213話 幕間:勇者ラフィーネ⑦
獣人族掃討宣言の発布からおよそ三年。
ある夏の夜。
その日が、私の――最後の日だった。
* * *
魔王討伐を終え、故郷に帰って獣人たちの現状を知って以降、私はヒューマニスト王国内に留まって、獣人族たちの国外脱出を助ける活動をしていた。
脱出先は東西に広がる獣人に友好的な複数の隣国か、北部の未開地。
南部は海が広がっているので、その三方で一番脱出させやすいところから、獣人たちを国外へと送っている。
本来ならば、私自身も指名手配されており逃げなければまずい状況だ。
けど、私は行方不明になったナギお兄さんを探すために、危険を承知で国内に居残っていた。
ナギお兄さんなら、この国にいる連中なんかにやられるはずはない。
ナギお兄さんなら、苦境に置かれた獣人族たちのことを助けるだろう。
そんな思いを胸に、私は危険を承知で王国内に留まって活動していた。
――パチパチパチ
今は夜。
目の前で焚かれた、焚き火の中で火花が弾ける。
夏場である今、夜間の気候は昼間に比べて暑くもなく獣人族にとっては過ごしやすい。
そして、水場近くの森の中であればなおさら。
川を越えて涼しい風が吹いてくるので、逆に少し寒いくらいだ。
「ラフィーネさん、大丈夫ですか?」
「うん、私は問題ないよ。
寝ずの番なんて、魔王討伐の時に慣れているからね」
私が夜の見張りをしていたところ、私が国外逃亡を手助けしている獣人族のリーダーの男が気を使ってか声を掛けてきた。
私は、その気遣いの思いはありがたいと内心で思いつつも、彼にはそう返事する。
事実、私の持っている勇者関連のスキルに疲労の軽減や回復、一部欲求への耐性なんかが備わっているから、その言葉に嘘はない。
「そうですか、大丈夫なら問題ないですが……」
「うん、気にしないで。
それに君たちこそ、連日歩き回った上で、慣れない生活環境を強いられてるんだから。
私よりも、負担は凄いはずだよ。
だから、休めるときはゆっくりと休んだ方がいいよ」
「そ、そうですね。
でしたら、お言葉に甘えて休ませてもらいます」
そう言うと、リーダーの男は自分の寝床の方へと戻っていった。
「もう、……三年か」
再び一人になったところで、そんな言葉がぽろりと漏れ出た。
この三年で、王国の動きは初期に比べてかなり激しいものになってきている。
当初は場当たり的な対応が多かったが、時間が経つにつれて王国と至人教の獣人族排斥組織が形成されていき、今では組織的な行動を以て獣人族の排斥活動を行っている。
だから、初期はほんの数日で逃がせていた獣人の集団も、その組織の監視を搔い潜り、追っ手を退けとやって国境線まで逃がすのに半月は掛かるようになった。
その上で、私自身は指名手配されているので、それ用に放たれた刺客の対処もある。
この国での暮らしは、年々、悪化の一途をたどっていた。
それに対して、ヒューマニスト王国内を広く活動してきたが、今の今までナギお兄さんに関する手掛かりは一切見つかっていないのである。
その思いが徒労感となって、度々こういった一人になった夜に襲い掛かるのである。
* * *
あの夜から数日。
獣人の集団の案内は、ここ数日は何事もなく順調に進んでいた。
国境線は目と鼻の先。
後は、定期的に巡回している王国兵の隙を狙って国境を突破するだけ。
「それじゃあ、皆さん行きますよ」
私が先頭に立って、集団に声を掛ける。
彼らには事前に声を出さないよう伝えてあるので、力強い頷きだけが返ってきた。
「よし、じゃあ向こうに向かって!」
周囲に気配は感じられない。
このタイミングならいける、と判断した私は指示を出して皆を送り出す。
目の前にある、開けた街道さえ越えてしまえば、後はもう真っすぐ森を進むだけで国境を越えられる。
私は、周囲を見張りながら一斉に走っていく獣人たちを見送っていく。
「ほら、貴方も行ってください」
「あ、ああ……」
最後に残っていたリーダーの男に声を掛ける。
男はここに来て緊張してきたのだろうか。
少し及び腰で、表情も少し浮かない感じだ。
その様子が少し気にはなるが、ここさえ越えてしまえば国外脱出は叶う。
私は、男の背中をそっと押すと、周囲の警戒へと意識を戻した。
その瞬間の事だった。
「……えっ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
脇腹に走る鋭い痛み。
そして、徐々に熱くなってくるこの感覚。
