14:お嬢様と魔力
「かあさま」
「アニエス?どうしたの?」
執務室で書類に囲まれた奥様にアニエスが声をかける。
「かあさま、むねがぐるぐるする」
「気持ち悪いの?」
「へんなかんじ」
「エリク?これはどういうこと」
アニエスの体調管理も私達の仕事だ。それを怠っているように感じるのも無理はない。が、
「かあさま、ちがうの。わたしが、かあさまにいわなきゃっておもったの」
これは私達では駄目なことだ。
「もしかして、……リチャード!わたくしは少し席を外します。」
「かしこまりました」
奥様はアニエスを抱き上げ、執務室を出る。そして、足早に部屋に向かう。
「そっかぁ、もうそんな歳なのね。ふふふ」
「かあさまぁ、このぐるぐる、なに?」
「お部屋で説明するわ」
「うん」
奥様が勢いよく扉を開け放つと、部屋で働いていた奥様付きの侍女達はびっくりする。
「皆!部屋を出なさい。エリクも外で待機!」
「かしこまりました」
奥様は侍女達を追い出し、扉を閉める。
急なことに皆
「エリク、何があったの?」
困惑している。
「あー、皆様。魔力はお持ちですか?」
「いいえ。私達は」
スピノザ家の使用人の殆どは貴族ではない。
「魔力持ちの子どもは大体五歳から七歳で魔力の発現があります。その時は家族が導くんです。」
そうしないと体の中を魔力が渦巻き、感情の高まりとともに暴発する。
記憶の中のアニエスは、七歳の頃に苦しくて我慢できずに暴発させた。その後一週間眠り続けた。
症状が出た時期に差が出ている。もう少し後だと思っていた。これは見過ごしていい誤差なのか?何か影響があるのだろうか。
「成長に必要な過程です。」
みんなに言っているようで自分に言い聞かせているようでもある。
「そうなのね。びっくりしたわ」
侍女達としばらく部屋の前で待機していると、カチャリと扉が開く。
「えりく」
アニエスが出てきた。少し恥ずかしそうにしている。
「エリク、今日はゆっくりさせて頂戴。魔力を動かして疲れてるはずだから」
「かしこまりました、奥様。……お嬢様、私にも抱っこさせて下さい」
「ぃぃょ」
「では失礼します」
お姫様抱っこをして、アニエスの部屋に向かう。
「えりくぅ、ねむぃ」
「眠ってていいですよ?」
「ん、すぅすぅ」
揺られて睡魔が襲ってきたのか、魔力を初めて動かしたから眠いのか分からないが疲れているのは分かる。
部屋にアニエスを運び、ベッドに寝かせる。
「今日は、私が側にいるのでトーマス以外は休みにしましょうか」
チャーミーとユーレイアを帰しトーマスを呼ぶことを提案する。
「お嬢様は大丈夫ですか、エリク。」
「大丈夫です。奥様が魔力を導いて動かしたので、疲れて眠っているだけです。あとは慣れるまで練習あるのみかな」
「魔力のない人への事故が多いって聞いたことあるんですけど」
チャーミーが不安そうに言う。
「チャーミー。そんなことを言うのではありません。わたし達の不安がお嬢様に伝わったらどうするのですか」
ユーレイアが嗜めるも不安は尤もだ。
「ユーレイア、チャミちゃん。魔力の放出は魔力操作の練習をしないと起こる危険の一つです。事故が多いのも本当です。」
「エリク」
「なので、私とトーマスがまずはお嬢様の状態を確認してから今後のシフトを決めましょう。」
「分かりました。」
「チャミちゃん、事故の殆どが気性の荒い我儘さんが原因だからそこまで不安に思うことはないよ。好きすぎて放出もあるからユーレイアのほうが実は危険ってことはあるけど」
「エリク。安心させたいのか、不安にさせたいのかどっちですか」
