1:下準備は念入りに
もう幾度目かの記憶の再生を繰り返し、メモの量も山のようになっている。
「精査の前に、女神さま」
「終わったの?」
「いえ、これから解呪に挑戦するにあたって私の希望が通るのかを確認したいのですが」
「何かしら。」
「時間軸があまり違わない、南の国以外の知識が知りたいです。医療関係を中心に。あと、サイス領の領主の息子と婚約者についても少し調べたい。実際に行くことは可能ですか?」
アニエスの本格的な転落のきっかけとなる国外旅行。
訪れたのは魔法王国ソルシエール、サイス領。
「えぇ、まぁ可能よ。サイス領の二人に関しては接触は難しいと思うけど、」
「?何故ですか?」
「貴族は元々単独行動をしないの。誰かしら側にいるのが当たり前の生活を送るわ。強いて言えば婚約者のほうは接触できる可能性が少しだけある。そこの時間に送るから自分でなんとかしてみなさい。わたくしの権能を少しだけ分けてあげるから」
「ありがとうございます」
「……貴女、ちゃんとお礼も言えるのね。吃驚したわ」
散々無礼な態度をとった自覚がある為、自称女神の評価を甘んじて受け入れる。
「じゃあ、行ってきます」
ソルシエール国サイス領クロムの街中。
サイス領風の衣服に身を包み、領主の息子の婚約者、リオと接触出来る機会を伺う。
「スカートとか履きなれねぇ」
姿形は女神の権能の一部で変え、普通の町娘風。
流石にクマの酷いアラサー女は警戒されるだろうし、コスプレみたいでちょっとテンションも上がる。
接触はベタなハンカチ落とし。
「お、きたきた」
手にした鞄をがざごそ、はらりと落とす。
我ながらよいタイミングだ。
「ハンカチ落としましたよ」
リオが澱みない動きでハンカチを拾い私に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。では失礼します」
全くの無表情でさらりと立ち去る。
ん?あんなに感情豊かな嫌な女だったのに?おかしい、……ちょっと、観察用の目をつけてみよう。
リオの肩に情報収集用の女神の目をつける。
「全然感情読めなかったわぁ、アレで歳下ってやべえな異世界。ま、取り敢えず他の情報収集をしようか」
私はしばらくクロムに滞在して魔法、魔術、魔生物についての情報と薬の調合技術を学ぶ。
これから冒険者を目指したいけど技術に不安が、って相談したら研修を紹介された。
冒険者ギルドなる場所で新人冒険者研修をしていて助かった。
それと並行してリオの観察を続けた結果、無表情と時々微笑む、表情の変化に乏しい女性だけど、心豊かで、高慢なアニエスよりも何百倍もいい子だった。
「となるとアレは演技か、そうだとすると、ある意味やべえ相手だな。完全に聖女の情報目当てでしかも、がつんと情報奪われてるじゃん。はぁ、そりゃ擁護派からも見放されるわ」
リオとアニエスの差に驚愕したのもそうだが、本格的に計画の修正を心に決めたのは、
「リオ様。なんか、アレなもん『憑いて』いるんで、取ってもいいですか?」
とリオの友人が女神の目に気づいた時だ。
しかも的確に掴まれ引き剥がし捨てられた。
この時ばかりは冷や汗で背中がびっしょりとなり、コイツらと関わるのは不利益しかないと直感的に理解した。
そして、
「そっか。やっぱ、私、男なのか。」
あの子には男に見えていた。
目を逸らし続けていた事に一方向からの、根拠の無い答えではあるが、事実を突きつけられた。ショックではあるが、なんとなくそうかもしれないと疑っていたから心のどこかで納得もしてる。
身体的性別に違和感を覚えた訳でもない。
精神的性別だって女だと思っている、それでもどこかに違和感があって完全な女じゃないのは知っていた。
朧げに感じていた欠陥が白日の下に晒された気分だ。
「そっかぁ、」
その言葉の衝撃でこの日は何もする気が起きなかった。
サイス領クロムで調合技術を習得し、大陸とソルシエールの違いを学んだ私は女神の元に戻る。
「おお、戻りましたか。三ヶ月ぶりですわね?どうでしたか?」
「接触出来ましたけど、あっちとは関わりたくないです」
「そうでしょうとも!属性神の愛し子と争うなんて愚かなことはありません。」
「初めから言ってあげればよかったのに」
「それはわたくしの役割の範疇を超えていますわ。眷属を通して反対するよう仕向けましたが失敗に終わりましたもの」
「あー、あれは、眷属さんだったんですか。」
一人あの手この手でソルシエール行きを反対する人物がいた。
「その眷属さんは」
「呪いに巻き込まれて消滅したわ」
「そうですか。」
「では解呪に挑みますか?」
悠久の時を生きる女神のくせにせっかちだ。しかも時間経過のない空間を自ら生み出している割に急かしてくる。
「まだ挑みません。これから大まかな計画と基本方針を設定して取りこぼしがないか確認するんです。」
攻略本が無いんだ、設定資料集くらいには情報を集め精査しないと気が進まない。
「まだなの?」
