縁を繋ぎたいって嫁がなくても出来るの?エリクの話だと優秀な人に優秀な人が集まるんだよね?そんな人が婿入りするかな」
よく勉強していると分かる答えに嬉しくなる。
「その疑問は尤もです。ですが、二つ目の理由の意味することは、スピノザ家の人材不足にあるのです。」
「人材不足?」
「ピンときてませんか。まぁそうですよね、騎士伯レベルの家をあんな少数で回すなんて奥様が優秀だからできることなんです。家を支える親族が本来ならもう少し必要です。」
スピノザ家は極端に少ない。奥様がいなければ家の体裁を保てない。旦那様が一人息子というのも影響している。
「大体の原因は先代様で、王族に睨まれたくない親族達は次々と名を変え縁を切りました。だから、お嬢様には婿を取って家を支える人数を増やすことを望まれているというのが私の見解です」
「お祖父様の馬鹿」
「しみじみと思います」
三つ目の理由。
「坊ちゃんが幼すぎて、将来の展望が描けないためです。言い方は悪いですが、能力不足や思慮不足など欠点が目立てば後継者になれません。」
「ユニウスはお利口さんだもん」
「今はそうかもしれません」
「エリク意地悪」
アニエスは不貞腐れて頬を膨らませる。
「そうですか?未来なんて分かりませんよ。事故や事件に巻き込まれて亡くなる可能性だってあるんですから」
「……」
「一度嫁に出してしまうと、戻すことはできません。なら婿取りをしようと考えるのが妥当です」
ぱちくりと瞬きを繰り返すアニエスは、しばらくして
「貴族としての体面や思惑は分かったわ。もう一つって何?」
「それは旦那様と奥様の本心でございます」
「……」
「ご自分で確認することが条件でしたよね?」
「……謀ったわね」
「あらお嬢様ったらご冗談を。うふふ」
「ちゃんと先に確認しなかったわたしが悪いわ」
でも、と
「なんか癪に触るわ」
私のお腹の肉を捻りあげた。
「いったぁ!」
思わず大きな声が出た。




