28:お嬢様と参考資料
九歳になる頃には魔力壁も頑丈になってきた。
何故か反撃型魔力壁になっていることはアニエスにしか分からない謎だ。理由を全然教えてくれない。
九歳の誕生日のあと、アニエスは旦那様の手合わせ相手として立候補した。
騎士団の見学の後、旦那様と私の手合わせは激減した。フィジー他目ぼしい騎士を旦那様に教えて騎士団で手合わせ要員を見繕ったからだ。
「アニエス、しかし」
実力診断にはまたとない相手だ。
「じゃ、旦那様よろしくお願いします」
丸投げして見学を決め込んだ。
庭で向き合うアニエスと旦那様を、奥様や側務め、他使用人達が見守る。
「アニエス、準備はいいか?」
「勿論です!合図は必要ありませんわ!」
魔力壁がある程度の強度になった頃に、常在戦場という言葉の通りいつでも展開出来るように術式を刻んだアクセサリーを贈った。常時魔力を纏えるようになったアニエスなら活用可能だ。
不意打ちを乗り越えられるように。出過ぎた杭は打たれるもの。危険は排除しなくては。
「はぁ!……!!」
旦那様の一撃を防ぐ。
「お父様!魔法攻撃の乗っていない剣戟など、わたしには無意味ですわ!」
そして、反撃の触手が旦那様の剣を払う。
「くっ」
旦那様は魔法攻撃を放つのを躊躇している。それはそうだ、自分の娘が相手なのだから。元々一緒に訓練している訳でもない。相手の実力が分からないから手加減のレベルが難しいのか、ただ単純にアニエスに攻撃したくないか。
「アーロン!アニエスの練習成果が分からないじゃない!さっさと腹を括りなさい!」
奥様の檄に旦那様がやっと魔法攻撃を繰り出した。
「!!」
持ち堪えた。
「これくらいでは破れないか」
アニエスはまだ余裕そうだ。旦那様は反撃の触手もいなして更に攻撃を強める。
「まだまだだよ!」
触手が旦那様の足に絡んだ。
「な」
「えーい!」
旦那様を逆さまに吊り上げ、ぽいっと投げた。
「ぐわ」
「アニエス!凄いわ!」
投げ飛ばされた旦那様はよろよろと立ち上がり、魔力を更に足す。
あれを凌げれば合格だな。
アニエスもさっきの旦那様の攻撃とは違うことを感じたのか、表情が引き締めた。
「はぁ!」
「くっ!!」
壁は破れなかったが、消費魔力が増えたのか、苦しそうな表情に変わる。
「次!」
反撃の触手も動きが鈍い。魔力を回せていないようだ。このままだと次の攻撃は防げない。
「はぁはぁ、どうよーはてき、ユタナオオバチ、マンドラハーナ、アラバサガリバナ」
「!」
「ユタナオオバチ、マンドラハーナ、アラバサガリバナ」
魔力壁の強度が元に戻った。
まさか持ち直すとは。
「ハイドスピナ」
旦那様の剣に棘の生えた蔦が巻きつく。そして、剣を折った。
「そこまで!」
声を張り上げ手合わせ終了を宣言する。
私はアニエスに走り寄るが、間に合わずアニエスがパタリと倒れた。
「お嬢様!大丈夫ですか?痛い所はありませんか?」
慌てて抱き起こす。
「ぅん、えりく。ねむ、い」
「頑張りましたね、素晴らしいです。よくあそこから持ち直しました。」
「ぇへへ、ねむぃ」
落ちる瞼の重さに抗えないアニエスに
「はい、おやすみなさい」
微笑む。
お姫様抱っこで運ぶ。
腕にかかる重さに、大きくなったなぁと感慨深くなる。
「エリク、アニエスはどうしたの?」
奥様が急に倒れたアニエスに駆け寄る。
「魔力の使いすぎで眠っているだけです。ご安心ください」
「アニエス」
旦那様が心配そうにアニエスの顔を覗き込む。
「旦那様、ちゃんと相手をしてくださってありがとうございます」
「エリク、アニエスは」
「大丈夫です。寝てるだけです」
「そうか。」
旦那様はアニエスの頭を優しく撫でる。
「たくさん練習したのだろうな。」
「高位貴族にしか破れない魔力壁をこの歳で作れるなんて、全くすごい魔法使いさんです。」
「エリク、アニエスを部屋で休ませてあげて」
「はい。かしこまりました」
アニエスを部屋に運び、着替えさせベッドに寝かせる。それにしても。
「マンドラハーナとアラバサガリバナかぁ。えげつない植物を選択しちゃったなぁ。ユーレイアとトーマスに怒られる」
マンドラハーナはカメレオンの舌のような素早い動きで虫を捕らえる食虫植物だ。とても弾力性があり、切断に強い。触手のイメージはこの植物だ。
アラバサガリバナはユタナオオバチの巣に寄生する植物だ。ユタナオオバチから蜂蜜を得る代わりに巣をより強固なものにする役目がある。
「ハイドスピナか。棘が透明になっていて気づかないうちに血みどろになっていたりするアレを混ぜてたとは。末恐ろしいわ、お嬢様」
結局アニエスが目を覚ましたのは翌日の昼間だった。
「ねぇ、エリク。なんで、こんなことになっているのかしら」
アニエスは戸惑いを隠せず尋ねる。
それに関して私はどう説明したものかと、思案する。
ユーク、ユニウス、トーマスの娘マリーの三人がアニエスのベッドの上で互いを牽制し合っている。
うん、広いベッドだから出来たことだ。