不満そうだ。
「貴女、現実世界でもこうなのかしら。大変ではなくて?」
「そうですね、学生の時は楽でした。学期初めに学科の攻略本が手に入るので、それ暗記すれば大概の試験は合格できるので。」
「そ、そうなの?」
「はい。それ以外のところは大変でしたけど、まあ自分の気が済むか済まないかの差なので。なんとかなるもんです。ゲームだけって区別すれば案外楽になりましたし」
「そ、そういうものなの?この拘りようって」
「今の状況、ゲームって思わないとやってられないんですよ。魔法とか魔生物とか。私のいた世界にはないんですから」
「ご、ごめんなさいね。それにしても挑戦までが長すぎるわ」
「短気は損気ですよ。全く、あ、そうそう女神さま、権能ありがとうございました。」
「あら、随分と素直ですわね」
私に慣れたのか度々嫌味な言い方をする女神に
「女神の権能、見破られましたけど」
きっちり言い返す。
攻撃には攻撃をが私の信念だ。
そのため人間関係は明暗がはっきり分かれる。
「あれは、あの子供が特別なの。わたくしの力が弱いなんてことありませんからね!」
「はいはい。じゃあもう少しかかるので」
「お願いしますわ」
国外旅行は却下の方針だけは固まっている。
三人以外の他の方法を考える。
正統派の聖女に立派な貴族令嬢、悪虐非道な悪女以外の道かぁ、ふーん。スローライフ?いや、アニエスはスローライフなんて一日も持たないタイプだ。
遊蕩に耽りたいのか?行き遅れなんだと言われているけど、男遊びは結構やってるし、難しい。
ハーレムとか作りたいのだろうか。
結婚出産は聖女と貴族令嬢の際に提示済み。
記憶を何度も見返して見返して、幾度目かの再生の時に、やっと悟った。
「無理ゲー」
私は女神に声を掛ける。
「女神さま、お願いがあるんですけど」
「何かしら。散々聞いてきたと思うけれど」
「挑戦の下準備のお願いしかしてないでしょ。巡り巡って女神さまの利益にしかならないんだから、文句言わずに聞いて下さい」
「……何かしら」
「アニエスの生まれる前まで時間は遡れますか?」
「出来るわよ。このやり直しの世界はわたくしが呪いを覆って彼女の意識が世界に散らばるのを防いでいる空間。ここでなら時間の遡りが可能。現実世界に影響はないわ」
「世界情勢は」
「過去の出来事を変化させても影響はないわ。全て、もしもの世界ですもの」
「分かりました。人物の性格や行動パターンは」
「その人物の性格に沿った動きをとるわ」
「仮初の現実世界か。」
この世界でなら誰が死のうと現実に影響はない。逆もしかり。助けても現実は変わらない。
「ええ。その通りよ。」
「では、私は私のまま、アニエスが生まれる前の世界に送り込んで下さい。姿形は私が指定した通りに」
容姿の設定くらい好きにさせてほしい。クマは無しで少し若返りもしたい。
「解呪に挑むのね?」
「はい。アニエスとして生きるのは無駄だと気づきました。」
「……それの理由を聞いてもいいかしら」
「女神さまが理解出来るとは思いませんが、アニエスは自分が正しいと強く思っている。盲信してるきらいがあります。それはある意味とても強い、でも弱い人。周囲のせいにして生きてきた人です。だから彼女の流儀に則って周囲のせいにしてやろうと思います」
「?」
意味不明と首を傾げる女神に説明を続ける。
「聖女候補さん達はおそらく失敗の原因を自分自身に探す人なんだと思います。だから自分が変わる未来を観せてあげられた。でも多分アニエスからしたら、なんで自分が変わらないといけないのか、理解出来てないと思うんです。」
「?」
「成功するかは分かりませんが、周囲が悪かったんだと私がめいいっぱい証明してやります。だからアニエスが生まれる前の世界に行く必要がある。」
「貴女、二十年も一からやり直すつもりなの!?」
女神が驚く。顔は認識出来なくてもなんとなく伝わるものだ。
「はい。周囲が悪かったと証明するためです。」
ここまで集めた情報を鑑みて聖女になった時点からアニエスを変えることは無理だ。なら自然とそうなるように初めから教育しなければならない。
「分かりました。わたくしの権能の一部は持っていきなさい。必ず役に立つわ。」
「いいのですか?ありがとうございます、かなり楽になります。魔力のある無しでかなり難易度が変わるので助かります」
サイス領での就学の日々で感じたことの一つだ。
大陸では加護属性と同じくらい魔力を持つ者が少ない。ほぼ貴族くらいだ。加護は女神の加護がある。
そのため魔道具という加護で動く家電のような道具を扱えても、魔力がないと魔法が使えない。それは調合の成功率にも影響する。
「それから成功報酬を伝えていませんでした。一つだけ貴女の願いを叶えて差し上げますわ」
「大判振る舞いですね。失敗したら?」
「記憶を消して元の世界と時間に戻してあげます」
「失うものは調査にかけた膨大な時間だけですか。まぁ、精々頑張りますよ」
「よろしくお願いします」




