15:お嬢様と魔力2
アニエスが起きたのは、翌朝だった。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、えりく。おなかすいた」
「すぐ用意します」
朝ご飯を食べたアニエスが
「えりく、おふろはいりたい」
微妙に嫌そうな顔で言った。私がお風呂係なのは嫌みたいだ。
「かしこまりました。ですが、湯船に浸からず体を流すだけに致しましょう。」
「わかった」
ささっと洗ってすぐに体を拭くと
「まだ私がお風呂係なのが嫌なんですか?」
分かりやすくむくれている。
「えりく、ざつなんだもん」
「そ、そんなに雑でしたか?」
「へた」
「それは大変失礼致しました」
装飾のない服を着せると、
「えりく、どっかいくの?」
ユーレイアの引っ越しを見に行った時を思い出したようだ。
「昨日お嬢様は魔力の発現がありました。これからは魔力操作を身につけなくてはいけません。その練習をします。部屋で行いますが、スカートは何かと不便なので」
「ふーん。」
あまりよく分かっていないアニエスだったが、
「まずは魔力の発現、おめでとうございます。」
「ありがとう」
「魔力操作を身につけて初めて貴族のご令嬢として社交界デビューすることが出来ます」
淑女になるために必要な話だと分かると
「うん」
真剣な顔になった。
「魔力については昨日奥様からお話があったと思いますが、もう一度説明致します」
魔力があって初めて貴族として認められる。
そして魔力を操る技術を身につけて初めて貴族として人前に出ることが出来る。
「まほうは?」
「魔力操作の訓練をしなくても使えます。」
放出の仕方、魔力の動かし方が分かっていれば魔法は使える。
「つかってみたい!」
「どんな魔法がいいですか?」
「ぱらそるつくりたい」
「分かりました。では頭の中でパラソルの形を思い浮かべて下さい。」
「うん、おもいうかべた」
「そのままで、魔力を動かします。魔法は想像力です。イメージしやすいようにパラソルを持ってみて下さい」
アニエスは傘を持つように指を丸める。
「うーん」
「魔力がパラソルになります。パラソルになるー、パラソルになるー」
「えりく、できないー」
「それでは、魔力は動かせますか?手のひらに集めてボールにしましょう」
「うーん、できてる?」
「魔力を動かす感覚はありますか?」
「わかんない」
「では一旦解除して深呼吸しましょう。吸って吐いてー」
「すぅーはぁー」
「そうです。魔力の元、魔素を魔素循環器で魔力にして、魔法にします。魔素は目に見えませんが、空気中にあります。想像してみましょう」
魔素が体に入って魔素循環器を通って魔力になる。
と深呼吸と一緒に繰り返す。
「えりく、できたかも」
「大きさはどれくらいですか?」
「おひるねするへやにある、ボールくらい」
アニエスの両手で覆えるくらいの大きさだ。
「分かりました。では魔力のボールを私めがけて投げてみましょう。」
「えい」
周辺に網型の魔力壁を張ってボールを後ろに逃さないようにする。
私の胸にボールが当たる。魔力の密度もないため視認も難しい。
「お、お上手です。お嬢様は筋がいいですねぇ。」
そして持続は難しいようですぐに消える。
「ほんと?」
「ええ。次は形を変えてみましょう。」
「さんかくにする」
真剣な顔で手のひらを見つめるアニエスは、時折魔力の塊を触って三角になるように調整している。
「できたかも」
「では、私の手に乗せて下さい」
「はい」
アニエスが作った魔力の塊を触って形を確かめる。
「三角になっています。お上手です」
「えりく、つかれた」
三角の塊もすぐに消えた。
魔力操作の最初の一歩としては素晴らしい出来だ。
「魔力を使うと疲れます。繰り返し練習して疲れなくなっていくのです。」