頬をつねられた。痛い。
二人が部屋を出て、しばらくするとトーマスが
「魔力の発現ですか?!先輩、それでお嬢様は」
慌てて駆けつけた。
真っ先にアニエスの心配をする。やっぱりいい奴だな、トーマス。
「無事完了したから、大丈夫。取り敢えず魔力持ちだけで側を固めようかと思って」
「そうでしたか。確かに魔力の発現後は無意識に感情と連動して放出するので危険ですから仕方ありません」
「早く慣れるしかないんだっけ」
「それか、騎士爵家は魔力封じの魔道具で訓練すると聞いたことがあります」
騎士爵は魔獣の危険がある地域を治めている。そのため早い段階から魔力操作の訓練を行うらしい。
調べて知っているが、そこまで知らない振りをする。
「びりびりするやつだったか」
「子供用なので、そこまで痛くないらしいですが」
「よし、私が試してから決めよう。」
「先輩?」
「トーマス、ちょっとお嬢様のことみてて。魔道具あるか確認してくる」
そうと決まればと部屋を急いで出る。
執務室でにやにやしながら仕事する奥様に魔道具の所在を聞くと
「そんなのないわよ。アラバの魔道具技術では作れない品よ?ソルシエールか帝国からの輸入品に限られる。だから金持ってる貴族以外所有してないわ。」
そんな回答をもらった。
「いや、騎士伯家」
「先代のやらかし賠償金を支払うために何かと節約しているのよ。高額な魔道具は真っ先に売り払ったわ。」
「じゃあ魔力教育は自力で?」
「わたくしも魔道具は使わなかったわよ?リチャードは?」
「私も魔道具は使いませんでした」
「まじか、うーん。じゃあ仕入れてきます」
「は?」
奥様とリチャードが目を丸くする。
「お嬢様が悲しむことにならないように全力を尽くします」
執務室を出ると、一旦部屋に戻りトーマスに留守を任せる。
かなり久しぶりに屋敷の外に出た。
「まぁ、権能の中に隠してるんだけど、調達してきた体を取らないと怪しすぎる。」
街をぶらりと歩く。
魔力の発現もアニエスにとっては大きな出来事だった。あの記憶の中での旦那様は奥様を亡くしたショックで酒に逃げ、ユーレイアは既にアニエスの側にはいない、彼女は一人で魔力を暴発させた。
「さてと、神殿でもみてくるかね。雷の後、権力握れたのかなぁ、あの神殿長。」
私が聖女に会いにいった後、雷が神殿に落ちた。
懲りずに危険な魔道具の実験をしていたらしく、懲罰対象になった。神官長や神官達が大勢逮捕された。
神殿に入り周囲を見回す。
「貴女様は」
丁度一階にいた神殿長が声を掛けてきた。
「やぁ。あれからちゃんと権力は握れたかい?」
「眷属様のおかげで、……気のせいですかな、お年を召された気がするのですが」
「うん、歳とってるよ。あれから五年以上経ってるんだもん。人に紛れるとはそういうことさ」
「??」
「あー気にしなくていいから。権力握れたなら良かった。じゃあね」
神殿を後にして、魔道具を販売している店を何店舗か冷やかし時間をかけて屋敷に戻る。自室に帰り、女神の権能から魔道具を出す。
この魔道具を買うのも結構大変だった。私が滞在した時期の少し前に改造魔道具の暴発事件があったらしいと噂があり、魔力封じの魔道具を販売する時は相手の身元を確認する必要があると店主に言われた。
師匠のおかげで買えたのだが、改造って出来るの?と怖くなった。
魔道具や術式札は改良も改造も難しい筈なのに、一般レベルで噂が回るなんて怖すぎる。
無理無理と一蹴されないのが、本当に怖い。
アラバなら相手にされない噂、いや、噂にすらならないだろう。嘘だと笑われるのがオチだ。