そこに手を当ててみれば、短剣が突き刺さっていた。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめんなさい」
短剣を私に刺したのは、目の前の男だろう。
だが、その男は錯乱したようにずっと同じ言葉を繰り返しながら、頭を抱えていた。
「久しぶりね――元・ゆ・う・しゃ・様っ。
獣風情が、よくもまあ、散々逃げ回ってくれたわね」
悪寒が走り、私はその場から飛びずさる。
その直後。
獣人の男の傍にあった木の幹の裏側から、ひとりの女が姿を現した。
女は深くかぶっていたローブのフードを持ち上げると、その素顔を見せる。
「……イーリス」
フードの内より現れたその素顔には見覚えがあった。
数年前まで一緒に旅をしていた仲間。
事あるごとに色々と世話を焼いてくれて、獣人である私にも優しくしてくれている……そう思っていたはずの人だ。
突発的な遭遇でイーリスとのにらみ合いが続いていたのだが、その中で脇腹の痛みが主張をしてくる。
「くっ……」
「獣風情を使うのはどうかとは思ったけれど……。
意外にも上手く行ったじゃない。
どう? 治らないでしょう?」
私の浮かべる苦悶の表情を見てか、イーリスが笑みを浮かべる。
先ほどから刺された箇所に手を当てて回復魔法を発動させている。
だが、患部はピクリとも変化を見せない。
ここで、イーリスの言動を踏まえて考えるのならば、回復を妨げる細工が何かしらしてあったのだろう。
「ふふっ、いい気味ねぇ……」
イーリスは私のことを舐めまわすように見据えて、恍惚とした笑みを浮かべていた。
そんな所に、横合いから邪魔が入る。
「おい! 約束は守ったぞ!
息子は、妻はっ! 返してくれるんだよなぁ!」
先ほどまで、同じ言葉を繰り返していた獣人の男がイーリスにそう言って縋りついたのだった。
――ドンッッッ
「邪魔しないでくれる!?
貴方はアイツを殺した後に、家族の元に送ってあげるから」
獣人の男はイーリスに押し飛ばされると、尻もちをつく。
イーリスの鬼気迫る表情に気圧され、コクコクと静かに頷いていた。
今の一幕で、私を刺した獣人の男の背景は明白だった。
あの人は、人質を取られたからこんなことをしたらしい。
それなら……、まあ仕方ない。
私は、そう思ってしまった。
「それじゃあ、改めて。
ちょうど人も出そろったみたいだし……。
死んでくれるかしら?」
気づけば、私の周りを囲むようにして王国の騎士と魔法使いが立っていた。
騎士は剣を構え、魔法使いは杖を両手で握り、すでに臨戦態勢だ。
その直後、私の足元に魔方陣が広がった。
周囲の王国魔法使いが起点となって、複数人で展開する強固な魔法。
展開とほぼ同時に、強い重圧が私を襲い、立っていることもままならず、私は地面に膝をついた。
更に、魔法を使おうと魔力を放出するも、魔法にする前に霧散させられてしまう。
動くことが出来ず、魔法も使えない。
完全に――詰み、だった。
「いい気味ね。
散々、私の手を煩わせた始末、その命で贖いなさい」
イーリスは持っていた杖から、仕込み刀を抜き放ち、ゆっくりと歩いて私に近づいてくる。
膝をついた私の前で立ち止まると、じっと何も考えていないような冷たい目で見下ろす。
そうして、無言のまま握られていた刀を振りおろした。
――ドサッ
あまりにも、呆気ない最後だった。
私はなにも抵抗せず、イーリスに殺された。
薄れていく意識の中で、私の目に映された最後の光景がやけに鮮明に焼き付いていた。
私の首を落とした後、すでに興味を無くした様で離れていくイーリス。
そこに、獣人族の男が再び縋りついた。
「息子を! 妻を!」
その直後。
抜き身のままだった仕込み刀が、無言のままに振るわれる。
「――えッ」
「汚らわしいっ、獣風情が。
お前はもう用済み。
大人しく家族の元へ行けっ!」
力なく崩れ落ちていく獣人の男。
男は訳も分からぬまま、イーリスに殺された。
ああ――やるせない。
私の命くらいで彼の家族が助かるなら――そう思って受け入れた、この終わり。
それが、何の救いも無いものだった。
ああ、どうして私だけこんな目に合わなきゃならなかったのか――。
何とか、最後は1話に詰め込みました。
そして、ラフィーネの前世はなんとも救いのない……。
と言うことで、このあたりで幕間から本編に戻ります。
凪がどうして居なかったのかは、ラフィーネが本編に再登場した際に。
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