第29話
妖狐が一体何の目的でこちらに来たんだ?
考えても分からない。敵対の可能性も考慮し、警戒しながら向かう。
「妖狐、ですか。北の亜人の仲間でしょうか?」
「どうだろうな……ただ、これまでに一度も見ていないから……別の勢力かもしれない」
「それは……また別の意味で厄介ですね」
……本当にな。
敵に先にこちらの情報を手に入れられてしまったというわけだからな。
俺は感知術に反応があった南門へと向かう。
門は固く閉ざされていたが、その奥で交戦しているのだろうことは音だけでも分かる。
「門を開けてくれ!」
声を張り上げると、門付近にいた亜人たちが俺へと視線を向けてくる。
彼らは俺の言葉に驚きながらもすぐに門を開けてくれる。
そこを過ぎるように、外へと出ると……亜人たちが倒れていた。
ゴブリン、ワーウルフ、そしてスライム。
基本的に彼らが見張りなどを行っているのだが、皆ボロボロの状態だ。
数は十名ほどいるというのに、それを意にも介さず一人で処理するなんて……。
死者がいないのは幸いだ。
彼らをそこまで傷つけた犯人へと、視線を向ける。
威風堂々といった姿で立っていたのは、和服のようなものを身に着けた妖狐だった。
その顔は、どこか見覚えのあるものであり――
「……確か、リオンの」
そう、何度か屋敷で見たことある使用人に似ていた。
……リオンに仕えていた妖狐、だと思う。
リオンが亜人の奴隷を購入したことがあるということで、家族の間で話題になった。
名前は確か、マールナス、だったはずだ。
ただ、さすがに亜人のままでは公爵家としての立場的にも問題がある、ということでマールナスには変装をしてもらっていたはずだ。
彼女は他者の認識を歪ませる魔法が使えるとかで、普段は人間の使用人として仕事をしてもらっていたはずだ。
リオンが一体どんな目的でマールナスを雇ったのかは分からないが、もしかしたら魔道具を製作できるという点に目をつけていたのかもしれない。
亜人であることは家族と一部の使用人のみに伝えられていたが、別段問題なく普通に使用人として生活していたはずだ。
兄たちはマールナスを毛嫌いして、虐めるようなこともあったらしいが、俺は特に彼女を気にせず普通に接していたものだ。
むしろ、虐められる立場というのに、仲間意識のようなものが芽生え、何か困ったことがあったときには助けてあげることもあった。
……まあ、所詮俺にできることは限られるんだけど。
だが、当然疑問が生まれる。
リオンが死んだとはいえ、それでも彼女はハバースト家の使用人だ。
マールナスは亜人だし、やはりハバースト家が嫌がったのだろうか?
それで、下界に送った?
だとすれば合点は行くが……どうにも、そんな雰囲気には見えない。
驚きながら彼女へと視線を向けていると、妖狐はこちらへと気づいた。
同時にピンと耳と尻尾を伸ばし、彼女はこちらへと向かってくる。
「く、クレスト様へ近づけるな!」
ゴブリンが叫び、妖狐へと飛び掛かったが、彼の体は風魔法に弾き飛ばされた。
魔法の発動が速すぎて、俺も一瞬驚いてしまうほどだった。
リビアが剣を構えるが、それを制する。
「クレスト様。お久しぶりです」
呼びかけてきた彼女の表情からは、何を考えているのかは読めない。
警戒しながら、マールナスに返事をする。
「確か、名前はマールナス……だったな?」
「うひゃああああ!?」
俺が名前を呼ぶと、マールナスが突然雄たけびを上げた。
それに俺たちは当然驚き、彼女をじっと見る。
「ま、マールナス……。一体どうした? 名前が間違っていたか?」
問いかけると、マールナスは正気に戻ったような顔とともに再度頭を下げてきた。
「……はっ。いえ、そんなことはございません。私はマールナスです。ええ、ただあなたに名前を呼ばれて昇天しかけただけでございます。とても嬉しいです。これからも愛を囁くかのように私の名前を呼んでいただければと思います」
何を言っているんだこいつは……。
スフィーとはまた別ベクトルの狂人ではないかと、今のやり取りだけで理解させられた。
スフィーはどこか理解しておかしな言動をしているようだったが、マールナスは明らかに本物だ。
できれば、このまま引き返していただきたかったが、とりあえず敵対されていないのにわざわざ嫌われるような行動をとるのも危険だ。
俺は、努めて冷静に質問する。
「それで、どうしたんだ? ほとんど、面識はなかったと思うが」
「確かに、そうでしょう。ですが、私はあなたのことを忘れたことなどございません!」
声を上げ、興奮気味に叫んだマールナスは、それから俺の手を両手で包み込む。
「クレスト様! ようやく、ようやくお会いできました! そして、お褒めください! 私は、あなたを苦しめた皆を始末することに成功したのです!!」
「……は?」
興奮した様子のマールナスは、それからさらに鼻息荒く、頬を紅潮させながら叫ぶ。
「ハバースト家の者たちを皆殺しにしたのです! ええ! あなたを散々に苦しめたあいつらを……! ただ、一つ問題もあります! エリスです! エリスの奴を、私はまだ発見できていないのです! 奴を八つ裂きにしなければ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。落ち着いてくれ」
「はっ、これは申し訳ございません。一度落ち着きます。深呼吸をさせてください……すーはー、はあ……クレスト様の匂いが、胸いっぱいです! ひゃあ!!」
……落ち着けと言っているだろうが。
俺はあまりの奇人ぶりに、マールナスから完全にドン引きするしかない。
助けを求めるようにリビアを見ると、彼女はすっと俺とマールナスの間を塞ぐように割って入ってきた。
リビアの横顔は、しかし困惑に満ちていた。
「え、えーと……あなたは、妖狐……ですよね?」
「むっ!? 貴様は一体何者だ!? 私とクレスト様との仲を割く輩か? ならば、切り刻んでやろう」
「……マールナス。落ち着いてくれ」
「はっ、申し訳ございませんでしたクレスト様」
とりあえず、リビアに助けを求めた俺も悪いな。
マールナスの相手はしたくないが、俺が彼女と話をする必要がありそうだ。
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