「うん。……えりくはすごいね。ぱらそるながいあいだつくれてた。いすも」
「訓練の賜物です。あと魔法に関しては想像力のあるなしで持続可能時間が違います。」
「そうぞうりょく?」
「例えば」
パラソルを魔法で作る。まぁ、これも魔力操作の延長ではある。
「このパラソルの大きさはこれくらいで、傘の部分の素材は綿、骨組みは太くてとかいろいろ構造までしっかり思い描ければ少しの魔力で作れます。」
「すごい。」
「お嬢様もすぐに出来ますよ」
「うそだ」
余程難しかったのか、頬を膨らませる。
「嘘はいいません。だってお嬢様は初めての被写体を描く時に図鑑を見てからお絵描きしますよね?」
「うん」
「それと一緒です。本物をじっくりみて観察して理解していれば頭の中で考える時も、観察した本物が思い浮かぶはず。そうでしょう?」
「たくさんかんさつする!」
「たくさん観察するお嬢様はあっという間に、すごい魔法使いになります。ですが、魔力操作の練習をしないとすごい魔法使いにはなれません。」
「えー、そうぞうりょくとかんさつでまほう、つかえるのに」
私の話をちゃんと聞いて理解していることが分かる。
「では実演しましょう」
テーブルのところまでアニエスを連れていく。椅子に座らせ、アニエスの目の前で
「?」
水差しでグラスに水を注ぐ。
そして、口の小さな花瓶をグラスの横に並べた。
「このグラスが魔力操作をしていないお嬢様の魔力としましょう。グラスからこの花瓶に水を注いでください。勢いよくどうぞ」
「え」
「ほらほら」
「えい」
躊躇っていたアニエスを急かしグラスから花瓶に水を入れさせる。
案の定、水がこぼれテーブルが濡れた。
「さて、花瓶にはどれくらいの水が入ったでしょうか。持ってみて下さい」
「ちょっとだけしか、はいってない」
別のグラスを用意し、花瓶の中身を移す。
「では今度はゆっくり注いでください」
テーブルを拭き、空になったグラスにまた水を注ぐ。
「うん」
ゆっくり慎重に花瓶に水を入れるアニエスの表情は真剣そのものだ。
「ふぅーはいったー」
今度はあまり零れずに花瓶に水を移せた。移した分の水を別のグラスに入れ、最初と二番目の水の量を比べる。
「これが魔力操作をしたほうがいい理由です。花瓶は魔法に使える魔力と考えれば一目瞭然です」
「まりょくをまほうにたくさん、つかえるってこと?」
「はい。目標は、」
花瓶の口にあった漏斗を差しその上から水を注ぐ。
アニエスが目を丸くしている。
「ほぼ全部の魔力を魔法に使えるようになること」
「すごいまほうつかいになれる?」
「ええ。勿論です。アラバには魔法使いが少ないので、すぐに国一番の魔法使いになりますね」
簡単な魔法は使えるが、日常的に魔法を使おうという意識が薄い。魔法に興味津々なアニエスはすぐ上達するだろう。
「なんですくないの?」
「じじゃーん!この術式札を使う方が多いからです!」
ポケットから術式札を取り出す。
「???」
「これは魔力を流すと決まった魔法が使える札です。魔力の量も少なく決まった量で済むから大人の八割はこれを使います」
自由にアレンジし放題だが、魔力消費が使用状況によって変化する魔法と、アレンジ不可の決まった魔法を決まった量の魔力で使える術式札を使った魔術。
大陸では簡易術式札くらいしか流通していない。細かな設定の術式札は高額なのだ。
それに、術式化は学問として習うが知識だけでは柔軟な術式を組めないのも流通していない一因だ。
「どちらを使おうとも魔力操作は必須です。なら魔力操作を覚えて自由度の高い魔法を使うほうが面白いです!」
一瞬私の言葉に目が煌めいたアニエスだったが、すぐに疑う目つきで私を睨む。
「むー、えりく、なにかかくしてるでしょ。」
鋭いアニエスの言葉に
