21:お嬢様とプレゼント
一泊二日の小旅行を終え、無事騎士伯邸に帰ってきた。
屋敷に戻り早速、押し花を作る。
「ん、乾燥させて」
「はい」
「チャミちゃん、紙の用意できた?」
「はい」
「リボンも用意して」
トーマスに花の乾燥と栞の最終加工を、チャーミーにその他の準備を丸投げした。二人共粛々と従う。
「えりく、もうゆるしてあげよーよ」
「お嬢様が言わないで下さい。覗き見なんてはしたないですよ」
「はーい。えりく、ごめんね?」
上目遣いで軽く謝る。
「可愛く言えば許されると思ってるでしょ」
「うん」
正直過ぎるアニエスに笑ってしまった。
「全く」
ぷにぷにと頬を摘む。
「親しき仲にも礼儀あり、ですよ。お嬢様。」
頬を両手で挟み正面から目を合わせる。
「……のぞきみして、さわいでごめんなさい」
「許します。では栞の仕上げをしましょうか。」
「うん」
しょんぼりしているアニエスにトーマスが乾燥させた花を渡す。
「お嬢様、申し訳ございません。ボクも一緒になって騒いでしまって」
「私も好奇心が抑えられなくて、ごめんなさい。お嬢様」
「いいのよ、とーます、ちゃみ。わたし」
アニエスが私をチラリと見ると、二人にこそこそと何かを話す。
「お嬢様ー」
チャーミーが涙目でアニエスを抱きしめた。
なんだ?お嬢様がかっこいいことでも言ったのかな?
その後三人は真剣な表情で押し花の栞を完成させた。
が、まだ作るようだ。
「とーます。このかんそーってどうやるの?」
「花の水分が抜けるイメージで、水魔法を使っています」
「じゃあ、わたしはつかえないの?」
「風属性や女神の加護でも出来ない訳ではありませんので、」
トーマスから魔法の使い方を習いながら自分で乾燥作業に挑戦するらしい。
ユーレイアと離れた位置でアニエスの様子を見守る。
「エリク、お疲れ様。今日も早めに休んだほうがいいんじゃないかしら」
「顔色悪くみえますか?」
「疲れてるって顔になってる」
「歳が顔に表れるように」
「違うでしょ。一日中魔法を使っていたからです」
「栞が完成したら休みます」
「よろしい」
ユーレイアに疲労を指摘されたからか、次第に眠くなってくる。
「ねみぃ」
「言葉遣い」
「ごめん」
アニエスが試行錯誤しながら魔法を使った栞を完成させた。
「できたー」
アニエスは出来上がった栞を私に見せる。花の発色も悪くない。上手く出来たようだ。
「綺麗に乾燥処理が出来ています。」
自慢気な笑顔のアニエスが栞を私に突き出す。
「え?あのお嬢様?」
「これはえりくにあげる」
「い、いいのですか?ありがとう、ございます」
「かのんくんにごーかなしおりあげちゃ、ひいき?になるんでしょ?えりくならだいじょうぶ」
嫌がらせされても大丈夫ってことか?と考えて、疲れてるんだなと気づいた。
「魔法の先生ですから当然です」
栞を受け取り、ユーレイアに見せびらかす。
「ふふふどうです?羨ましいでしょう?」
「えりくこどもっぽい」
「お嬢様。はい、これはわたしからです。受け取ってくれますか?」
ユーレイアがいつの間にか作ったのか、押し花の栞をメイド服のエプロンポケットからさっと取り出しアニエスに渡す。
「ありがとう、びっくりした。」
「ふふふ。魔法の練習も普段のお勉強も頑張っているお嬢様にわたしも何かしてあげたくて」
「ゆーれいあ。ありがと、たいせつにする」
感極まった顔をしているアニエスに
「お嬢様。制御」
水を差すような事を言う。
「できてるもん。」
とは言うが嬉しさが近年稀にみる爆発寸前だ。
イメージが伝わるかは分からないが
「嬉しさは全部花にしてみるとか?」
漫画やアニメで使われる表情を口にする。
「!!」
伝わったらしい。アニエスの周りに大輪の花が咲き乱れる。
「おお」
「えりく、これはずかしいよ」
顔を覆って恥ずかしさでぷるぷる震えるアニエスに
「魔力放出がいけないんであって、魔法なら問題ないんです。魔法に昇華させればいいことが分かりましたね」
冷静を装いつつ説明する。
「ぅ、ん」
「ユーレイアも耳真っ赤ですよ。仲良しだな」
まさか本当に花が咲くとは思わなかった。
工作の後片付けをしていると、リンが奥様を連れてきた。
「かあさま、どうしたの?」
帰宅の挨拶をした時には予定になかった奥様の訪問にアニエスが驚く。
「リンとリチャードからアニエスが楽しく遊んでいたと聞いてわたくしも話を聞いてみたくなったの。いいかしら?」
どうやら二人からの報告を受け羨まし、いや居ても立っても居られなくなったらしい。
「はい、かあさま。」
トーマスとチャーミーは素早く工作の道具類を片付け、ユーレイアはお茶の支度をする。
「かあさま、こちらにどうぞ」
お茶の支度が整うまで、アニエスが今何をしていたかを話す。
「押し花の栞、懐かしいわ。わたくしもお祖母様から貰ったことがあるの」
