第30話
「それで、マールナス。一つずつ、疑問を潰していきたいんだけど、質問いいか?」
「はい。なんでしょうか?」
「まず、おまえはリオンの使用人だったマールナスで間違いないな?」
「ええ。思い出したくもありませんが、その通りです」
「……それで、リオンに強化魔石を製作して渡したんだな?」
「そうです」
「でも、マールナスは奴隷の首輪をつけられていたよな? それでもできたってことは、リオンがおかしな命令をしたってことなのか?」
「その通りですよっ。さすがクレスト様です。リオンは馬鹿ですよ。聡明なクレスト様ならば理解できるかと思いますが、奴は私に『とにかく強くなれる強化魔石を作れ』と、命じてきたんです。ふふふ、ですよ。もっとしっかり指定しなければ、『死ぬかもしれないけど強くなれる強化魔石』を作ることもできてしまうのですからね。あとはそれを渡して使わせただけです」
自慢げに笑っていたマールナスだったが、それからはっと彼女は気づいた。
「そ、そういえばクレスト様お怪我はされていませんか!? されていれば、それはもう丁寧に治療させていただきます。傷は舐めれば治るといいますから、それはもう丹念に全身を舐めさせてもらいますが……」
「してないから、大丈夫だ」
「そうですか。それは残念です」
「……残念?」
「し、失礼しました。舐めるチャンスを失ってしまったからこその本音が……。とにかく、リオンがいくら雑魚の雑魚でも、私の強化魔石で強化されていれば多少は苦戦する可能性もありましたからね……ですが、さすがクレスト様です。さすが、私がお慕え申すだけはあります。ますます、あなたへの思いが高まりました……っ!」
高まらなくていいから……。
ただ、彼女の話でリオンに関しての疑問は完全に消えた。
奴隷の首輪があるとはいえ、その中で上手く奴隷から脱出しようとする者も中にはいる。
制限がある中でも、例えば先ほどのマールナスのようにできることはいくらでもある。
奴隷の首輪をつけたからといって、油断してはいけないのだ。
「それじゃあ、次の疑問だ。……さっき話していたハバースト家の者たちを皆殺しにしたというのはどういうことだ?」
「その言葉のままです。リオンから解放されたので、とりあえず奴隷の首輪の効果はなくなりましたので、そのままちょっくら毒を混ぜてきました!」
そんなちょっと遊びに行くような感覚で語られても。
マールナスの言葉に、俺は少し迷ってしまった。
……皆死んだ、か。
一瞬、僅かばかりに悲しいと感じてしまったのは事実だ。
あんな家族でも、一応は家族だったんだからな。
ただ、それも本当に僅かばかりの気持ちで、すぐに受け止めることはできた。
「それは確定しているのか?」
「恐らく、死んだとは思いますが……まあ、処置が間に合っていれば生きている可能性も多少はあると思います。それでも、何かしらの後遺症は出るように毒を作ったので問題ありませんよ!」
「問題ないというか……まあ、いいか。それで、最後の質問だ。エリスに関してだが――」
その名前を出した瞬間、マールナスが目を吊り上げた。
彼女の体からも膨大な魔力が溢れ出し、その圧力に頬が引きつる。
「エリス! そうなんですっ! 奴はいつの間にか上界から姿を消したそうで、私も殺し損ねました! 今下界に来ているらしいですが、どこにいるのやら……すでに死んでいるのなら、私の仕事も減るのですが」
どうしよう。
今この村にエリスがいることを知ったら、勢いのまま殺しに行きそうだ。
「どうして、エリスを殺そうとしているんだ?」
「それはもちろん、クレスト様に酷いことをしたからです。クレスト様が苦しんでいるのを私は陰から見守ることしかできませんでした……っ。その点は申し訳ございませんでした」
ぺこりと深く頭を下げてくる。
「い、いや謝らなくてもいい。マールナスの立場なら仕方ないんだからな」
「ああ! 寛大です! やはりクレスト様は寛大です! そして、さらに謝罪を重ねます! クレスト様がたまに泣いている姿を見て、僅かばかりに興奮してしまったことも!」
「……分かった。それはもういいから。……それで、エリスのことなんだが――」
そう言ったときだった。
感知術にエリスの反応があって、俺ははっと振り返る。
「何か呼びましたの?」
そう言って現れたエリスを見た瞬間、マールナスがそちらへと飛び掛かった。
風魔法を放ちながら彼女へと迫る速度は、さすがに亜人というだけある。
恐ろしいほどの速度だった。
そんな悠長な感想を抱いている間に、エリスは即座に魔法を使ったのだろう。
自身を守るように結界のようなものを展開していた。
さすがに、聖女の加護を持っているだけはある。
仕留め切れなかったとみるやいなや、マールナスはエリスへと尻尾を振りぬいていた。
エリスは、それにさえも反応する。
マールナスが振りぬいた尻尾を剣で受け止めていた。
マールナスの尻尾はかなり自由に動くし、頑丈なようだ。俺の影術の距離を押さえた感じか。
って、冷静に分析している場合ではない。
「エリス! なぜここにいる! いやむしろ好都合! ここで仕留めてやる!」
マールナスが激昂し、さらにエリスへと攻撃を仕掛けている。
「な、なんなんですのこいつはっ!」
エリスが叫び、自身に補助魔法を使用した。
それから、エリスはマールナスから距離を取り、じっと睨み合う。
俺はその間に入って、マールナスを見る。
「マールナス。とりあえず落ち着いて、話を聞いてくれ」
「はい! なんでしょうか! エリスをどのように殺すかについてですか!?」
なんて物騒なんだこいつは。
「……今、彼女は俺たちと一緒に暮らしている。……色々あったが、今はこうして仲間になっているってわけだ」
「……まさか、クレスト様。エリス様もその寛大な心でお許しになったのですか!?」
許した、というかなんというか。
敵対する必要はない、と思っただけというのが正しい表現でもあるが、その辺りをエリスの目の前で説明するわけにはいかないので、ひとまず頷いた。
「そういうことになる。だから、マールナス。一度矛を納めてくれ」
やる気満々の彼女にそういうと、溢れていた魔力がすっと引っ込んでいく。
「分かりました」
「く、クレスト? これは一体どういうことですの?」
エリスの疑問に、俺はため息をつく。
いつの間にか集まっていたオルフェたちをちらと見てから、俺は外で傷を追っている亜人たちにも視線をやる。
「とりあえず、エリス。外で怪我をしている亜人たちの治療をお願いしてもいいか? その後で、説明する」
「分かりましたわ」
エリスはちらちらとマールナスを警戒するように見ながら、そちらへと向かう。
……さて、一体どのようにして説明しようか。
とりあえず、今日北の亜人たちの調査に向かうのは中止だな。
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