13:お嬢様とユーレイアの結婚
ユーレイアが結婚した。
新生活のため一週間の休暇を取るだけで、恐れていた離職もなく安心していたら、
「えりく、いっしょにねよー」
アニエスの五歳になって初めてのお誘いに
「はい、お嬢様」
環境の変化に不安になっていることに気づいた。
いっぱいぎゅーすると、照れながらも嬉しそうに笑うアニエスに思わずにやける。
「もー」
にやけている私に気づいたアニエスは頬を膨らませる。
「ごめんなさい、お嬢様。久しぶりにお嬢様と眠るなぁと感慨深くて」
「えりく、ぎゅー」
「はい。ぎゅー」
アニエスは侍女を増やしてから自立心がすくすくと育っている。あまり我儘を言わなくなった。
「お嬢様、ここには私しかいません。我儘言っていいんですよ?」
「……ん、ゆーれいあにあいたい」
「大好きですもんね。それにユーレイア、いい匂いするし」
「うん。かあさまとはちがうにおいだけど、やさしいにおいがする。すき」
「明日、そっと見に行きます?確か部屋の移動の日ですから、偶然を装いましょう」
「だめだよ」
「だめじゃないです。はい、決定。次は何します?」
「……えりくは、けっこんしないの?」
「どうしました?エリク結婚しないでぇーってことですか?」
「ちがうもん。ゆーれいあ、おかあさんからはやくけっこんしなさいっていわれてたって。きこえないふりしてたって」
「あー、この国は結婚適齢期が短いんですよ。」
十五で成人、二十歳までに結婚、二十五までに子供をもうける。生き急いでいる気がするのは、私が自由気ままに生きてきたからだろうか。
記憶の中のアニエスは二十歳になったのに、結婚どころか婚約者もいなかった。周囲からも行き遅れと笑われて苛立っていた。この世界の常識は絶対じゃないんだと伝えなくては。
「てきれーき?ってなに?」
「結婚するのにぴったりな時期ってことです。二十歳そこそこで結婚って若すぎます。私の故郷では二十歳から大人なのに。まぁその成人年齢も最近十八から大人って変わったんですけど」
アラサー独身女に適齢期は禁句だ。大分前から無視しているけど、禁句は禁句だ。
「?えりくはぴったりき?」
「いえ、結構前に過ぎました。この国の、適齢期は。今二十五くらいなので。ユーレイアが二十三でしたっけ。二十歳までに結婚しろなんて聞こえないフリしてればいいんですよ」
この世界に来た時に外見年齢は二十歳にした。ぴちぴちのお肌を長く堪能するためだ。若過ぎると信用も生まれにくいから仕方なく、二十歳にした。
「えりく、……」
「ん?どうしました?難しかったですか?」
「えりく、ゆーれいあよりとしうえなの?」
「驚くところはそこですか。そうですよ、若々しいでしょ?」
「こどもっぽい。」
「ぐは、お嬢様の鋭い攻撃がクリティカルヒット」
「わたしもけっこん、するのかな」
「したくないならしないでいいと言いたいのは山々なんですが、貴族であるお嬢様は家の為の結婚をすることになります。勿論旦那様が選びに選ぶでしょうから変な男に嫁ぐことはありません。あ、私はついて行きますから安心して下さいね?」
「ぅん」
「不安ですか?」
「うん」
「まだまだ先のことです。もう少し大きくなってから考えましょう。それまでその不安は放り投げときましょ。ぽーい、ぽぽぽーい」
見えない不安を投げ捨てる。
「ぽーい」
アニエスも私の動きを真似する。
「よくできました」
翌朝、ユーレイアの引っ越しを偶然を装い眺めていたら、
「見てるだけじゃなくて手伝って下さい」
と荷物を持たされた。
アニエスも楽しそうに鞄を運んでいる。
動きやすい服装にして正解だった。キュロットみたいな半ズボンと半袖シャツで、装飾が殆どついていない服はお忍びにはうってつけだった。
ユーレイアも最初は全く気づいていなかったくらいだ。
「満足そうなところ悪いんですが、エリクがお嬢様を小脇に抱えていたからお嬢様だと気づかなかっただけですから」
心の声を読むとはエスパーか?!