「これ、わたしがまほうをつかってつくったの」
私にあげた栞以外にもいくつも作ったらしい。何枚も奥様に見せ花の説明をしている。
「凄いわ、リチャードから魔力人形を二つ作れたと聞いたのだけど、ここまで出来るなんて」
「かあさま。まほうはかんさつとそうぞうりょうなんだよ。わたしすごいまほうつかいになるの」
「あら、もう十分凄い魔法使いさんなのにまだまだ上を目指すのね。立派よ」
「だってえりくね、まりょくにんぎょうを大きくして、のってた。かたぐるまされてたんだよ!」
「アニエスはエリクが目標なの?エリクって結構はみ出した魔法使いなんだけど、」
「いいの!ふつーのまほうつかいにはならないもの!えりくが先生でよかったわ」
楽しそうに話しているアニエスの周囲に小さな花がポンポン生まれては消えている。
今とっても楽しいんだろうと推測がつく。
「エリク。事の成り行きを説明してちょうだい」
私が原因だと、疑う素振りもなく断定する奥様に、魔力の放出が危険だから魔法を使おうと意識の転換を促した結果と説明する。
頭を抱えた。
「アニエス、自力で花が咲かないようにはできるのかしら?」
「できるよ。」
「なら、いいわ。部屋の外や家族以外のいる場所では花を出してはダメよ?」
「うんわかった。すぴのざけのおじょうさま、だからでしょ?」
「そうよ。どんな時も笑顔を絶やさない練習と一緒。感情や考えが分かってしまうといらぬ危険を生むのが貴族社会よ。七歳になったら、社交界デビューのための勉強を本格的に始めるわ。」
「はい」
社交界デビューの勉強は今行っている行儀作法や所作練習のランクを上げた内容になる。
「今日は取り敢えず置いといて。楽しかった?」
「うん!いっぱいおはなさがして、クワクワもみつけた!」
お茶を飲みながらアニエスは奥様に自然体験であったことを話す。
後をユーレイアに任せて先に休む。
部屋に戻ったところまでは覚えているが、ベッドにたどり着いた記憶はない。
「寝落ちした」
が、ベッドで寝ているのを鑑みるにリチャードが運んだんだろうと決定付けた。
「ふぁぁ。駄目だまだねみぃ」
流石に一日中の魔法使用はきつかった。体が休息を求めている。抗わずに眠った。
「わたし、こくはくしようとおもうの」
カノンが学生寮に入る日が決まったと聞いたアニエスは、緊張した顔でそう宣言した。
「伝えてどうするおつもりですか?」
「どうもしないわ。きいてほしいだけだもん」
それだけなら言わないほうがいい場合もある。
「カノン君の気持ちは?聞きたくないかもしれませんよ」
「えりく、なんではんたいするの?!」
私が告白を後押ししなかったのが意外だったようで声に驚きと悲しみが滲んでいる。
「先がない恋です。態々自分から傷つきにいかなくてもいいではありませんか」
アニエスをじっとみつめると
「わたしはちゃんと先にすすむためにこくはくするの。ちゃんとふられるためにこくはくするの!」
ぐっと拳を握り思いの丈をぶち撒ける。
私が考えていたより現実的で、
「……かしこまりました。お嬢様の気持ちを見誤っていました。申し訳ございません。」
大人びたアニエスの言葉に膝をつき謝罪する。
「えりくだけついてきて。」
「はい」
アニエスはカノンの部屋がある使用人の居住エリアに向かう。
コンコン
「はぁーい。あら、お嬢様。どうしたのですか?」
カノンの母親が扉を開けた。いつ見ても美人だ。
「かのんくん、いますか?」
「ええ。少々お待ちください」
すぐにカノンが外に出てきた。
「お待たせ致しました、お嬢様」
私は二歩後ろに下がりアニエスに背を向ける。
「あの、ね。かのんくん、」
意を決して口を開く。
「わたし、かのんくんのことがすきよ」
「お嬢様」
「かのんくんはわたしのこと、どうおもってる?」
「ぼく」
少し逡巡したが、
「お嬢様のこと、すきです。あの、でも、お気持ちには、こたえられません」
答える。
十二歳とは思えないしっかりとした回答に感服すると同時に複雑な気持ちになる。
「うん、えへへ。ありがとうね、かのんくん。」
涙声で笑うアニエスと
「いえ」
言葉を詰まらせるカノンの間に沈黙が流れる。
「がっこうで、おべんきょうがんばってね。おうえん、してる、ぅぅぇぇ」
アニエスが本格的に泣き出してしまったので、私は後ろを振り返った。
「アニエスさま。泣かないで」
カノンがアニエスを抱きしめて慰めるのを見て、すぐに見てないフリをする。
「アニエスさまが作ってくれた、しおり大事にする。勉強も頑張る。ぼく離れててもアニエスさまを応援してるから」
「うん」
二人が泣きながらも自分の気持ちに整理をつけている姿に胸が熱くなった。
その日、カノンと別れた後アニエスは私にくっつき泣き続けた。
翌日の瞼は言うまでもなく腫れに腫れた。
一週間後カノンは学生寮へ入るため屋敷を出た。




