26:お嬢様とお坊ちゃん
「ふんふんふふふん」
鼻歌交じりにアニエスはベビーベッドで眠る
「るんるん」
生後一週間の弟ユニウスを見つめお絵描き中だ。
この一週間はアニエスのテンションが高く、且つ上の空なので先生と相談して授業を休みにすることにした。
落ち着いた頃に再開する予定だ。
ユーレイアの息子、ユークのお世話をしたり、観察したりと赤ちゃんに慣れたアニエスだったが、初めての弟に大興奮を隠せない。
時たま変なダンスを踊っていたりする。
「こういう姿を見るとアーロンにそっくりだわ」
奥様も吃驚だ。
旦那様は奥様にさっさと仕事に行けと屋敷を追い出されるほどだ。
「えへへ、かわいいでしゅねぇ。ユニウスの名前はねぇ、アラバの騎士の名前から取ったのよ。うふふ。かっこいいでしょ?」
デレデレだ。
「奥様、お嬢様が私と同じことしてますけど、止めなくていいんですか?」
産まれて間もないアニエスにデレデレしていた私を見てドン引きしていた奥様は、
「自分の娘だと思うとエリクほどの衝撃はないわ。」
まだ許容範囲だという。
日がな一日ユニウスを眺めお絵描きし、デレデレと話しかけること、五日目。
「アニエス、わたくしは休みます。貴女も部屋に戻りなさい」
「はーい。またね、ユニウス」
部屋に戻ったアニエスは、ベビーベッドでじたばたしているユークに本日のユニウス情報を話す。
ユーレイアに毎日会いたいアニエスが
「わたしの部屋にベビーベッドを置けばいいじゃない!」
とベビーベッドを設置することが決まった。
反対するチャーミーとリン、トーマスを丁寧に説得して今に至る。
恐ろしい行動力だ。
「ユークはどうしてた?わたしがいなくてさびしかった?えへへ、あしたはユークと遊ぼうかな。あ、ユニウスの絵、見せるね。おでこがかわいく描けたの」
アニエスがスケッチブックをユークに見せて解説する。その姿を見つめていると、
「エリク、あのこれ本当にいいのですか?高価な品物じゃ」
ユーレイアが抱っこ紐を持ってきた。
昨日ちょうど依頼していた物が出来上がった。
「いいよ。私の研究結果みたいな物だし、ユーレイアが使って改善点を教えてくれれば奥様が喜ぶ。」
赤ちゃん用品にまで頭がいってなくて急遽製作を決めたが、あれよあれよとアニエスは成長し抱っこ紐製作は間に合わなかった。
「ですが」
「ふふふ。私の愛を受け取ってくれたまえ!」
ならばとユーレイアの子供の為に最上の物を贈るぜと金に物を言わせて作った。
「……重い」
「激重なのは昔から変わりません」
「たしかに。……ありがとうございます、大切に使います」
最終的に設計図やらなんやらを奥様に売りつけるつもりだ。
翌日。
アニエスは宣言通りユークと遊んでいる。絵本の読み聞かせをしたり、ボール遊びをしたりと、一見落ち着いているように見える。
「まだ浮き足立ってますね」
「もう少し弟君に慣れる必要がありそうです」
側務め全員でアニエスの様子を観察して、判断する。
私は経験がないが、チャーミー曰く弟妹が産まれる前と後に兄姉が赤ちゃん返りをする場合があるらしい。
でもそれっぽくはない。
「エリクがいるからかしら」
「それはあるかもしれません」
リンとユーレイアが何故か私のことを持ち出した。
どうやら、赤ちゃん返りは自分に向けられていた愛情が赤ちゃんに向けられ、それを取り返そうと起こることらしい。
アニエスに注がれる愛情が減らないから不安に思うことなく弟を受け入れられているのでは?と二人は考えているようだ。
「エリクが坊ちゃんに全然靡かないから安心されているのではないでしょうか」
ユニウスに全く興味がないので、靡く心配は皆無だ。
ユークとユニウスのお世話を経験してお姉さん力が爆上がりしたアニエスは、
「エリク、わたし今後の魔法の練習はぼうぎょに力を入れることにしたわ」
魔法使いとしての指針を決定した。
「防御系の魔法使いを目指すってことですか?」
「うん!」
キラキラの瞳で
「弟を守るのはお姉さんの役目なのよ!」
と拳を握る。
「分かりました。では防御とは守りとは何かを調べるところから始めましょうか」
「分かった!」
「一番身近に適任者がいますから、話を聞いてはいかがでしょうか」
旦那様の事を言うと、アニエスが口を尖らせる。
「夕食の後に話を聞いてみる。……最近けんかしちゃったから気まずいわ」
「あれは喧嘩というか旦那様が悪いので」
アニエスの魔法練習が始まった頃から少しずつ手合わせの回数が増えていた。
最近は私だけでなく、トーマスやリチャードにまで手合わせを申し込むようになり、その件でアニエスが苦情を入れた。
旦那様は絶賛落ち込み中だ。
夕食の後、アニエスが旦那様に近づくと
「アニエス」
娘に嫌われたと思っていた旦那様が目を潤ませる。
「お父様、わたしは別にお父様が嫌いな訳ではないわ。トーマスとエリクはわたしの侍従なの。勝手に手合わせ要員として数えることをやめてほしいだけで、その」
「お嬢様、素直に言ったほうが伝わりますよ」
「……この間は言い過ぎました。ごめんなさい。」
「私のほうこそすまなかった」
