27:お嬢様と防御魔法
騎士の訓練場を見学する。遠くからではあったが、見た限り体力作りや剣術、槍術などの武器を使っての訓練ばかりだ。
「魔術も使用しないのですか」
「武器や防具があれば身体強化をしなくても討伐などは問題なく行えるからな」
「それが駄目なんだと思うんですけど」
周囲に人がいないのもあって口調が戻る。
「確かにそうなんだが。少しずつ改善している」
「へぇ」
「では護衛を主業務にしている騎士達は身体強化を得意としているからそちらの見学に行こうか」
「お願いします」
旦那様と予定を決めていたが、アニエスは興味津々と言った様子で訓練を眺めている。
「もう少し見学していきます」
「あぁ、そうだな」
アニエスが満足するまで騎士の訓練を見学する。
そして、身体強化を使う騎士達の訓練を見に行く。
旦那様に気づいた騎士達が姿勢を正す。
「こちらは気にせず、訓練を続けてくれ」
訓練に戻った騎士達を観察する。その中で一人、目を引く騎士がいる。
こっそりアニエスに声をかけた。
「アニー、あちらの騎士を観察していなさい」
「はい。お母様」
小柄ながら大柄な騎士を圧倒している実力。滑らかな動きは身体強化を自分のものに出来ていることが明らかだ。
「騎士伯様、あちらの彼に話を伺いたいのですけれど、よろしいかしら?」
旦那様は私の申し出に頷き、彼を呼び寄せる。
フィジーという海の綺麗な島のような名前の騎士に身体強化のコツを尋ねる。
「出来る範囲で構わないの。とても滑らかで美しい動きだったものだから気になってしまって」
「身体強化を使う前に自身の体の可動域や筋肉の動きなどを研究しました」
「なるほど、身体強化はあくまで補助という考えなのかしら?」
「いえ。自分の体の動きが理解できれば、普段の動きから逸脱した動きであったとしても自由に動けます。」
「大柄な騎士を捩じ伏せる技量も素晴らしいわ」
「ありがとうございます」
「あ、そうだわ。もしわたくしがここで魔力弾で攻撃したら貴方はどうやって制圧するのか、聞いてもいいかしら」
「魔力弾なら魔力壁を展開して接近して組み倒します」
「身体強化ではなくて?」
「はい。魔力弾には魔力壁のほうが消耗が少ないので、壁を選択します」
「うふふ。面白いわ。ほらアニー、貴女も質問なさい」
「はい。お母様。……えっと、攻撃する時騎士様はどんなことを考えているのですか?」
「相手の動き、狙い、行動パターン、隙や硬直など総合的に観察して判断しています。」
その他にも幾つか質問を繰り返す。
それらに澱みなくすらすらと答えるフィジー。彼をアニエスが尊敬の眼差しで見つめている。
旦那様の顔が怖くなってきたので、質問を切り上げる。
「ありがとうございます」
持ち場に戻ったフィジーを目で追いかけるアニエスを連れ出す。
「さて、アニー。他に見たいところはあるかしら?」
アニエスの勉強の為にきたのだ、見学したい場所を引き出すのも私の役目だ。
「わたし。騎士伯様のお部屋を見てみたい、です!」
旦那様の部屋に興味津々らしい。
最後に騎士伯室を見学して帰路についた。
アニエスが馬車の中でぽつりと呟く。
「お父様のお部屋、地味だった」
「お屋敷の部屋も騎士伯とは思えない地味な内装でしたが、こちらもそうだとは思わなかったです」
想像を膨らませていたアニエスは想像の斜め上の部屋に驚いていたが、そこは淑女の卵。
「実直な騎士伯様を表現した素敵なお部屋ですね」
とにこやかに見学を乗り越えた。
地味な部屋が好きなのだろうと思うが、何故屋敷は豪華な内装や家具で調えているのだろう。
高価な魔道具を売り払う奥様も特に口を出している形跡はない。見栄なのかな。貴族としての体面か。
「先代様が派手好きだった反動かもしれません」
「……お祖父様の痕跡を消したいのかな」
「そうかも知れませんね」
屋敷に戻り、アニエスの部屋で見学で得たものをまとめることにした。
「武器の種類が沢山あった」
「そうですね。武器の種類だけ攻撃方法はございます。ですが、」
「うん。切ると突く、叩くが主な攻撃」
「攻撃の種類はそう多くはありません。ではフィジーは魔力弾には何が効率的と言っていましたか?」
「魔力壁」
「正解です。身体強化をあそこまで巧みに操る彼が言うのですから間違いないでしょう」
「魔力壁を練習する」
「はい。お嬢様の目標とする防御に長けた魔法使いになるなら鉄壁の魔力壁は必須。どう練習するかを考えるのは私の役割です。明日、方針をお伝えします。」
「分かった。」
「では残りの時間は自由時間です。私は先に失礼させていただきます。」
「うん、また明日ね」
「はい。今日のお嬢様はちゃんと忍べていました。素晴らしかったですよ」
「ううん。わたしじゃなくてエリクが凄かったんだよ。騎士の人達エリクのこと見てたもん」
「そうでしたか?」
「そうだよ、美人だもん」
「ありがとうございます、お嬢様も美少女ですよ」
「えへへ、そうかなぁ?」
「そうですよ」
二人で褒め合う。
照れているアニエスも可愛い。
「エリクの魔法使う速度が速くてびっくりした。わたしも頑張る!」
アニエスの一言を聞いたユーレイアが笑顔で
「どういうことですか!?魔法使ったんですか?」
詰め寄る。
「あ、それは、その。反射的にというか」
まごつく私を助けるように
「リチャがね、悪く言われて、エリクが怒ったんだよ。愛故になんだよ」
何か良く分からないことを言い出した。本当に何処でそんな言葉を覚えてくるのか。チャミちゃんか?