「お嬢様がねぼすけさんだからでしょうか。」
「なんでわたしがねぼすけさんだったら、こうなるのよ」
「まず初めにこちらが目を離した隙にユークがお嬢様のベッドによじ登りました。」
「うん」
「そこに奥様が坊ちゃんを連れてきて、お嬢様の横から退けとぶうぶう言い合う激しいバトルが勃発。そして極めつけはトーマスが娘を連れてお見舞いにきたことで三つ巴の争いに発展しました」
「えっと三人はわたしのことで争ってるの?」
「はい。モテモテですね、お嬢様」
「ちょっと複雑だけど、嬉しいわ」
よいしょとアニエスは体を起こす。
「ユーク。心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
頭を撫で撫でしながら笑いかける。
「ユニウスもありがとう。それにマリーもお見舞いありがとう」
照れた笑顔に、
「あー」
「うーうー」
ユニウスとマリーが活気つく。アニエスがマリーを自分の膝の上で抱っこする。
マリーがユークとユニウスにドヤ顔を向けると、ユークがマリーの頬を手で押した。ユニウスはゴロンと転がりアニエスにぴったりとくっつく。
子供達の醜い争いが繰り広げられている。
「こら、ユーク。マリーちゃんのほっぺがいたいいたいでしょ?離してね?」
「んーん」
嫌々するユークの頭をアニエスは優しく撫でる。
「わたしはみんなが大好きよ」
「やー」
「ユークは好きじゃないの?」
むすぅっと頬を膨らませるユーク。
マリーはここぞとばかりに足をばたばたさせて、ユニウスを蹴ろうとしている。
「こらマリーちゃん。ユニウスに当たっちゃうから、あばれないで」
実弟の余裕かユニウスはすやすやと寝始めた。自由だな。
収拾がつかなくなってきた。
ユーレイアがユークを、トーマスがマリーをアニエスの側から引き剥がす。
「やー」
「んーんー」
必死に暴れる二人を宥めながらベッドから離れる。奥様がユニウスを抱っこする。
「アニエス、昨日のアーロンとの手合わせとても素晴らしかったわ。貴女の成長を感じられてとても嬉しかった。でもあまり無理しちゃだめよ?」
「はい。お母様。……あの、わたし。お父様の剣、折っちゃった。」
しゅんと落ち込むアニエスに
「いいのよ。娘が強い魔法使いになった記念で部屋に飾っているわ。」
奥様が微笑む。
「それは恥ずかしいよ」
「ふふふ。」
「やー」
聞こえるユークとマリーの声に奥様が笑い出す。
「それにしても、アニエスはモテモテね。お姉ちゃん力にみんなメロメロなのかしら」
「びっくりした。ユークね、いつもあんな感じじゃないの。のんびりした子なのよ?マリーもおとなしいのに」
アニエスは困惑した様子だ。
私も吃驚している。あんなことは初めてだ。
三人が一堂に会すのが初だったから、知らなかった。アニエス愛が強い。まぁ、私には勝てないだろうが。
「取り敢えず三人を一緒にしないと今決めたわ」
「うん。わたしもそう思う」
「アニエスはもう少し休んでいなさい。わたくしはもう戻るわ」
「はい。」
奥様が部屋を出て行くと、
「エリク」
呼ばれた。
「はい」
近寄ると、ぷいっとそっぽを向きながらベッドをぽんぽんする。
「そ、添い寝係に任命するわ」
「かしこまりました、お嬢様♡」
いそいそとベッドに潜り込む。
「うふふ。久しぶりです、お嬢様の添い寝係」
「もう子供じゃないもの」
「そうなんです?子供じゃなくても添い寝係が必要な時もありますよ?」
「エリクでもそんなことあるの?」
酷ぇ評価だが、突っ込まない。
「ありますよ。何故かリチャさんにはバレてて」
「のろけね。」
「惚気でしたね。」
そんなつもりはなかったが、結果的にそう聞こえる。
「こほん。だからいつでもお呼びください」
「そうするわ」
アニエスはベッドに横になると、目を閉じた。
「エリク、ぎゅーしてもいいのよ?」
「では遠慮なく」
リクエストに答えてアニエスを抱きしめる。
「ねぇエリク。お父様はわたしの魔力壁を見て何か言ってなかった?食虫植物嫌とか」
気にしているとは思わなかった。
「ふふふそんなことありませんよ」
「そうかな」
「お嬢様が強い魔法使いになったと旦那様はお目目うるうるでしたよー、急に倒れた時は奥様も旦那様もおろおろしていつもの冷静さがどっかに行ってました」
「ふーん」
「あ!そういえばあの選択は私の影響だろうとユーレイアとトーマスに怒られましたよ。ちゃんと否定しててくださいね?」
「えー、だってエリクの真似だもん」
「いやいや違いますよね?」
「違わないもーん」
えへへと笑顔になったアニエスに
「ユーク達にモテモテお嬢様に申し上げたいことがございます」
言っておかなくてはと決意して口を開く。
「ん?」
「私が一番お嬢様愛が強いですからね!」
「……まぁ、それは分かってるわ」
「♡」
ぎゅっと抱きしめる私の背にアニエスが手を伸ばす。
「エリクの真似は本当だもん」
小さな声で聞こえなかったけど、名前を呼ばれた気がしたので、抱きしめる腕に力を込めた。




