24:お嬢様と赤ちゃん
奥様の妊娠が発覚した日から、アニエスは
「チャミ、お姉ちゃんってどうしたらいいの?」
チャーミーからお姉ちゃん論を学びたいようで度々質問を繰り返すようになった。
ユーレイアが産休で休みに入るとますますお姉ちゃんになるんだと気持ちが高まり真剣味が増した。
チャーミー曰く、お姉ちゃんは弟や妹を受け入れるところから始まりお母さんのお手伝いまでするスーパー凄い人らしい。
あれ?そんなことしたことねぇぞ。
「え、えっと。弟や妹のお世話をしたり、お勉強をみてあげたりとか。あ、でもお嬢様はそんなことしないでいいので、えっと」
「おせわ、オムツ変えたりとか?」
「あー、それは侍女がやりますので、エリクさん!なんで笑って見てるんですか!お姉さんなのはエリクさんも一緒じゃないですか?!」
チャーミーがあわあわとしているのが面白いからとは言わず
「お嬢様が質問相手を私よりお姉さん力の高そうなチャミちゃんを選んでいるのですから、頑張って答えてください。」
それっぽく言いくるめる。
「お姉さんってあまり意識したことないんですもの。えっと、でも少し寂しい気持ちになることはありました。どうしても小さな弟達が優先されるので」
「チャミ。ぎゅーするわね?」
「え、お嬢様?!」
チャーミーが悲しい気持ちを思い出したのを察して、半強制のぎゅーをお見舞いしたアニエスに、
「お嬢様、私もぎゅーされたいです」
要望を表明するも
「エリクは寂しくなさそうだから駄目」
却下された。
「確かに寂しい記憶はありませんね。弟とは仲良しだし小さい頃は一緒に遊んでましたから」
何を想像したのか、リンが
「お母さん大変だったでしょうね」
しみじみと言った。
「そうなんですよ、弟は活動的で、あちこち行きがちなのでこうがっちりと抱えられて」
小脇に抱えるポーズを取る。
休日のショッピングセンターは地獄だったと言われたことがある。私は何かよく分からない人形の前から動かないし、それとは逆に弟はあっちこっちに猪突猛進するし。
親父が当時は少数派の育児参加型父親だったから、なんとかなったらしい。
思い出話をしていると、次の授業の時間になった。
所作、礼儀作法はある程度形になると、授業の厳しさが緩和された。
先生曰く基礎は泣こうが叫ぼうが叩き込むつもりだったとか。基礎が身についたなら、あとはその人の品性を磨くようにじっくり丁寧に仕上げるのが流儀だそう。
この習得の速さは記憶の中のアニエスも一緒だ。
表情は全然別人だが。
「次回からは実践に移ります。」
先生主催のお茶会に参加して、他の生徒と交流する。
「はい。よろしくお願いいたします」
先生が帰ると、アニエスの周辺にぽんぽんと花が咲いては消える。表情はあまり変わらないが、とても嬉しそうだ。
「失礼します、エリク。ちょっといいかしら」
リンに呼ばれて側務め控室に向かう。
「どうしました?」
「医官からの連絡で、ユーレイアが産気づいたらしいの。産後用のお薬を用意してもらえないかしら」
「分かりました。準備します。」
アニエスに薬の調合で席を外すと声をかける。
よくあることだから特に追及されることもなく許可された。
部屋に戻り、女神の権能から薬草を取り出し調合を始める。
八年以上調合を続けると色々発見も多い。
師匠は基本のレシピにアレンジを加えることをしなかった。アレンジレシピは効果のバランスが崩れることが多くて成功確率もバラバラだ。結局、完成されているレシピが残るのだ。それから手間を惜しまないのも成功の秘訣だと改めて気づいた。確率が段違いだ。
最近は教えてもらったことが自分の物になった感覚が強くなって調合に対する肩の力が抜けた。
「ふう、これでよし」
まぁ大半は女神の権能のおかげだ。
ユーレイア達の部屋に向かい、部屋の前でおろおろしているアークに薬の瓶を手渡す。
「お産が終わったら飲ませてください。じゃ、頑張って」
本当ならここで待機していたいが、確実にユーレイアに怒られるのでさっさと退散する。
「戻りました」
アニエスは読書中で、私を一瞥するとまた本に目を落とす。
最近のお気に入りは、危険生物植物図鑑だ。
どの世界でも子供に人気のジャンルなんだなと感慨深い。近所の本屋にも積まれていた。
魔生物より魔生物らしい生物や植物が盛り沢山で、怖がりつつも面白いみたいで、ページを捲る手を止めない。シリーズ全巻揃えるほど、着実に本好きに育っている。
「エリク、ここなんて読むの?」
図鑑を開いて私に見せる。
「……あー、体液です。」
二足歩行の動物を狙う植物の欄に嫌な単語が並んでいた。体液を吸い尽くして獲物を殺すとか、恐ろしすぎる。
「たいえきって何?」
「人間の体に存在する液体のことです。唾液、涙、血液、汗に尿などです」
「ぇ。」
アニエスもドン引きしている。
「これが魔植物でない事が恐ろしいですね」
「うん」
流石に怖くなったのか本を閉じて本棚に戻す。
「別の本読む」
「そのほうがよろしいかと」
「エリクも一緒に読書しよ?」
「かしこまりました。あ、これ読んでいいですか?」
