22:お嬢様と淑女教育レベルII
七歳になったアニエスは、
「背筋を伸ばして」
厳しさを増した淑女教育に邁進している。
私達では教えられない内容は専属の先生にきてもらった。
挨拶の礼は特に何度も繰り返し練習させられた。
この世界の挨拶は基本目礼と利き手を胸にあてる。女性は更に軽く膝を屈伸、あちらでのカーテーシーに近い動作が加わる。お礼は挨拶の動作に上体を少し前に倒す。
先生から私達側務めも練習に加わるように言われ合格をもらうまで練習した。側務めの動き一つが主人の品格に繋がると言われれば真剣に取り組んだ。
私の格好をみた先生は、
「男性?女性の礼?……どちらも練習しなさい!」
混乱した結果、そう言った。私だけ両方とも練習した。
行儀作法や所作練習の時間が一気に増えて自由時間が少なくなった。
先生の休みに合わせて自由時間を多めに取れるよう調整しているが、厳しい。
勉強の占める割合が多くなっている。アニエスも望んでいるから今は大丈夫だろう。
パンクしてしまう前に一度息抜きをさせてあげたい。
と奥様に相談していたら、
「商会の関係者と会合があるの。その集まりに参加してみない?アニエスのお勉強の成果が確認できるし」
あれよあれよとお茶会が決定した。
「商会の関係者といっても冒険者が一人と魔獣討伐部隊の隊長と副隊長が参加するわ。あまり気負わないのよ?」
「はい、お母様」
屋敷のお茶会室で行われる会合。参加するのは奥様とアニエス、リチャードと商会関係者の三名。私は側務め側として参加し話には加わらない。
既に三名は席に着いている。強面の男性が二人、笑顔の女性が一人。
三名は奥様がテーブルに近づくと、席を立ち恭しく挨拶の礼を取る。
「皆様、今日はわたくしの娘を紹介致しますわ。アニエス、自己紹介を」
「アニエス・スピノザでございます。どうせきさせていただきうれしく思います。よろしくお願いいたします」
ゆったりと優美に笑顔で挨拶をする。
奥様がアニエスに三人を紹介する。
魔獣討伐部隊の隊長、タタン。強面男性1。
「よろしくお願いします、アニエス様」
甘美味しそうな名前だなと心の中で思う。
魔獣討伐部隊の副隊長、レキ。笑顔女性。
「イリーナ様の娘、……アーロン様に似て可愛らしいですね。お目目ぱっちりで羨ましい」
アニエスを褒めた副隊長の好感度があがる。
商会と契約している冒険者、シモン。強面男性2。
「魔法の才があると聞いている。よろしく」
まぁ大体の冒険者はこんな感じだ。アニエスは特に口調を指摘することなく微笑む。
「さてまずは」
会合の内容は魔獣討伐の成果と報酬、要望などだ。
全然知らない話題だろうに真剣に向き合っているアニエスを心の中で応援する。
「アニエス様は魔法の練習がお好きとイリーナ様から伺っております。どういった魔法を使うのでしょうか」
にこにこと笑顔で質問するレキに、
「おい、レキ殿。不躾な質問をするな。」
シモンが注意する。
冒険者にとって使用している魔法の種類を特定されることは自分の食い扶持を潰されるに等しい。また身の危険もある。
「シモン殿、ありがとうございます。レキ殿、魔力操作のはんいでしかありませんが、魔力人形で動物をさいげんして遊んでいます」
レキの勝手に上げた好感度は下げて、シモンの好感度が上がった。レキを諌めなかったタタンも下げておこう。
「レキ殿はどのような魔法を使うのですか?」
ニコニコと聞き返したアニエスに
「くっ、くく。」
シモンが笑った。
「魔獣討伐部隊の副隊長様が、七歳のご令嬢と同じってことはないよな?」
「……ふふふ。主に身体強化を」
レキがシモンを睨む。
「まぁ。魔力壁にはしないのですか?」
「ええ。動き易さを主軸にしております。」
レキの頬が若干引き攣っている。
二人の話を聞きながら、レキは遠距離攻撃を多用すれば殺せるかと何かあった時の方法を考える。
「アニエス様は魔法をたくさん勉強しているようですね。七歳とは思えません」
「お褒めいただきありがとうございます」
最近はダンスの練習で魔法を使っている。相手を魔力人形で作り踊っているからか、魔力人形の精度がかなり高い。旦那様も奥様も吃驚するくらいの腕前だ。
現在は色をつけて楽しむことに移行している。
会合が終わると
「イリーナ様、アニエス様と魔法の手合わせをしたくなりました。将来が楽しみだ」
シモンは楽しそうにそう言って帰っていった。
「シモンがあんな風に言うなんて初めてよ。ふふふ、誇らしいわ」
奥様がアニエスを抱きしめた。
「とても良く勉強しているのね。笑顔も素敵だったし、落ち着いて対処できていたわ。そして、人の話を聞けるのは得難い適性よ、努力しているのが伝わりました。」
「ありがとうございます、お母様」
嬉しそうに笑うアニエスに
「このあとは二人でお茶会をしましょう。リチャード、いいわね」
奥様がお茶会延長戦を決定した。
「かしこまりました。では私はこれで失礼致します」
会合資料を手にリチャードが部屋を出て行く。
私はお茶を淹れ直した。
「エリク、会合の途中で暴走しなかったのは褒めましょう。ですが、一々表情が五月蝿いのよ!わたくしの視界に入る位置にいるから気が散ったわ」
「バレましたか」
「貴女、態となの?!」