「それでその。お父様に聞きたいことがあるの」
「なんだい?」
「わたし、ぼうぎょにたけた魔法使いになろうと思うの。それでぼうぎょについて色々質問したいんだけど、いい?」
「勿論だとも」
花が咲いたように笑顔になった旦那様に釣られてアニエスも笑顔になった。
熱心に旦那様の話に耳を傾けるアニエス。
粗方質問をし終えたアニエスの結論は、
「ぼうぎょをかんぺきにするには攻撃を勉強しなきゃ駄目みたい」
だった。
「では明日からの魔法の勉強は攻撃について、考えてみましょう」
アニエスを連れて部屋に戻ろうとすると、肩にポンと手を置かれた。
気持ち悪い。さっと手から逃れるように体の向きを変える。
「エリク、これは手合わせの機会ではないか?」
「さっき勝手に手合わせ要員にするなって言われたばかりでしょう」
「アニエスの勉強のためなら一肌もふた肌も脱ごう」
全然引く気がしねぇ。折衷案でアニエスとの手合わせを口にしたら怒られるのが目に見えている。
何かないだろうか。
「……騎士団の練習を見学させてください」
「……それだと可愛いアニエスが見つかってしまうじゃないか」
見つかるって、なんだ。アニエスは社交界デビューの為に頑張ってるのに、全く。それに。
「あと数年もすれば結婚するのに何言ってるんですか」
「まだ早い」
父親の心理とは難解だ。
「お父様!こっそり見学するから」
「む」
「お父様、お願い」
「し、仕方ないな。目立たないように気をつけなさい」
アニエスのおねだりで騎士団見学が決定した。
娘に激弱だな。父親ってこんな感じなのか?親父はそんな感じじゃなかったが、あー、お願いとかした事なかったわ。
旦那様の許可がおりてから数日。
騎士の訓練を見学することになった。
建前としては騎士伯が懇意にしている貴族夫人のわがままに付き合うというもの。
その貴族夫人が私だ。
八年ぶりにスカートを穿いた。ドレスに至ってはアニエスにされたあの日以来だ。
アニエスは私の娘役、騎士伯邸に滞在している設定なので、エスコート役としてリチャードがつく。
他の侍従でいいと言ったが、
「男装しててもモテるのに、女装してたら余計モテるでしょ!リチャード!エリクの世話は任せたわよ!」
奥様が無理矢理つけた。
リチャードは渋っていたが、
「いいから!わたくしでも騎士団施設に入ることは難しいし、アーロンは施設内や騎士団についての情報を話さないわ。合法的に騎士団の情報を得る絶好の機会よ。仕事だと割り切りなさい!」
奥様が譲らなかった。それでも顔色の悪いリチャードが心配で、
「ユーレイアに夫人役をやってもらって、私が侍従役をすれば」
口を挟むも
「貴族夫人が魔力持ちでないとバレるほうが問題よ」
却下された。
そして、現在。
私の姿を見たアニエスは
「別人ね」
目を丸くする。
「おほほ。」
扇子で口元を隠し、ちょいと偉そうにしてみる。
「今日はわたくしのことをお母様と呼ぶのですよ?アニー?」
「はーい」
因みに私の名前はエリーだ。
リチャードのエスコートを受け馬車に乗る。
デコルテの開いたドレスに、落ち着かない気持ちになる。漫画やアニメのご令嬢達のように平然としてられない。
自由奔放貴族夫人はあちこち観光した後に騎士団の訓練場へ向かう。
「お待ちしておりました。訓練場での案内はわたくしが担当致します。」
キャサリンという女性騎士が施設の案内をする。
「おほほ。よろしくお願いします。」
アニエスは大人しく私の後ろを歩く。
いたたまれないが、我慢だと自分に言い聞かせる。
訓練場へ向かう廊下で、二人の騎士とすれ違った。
「あれ、あー、シンザイド家の」
「側室の子か」
声を顰めつつもこちらに届く絶妙な音量、その言葉に、
「エリー様、おやめ下さい」
瞬発的に攻撃を放っていた。
リチャードに止められるまで気がつかなかったが、魔力人形が騎士達の首を締めていた。
真っ青な騎士達を離す。ぐったりと突っ伏す二人を介抱する
「なんてことを」
キャサリンの非難めいた声に、
「耳障りだったからよ。客人の前で大人しくすら出来ないなんて、騎士のレベルが低いのではなくて?スピノザ様の家でそのようなことは聞いたことがありませんけど?騎士伯様を呼んで下さる?」
騎士達を見下ろし嘲笑する。
周囲でこちらを窺っていた人達が他の者を呼びに走り出した。
「何があった?!」
恐らく近くで様子を見ていたに違いない旦那様が慌てた風を装って出てきた。
「あら騎士伯様。」
白々しく丁度良かったわと事情を説明する。
「全く不快だわ、案内係を別の者に変えてちょうだい」
「それは大変失礼した。私が案内しよう。」
キャサリン達騎士を下がらせ旦那様が自ら訓練場を案内する。
これがしたかったのか?機会を窺っていたのだろうか。
「先ほどのこと、計っていたなら今後一切、相手は致しませんから」
疑いを滲ませると
「そのようなことはしない。リチャードはスピノザ家に必要な人間だ。エリー殿がやってなければ私が手を出していた」
きっぱりと否定された。
「リチャ、良かったね」
「何の事でしょう、アニー様」
「うふふ」
二人のこそこそ話は私の耳には届かなかった。