「庶民の子供ってあぁやって抱っこするんじゃないんですか?」
「違います」
あれ、ウチの母は幼い私と弟を小脇に抱えて移動してたけど、ん?ウチが普通じゃない?
お嬢様だからと正面で抱えてたけど、それが普通だったらしい。
「それにしても魔法は便利ですね、エリクが手伝ってくれたおかげで引っ越しがとても早く済みました。勿論お嬢様がわたしに会いにきてくれたからこそではありますが」
魔法の荷車に荷物を積めるだけ積んで運んだら二往復で済んだ。
アニエスは運んだ鞄をアークに手渡す。
「ありがとうございます、お嬢様」
「うん、あーく。ゆーれいあをおねがいね。」
「はい、お任せ下さい」
「……もし、なかせたらえりくをさしむけるから」
「なんて恐ろしいことを。ですが、そのようなことにならないよう努力します」
「うん、おねがいね」
アニエスは小走りでユーレイアに駆け寄る。
「ゆーれいあ。つぎはなに、したらいい?」
「お嬢様。ありがとうございます。では、部屋に飾る絵を描いていただけますか?花の絵をお願いしてもよろしいでしょうか」
アニエスは
「それでいいの?」
と首を傾げる。
「それがいいのです」
「うん、わかった!えりく、いくよ」
「かしこまりました。」
「あ、お嬢様。この額縁に合う絵でお願いします」
ユーレイアが額縁を持ってきた。
凄くシンプルな額縁だ。
「これは?」
「わたしの妹が作った額縁で、どんな絵を入れようか考えていたところでして」
「ゆーれいあ!まかせて、ぴったりなえ、かくから!」
アニエスに引き摺られ部屋に戻る。
「まずはおはなをきめなきゃ。」
部屋に戻るなり、図鑑を取り出し額縁と図鑑を見比べ始めた。真剣な顔でページを捲るアニエスに、
「この本はどうですか?」
花言葉の本を見せる。
植物関連のお絵描き用として集めた書籍の中の一冊で、これまで出番がなかった。
「はなことば?」
開いたページの花を指差し説明する。
「そうです。花にまつわる話からつけられた言葉で、この花は神話の中で女神が愛でた花なんですけど、寵愛って、特別に可愛がっているって意味があります。言葉から探すのもいいんじゃないでしょうか」
「そう?」
「描いた花の花言葉が変だともったいないですからね。」
「そっかぁ、わかった」
結婚のお祝い向きやユーレイアへの気持ちに合っているものを抜き出す。
「これにする」
「額縁とも調和がとれていますね、よい選択だと思います」
花言葉、貴女が幸せでありますように。
東と西の女神の寵愛を受けた双子の姉妹がなんやかんやあって互いを思い贈りあった素朴な花、マール。
図鑑を見ながらアニエスが真剣な顔で絵を描く。
「お嬢様、眉間に皺が寄ってますよ。楽しんだ描いて下さい」
アニエスの眉間に指を当ててぐりぐりする。
「だってプレゼントだもん」
「だからですよ?どんな気持ちで描いたかは結構絵に出るんです。それにありがとうとかおめでとうとか気持ちを込めるとよりよい絵になると思いますよ」
「……わかった。……ありがとうえりく」
唇を尖らせてぼそぼそと礼を言うアニエスの頬を摘む。
「もう一度お願いします」
「む。ありがとう」
「ふふふどういたしまして」
絵を描き直して、とても伸び伸びと愛らしい花の絵になった。
ユーレイアから受け取った額縁に絵を入れて、
「ちょっと可愛くしましょう」
リボンをつける。
「行きましょうか」
ユーレイア達の部屋に向かう。
「お嬢様」
「はい、ゆーれいあ。これあげる」
「この花、マールですか?とても嬉しいです。あれ、わたし、マールが好きって言いましたっけ?あ、すみません、少し動揺してて」
