17:毒と
リンとトーマスが倒れた私と泣くのを我慢して私を摩るアニエスを見つめる。
「先輩、何があったんですか?!」
「あー毒盛られた」
「はあ?!」
「さっきから昨日の出来事を思い返しているんだけど」
思い当たる人はいるが方法がわからない。
「ちょっとお待ち下さい。お嬢様、エリクさんはトーマスに任せてお嬢様は離れていましょう」
「やだ。えりくがなおるまでいっしょにいる!」
「お嬢様」
「トーマス、解毒剤が効かない毒ってある?」
「毒じゃないアレルギーや薬の過剰摂取でしょうか」
「一瞬でも効いたら毒かな?」
「毒です。でもどうして」
「毒が継続してるのが意味分からないんだよ」
「……取り敢えず、お嬢様の診察から優先します」
「ん、解毒剤飲ませた」
「ありがとうございます」
トーマスはさっさとアニエスに向き直り、診察を開始した。
その切り替えの速さに信頼度がぐんぐんアップする。
「トーマスさん、貴方」
リンが若干引き気味だけど、最優先すべきはアニエスだ。
「お嬢様は大丈夫ですね」
「おくすり、とってもにがかった」
思い出したアニエスが涙目になった。
「お嬢様、今日はお勉強をお休みしてお部屋でゆっくりしていて下さい。リンさんお願いします。ボクは、先輩の解毒に集中します」
「は、はい」
「お嬢様。先輩はボクが助けるので、任せてくださいませんか?」
「とーます。おねがいね」
「かしこまりました」
トーマスに担がれ、部屋に戻る。ベッドに横になる。
他者の魔力に反応する毒もあるらしく、魔力を使って運ぶことはしなかった。
「先輩、ますます顔色が悪くなっていますが」
やっぱり、トーマスでも駄目だ。吐きそう。
「ごめん。男性に触れると気持ち悪くなる体質でさ。トーマスのことが嫌いとかじゃないんだ。ごめん」
「……じゃあ、治療が出来ないんですけど」
毒の治療は患部に触れる。
部屋までの移動なら我慢出来ても素肌に触れられるのは駄目だ。完全に吐く。
「あぁ、マジかぁ。いいよ、毒が抜けるまで解毒剤を飲み続けるし」
「……少し待っていてください。」
トーマスは難しい顔をして、部屋を出て行った。
「はぁ気持ち悪りぃ。」
解毒剤を飲む。少しは気持ち悪さが緩和された気もする。
「はぁ、残りの解毒剤も近くに置いとかないと」
体に力が入らない。魔力も動かせない。
「くそ、くっ」
体を動かすのを諦めて、毒を盛った犯人の手段を考える。
私のことはどうでもいいがアニエスを害したあいつを始末しないと気が済まない。
「どうやって……あと、お嬢様と私とで継続性が違うし」
魔力操作の試験後の光景を繰り返し繰り返し頭の中で再生し考える。
その最中、バタンと激しめに扉の開いた音がした。
「エリク!」
「ぉ、リチャさん。どうしたんですか?トーマスは」
「トーマスはユーレイアのほうを確認に行きました。」
「ユーレイアも具合が悪くなったんですか?」
「分かりませんが、毒なら本人以外の身近な人も毒を受ける可能性があるので」
「そっか。あ、それでリチャさんはなんで」
「それは勿論、貴女に触れられる男だからですよ。」
「?」
「私が治療します」
「リチャさん、水持ってたんすか。」
「ええ。すみません内緒にしていて」
「いいんです。……じゃあ、よろしくお願いします」
だらんと力を抜く。
「失礼します」
リチャードは私の手を握る。しばらくすると、私の服をはだけさせた。
「ここか」
肩に触れた。
すると急にベッドに上がり、私に覆い被さる。
肩に口をつけ、ぺろりと舐めた。
いや、確かに水属性加護を持った人の体液は解毒に使われる。けど、恥ずかしい。
「リチャさん」
沈黙に耐えられず声をかける。が、リチャードは舐めるだけじゃなく噛みついた。
「しっ。」
ちゅぱと音が聞こえる。
「ん」
肩が熱い。恥ずかしくて顔を背ける。
「エリク、終わりました。小さな棘のようなものが刺さっていました。体に力が入らないと思いますので、寝たままで構いません。が、こちらを向いて下さい」
「ぉお。ありがと」
「照れている貴女も可愛らしい」
リチャードのほうを向くと、不意打ちのキスをされた。軽く触れるだけのキスだったが。
「リチャさん。女の趣味やっぱり悪すぎだよ」
いつも思っていることを伝える。ちゅっと頬にもキスされた。本当に女の趣味が悪いな、この人。
「そうですか?エリクは男の趣味いいですね」
「自分で言うか?」
「貴女が言わないので言ってみました」
リチャードはベッドを降りた。抜いた棘を見せてもらう。刺された時も抜いた時も痛みを感じなかった。
それだけ毒殺に特化した特殊なものなのだと理解した。
「リチャさん、あのさ。アイツがどうやって毒を盛ったか、分かった。」
「聞いてもいいですか?」
「神殿から来た神官が昨日試験の後いちゃもんをつけてきてさ。肩を掴まれたからあの時に、お嬢様はそいつと試験の後に握手をしていた。恐らくその時に。他の人と握手した手とは逆の手で握手してたんで。」
そして私には毒の棘を刺し、アニエスには皮膚から吸収させるために弱い毒を手に付着させた。アニエスが神官と握手した順番は最後だった。
「神官が」
「リチャさん、こっちの法律で裁くつもりなら旦那様に言ってささっと捕まえて下さい。私が動けないうちにお願いします。」
どこまでを計画していたかはわからない。ターゲットは私かアニエスか。私のほうに強い毒を盛ればアニエスの弱い毒が見逃されるとでも思ったとか?