魔力封じの魔道具には鍵と本体があり、本体を手首に嵌め、鍵をかける。
緩急をつけて魔力を動かすと、
「いた」
静電気が流れたような痛みを感じた。
どの程度なら痛くないのか、色々試す。
サイス領にいた時も試したが、不具合と痛みの確認は怠らない。痛みの感覚が変わっていないとも限らないからだ。
「あー、いっった。怒ると出るか、結構勢いよく流れるな。イライラぐらいでは大丈夫かな。危険か痛みかの二択を選ばせないといけないのか。はぁ、憂鬱」
鍵を開けて魔道具を外す。
「他には何が出来るかな。リスクだけ教えたら学習面では悪影響しかないし。うーん、まずは魔法の楽しさからかな」
手を閉じたり開いたりして感覚を確かめる。
「大丈夫だな。」
魔道具を持ちアニエスの部屋を訪れる。
「お待たせ。トーマス、お嬢様は?」
「先輩、いえまだ眠っています。恐らくですが、目覚めるのは夜になるかと思います」
「あー確かに。私も初めて魔力を動かした時は大変だったなぁ。めっちゃ疲れたし」
「あ、そういえば先輩、魔道具は」
「あぁ。あった。なんか、知り合いの知り合いの魔道具商が丁度仕入れたとかなんとかで、即金入れたら売ってもらえた」
取り敢えず魔道具の入手経路をふんわりと護摩化す。
「ソルシエール製だから品質は保証するよ。結構痛かった」
「もう試したんですか?!」
「うん。喜怒哀楽なんでも強い感情を外に出すと流れるかな、哀楽は流れにくいけど。」
試した感想を伝える。
「イライラとかムカムカ、モヤモヤの発散出来ない感情までなら反応しないけど、愚痴ったら下手すると流れる」
「既に情報が整理されている。」
「魔力操作をお嬢様がすぐ覚えられればいいんですけど、」
「習慣化させないといけないので時間がかかりますよ。あまりお嬢様の負担になるようなことはボクが許しません」
「ふ、言うようになったね、トーマス。では、お嬢様が楽しんで魔力操作を覚えられるように作戦を練ろうと思うんだけど」
「分かりました。ボクも考えます」
アニエスが進んで魔力操作を練習するにはどうしたらいいか、トーマスと案を出し合う。
好きなことに絡める。
説明を分かりやすく、練習は繰り返しやすく。
必要性を理解させる。
「ボクは兄がいるのですが、兄は気性が荒くて魔道具を嵌めていました。」
トーマスとは正反対の兄弟の話に驚いた。
「よく痛いって叫んでいたので、それが怖くて、恐る恐る訓練をしました。が、特に怖いこともなくすんなり覚えられたので、お嬢様もそのタイプかもしれませんし」
「そうだよね、それもあるかぁ。」
思い詰めるのも問題だが、楽観視しすぎるのも問題だ。
感覚を掴むまでどれくらい掛かるかは本人次第。
私は最初が大変だった。
魔法なんて漫画やゲームの世界でしか知らない。ゲームはコマンド入力やスキル選択で発動するし、漫画は原理は分からないが魔法陣を描いたり呪文を唱えたりする。
もしスポーツをやっていたら、すぐに感覚を掴めたかもしれない。
私が運動音痴じゃなければ、と思いつつ女神に手伝ってもらった。強制的に魔力の流れ、動きを教わりなんとか理解した。でも、かなり痛かった。
無理矢理動かすのは無しだ。
「好きなことや楽しいことを交えて教えるかぁ。」
「お嬢様ならお絵描きに例えるとか?」
「クレヨンを操って絵を描いたり、ページを捲ったりする?」
「流石にそれは難しいかと」
「ですよね」
いくつか案を出して大まかな作戦を練る。
「お嬢様に説明してからになるけど、お嬢様の選択によってはトーマスと私が交互にお嬢様の側に控えましょう。」
「分かりました」