絵を受け取ったユーレイアが涙を流した。
「ゆーれいあ、はんかちどーぞ」
「ありがとうございます、お嬢様。」
「マール好きだったんですね、知りませんでした。でもユーレイアっぽいと話してましたよお嬢様と。色々考えてお嬢様が最終的に決めたんですよ」
「お嬢様、ありがとうございます。大切に致します」
「えへへ」
ユーレイアが礼を言うとアニエスは照れて珍しく私の後ろに隠れた。
「ユーレイアが結婚かぁ、知ってはいたけど、なんだか感慨深いなぁ」
夜、ベッドに寝転がり呟く。
アニエスが生まれて五年経った。最大の不幸は防いだ、それを起点とした不穏の連鎖は断ち切った。
イレギュラーはロイドとの接点だったが、それも問題なかった。
「イレギュラーは怖いが、大丈夫。私ならやれるし、お嬢様なら大丈夫。大丈夫大丈夫」
情報のない展開が怖いが、それを飲み込む。
「すぅすぅ」
目を閉じていたら、いつの間に眠っていた。
「はっ」
「お目覚めですか?エリク」
「あー、リチャさん。来てたんですか」
上体を起こし、ベッド横で人の寝顔を肴に酒を飲んでいるリチャードに
「起こしていいって言ってるのに。寝顔を眺めて酒飲むのはやめて下さいよ」
文句をつける。
去年までただの同僚だったリチャードだったが、なんやかんやと部屋を行き来する仲になった。
そのきっかけは、何故か落ち着いたはずの私のモテが再燃したことだった。
再燃した理由は分からないが、一時期不眠になるほど悩まされた。アニエスに悟らせないよう気をつけたが、
「えりく。つかれてる?」
心配させてしまった。
だから、
「エリク、特定の相手を作ればいいのではありませんか?」
「あー、そうなんですけど、結婚する気もないのにそんなことは出来ません。」
「なら私と付き合いませんか?私は長男ですが、側室の子で家は継げません。義母からは子を作るなとも言われています。」
酷めの家庭環境にある
「リチャさんはそれでいいんですか?」
「はい。私はエリクだから提案しているんです」
リチャードの提案に頷いた。
何故リチャードが私にそんな提案をしたのか。正確には理解していない。
「貴女の寝顔が面白いのが悪いんですよ」
リチャードと付き合っていると知られる頃にはモテも落ち着いた。本当にアレはなんだったんだろう。
元の世界では一度もお目にかかることのなかったモテ期が異世界でやってきたのだろうか。
「失礼な」
どこから持ってきたのか、私の部屋にはない脚の長い丸テーブルにグラスを置きベッド縁に移動したリチャードは私の頬に触れる。
「何か心配事ですか?あまり眠れていないのではありませんか?」
リチャードはお見通しらしい。
でも理由は言えない。
「これは私が乗り越えないといけないもの、だから。ありがとうございます。心配してくれて」
「あまり無理はしないでください。貴女の助けになりたい」
「ん。ありがとう」
「……おやすみなさい」
リチャードは私の額に軽くキスをして部屋を出て行った。
「丸テーブルの脚掴んでるリチャさんはちょっと面白かったかも」
それにしても誰かと付き合う日がくるとは、青天の霹靂だ。
私は男性との接触が苦手だ。気合いで我慢しているが、握手も出来れば勘弁してほしいくらいだ。相手に好感をもっていても構わず襲ってくる気持ち悪さに軽く絶望していた。
それが無い、リチャードは稀有な存在だった。
「何が違うんだろ」
むしろ心地よさすら感じる。
勿論、恋の迷探偵さんにニヤニヤされた。
エリクは2022年頃の日本で生活していました。