「……隠してはいませんよ。魔法が面白いのは本当です。魔力操作が出来ないと効率が悪いのも本当。ですが、魔力操作の必要性は、魔力が危険な一面を持っているからです」
アニエスの側に立ち、目線を合わせる。
「きけん」
「はい。魔力操作が出来ないと感情と一緒に魔力放出をしてしまうことがあります。」
「それはなんできけんなの?」
「魔力は魔力を持たない人にとって害になります。一気に浴びてしまうと死んでしまいます」
「え」
「少しでも体調を崩してしまうのです」
「じゃあ、じゃあ、ゆーれいあとちゃみとりんは?!」
「魔力を持っていません。」
「じゃあ、」
自分が三人を傷つけてしまう危険に気づいたアニエスは目を潤ませる。
「お嬢様。大丈夫です。私が三人とお嬢様をお守り致します。安心して練習に取り組んで下さい」
抱きしめると涙声で
「えりくぅぅ」
不安そうに私の名前を呼ぶ。
「大丈夫です。大丈夫。」
小さな背中を優しく摩る。
しばらくして落ち着いたアニエスは照れた様子で私をおしのけた。
「ふふふ、では練習方法を選びましょうか。」
「えらぶの?」
「一つだけ選んでください。魔道具を使う方法と使わない方法です。」
「なにがちがうの」
しっかり選択肢を吟味しようとするアニエスの姿に思わず笑みが零れた。
「魔道具を使った場合、ある一定の魔力が放出されるとピリッとした痛みで知らせてくれます。実際には魔力は漏れません」
「いたいの?」
「場合によってはかなり痛いです。お嬢様の普段の生活を考えるとそこまで痛くはないと思います」
「ためしてもいい?」
「構いませんが、痛い場合、痛いって気持ちで更に痛い思いをする場合もございますので、ご注意下さい」
「そっか。いたいのいやってきもちでまたいたくなっちゃうのか」
「お嬢様素晴らしいです」
「それくらいわかるもん」
えりくはまたこどもあつかいしてっと可愛い物言いについつい笑顔になる。
「いっかいためしてみる!いたいのむりだったら、つかわないでれんしゅうする」
「かしこまりました」
アニエスが前向きな思考で選んだことに安堵する。
魔道具を手首に嵌める。ぶかぶかかなと思ったが、手に引っかかってぬけることはなかった。
「きらきらしてきれいだね」
「よーし、では全力でえりく大好きって叫んでみましょう」
「いやだ。ぜんりょくでやったら、ぜったいいたいもん」
「つまりエリクが大好きと言ったも同然ですね」
「!、痛」
「!?大丈夫ですか?外します」
「だ、だいじょうだもん」
「何故気持ちが昂まったのかは謎ですが、こんな感じの痛みが走ります」
「えりくのどんかん。」
「え、私のせいですか?それは失礼致しました。それでどうしますか?このままつけるか、外すか」
「むー、まりょく、みえればいいのに」
悩むアニエスの言葉に、なるほどと目から鱗が落ちた。
「お嬢様。見えるように出来るか分かりませんが、ちょっと待ってて下さい」
私は魔力に色をつけられるか試しに魔法を使う。
「すごい、えりく」
アニエスの周りに緑のオーラが出現している。それが、魔力の流れだ。
「これを、自分の服と同じくらいまで体にぴったりさせて、下さい」
「うん!」
集中して体に近づけようとする。素直で飲み込みが早いのはアニエスの才能だなと思う。
服の形に似せることで魔力をワンピースのように着ている。
ガンガン消費する魔力に不安を感じつつも魔法を維持する。
「お上手です。これを維持していきましょう。」
「うん」
「じゃあ魔法解除します」
解除と共に襲う睡魔に抗い、
「魔道具は外しますね」
魔道具をアニエスから外す。
「お嬢様、魔力を動かしたので眠くはありませんか?」
「ねむい」
「では私と一緒にお昼寝しましょうか」
「うん、えりくもまほうつかったからねむいの?」
「ねむねむです」
「へへわたしがそいねしてあげるね」
「ありがたきしあわせ」
二人仲良く眠った。