「……それでも厄介なことにならないか、心配です」
「大丈夫だよ。旦那様もいたから変なことにはならないと思うし」
「しかし」
「ありがとう、ユーレイア。心配してくれて、あと心配かけてごめん」
「リチャードさんのためだったなら、まぁ、文句は言いづらいですね」
「恥ずかしいんで、それ以上は言わないでください」
翌日。
行儀作法の先生が帰った後、机に本を積む。
「エリク、これは何?」
「魔法は想像と観察。ということで、古今東西の壁に関する書籍を集めました。屋敷の書庫にあった分ですけど」
アニエスが一冊の本に手を伸ばす。
「これも壁のあつかいなの?」
蔦で覆われた城壁が出てくるお城探訪記だ。
よく出版できたなと思わず作者の無事を祈ったほど緻密なイラストが載っている。
現役の城も載っているのだが、いいのだろうか。
「お嬢様は今まで魔力操作を中心に魔法の練習をしてきました。」
アニエスがこくりと神妙な顔で頷く。
「魔力壁をどのような魔法と捉えていますか?」
絵で描いてもらう。
自分より背の高い壁が目の前にあるイメージだった。
「壁といいつつ色をつける魔法を使わないので、透明です。透明な物と言われて思いつく物は?」
「窓とかグラス」
「そうです。想像する第一候補がガラスなので強度が人によって様々です。北の方々は氷を連想するようなので強固な魔力壁になる傾向が高いそうです。」
「こおり、珍しいもん。想像できない。」
「強度がどうとか言いましたが、単純な物理攻撃で魔力壁を破ることは不可能です。」
「魔法攻撃だと破れるの?」
「はい。魔力を込めた攻撃だと何度か当てれば破れます。相手と自分の魔力差が鍵です。」
「沢山魔力を込めた壁にするってこと?」
「いいえ、そこは魔法派の腕の見せ所で、想像力で補うのです。強度を高める方法を考えましょう」
「うん!」
二人で本を捲り強度ある壁を探す。
「これ強そう!」
アニエスが見つけたのは何の因果かサイス領の石垣だった。
「石垣は確かに丈夫な作りになっています。石と石で力を分散、えっとかかる力を分けて逃すので耐久性もあります」
「凄いねぇ。……ねえエリク、この石垣、蜂の巣に似てるね。石の一個一個の形は違うけど、集まって固くなるのはユタナオオバチの巣みたい」
「壁に拘らなくても良さそうですね、蜂の巣をイメージしてもよろしいかと」
「でも丸くなるよ?」
「構いません。魔力壁の形は意外と個人差があるんです。私もドーム型ですし」
「え?そうなの?」
「はい。死角からの攻撃とか嫌なので、全方位防御一択です」
「じゃあ、わたしもドーム型にする。」
「それでは、庭で実践してみましょう」
強度を高める手段の方向性を決めたら、実践あるのみだ。庭に出て試す。
「お嬢様は魔力壁を展開。しっかり蜂の巣をイメージして下さい」
「うん!」
アニエスの魔力壁に触れる。そして、魔力を自分の手のひらに集め魔力壁を軽く叩く。
パキッ
もう一度叩く。
パリンと魔力壁が割れた。
「あ」
アニエスが目を丸くする。
「これが破られる感覚です。どうでしたか?」
「一気に魔力の消費が増えた」
「はい。それと、最初のヒビの入る感覚に動揺しましたね?」
「うん。びっくりして、どうしようって思って」
「動揺は繊細な魔力の扱いを鈍らせます。すぐに持ち直すことが肝心です。ではもう一度」
「はい!」
何度も魔力壁を張っては破り張っては破りを繰り返す。
「はぁはぁ、疲れた」
「今日はここまでにしましょうか」
肩で息をするアニエスにそう告げると
「エリク、わたしも攻撃側やりたい。」
負けず嫌いの目で私を見返す。
「分かりました。ではどうぞ」
私の張った魔力壁に手を伸ばし、魔法攻撃をする。
何度も攻撃を繰り返すが、破れず
「なんでぇ?」
へたりと座り込んでしまった。
何でと言われても数多のファンタジー作品をゲームや漫画、アニメで嗜んできた身としては固い物質に心当たりがありすぎる。
伝説級の鉱物からダイヤモンドまで思いつくだけの固い物質を配合した魔力壁なのだ。破られたら泣いてしまう。
「明日はイメージと魔力の割合を変えながら練習しましょう」
「はぁい。」
負けず嫌い精神に火がついたアニエスは部屋に戻ると図鑑を出して魔力壁に使えないかページを捲り始めた。
「根を詰めすぎないように」
「分かってるもん!」
アレは分かってても素直に聞きたくない時の声だな。
リンに適当な所でお菓子とお茶を出してあげてと声をかけて部屋を出る。
私がいると意地を張って続けるので、書庫に本を戻しに向かう。
「もうよろしいのですか?」
返却に時間がかかると思っていたのか、書庫にいた侍従に驚かれた。
「お嬢様は飲み込みが速いので助かっています」