「動けない内に、か」
「はい。動けるようになったら完全に殺すんで。」
「分かった。ゆっくり休んでいて下さい。また様子を見に来ます」
リチャードが部屋を出て行こうとするのを、
「あ、まった。」
引き留める。
「?」
「すみません、トイレ行きたいっです」
大人として完全アウトな状態は避けたい。
「ふふふ。可愛らしい顔でお願いされると意地悪をしてみたくなりますね」
「絶対駄目」
「そう?」
「漏らしたら口聞かない」
「それは大変です。連れていきますから、許してください」
「ぉう」
魔力はまだ動かせないからトイレに連れて行ってもらう。
「ありがと」
「いえ。ではまた後で」
ベッドの上に戻り、リチャードを見送る。
「まさかここまで明確な差があるとは思わなかった」
もしかして属性加護持ちだから?いや、トーマスだって水は持ってる。もしかしたら医官の資格を持っているトーマスのほうが属性数が多いかもしれない。
理由がますます分からなくなる。
色々考えているうちに眠っていた。
気づいたら、夕方で
「先輩、大丈夫ですか?」
トーマスが見舞いにきていた。
「大丈夫。トーマス、ユーレイアは大丈夫だった?」
「はい。特に毒の影響もありません。一応部屋の中は浄化魔法をかけておきました。」
「うん、ありがと。そういえばリチャさんが水属性持ってるってよく分かったな」
「家が近くて。昔魔法で水撒きしてるのを見たことがあって」
「魔法で水撒き、効率良さそうだな。リチャさんならやりかねん」
庭の水撒きをするリチャードを想像するとなんだか笑えてきた。
「ボクは近くに属性加護を持っている方がいなくて、勉強方法もよく分からなくて、こっそり観察したりして。あ、結局バレて。警戒されてしまいました」
「そんなにいないんだったな、属性加護」
「はい。ボクは水と土を持っていて、父から医官の資格を取れと言われて育ちました。その後は自由にしろと放り出されてしまうんですけど。」
「資格さえ取っていれば治療用の術式札が使えるんだったか」
医官には二つのパターンがある。水属性加護を持っているか、持っていないか。医療系の講座を受けて単位を取得する。治療用の術式札を使用できるのは水属性加護を持っている医官だけだ。
「はい。今回はあんまり役に立ちませんでした」
「いや、そんなことはないよ。あのさ、今日はごめんな。折角運んで貰ったのに、嫌な思いさせて」
「いえ。気にしていません。あ、あの、先輩はリチャードさんのことを心から愛しているんですよね」
トーマスが唐突に乙女なことを言い出した。
「いや、心から愛しているのはお嬢様だから。勘違いしないでくれない?」
「え、でも」
「リチャさんは確かに触れても気持ち悪くないし、男前だし、賢いし色々出来るけど、」
「かなり惚気てますよ」
「違うし、そのそれはあれだよ。総合順位はお嬢様が一番で、次はユーレイアだし!」
「それで?リチャードさんは何位なんです?」
「え、あー、三位?奥様と旦那様を一応入れなきゃ、だから五位!」
「忖度でいれたお二人を抜いて三位で、男性の中で一位じゃないですか。」
「その部門だけの優勝者だから、その」
「先輩って、モテるのに恋愛経験は全くないんですね。残念すぎます。」
「うるさいよ、トーマス」
自分でも驚いているよ。こんなの初めてでどうしたらいいかわからない。アニエスのことだけ考えていればいいのかもしれない。でもそれをアニエスが望まない。私がより幸せになってほしいなんて可愛い願いを叶えてあげたつもりだった、本当に触れ合える人と出会うとは思ってなかった。
「お嬢様に相談されたらどうですか?」
「おい、面白がってるなお前」
「先輩は鈍感ですからね」
恋の迷探偵と同じことを言われた。
「ちっ」
「先輩、お嬢様の前でそれやらないで下さいよ」
「分かってるよ。あんな可愛い顔で舌打ちされたら泣いてしまう」
「先輩。お嬢様が結婚する時どうするんですか」
「え?変わらずついてくよ?」
婿取りなら変わらない関係でいられるだろう。でも嫁入りでは関係が変わる。
「リチャードさんは」
「リチャさんの返答次第だけど、多分置いてく」
私はアニエスが一番で、恐らくリチャードは奥様が一番だ。
そこは譲れない部分。そのためなら別れを選ぶだろう。
「難儀な道を選びましたね」
「いや、いつの間にか迷い込んでた。」
「リチャード迷路ですね」
「言っちゃお。」
「先輩!」
私が寝てる間に、件の神官は旦那様が捕縛した。
ちっ、もたもたしてれば私が始末してやれたのに。