術式構築の基礎を手に取る。
「いいけど、それ難しいよ?」
学院に通うようになってから習う内容だが、ひと足先にトーマスが本棚に追加した本だ。
「そうですか?結構面白いですよ?文学的な表現と数式が混在してて、どちらも自己主張が激しい感じが好きなんですよ」
数学と国語の異種格闘技のようで面白い。
「エリクは魔法使いなのに、術式も勉強するの?」
「しますよ。少しずつですが、魔術文字も読めるようになってきましたし、自分で考えた魔法を術式に出来るってかっこいいでしょ?」
「ふーん」
「目標は魔法陣を描いて発動させること、かな。」
「大規模魔法だね」
「どでかい花火を打ち上げたい!」
「それ楽しそう」
「お嬢様には特等席で楽しんでもらいますから。ご期待ください」
今日の自由時間は二人で読書をして過ごした。
夕食後、ユーレイアの出産が無事終わったことを報告する。
「ユーレイアは?赤ちゃんも、元気、なんだよね?」
「はい。母子ともに元気ですよ。」
「女の子?男の子?」
「元気な男の子です」
アニエスがほっとしたように笑顔を見せる。
「会いに行きましょうか」
「いいの?」
「今はまだ無理ですが、予定を調整します」
「ユーレイアの体調が優先だからね!」
「かしこまりました」
一週間後。
「ユーレイア。お疲れ様です、赤ちゃん見にきました」
軽い調子で部屋を訪れると、ベッドで体を休めているユーレイアに
「いつも通りのエリクでありがとうございます」
何故かお礼を言われた。
「?何か変なものでも食べた?」
ゆっくり体を起こしながら説明をするユーレイアに
「違います。貴女の作った薬が高価な物だと知ったアークが戦々恐々としていたので。」
「あー、代金請求されるってこと?しないしない。言うなればあれは出産祝いだから。」
気にしないでと笑いかける。
やっぱりとユーレイアが頬を緩めた。
そして、
「それで、あの、……お嬢様?どうされたのですか?エリクの後ろに隠れて」
私の後ろにピッタリとくっついているアニエスに声をかける。
「照れてるんですよ、多分。お嬢様ー、私が先にユーレイアの息子くんとご対面しちゃいますよ?」
「それは駄目」
「お嬢様のお顔が見たいのですが、見せてくれませんか?」
ユーレイアの言葉には大人しく従う。ひょこりと顔を出したアニエスはキョロキョロと赤ちゃんを探す。
「ふふふ、今は眠っています。すみませんこのままで失礼いたします。こちらにどうぞお嬢様。」
ベッドをくるりと回り逆側に行くと、ベビーベッドで眠る赤ちゃんが見える。
「顔赤くて、くしゃくしゃってしてるのね」
興味深そうにベビーベッドを覗き込む。
「お嬢様もこんな風でしたよ?」
「ふふ。懐かしいですね、エリクは産まれたばかりのお嬢様をデレデレと眺めていましたよ。」
「全然変わらないじゃない」
「今も昔もお嬢様一筋です」
「ふーん。ねぇ、ユーレイア。赤ちゃんの名前なんて言うの?」
私の告白にそっけない態度を取る。
「ユークです。」
「二人の名前からつけたのね。ユーク、わたしはアニエスよ。よろしくね。えへへ」
なんだかんだ言いながらも眠るユークを楽しそうに眺めている。
「お嬢様、そろそろ戻りましょう。」
「うん。分かった。」
名残惜しそうにベッドから離れる。
「ユーレイア、これ。わたしが作ったの、体力回復剤よ。」
アニエスはポケットから取り出した薬の瓶をユーレイアに手渡す。
「これをお嬢様が。よ、よろしいのですか?わたしに」
「もちろんよ。ユーレイアのために作ったんだもの。受け取ってくれないと悲しいわ。」
「あ、ありがとうございます、お嬢様。」
「じゃあ、またね。」
「はい。お嬢様」
ユーレイアの部屋を出る。アニエスは何故か少しむくれている。
「どうしたのですか?お嬢様。怒ってます?」
「怒ってないもん。」
「怒ってますよね?」
「怒ってない」
部屋に戻ってからも不機嫌だ。
授業の準備をしていたトーマスに助言を貰おうと声をかける。
「トーマス、分かってもエリクに教えちゃ駄目だからね!」
アニエスが先手を打つ。
分からないものは分からないので、
「仕方ありません。えい」
私はアニエスの頬をぷにっと摘む。
「膨れっ面のお嬢様も可愛らしいですが、いつものお嬢様のほうが私は好きです。どうしたらいつものお嬢様に戻っていただけますか?ぷにぷにします?」
アニエスが渋々理由を口にする。
「……いつもだったら、私が教えましたって言うのに、なんで言わなかったの。わたしが一人で作ったみたいになったじゃん」
手柄を独り占めした感じが嫌だったらしい。
「殆ど何も手を貸してませんし、お嬢様が一人で作ったと言っても過言ではありません。それにユーレイアも私のもしくはトーマスの手解きがあったことは分かっていますよ」
「そうだけど、面白くないもん」
「失礼致しました。今度からはちゃんと主張致します」
「うん」
「でも私が主張したら軽くあしらわれる未来が見えるのですが、そんなことしませんよね?」
「……」
アニエスからの返事は無かった。