「ええ、まぁ。奥様の部下でございましょう?あの二人は」
「そうだけど、確かにそうなんだけど!」
「エリク。そんなに気にしなくてもいいのに」
アニエスは気にしていないようだが、これは。
「私の気持ちの問題です」
目に見える失礼をした訳ではないのだからそんなに目くじらを立てなくてもとアニエスは言うが私は違う。
「もっと怒ってもいいと思います」
「そうよ、アニエス。」
「んー、でもお母様、アラバでは魔法は主流じゃないの。そこにこだわるのは、冒険者くらいよ。エリクはソルシエールで魔法を勉強したからそう思うだけで」
確かにレキも雑談程度の認識だったのかもしれないが、冒険者じゃなくても危険はある。
「アニエス、貴族でも危険であることには変わりないの。使える手段を断たれてしまったらどうかしら。危険でしょ?」
「うん、それは知ってる。エリクが使える魔法はないしょにしなさいっていつも言ってるから。こどもらしいこたえにしたの」
「子供らしい答え、え?!」
奥様が勢いよく私を振り仰ぐ。
「はい。それで遊んでいたのは六歳の頃です。王都の外に遊びに行った後嵌まった遊びです」
現在の進度を伝えると
「凄いわ、魔法の先生がいるといないでは全然違うのね」
そんな遊びしたことないわと、奥様が感嘆の息を漏らす。
「エリク凄いでしょ」
アニエスは鼻高々といった様子で私の自慢をする。可愛い。
「エリクもだけど、貴女も凄いのよ?」
「まだまだだもん」
目指している場所がすこぶる高い所にある。
アニエスを望む場所まで導くのが私の役目だ。
「エリク、今度はしんたいきょうかを習いたい」
「そうですねぇ、身体強化はもう少し体が成長してからに致しましょう。体が未発達の状態ですと怪我の危険が高くなります。あと五年ほど後でよろしければお教え致します」
「分かった。お願いね」
「はい」
歴史の勉強はトーマスが引き続き担当している。
そして私も並んで授業を受けている。
「お嬢様、これなんでしたっけ」
大陸の大まかな歴史を三年かけて学んだ。
そして今年からは更に掘り下げて勉強している途中だ。今日は帝国支配時代の試験を受けている。
「エリク。ここは5代皇帝が発見した定理よ」
が、相談オッケーな緩い小テストだ。
「あーマルトゥス術式定理か」
なんで似たような名前ばっかりなんだと唸りながら試験用紙に書き込む。
最初の十問は簡単だったのに、最後の二問が難しい。
「アルトリアスの衝突って何代皇帝の時でしたっけ」
最後の問題の答えもちゃんと覚えてない。
「えっと、待って。うーん」
アニエスも思い出せないようだ。
「お嬢様。先輩。もうよろしいでしょうか?」
「トーマス、待って。思い出せそうなの。」
自力で思い出したいアニエスは
「トーマス、ごめん。私にだけこっそり教えて」
さっさと諦めた私を
「エリク!?」
信じられないと咎める。
「お二人共、試験は終了です。どこが難しかったのかは理解しました。」
トーマスが解答用紙を回収し、さっと採点する。
「お嬢様は十一問正解です。ほとんど先輩と相談しませんでしたね。素晴らしいです。」
「先輩は八問正解です。細かい単語の間違いが多いです。それから、アルトリアスの衝突は九代皇帝の時の出来事です。」
「え?!七代の時のは?」
「アクアトスの乱です。」
「難しいよ」
「エリク、アクアトスは金髪へき眼の美青年だけど、アルトリアスはおひげのおじさんだよ。肖像画の勉強したでしょ」
「あー!!あのイケオジ」
「違うよ!イケオジ?はマントークだよ!」
「えー、おひげが長い人?」
「もじゃもじゃ」
「あー、腹出てるおっさん」
「そうよ。それがアルトリアスだよ」
六代〜九代皇帝の時代は中央の支配が強かった。帝国の技術力のおかげで魔道具は発展したけど、抑圧されたアラバから独立を叫ぶ人達が立ち上がった時代でもある。この後、東西北と独立運動が波及し今の形になる。
この当時、呪い発現率がえげつない。
あちらこちらで呪い呪いと騒乱の時代。
「呪いもたくさんでたって本当?」
「ええ。ある文献によると、大規模呪いが多い年で五十、中規模は百、小規模になると数え切れないほど起こっていたとか。今は比較的落ち着いて、年間通して大小合わせて五十くらいですから、当時の呪い発現率が高いことが窺えます」
え、今でも年間五十件も呪いってあるんだと思ったのが伝わったのかトーマスが補足する。
「大陸の人間は比較的呪いを発現させ易いんです。魔力のない方でも発現させられることから、女神の加護が原因では?と考えられています」
女神の恩恵から生じる呪いが女神の首を絞めるなんて、笑えない冗談だ。
「ん?じゃあさ、大陸中央の帝国では呪いって少ないの?」
「大陸の他の国と比べれば少ないですが、ない訳でもないので、女神の加護以外にも要因があるのだと思います。ソルシエールや他の島国ではほぼ皆無なので」
「エリクは何で呪いがおこると思う?」
度々歴史の教科書に出てくる呪い。
「何ででしょうか。」
記憶の中のアニエスは、全てを恨んで恨んでアラバから聖女を奪おうと呪いを発現させた。
「行き場のない荒ぶる感情が爆発したんだと思います」
「エリク?」
絶対そんな事は起こさせない。この世界だけでも幸せな夢を見てほしい。




