228話 四傑候補④
影魚との遭遇から三日。
僕たちは次なる四傑候補の魔物を探して、また別のエリアへと移ってきた。
いま僕たちがいるのは、何らかの地殻変動で出来たであろう切り立った崖の縁。
崖は見渡す限り緩いカーブを描きながら果てしなく続いており、崖の上下の高度差は数百メートル。
崖が森を上下に完全に隔てていた。
その崖がある以外は、いたって普通の森林。
崖で上下に分断されてはいるものの、どちらも同じように魔境ならではの、背が異様に高く育った木々が生え揃う。
ただ、ここの木々は紅葉しない種のようで、深緑の葉をたっぷりと蓄えて緑のベールを纏っていた。
そんな森の崖っぷちの場所で、ちょうど魔物の縄張りになっていない場所を見つけると、僕たちはそこに陣取った。
目的はもちろん、四傑候補の偵察のため。
なんと都合のいいことか、眼下の森はその四傑候補の魔物が縄張りを敷いていたのだ。
――ウォォォォォォン!!!
――#$&%@*!!!
崖下の森から、二種の魔物の声が漏れ聞こえてくる。
一方は、力の籠った獣の唸り声。
もう一方は、何らかの意味が込められているような、言語めいた響き。
それを聞いたミヤさんは、すぐさま魔物の正体に当たりをつけた。
「遠吠えの方は……イヌ科の動物を元にした魔物だろう。
そして、もう一方の言語らしきものは、聞き覚えがある。
こちらは、オーク種で……特に頭となる統率種が率いている巨大な群れで扱われる言語だ」
「イヌ科の魔物に、オーク種ですか。
因みに、どっちが四傑候補なんですか?」
「ううむ……」
僕の問いに、ミヤさんは視線を遠く――眼下の森に向けながら、考える素振りを見せた。
そうして、たっぷり十数秒の時間を取った後に答えを口にする。
「今は両者共に四傑候補、と言っていいだろう。
スペックだけ見れば、どちらも申し分ない。
まあ、見ていれば分かるさ」
とのことだったので、僕たちはこの安全地帯から魔法で視力や聴力を強化したうえで、高みの見物をすることと相成った。
まず、姿を見せたのはイヌ科と思われる魔物の方だ。
「あっ、あそこに黒い狼がいます!」
「どれどれ……」
いの一番にそれを見つけたユメは、声を上げると左側の方を指さした。
「ああ、確かにいるね。
ユメ君の見た通り、あれは狼の魔物で間違いなさそうだ」
続けて、見つけたミヤさんが魔物をよく見てそう断定する。
「だが……見た目上はいたって普通の大きい狼だね。
動きも、あの巨体に見合ったものの範疇におさまっている。
となると、特殊な能力を持っていそうだ」
「あっ! 狼の近くにオークの集団が見えました!」
「おお、ユメ君は見つけるのが上手いねぇ」
「えへへっ、ありがとうございます」
オークの魔物を見つけたのもユメだった。
ミヤさんはその活躍へのご褒美だとでも言うようにして、わしゃわしゃとユメの頭を撫でる。
なされるがままに頭を撫でられているユメだったが、その表情はとても嬉しそうだった。
と、そんな様子を見ている間に状況が一歩進んでいた。
* * *
「グルゥゥゥゥゥ」
「@#%!」
一匹の狼の魔物と五体のオーク、両者がかち合った。
狼の魔物は、体勢を落として低い声で唸りながら、飛び掛からんと隙を伺う。
対して、オークの集団はリーダーと思われる個体が短く指示を発すると、各々散開して手製の槍を狼の魔物に向けて構える。
両者の間に緊張が走る。
互いに目を見合わせたままじっと相手の動きを観察して、行動に移るための隙を探っているようだ。
外から見れば、どちらも身じろぎ一つせずにいるため、時間が止まっているのかと疑ってしまうほど、動きはない。
「ピピピピッ」
そんな両者の緊張を引き裂いたのは、一匹の小鳥だった。
呑気に飛んできた小鳥は、二種の魔物がにらみ合うすぐ傍で木の枝に停まると、綺麗な歌声を奏で始める。
そんな小鳥に、一体のオークの視線が吸い寄せられていた。
狼の魔物はその隙を見逃さずに、すぐさま動き出す。
するりと音もなく一歩踏み出すと、足のバネを利かせて地面すれすれを滑るように疾走。
オークたちが動き出す前に距離を詰めた狼の魔物は、視線を外したオークに飛びついた。その流れで、首筋の動脈を寸分違わずに引き裂くと、体重を掛けてオークを引き倒す。
「%&#*@……$%!」
一瞬、遅れて動き出したオークたちは仲間が一体やられたことを受けて反撃に動く。
リーダー格の指示によって、残る部下の三体のオークが槍を突き出して狼の魔物へと攻撃を開始する。
「@*ッ!」
「@*ッ!」
「@*ッ!」
気合の入ったオークたちの声と共に槍が突き出された。
それに気づいた狼の魔物は、首から牙を離すと急いで回避するが、オークたちの練度も中々のもの。
「キャゥンッ」
一番最初に届いた槍は難なく回避したものの、避けた先で待ち構えていたオークの槍が、がら空きだった脇腹を直撃する。
槍は黒い毛並みに深々と突き刺さり、その柄にチョロチョロと赤い血を流していく。
狼は槍が突き刺さった状態のままでオークを振り切ると、直後に突き出された三本目の槍を認識。
足を地面に強く打ち付けてその場で踏みとどまると、肌を少し掠めたところで回避した。
そこから、踊るかのようなステップでオークの包囲から一度抜け出すと、間を開けずに背を向けていたオークに向けて再び飛び掛かる。
と、そこにリーダー格のオークの鋭い指示が発せられた。
「$##%&@!!」
それを聞いたオークは振り向きざまにどっしりと腰を落とすと、飛びこんできた狼の魔物の大口に槍の柄を合わせ、それを上手く嚙みつかせて受け止める。
そこに、残ったオークたちが近づいてくると動きを止めた狼へと向けて槍を突き刺していく。
最後に、狼を槍で押さえていたオークの背後より、リーダー格のオークがその背を飛び越えて現れた。
スキルを発動させているようで、片手に持った槍はランス状に尖った赤い光が纏われている。
リーダー格のオークはそれを空中で投擲すると、狼の脳天へと突き刺した。
「#$&@ッ!」
そうして、着地したリーダー格のオークは狼の魔物が死亡したことを確認すると、ゆっくりと突き刺さっていた槍を引き抜いて、勝利を宣言するかのように槍を掲げる。
「「「@*ッ!」」」
リーダー格に続いて部下のオークたちも自身の槍を掲げて勝利の喜びを表すのだった。
* * *
「オークさんたちが勝ちました!」
「ああ、そうだが……。
ちょっと呆気なさすぎるし、あのリーダー格は統率種にしては格が低すぎる。
……何かがおかしい」
戦闘の終結とともに張りつめていた緊張感が和らぎ、ユメが歓喜の声を上げる。
だが、そんなユメの横で見ていたミヤさんは未だにオークたちの方を見つめたまま、眉間に皺を寄せていた。
「ミヤさん、おかしいと――」
その皺を寄せている理由を聞こうとした瞬間。
――ワオォォォォォォン!!!
――ワオォォォォォォン!!!
――ワオォォォォォォン!!!
――ワオォォォォォォン!!!
――ワオォォォォォォン!!!
――ワオォォォォォォン!!!
森の中から聞こえてきた複数の遠吠えが、僕の声をかき消したのだった。
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